【完結】婚約破棄を言い渡した王子は悪役令嬢の兄に執着される

白(しろ)

文字の大きさ
134 / 141
第八章

本心

「リュシアン⁉︎」

 慌てて首に腕を回してバランスを取るが、リュシアンの足は一向に止まらない。

「待って、待ってくれリュシアン! 一体どうしたっていうんだっ」
「一刻も早くあなたと二人だけになりたい。だから急いでいる」
「?」

 何を言っているのかわからないけれど、リュシアンの表情と声があまりに真剣だから何も言えない。けれど軍事施設で横抱きにされたまま移動というのはいただけない。
 どうにか降ろしてもらえないかと相談するが、それは全て無視されてしまった。
 そのまま乗ってきた馬車に再度押し込まれ、リュシアンも乗り込む。
 低い声で「出せ」と命令したと同時にリュシアンがこちらを向いた。

「どうし、んんっ!」

 言葉ごと食べられるようなキスだった。
 驚きに目を丸くし、何事だと唇を離そうとするがリュシアンがそれを許してくれない。キスをしたまま抱えられ、あろうことかリュシアンの膝に座らされた。

「っ、リュシアンっ」

 やっとの思いで唇を離すと、そこには何かに駆り立てられるような顔をした彼がいた。
 その瞳に宿る熱にどきりと心臓が跳ねて、そしてふと気付く。

「フィリアス」

 馬車の規則的な振動を感じる。外からは賑やかな街の音がするはずなのに、俺の感覚の全てがリュシアンしか認識できなくなる。

「もっと正式な場所や、タイミングを考えていた。あなたの中で美しい思い出にしてほしいと思ったからだ。だが無理だ。とても堪えきれない」

 また唇が触れる。
 リュシアンが言葉を紡ぐ度に心が締め付けられる。でもこれは苦しみや悲しみじゃない。人は嬉しくても胸が切なくなるのだと、俺は初めて知った。

「あなたを愛している」

 真っ直ぐ伝えられた言葉に息が詰まった。

「フィリアス」

 途端に泣き出してしまった俺の涙をリュシアンの手が拭う。

「愛している、フィリアス。多分私は初めて会った時からあなたに惹かれていた。だがあなたは妹の婚約者だからと、自分の感情に蓋をし続けてきた」

 手が離れ、代わりに唇が涙を拭う。
 何か言葉を返したいのに、どうしても喉に何かが引っ掛かったみたいに言葉が出なくて苦しい。

「まだあなたの心は私にあるだろうか?」

 近い距離で、そんなこと欠片も不安に思っていないくせに聞いてくる。
 その証拠にリュシアンは笑っている。今までに見たどんな笑顔よりも晴れやかで、そして甘いものだ。

「フィリアス、あなたの声で聞きたい」

 下から掬うように唇が重なり、そして離れる。
 声が喉に張り付く。今一番伝えたい言葉なのに、息がうまくできないせいでつっかえてしまう。
 それでも伝えたくて、口を開けた。

「リュシアンが、すきだ。愛してる」

 出した声は情けない程震えていた。
 けれど目の前にいるリュシアンの表情がくしゃりと歪み、体が大好きな匂いに包まれた。

「ああ、フィリアス」

 しゃくり上げながら紡いだ言葉は性格にリュシアンに届いたらしい。
 強く抱き締められて、また唇が重なる。

「ん、んん……っ、待って、リュシア、」
「どうして」
「聞きたいこと……んぅっ」
「キスをしながらでも?」

 そんなの無理だと思いつつも、キスの合間に言葉を絞り出す。

「け、結婚とか、しないのか?」

 その問いを投げ掛けた瞬間リュシアンの動きが止まり、一拍後には深い溜息を吐かれた。

「……違うな、これは私の説明不足だ」

 低く呟いたあと、リュシアンがしっかりと俺を見つめる。

「結果から伝えよう。結婚はしない。婚約もだ。フィリアスを愛しているからな」

 包み隠さず伝えられる想いにどうしても嬉しくなってしまう。それも顔でバレてしまったのか、リュシアンの表情が和らいでまた唇が触れ合った。

「公爵家の人間として間違っているとはわかっているが、どうしても結婚をする気にはなれなかった。誰と婚姻を結ぼうとも、私はその人のことを心から愛することができないと思ったからだ。……そんな不誠実なことは、私にはできない」

 確かに彼の地位からすればこの考えは間違いだ。
 貴族間の婚姻に愛なんてものは必要ない。けれど浮かび上がった一つの可能性に、唇を戦慄かせた。

「もしかして、その、俺が原因……?」

 その問いにリュシアンは緩く口元に弧を描いた。

「出会った時から惹かれはしていたが、フィリアスが特別だと理解したのはあなたがここに来てからだ。だからあなたのせいではない。それでも心のどこかでフィリアスへの想いがあったから、私は今の選択を選んだんだろう」

