雲霧を被る

越知 学

文字の大きさ
9 / 9

9話

しおりを挟む
 ビルへの道のりはおもったより短かった。ざわつく心が歩を速めたのかもしれない。10分程で着いたそのビルは人が住んでるとは思えないぐらい静かで、人の温もりのようなものが感じられなかった。赤茶色の四階建てで地下に駐車場がある。
 俺はエレベーターは使わず、東口の階段を降りて行った。そこには非常扉のような鼠色のドアがある。スマホを見ると時刻は18時53分だった。まだ男はいないかもしれない。それなら好都合で、どんな構造かは分からないが、物陰に隠れて、来たところを襲ってやる。
 そう意気込みながらドアに手を伸ばそうとしたその時だった。
 視界に雲のようなものがかかり、それがすぐに晴れると、ドアの入り口の前にいた。慌ててスマホを見る。時刻は18時56分。俺はすぐにドアを開ける。すると、左側に人の姿が見えた。一人は仰向けに倒れ、もう一人は西口の扉を出るところだった。東口から西口まではかなりの距離があるため、その場を逃げるように急ぎ足で逃げる人物が誰か分からない。
 しかし、そんなことよりも俺は信じられない光景を見てしまった。東口と西口の丁度真ん中あたりで倒れている人の周りには――赤色で溢れていた。遠くからでも分かるその深紅はまだ広がっているようだ。よく見ると、胸あたりにはナイフのようなものが刺さっており、体内から血が噴き出している。その様子から、まだそう時間が経っていないことが分かる。
 俺は頭が真っ白になった。当然だ。理解できる状況ではない。混乱を隠せずにいると、再び目の前に靄がかかる。
 それがなくなると扉の前で立っていた。スマホを見ると18時53分。俺はしばらく動けずにいた。
 どういうことだ?未来の映像には死んでいる人がいた。あれは誰?そして誰がやった?
 困惑が抑えきれない。気づくと、俺は肩で息をしていた。それを鎮めるために、胸に手をやる。
 今から人を殺そうというのに、こんな状態じゃ駄目だ。
 ゆっくりと呼吸をして自分を落ち着かせる。
 3分程経ってようやく自分を取り戻すと、遠くで大きな扉が閉まる音がした。そういえば、未来でも扉から出ていく人影を見た。
 そいつを追うか一瞬迷ったが、まずは中の人が誰かを確認することにした。扉を開け、左側を見るとやはり人が血を流しながら倒れている。
 また少し呼吸が乱れたが、先程よりは幾分マシだ。ゆっくりとした足取りでそこに向かう。顔を覗くと20代から30代の男だった。
 左側のポケットの近くには彩の携帯が転がっている。胸にはナイフが刺さっており、右手は赤いまだら模様があった。
 おそらくこいつが俺に電話をしてきたやつで間違いない。しかし、なんで死んでいる?
 視線を泳がせていると、右脚のところに紙切れがあるのを見つけた。とっさにその紙を拾い上げると、この状況に相応しくない丁寧な文字である言葉が綴られていた。
「止めておけ」
 それは誰に宛てたかも分からない言葉。しかし、このきれいではないが整った文字をどこかで見た覚えがある。
 未来予知で見た人影を思い出す。それはよく見る背丈で線があまり太くなかった気がする。
 すると、一人の人物が脳をよぎる。
 ……もしかして………天矢か?
 いつか俺をフォローしてくれた場景がフラッシュバックする。表情は分からないが、確かあのとき彼が微笑んでいたのは覚えている。
 俺はすぐに東口の扉を開け、一段飛ばしに階段を昇り、地上に出てから西側を見る。人の姿はどこにもない。少し西側を進んでみたが、人は誰もいない。
「天矢………」
 俺は呟き、しばらくその場に立ち尽くした。
 どこからかパトカーのサイレンが騒ぎたてるように響いている。
 呆然と立ち尽くしていた俺は、だんだん近づいて来るその音から逃げるように、その場を後にした。
 何も付いていないはずの果物ナイフは、ポケットの中で血液がついてるかのように濡れていた。
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

『専属メイド全員が重すぎる愛で迫ってくる!~大学生の僕、10人の美女に24時間甘やかされ尽くす生活~』

まさき
青春
僕は、ちょっと普通じゃない日常を送ることになった――それは、専属メイドが全員僕のことを溺愛してくれる暮らしだ。 朝は髪を整えてくれるリナ、朝食で笑顔を見せてくれるミユ、どの瞬間も全力で僕を甘やかす。掃除、料理、悩み相談まで、僕のためだけに動くメイドたち。 「ご主人様の笑顔が見たいんです」 その一言で、僕の毎日はちょっとドキドキ、ちょっと幸せ。 全員が僕を独占したいと競い合う日常の中、僕はどうやってこの溺愛地獄(?)を生き抜けばいいのか――!? 甘々、至れり尽くせりの日常ラブコメ、開幕。

還暦の性 若い彼との恋愛模様

MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。 そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。 その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。 全7話

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

不倫妻への鎮魂歌 ―サレ夫が選んだ、最も残酷で静かな復讐―

MisakiNonagase
大衆娯楽
「サレ夫、再生。不倫妻、転落。──その代償は、あまりに重い。」 「嘘で塗り固めた20年より、真実で歩む明日がいい。」 失って初めて気づく、守られていた日々の輝き。 46歳の美香にとって、誠実な夫と二人の息子に囲まれた生活は、退屈で窮屈な「檻」だった。若い男からの甘い誘惑に、彼女は20年の歳月を投げ打って飛び込んだ。 しかし、彼女が捨てたのは「檻」ではなく「聖域」だったのだ。 不倫、発覚、離婚、そして孤独。 かつての「美しい奥様」が、厚化粧で場末のスナックのカウンターに立つまでの足取りと、傷つきながらも真実の幸福を掴み取っていく夫・徹の再生を描く。 家族とは何か、誠実さとは何か。一通の離婚届が、二人の人生を光と影に分かつ。

性別交換ノート

廣瀬純七
ファンタジー
性別を交換できるノートを手に入れた高校生の山本渚の物語

処理中です...