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3章
20話(後半)
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少し歩くと、少女が「あれです」と指差しながら、僕の視線をそちらへ促す。その家は、建ち並ぶ家々と大きな違いのない一軒家。周りと調和をとるように、奇抜な飾りは一切なく、土地勘のない人であれば、表札を見ないと見分けられないような家だった。
「相変わらず無個性な家ですね」
僕の心を代弁するかのように、少女は言った。
……そこまで思ってないからね?脚色しすぎだよ?
僕が心の中で軽くツッコミを入れると、「もっと近くで見てください」とまた僕の腕を引っ張る。
家の扉の前で立ち止まる。左側には、軽く家庭菜園ができそうな庭があり、ロッジを上がって大きな窓から部屋に入ることができる造りになっていた。
僕は思い出したように周りを見渡す。幸い人の姿は見当たらなかった。
少女が認識されない今、傍から見れば僕は一人で怪しい行動をしていると思われかねない。
そんな心配をよそに、少女は靴を脱ぎ捨ててロッジに上がる。きっと自分の家に久しぶりに帰ってきて嬉しいのだろう。
……まあ楽しそうならいいか。
僕が少女に声を掛けようとすると、少女は急に固まり動かなくなった。
視線は窓の向こう。リビングと思われる部屋を見ていた。わずかに閉まりきっていないカーテンの隙間から一点を凝視していた。
その目は、殺人現場を見たかのような戦々恐々とした双眸だった。僕はそのあまりの凄まじさに一歩も近づけなかった。
1分ほど経っただろうか。少女は同じ目つきのまま、靴も履かずに僕の胸に顔を預ける。その体は、僕に振動が伝わるくらい震えていた。
僕は何も聞けなかった。尋ねることさえ憚れる空気が流れていた。
しばらくして、少女は涙声で途切れ途切れに言葉を発した。
「ゼリーが……みかんゼリーがあったんです……。笑顔の私が写った……写真の……前に……」
僕は黙って聞く。少女は大きく息を吸っては吐くを数回繰り返し、僕の顔を見る。
「……2~3歳の頃、私はみかんゼリーが大好きでした。それこそ毎日のように食べていました。でも今は別に好きではありません。むしろ、幼いからと思って遠ざけていました。もうしばらく口にしていません。でも……私の写真の前にあったのはみかんゼリーでした。両親にとって私の好きな食べ物はみかんゼリーのままなんです。……変わった私を知らないんです。私を見ていないんです」
再び少女は顔をうずめる。僕は背中をさすってあげることしかできなかった。
無関心――というわけではない。少なくとも興味が無ければ、写真を飾ったり食べ物をお供えしたりしない。
ただ――少女の成長に、歩んでいる人生に目を向けていなかったのだろう。
その家庭にはその家庭の事情がある。僕が口出しできることではない。そして、少女と全く同じ気持ちを共有することはできない。
だけど……この悔しい気持ちは何だろう。やるせない気持ちは何だろう。
僕は泣いたらダメだ。泣く資格がない。少女の頭部に涙がこぼれないよう必死に堪える。
僕らはお互い何も言わずに、玄関前でただ立ち尽くしていた。
僕らは公園に戻ることにした。少女は僕の後ろ袖を掴んでいる。
ドアを背にすると、一人の女性が怪しい目でこちらを見ていた。
……まずい。どこから見ていたんだろう。
僕はごまかすように口を開いた。
「あの……麻衣さんってご存じですか?昔から付き合いがあって来てみたんですけど、留守みたいで」
すると納得したような顔をして、他人事のように包み隠さず教えてくれた。
「あの可愛らしい子ねー。しばらく前から行方不明らしいのよ。噂によると、外国に拉致されたんじゃないかって。物騒よねー」
「……そうですか。わざわざ教えていただきありがとうございました」
僕は深くお辞儀をしてその場を立ち去る。
拉致………か。
一体どれだけの人が心配したのだろう。
どのくらいの期間探したんだろう。
どれくらいの証拠があって拉致と判断されたのだろう。
少女はここにいる。しっかりと僕の服を掴んでる。それなのにどうして……。
公園に戻る道のりはやけに殺風景で、色を失くした世界のようだった。
「相変わらず無個性な家ですね」
僕の心を代弁するかのように、少女は言った。
……そこまで思ってないからね?脚色しすぎだよ?
