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第八章
本心
「リュシアン⁉︎」
慌てて首に腕を回してバランスを取るが、リュシアンの足は一向に止まらない。
「待って、待ってくれリュシアン! 一体どうしたっていうんだっ」
「一刻も早くあなたと二人だけになりたい。だから急いでいる」
「?」
何を言っているのかわからないけれど、リュシアンの表情と声があまりに真剣だから何も言えない。けれど軍事施設で横抱きにされたまま移動というのはいただけない。
どうにか降ろしてもらえないかと相談するが、それは全て無視されてしまった。
そのまま乗ってきた馬車に再度押し込まれ、リュシアンも乗り込む。
低い声で「出せ」と命令したと同時にリュシアンがこちらを向いた。
「どうし、んんっ!」
言葉ごと食べられるようなキスだった。
驚きに目を丸くし、何事だと唇を離そうとするがリュシアンがそれを許してくれない。キスをしたまま抱えられ、あろうことかリュシアンの膝に座らされた。
「っ、リュシアンっ」
やっとの思いで唇を離すと、そこには何かに駆り立てられるような顔をした彼がいた。
その瞳に宿る熱にどきりと心臓が跳ねて、そしてふと気付く。
「フィリアス」
馬車の規則的な振動を感じる。外からは賑やかな街の音がするはずなのに、俺の感覚の全てがリュシアンしか認識できなくなる。
「もっと正式な場所や、タイミングを考えていた。あなたの中で美しい思い出にしてほしいと思ったからだ。だが無理だ。とても堪えきれない」
また唇が触れる。
リュシアンが言葉を紡ぐ度に心が締め付けられる。でもこれは苦しみや悲しみじゃない。人は嬉しくても胸が切なくなるのだと、俺は初めて知った。
「あなたを愛している」
真っ直ぐ伝えられた言葉に息が詰まった。
「フィリアス」
途端に泣き出してしまった俺の涙をリュシアンの手が拭う。
「愛している、フィリアス。多分私は初めて会った時からあなたに惹かれていた。だがあなたは妹の婚約者だからと、自分の感情に蓋をし続けてきた」
手が離れ、代わりに唇が涙を拭う。
何か言葉を返したいのに、どうしても喉に何かが引っ掛かったみたいに言葉が出なくて苦しい。
「まだあなたの心は私にあるだろうか?」
近い距離で、そんなこと欠片も不安に思っていないくせに聞いてくる。
その証拠にリュシアンは笑っている。今までに見たどんな笑顔よりも晴れやかで、そして甘いものだ。
「フィリアス、あなたの声で聞きたい」
下から掬うように唇が重なり、そして離れる。
声が喉に張り付く。今一番伝えたい言葉なのに、息がうまくできないせいでつっかえてしまう。
それでも伝えたくて、口を開けた。
「リュシアンが、すきだ。愛してる」
出した声は情けない程震えていた。
けれど目の前にいるリュシアンの表情がくしゃりと歪み、体が大好きな匂いに包まれた。
「ああ、フィリアス」
しゃくり上げながら紡いだ言葉は性格にリュシアンに届いたらしい。
強く抱き締められて、また唇が重なる。
「ん、んん……っ、待って、リュシア、」
「どうして」
「聞きたいこと……んぅっ」
「キスをしながらでも?」
そんなの無理だと思いつつも、キスの合間に言葉を絞り出す。
「け、結婚とか、しないのか?」
その問いを投げ掛けた瞬間リュシアンの動きが止まり、一拍後には深い溜息を吐かれた。
「……違うな、これは私の説明不足だ」
低く呟いたあと、リュシアンがしっかりと俺を見つめる。
「結果から伝えよう。結婚はしない。婚約もだ。フィリアスを愛しているからな」
包み隠さず伝えられる想いにどうしても嬉しくなってしまう。それも顔でバレてしまったのか、リュシアンの表情が和らいでまた唇が触れ合った。
「公爵家の人間として間違っているとはわかっているが、どうしても結婚をする気にはなれなかった。誰と婚姻を結ぼうとも、私はその人のことを心から愛することができないと思ったからだ。……そんな不誠実なことは、私にはできない」
確かに彼の地位からすればこの考えは間違いだ。
貴族間の婚姻に愛なんてものは必要ない。けれど浮かび上がった一つの可能性に、唇を戦慄かせた。
「もしかして、その、俺が原因……?」
その問いにリュシアンは緩く口元に弧を描いた。