 馬車が揺れる。優しい声を聞きながら、俺たちはまた距離を縮めた。

「いつかあなたに一生手放すつもりはないと伝えたのを覚えているか?」

 息混じりの声に小さく頷く。

「あれは嘘偽りない本心だ」
「……一生?」
「ああ、あなたは一生私と共にいるんだ」

 俺はおかしいのだろうか。
 きっとこの言葉は一般的に聞けば怖いと思われるだろう。
 けれど俺は、この言葉が嬉しくて仕方がないと思った。

「嬉しい」

 感情をそのまま口に出すと、リュシアンの眉間に皺が寄った。
 怒っているではなく、何かを堪えているようにも捉えられる表情に瞬きをすれば、後頭部に手が触れてそのまま唇を塞がれた。
 逃げることは許さないとでも言うような情熱的な口付けに息が乱れる。腰に触れるリュシアンの手が服越しに脇腹をなぞった瞬間、体が震えた。
 僅かに唇が離れ、とろりとした欲が宿る視線が絡まる。

「ここ、馬車」
「わかっている。だがキスだけは許してくれ。フィリアスに触れていないと気が狂いそうなんだ」

 大袈裟だとは思わなかった。だって俺も今は一秒だってリュシアンから離れたくない。
 一つ息を溢して、それを合図にまた唇が重なる。
 それからも馬車は変わりなく道を進み、停まった頃には俺はもう腰が砕けてしまっていた。

「ま、待ってくれリュシアン、今立てない」
「問題ない。私が運ぶ」

 有無を言わせぬままリュシアンが俺を抱き、御者によって開けられた扉から降りる。行きはそんなこと思わなかったのに、今は頬を撫でる風が冷たくて心地良いと思った。

「リュシアン様」
「エルダー、すまないがあとは頼めるか」
「かしこまりました」

 エルダーの視線も周りのことも、見られているのが恥ずかしくて仕方がないのにそれでもリュシアンの腕から降りたくなかった。
 きっとあとになって後悔するのだろうけれど、今はリュシアンに触れていることが俺の中で最優先だった。

感想 146

あなたにおすすめの小説

ブラコンすぎて面倒な男を演じていた平凡兄、やめたら押し倒されました

あと
BL
「お兄ちゃん!一肌脱ぎます!」 完璧公爵跡取り息子許嫁攻め×ブラコン兄鈍感受け 可愛い弟と攻めの幸せのために、平凡なのに面倒な男を演じることにした受け。毎日の告白、束縛発言などを繰り広げ、上手くいきそうになったため、やめたら、なんと…? 攻め:ヴィクター・ローレンツ 受け:リアム・グレイソン 弟:リチャード・グレイソン  pixivにも投稿しています。 ひよったら消します。
誤字脱字はサイレント修正します。
また、内容もサイレント修正する時もあります。
定期的にタグも整理します。

批判・中傷コメントはお控えください。
見つけ次第削除いたします。

愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない

了承
BL
卒業パーティー。 皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。 青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。 皇子が目を向けた、その瞬間——。 「この瞬間だと思った。」 すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。   IFストーリーあり 誤字あれば報告お願いします!

魔界最強に転生した社畜は、イケメン王子に奪い合われることになりました

タタミ
BL
ブラック企業に務める社畜・佐藤流嘉。 クリスマスも残業確定の非リア人生は、トラックの激突により突然終了する。 死後目覚めると、目の前で見目麗しい天使が微笑んでいた。 「ここは天国ではなく魔界です」 天使に会えたと喜んだのもつかの間、そこは天国などではなく魔法が当たり前にある世界・魔界だと知らされる。そして流嘉は、魔界に君臨する最強の支配者『至上様』に転生していたのだった。 「至上様、私に接吻を」 「あっ。ああ、接吻か……って、接吻!?なんだそれ、まさかキスですか!?」 何が起こっているのかわからないうちに、流嘉の前に現れたのは美しい4人の王子。この4王子にキスをして、結婚相手を選ばなければならないと言われて──!?

竜帝陛下の愛が重すぎて身代わりの落ちこぼれ薬師は今日も腰が砕けそうです 〜呪いを解いたら一生離さないと宣言されました〜

レイ
BL
「死ぬ覚悟はできています。でも、その前に……お口、あーんしてください」 魔力を持たない「無能」として実家で虐げられていた薬師のエリアン。 彼に下されたのは、触れるものすべてを焼き尽くす「死の竜帝」ヴァレリウスへの、身代わりの婚姻だった。

​転生したら最強辺境伯に拾われました

マンスーン
BL
現代日本人・東堂裕太が目を覚ますと、そこは異世界。クズな婚約者に魔力を限界まで搾取され、ボロボロになって森に捨てられる悲惨な青年・ルカに転生していた。 ​死を覚悟した裕太だったが、そんな彼を拾い上げたのは、帝国最強の武力を誇り「氷の死神」と恐れられる辺境伯・ラーク。

妹を救うためにヒロインを口説いたら、王子に求愛されました。

藤原遊
BL
乙女ゲームの悪役令息に転生したアラン。 妹リリィが「悪役令嬢として断罪される」未来を変えるため、 彼は決意する――ヒロインを先に口説けば、妹は破滅しない、と。 だがその“奇行”を見ていた王太子シリウスが、 なぜかアラン本人に興味を持ち始める。 「君は、なぜそこまで必死なんだ?」 「妹のためです!」 ……噛み合わないはずの会話が、少しずつ心を動かしていく。 妹は完璧令嬢、でも内心は隠れ腐女子。 ヒロインは巻き込まれて腐女子覚醒。 そして王子と悪役令息は、誰も知らない“仮面の恋”へ――。 断罪回避から始まる勘違い転生BL×宮廷ラブストーリー。 誰も不幸にならない、偽りと真実のハッピーエンド。