ただいま

越知 学

文字の大きさ
21 / 23
3章

20話(後半)

しおりを挟む
 少し歩くと、少女が「あれです」と指差しながら、僕の視線をそちらへ促す。その家は、建ち並ぶ家々と大きな違いのない一軒家。周りと調和をとるように、奇抜な飾りは一切なく、土地勘のない人であれば、表札を見ないと見分けられないような家だった。
「相変わらず無個性な家ですね」
 僕の心を代弁するかのように、少女は言った。
 ……そこまで思ってないからね?脚色しすぎだよ?
 僕が心の中で軽くツッコミを入れると、「もっと近くで見てください」とまた僕の腕を引っ張る。
 家の扉の前で立ち止まる。左側には、軽く家庭菜園ができそうな庭があり、ロッジを上がって大きな窓から部屋に入ることができる造りになっていた。
 僕は思い出したように周りを見渡す。幸い人の姿は見当たらなかった。
 少女が認識されない今、傍から見れば僕は一人で怪しい行動をしていると思われかねない。
 そんな心配をよそに、少女は靴を脱ぎ捨ててロッジに上がる。きっと自分の家に久しぶりに帰ってきて嬉しいのだろう。
 ……まあ楽しそうならいいか。
 僕が少女に声を掛けようとすると、少女は急に固まり動かなくなった。
 視線は窓の向こう。リビングと思われる部屋を見ていた。わずかに閉まりきっていないカーテンの隙間から一点を凝視していた。
 その目は、殺人現場を見たかのような戦々恐々とした双眸だった。僕はそのあまりの凄まじさに一歩も近づけなかった。
 1分ほど経っただろうか。少女は同じ目つきのまま、靴も履かずに僕の胸に顔を預ける。その体は、僕に振動が伝わるくらい震えていた。
 僕は何も聞けなかった。尋ねることさえ憚れる空気が流れていた。
 しばらくして、少女は涙声で途切れ途切れに言葉を発した。
「ゼリーが……みかんゼリーがあったんです……。笑顔の私が写った……写真の……前に……」
 僕は黙って聞く。少女は大きく息を吸っては吐くを数回繰り返し、僕の顔を見る。
「……2~3歳の頃、私はみかんゼリーが大好きでした。それこそ毎日のように食べていました。でも今は別に好きではありません。むしろ、幼いからと思って遠ざけていました。もうしばらく口にしていません。でも……私の写真の前にあったのはみかんゼリーでした。両親にとって私の好きな食べ物はみかんゼリーのままなんです。……変わった私を知らないんです。私を見ていないんです」
 再び少女は顔をうずめる。僕は背中をさすってあげることしかできなかった。
無関心――というわけではない。少なくとも興味が無ければ、写真を飾ったり食べ物をお供えしたりしない。
 ただ――少女の成長に、歩んでいる人生に目を向けていなかったのだろう。
 その家庭にはその家庭の事情がある。僕が口出しできることではない。そして、少女と全く同じ気持ちを共有することはできない。
だけど……この悔しい気持ちは何だろう。やるせない気持ちは何だろう。
 僕は泣いたらダメだ。泣く資格がない。少女の頭部に涙がこぼれないよう必死に堪える。
 僕らはお互い何も言わずに、玄関前でただ立ち尽くしていた。

 僕らは公園に戻ることにした。少女は僕の後ろ袖を掴んでいる。
 ドアを背にすると、一人の女性が怪しい目でこちらを見ていた。
 ……まずい。どこから見ていたんだろう。
 僕はごまかすように口を開いた。
「あの……麻衣さんってご存じですか?昔から付き合いがあって来てみたんですけど、留守みたいで」
 すると納得したような顔をして、他人事のように包み隠さず教えてくれた。
「あの可愛らしい子ねー。しばらく前から行方不明らしいのよ。噂によると、外国に拉致されたんじゃないかって。物騒よねー」
「……そうですか。わざわざ教えていただきありがとうございました」
 僕は深くお辞儀をしてその場を立ち去る。
 拉致………か。
 一体どれだけの人が心配したのだろう。
 どのくらいの期間探したんだろう。
 どれくらいの証拠があって拉致と判断されたのだろう。
 少女はここにいる。しっかりと僕の服を掴んでる。それなのにどうして……。
 公園に戻る道のりはやけに殺風景で、色を失くした世界のようだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ

BL
鍛えられた肉体、高潔な魂―― それは選ばれし“供物”の条件。 山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。 見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。 誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。 心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

ちょっと大人な物語はこちらです

神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な短編物語集です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

処理中です...