「出会った時から惹かれはしていたが、フィリアスが特別だと理解したのはあなたがここに来てからだ。だからあなたのせいではない。それでも心のどこかでフィリアスへの想いがあったから、私は今の選択を選んだんだろう」
馬車が揺れる。優しい声を聞きながら、俺たちはまた距離を縮めた。
「いつかあなたに一生手放すつもりはないと伝えたのを覚えているか?」
息混じりの声に小さく頷く。
「あれは嘘偽りない本心だ」
「……一生?」
「ああ、あなたは一生私と共にいるんだ」
俺はおかしいのだろうか。
きっとこの言葉は一般的に聞けば怖いと思われるだろう。
けれど俺は、この言葉が嬉しくて仕方がないと思った。
「嬉しい」
感情をそのまま口に出すと、リュシアンの眉間に皺が寄った。
怒っているではなく、何かを堪えているようにも捉えられる表情に瞬きをすれば、後頭部に手が触れてそのまま唇を塞がれた。
逃げることは許さないとでも言うような情熱的な口付けに息が乱れる。腰に触れるリュシアンの手が服越しに脇腹をなぞった瞬間、体が震えた。
僅かに唇が離れ、とろりとした欲が宿る視線が絡まる。
「ここ、馬車」
「わかっている。だがキスだけは許してくれ。フィリアスに触れていないと気が狂いそうなんだ」
大袈裟だとは思わなかった。だって俺も今は一秒だってリュシアンから離れたくない。
一つ息を溢して、それを合図にまた唇が重なる。
それからも馬車は変わりなく道を進み、停まった頃には俺はもう腰が砕けてしまっていた。
「ま、待ってくれリュシアン、今立てない」
「問題ない。私が運ぶ」
有無を言わせぬままリュシアンが俺を抱き、御者によって開けられた扉から降りる。行きはそんなこと思わなかったのに、今は頬を撫でる風が冷たくて心地良いと思った。
「リュシアン様」
「エルダー、すまないがあとは頼めるか」
「かしこまりました」
エルダーの視線も周りのことも、見られているのが恥ずかしくて仕方がないのにそれでもリュシアンの腕から降りたくなかった。
きっとあとになって後悔するのだろうけれど、今はリュシアンに触れていることが俺の中で最優先だった。
慌てて首に腕を回してバランスを取るが、リュシアンの足は一向に止まらない。
「待って、待ってくれリュシアン! 一体どうしたっていうんだっ」
「一刻も早くあなたと二人だけになりたい。だから急いでいる」
「?」
何を言っているのかわからないけれど、リュシアンの表情と声があまりに真剣だから何も言えない。けれど軍事施設で横抱きにされたまま移動というのはいただけない。
どうにか降ろしてもらえないかと相談するが、それは全て無視されてしまった。
そのまま乗ってきた馬車に再度押し込まれ、リュシアンも乗り込む。
低い声で「出せ」と命令したと同時にリュシアンがこちらを向いた。
「どうし、んんっ!」
言葉ごと食べられるようなキスだった。
驚きに目を丸くし、何事だと唇を離そうとするがリュシアンがそれを許してくれない。キスをしたまま抱えられ、あろうことかリュシアンの膝に座らされた。
「っ、リュシアンっ」
やっとの思いで唇を離すと、そこには何かに駆り立てられるような顔をした彼がいた。
その瞳に宿る熱にどきりと心臓が跳ねて、そしてふと気付く。
「フィリアス」
馬車の規則的な振動を感じる。外からは賑やかな街の音がするはずなのに、俺の感覚の全てがリュシアンしか認識できなくなる。
「もっと正式な場所や、タイミングを考えていた。あなたの中で美しい思い出にしてほしいと思ったからだ。だが無理だ。とても堪えきれない」
また唇が触れる。
リュシアンが言葉を紡ぐ度に心が締め付けられる。でもこれは苦しみや悲しみじゃない。人は嬉しくても胸が切なくなるのだと、俺は初めて知った。
「あなたを愛している」
真っ直ぐ伝えられた言葉に息が詰まった。
「フィリアス」
途端に泣き出してしまった俺の涙をリュシアンの手が拭う。
「愛している、フィリアス。多分私は初めて会った時からあなたに惹かれていた。だがあなたは妹の婚約者だからと、自分の感情に蓋をし続けてきた」
手が離れ、代わりに唇が涙を拭う。
何か言葉を返したいのに、どうしても喉に何かが引っ掛かったみたいに言葉が出なくて苦しい。
「まだあなたの心は私にあるだろうか?」