僕が心の中で軽くツッコミを入れると、「もっと近くで見てください」とまた僕の腕を引っ張る。
家の扉の前で立ち止まる。左側には、軽く家庭菜園ができそうな庭があり、ロッジを上がって大きな窓から部屋に入ることができる造りになっていた。
僕は思い出したように周りを見渡す。幸い人の姿は見当たらなかった。
少女が認識されない今、傍から見れば僕は一人で怪しい行動をしていると思われかねない。
そんな心配をよそに、少女は靴を脱ぎ捨ててロッジに上がる。きっと自分の家に久しぶりに帰ってきて嬉しいのだろう。
……まあ楽しそうならいいか。
僕が少女に声を掛けようとすると、少女は急に固まり動かなくなった。
視線は窓の向こう。リビングと思われる部屋を見ていた。わずかに閉まりきっていないカーテンの隙間から一点を凝視していた。
その目は、殺人現場を見たかのような戦々恐々とした双眸だった。僕はそのあまりの凄まじさに一歩も近づけなかった。
1分ほど経っただろうか。少女は同じ目つきのまま、靴も履かずに僕の胸に顔を預ける。その体は、僕に振動が伝わるくらい震えていた。
僕は何も聞けなかった。尋ねることさえ憚れる空気が流れていた。
しばらくして、少女は涙声で途切れ途切れに言葉を発した。
「ゼリーが……みかんゼリーがあったんです……。笑顔の私が写った……写真の……前に……」
僕は黙って聞く。少女は大きく息を吸っては吐くを数回繰り返し、僕の顔を見る。
「……2~3歳の頃、私はみかんゼリーが大好きでした。それこそ毎日のように食べていました。でも今は別に好きではありません。むしろ、幼いからと思って遠ざけていました。もうしばらく口にしていません。でも……私の写真の前にあったのはみかんゼリーでした。両親にとって私の好きな食べ物はみかんゼリーのままなんです。……変わった私を知らないんです。私を見ていないんです」
再び少女は顔をうずめる。僕は背中をさすってあげることしかできなかった。
無関心――というわけではない。少なくとも興味が無ければ、写真を飾ったり食べ物をお供えしたりしない。
ただ――少女の成長に、歩んでいる人生に目を向けていなかったのだろう。
その家庭にはその家庭の事情がある。僕が口出しできることではない。そして、少女と全く同じ気持ちを共有することはできない。
だけど……この悔しい気持ちは何だろう。やるせない気持ちは何だろう。
僕は泣いたらダメだ。泣く資格がない。少女の頭部に涙がこぼれないよう必死に堪える。
僕らはお互い何も言わずに、玄関前でただ立ち尽くしていた。
僕らは公園に戻ることにした。少女は僕の後ろ袖を掴んでいる。
ドアを背にすると、一人の女性が怪しい目でこちらを見ていた。
……まずい。どこから見ていたんだろう。
僕はごまかすように口を開いた。
「あの……麻衣さんってご存じですか?昔から付き合いがあって来てみたんですけど、留守みたいで」
すると納得したような顔をして、他人事のように包み隠さず教えてくれた。
「あの可愛らしい子ねー。しばらく前から行方不明らしいのよ。噂によると、外国に拉致されたんじゃないかって。物騒よねー」
「……そうですか。わざわざ教えていただきありがとうございました」
僕は深くお辞儀をしてその場を立ち去る。
拉致………か。
一体どれだけの人が心配したのだろう。
どのくらいの期間探したんだろう。
どれくらいの証拠があって拉致と判断されたのだろう。
少女はここにいる。しっかりと僕の服を掴んでる。それなのにどうして……。
公園に戻る道のりはやけに殺風景で、色を失くした世界のようだった。
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