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幸せたまごのオムライス

たまご二つ

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「ちょっと!まってってば!」
身長にそぐわない大きな黒いワンピースを着た女の子が駆け抜けた。それはそれはものすごいスピードで走り去るものだからちょっとした風が吹き抜ける。ベンチに座って日向ぼっこをしていた品の良いおばあちゃんがその光景に目を細めて「最近の若い子は元気ねえ」と微笑んでいる。雪も解け始めた四月の最後、ここ円山公園は家族連れや恋人たちで賑わっている。そんな春麗らかな陽気に似合わない真っ黒な少女はさっきから走り回っている。原因は一つ。標準サイズよりも小さい目の周りの黒い眼鏡模様がかわいらしいアライグマが彼女のペンダントをもって逃げ回っていたからだ。動物が特別好きな人ではなかったらアライグマではなく、小型のミックス犬か何かに見紛うくらいの控えめなフォルム、そして器用な指先を使い分けてペンダントを握りしめている。小さなオレンジ色の宝石がはめてあるそのペンダントはメッキの部分が少しさびているが宝石は高価なもののようで一際目を引く美しさを放っている。「リア!さすがに怒るよ!!」
少女の足の周りをもてあそぶようにいったり来たりを繰り返すリアというアライグマに彼女は大声で自分の気持ちを伝える。リアは反論するかのようにひたすらに鼻を鳴らしていた。ほかの人から見ればこの光景はアライグマというだけでもかなり奇妙な光景なのにも関わらず、彼女はまるで会話をするように話しているから余計に不思議だ。
「もう、今日の夜ご飯は魚にしてやる。もう決めた。」
あきらめたように肩で息をする彼女は近くの手ごろなベンチにどんっ、と腰かけた。すると、リアは慌てたように走って彼女の膝の上に飛び乗ると、ご丁寧に手の上にペンダントを乗せた。
「ほんとゲンキンなやつ。あれは私の大切なもの建てリアが一番わかっているでしょ?なんで持って行ったのよ。」
察しの良い方はそろそろ気づいたかも。この少女は本当にリアと会話しているようだ。
『ヨル、ごめん』
三角の耳を申し訳なさそうに倒してリアは悲しそうにうつむいた。
『ヨル、今日までずっと、ニンゲンの本読んでた。リア知ってるよ』
リアの言葉を聞いてあからさまに肩をびくつかせたヨル。と呼ばれた少女は言葉を詰まらせた。確かに都会な街並みを楽しみに何が食べたいかな、なんてスイーツのお店をいくつか雑誌からピックアップしていたのは事実だ。甘いもの、好きだし。
「そもそも、私は人間と関わるのは得意じゃないの。だから雑誌だってたまたま見つけて興味がわいただけだし、ね?」
ふわふわのパンケーキが脳裏に浮かんでは消えてゆくのを感じながら苦し言い訳をする。
『それならいいんだけど。ヨルが行きたいなら、リアついていくよ。そろそろヨルの体元に戻るよね。戻ったら行こうよ!』
リアは改めてヨルの姿を見直した。彼女の背は先ほどよりも10センチ以上伸び、黒のワンピースの武家菅や大きさはぴったりになていた。裸足で走り回っていたはずの小さな足にはいつのまにかエナメルの黒いパンプスを身に着けている。長い髪の毛は変わらず真っ黒で前髪から覗く大きな瞳も真っ黒。少女の面影はあるものの、20代前半くらいの女性に姿が変わっていた。
「中途半端に魔力使っちゃうと魔女は疲れるんだからね?さっきだってリアが逃げ回るから足だって疲れたもん」
唇を尖らせてすねる様子はさっきの少女と何ら変わりないようだ。
『ねえ、ヨル行こうよ。リアもぱんけーき食べてみたい!』
あと、あと、ふぃなんしぇも!ヨルの言葉に一切耳を貸さないアライグマは短い腕を目いっぱい平毛て意気揚々に宣言している。そんなリアがたまらなく愛おしくなって、とうとうヨルは根負けしてしまった。
「ちょっと!ちょっとだけだよ」
飛び跳ねて喜ぶ二足歩行のアライグマの説得は思えばただスイーツを食べたいだけだったと気づいたのは彼女が了承してすぐだった。
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