近い距離で、そんなこと欠片も不安に思っていないくせに聞いてくる。
その証拠にリュシアンは笑っている。今までに見たどんな笑顔よりも晴れやかで、そして甘いものだ。
「フィリアス、あなたの声で聞きたい」
下から掬うように唇が重なり、そして離れる。
声が喉に張り付く。今一番伝えたい言葉なのに、息がうまくできないせいでつっかえてしまう。
それでも伝えたくて、口を開けた。
「リュシアンが、すきだ。愛してる」
出した声は情けない程震えていた。
けれど目の前にいるリュシアンの表情がくしゃりと歪み、体が大好きな匂いに包まれた。
「ああ、フィリアス」
しゃくり上げながら紡いだ言葉は性格にリュシアンに届いたらしい。
強く抱き締められて、また唇が重なる。
「ん、んん……っ、待って、リュシア、」
「どうして」
「聞きたいこと……んぅっ」
「キスをしながらでも?」
そんなの無理だと思いつつも、キスの合間に言葉を絞り出す。
「け、結婚とか、しないのか?」
その問いを投げ掛けた瞬間リュシアンの動きが止まり、一拍後には深い溜息を吐かれた。
「……違うな、これは私の説明不足だ」
低く呟いたあと、リュシアンがしっかりと俺を見つめる。
「結果から伝えよう。結婚はしない。婚約もだ。フィリアスを愛しているからな」
包み隠さず伝えられる想いにどうしても嬉しくなってしまう。それも顔でバレてしまったのか、リュシアンの表情が和らいでまた唇が触れ合った。
「公爵家の人間として間違っているとはわかっているが、どうしても結婚をする気にはなれなかった。誰と婚姻を結ぼうとも、私はその人のことを心から愛することができないと思ったからだ。……そんな不誠実なことは、私にはできない」
確かに彼の地位からすればこの考えは間違いだ。
貴族間の婚姻に愛なんてものは必要ない。けれど浮かび上がった一つの可能性に、唇を戦慄かせた。
「もしかして、その、俺が原因……?」
その問いにリュシアンは緩く口元に弧を描いた。
「出会った時から惹かれはしていたが、フィリアスが特別だと理解したのはあなたがここに来てからだ。だからあなたのせいではない。それでも心のどこかでフィリアスへの想いがあったから、私は今の選択を選んだんだろう」
馬車が揺れる。優しい声を聞きながら、俺たちはまた距離を縮めた。
「いつかあなたに一生手放すつもりはないと伝えたのを覚えているか?」
息混じりの声に小さく頷く。
「あれは嘘偽りない本心だ」
「……一生?」
「ああ、あなたは一生私と共にいるんだ」
俺はおかしいのだろうか。
きっとこの言葉は一般的に聞けば怖いと思われるだろう。
けれど俺は、この言葉が嬉しくて仕方がないと思った。
「嬉しい」
感情をそのまま口に出すと、リュシアンの眉間に皺が寄った。
怒っているではなく、何かを堪えているようにも捉えられる表情に瞬きをすれば、後頭部に手が触れてそのまま唇を塞がれた。
逃げることは許さないとでも言うような情熱的な口付けに息が乱れる。腰に触れるリュシアンの手が服越しに脇腹をなぞった瞬間、体が震えた。
僅かに唇が離れ、とろりとした欲が宿る視線が絡まる。
「ここ、馬車」
「わかっている。だがキスだけは許してくれ。フィリアスに触れていないと気が狂いそうなんだ」
大袈裟だとは思わなかった。だって俺も今は一秒だってリュシアンから離れたくない。
一つ息を溢して、それを合図にまた唇が重なる。
それからも馬車は変わりなく道を進み、停まった頃には俺はもう腰が砕けてしまっていた。
「ま、待ってくれリュシアン、今立てない」
「問題ない。私が運ぶ」
有無を言わせぬままリュシアンが俺を抱き、御者によって開けられた扉から降りる。行きはそんなこと思わなかったのに、今は頬を撫でる風が冷たくて心地良いと思った。
「リュシアン様」
「エルダー、すまないがあとは頼めるか」
「かしこまりました」
エルダーの視線も周りのことも、見られているのが恥ずかしくて仕方がないのにそれでもリュシアンの腕から降りたくなかった。
きっとあとになって後悔するのだろうけれど、今はリュシアンに触れていることが俺の中で最優先だった。
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