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幸せたまごのオムライス

隠し味はコンソメに

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「うう、人酔いしそう。」
右手を口元に充てて気分悪そうにヨルは言った。ヨルの人と関わるのが苦手、というのは冗談ではなく事実であって、ここ30年くらいは人里離れた境界線の内側にある山の中で過ごしていたから余計にこの人込みは刺激が強いらしい。
『魔女なのに、そゆところヨルっぽくて、すき』
「確かに、今はどうか知らないけれど、魔女って人慣れしてます、みたいな人多いよね。私のママも、」
言いかけてヨルはすぐに頭をぶんぶん降った。ママなんて、もう知らないもん。
『ヨル、またママさんと喧嘩、飽きないね』
首に巻き付いているリアがくくくっとのどを鳴らして笑ったから、
「うるさいな!リアだってこの前スイと喧嘩してたでしょ。私知ってるんだよ?」
ふん、と鼻を鳴らして誇らしげにヨルは言ってやった。スイはリアのお母さんで普段は親子仲のいい素敵なアライグマだ。
『あれはかぁ様、悪い!リアの作るお菓子、好きなくせに゛ほんとはそんなの私たちの仕事じゃないのよ゛なんて、リア怒るよ。』
スイの真似をして文句を垂れるリアの毛は心なしか逆立っているのが分かった。ヨルもリアの作るお菓子は大好きで、よく作ってもらっている。今の時代でいう雑誌に載っているようなキラキラしたお菓子をどこから取り入れているのか作り上げてくるのだ。この前食べさせてもらったミルフィーユは最高においしかった。いつかお店だしなよ、本当に。
「スイもかなり頑固だからなぁ」
いつの間にか変わっていた信号を確認して横断歩道を渡っていると、
『ねえ、ヨル。不思議な匂い、しない?』
髭をピンとたてて、鼻をひくひく動かしながらリアはあたりを見回した。そもそもここは人通りの多い交差点。いろいろな人間の匂いが混ざり合っていて、正直ヨルにはわからない。
『こっちだ。』
目指していたパンケーキのお店とは反対の方向にリアはヨルの肩から飛び降りると、迷いなく走り出した。
「あ、ちょっとリア!もう私はしりたくないよおおおお」
リアとの追いかけっこはことあるごとに始まる日常茶飯事の出来事なのだが、さすがに都会のど真ん中でするものはわけが違う。人と人の間を縫うように抜けていくリアをひたすら追いかけているといつの間にか商店街に出てしまった。途中からリアの姿は見えなくなり、当てもなく走っていたのでどのくらいの距離を走ったのかはわからない。
「リアのやつ、どこ行ったんだよ」
ヨルはかわいらしい顔を歪ませて、一人道の真ん中で舌打ちをした。これからどうしようか、と口の中でつぶやくと、ふと視界の隅に白く動く何かが見えた。少し離れたところにいたけれど、青く真ん丸な瞳がきっとヨルをとらえた。
「ちょ、ちょっと!そこの君!」
私は白くて少し長い生き物に話しかけたつもりだったのだが、運わるこしゃれなハットをかぶってカジュアルなラクダ色のスーツに身を包んだおじさまが振り向いた。いわゆるイケおじ?ってやつだ。
「何か御用かな?かわいらしいお嬢さん?」
歳はいくつかわからないけれど、さわやかで紳士的なその態度と言葉遣いに一瞬警戒を緩めるも、人間だ、ということを意識してヨルは慎重に尋ねた。
「あの、このあたりで小さめのアライグマみませんでしたか?」
久しぶりに魔女やリア以外と話したヨルは後半はしどろもどろになり俯きがちになっていった。
「そんなに緊張しないでおくれ。かわいいお顔が台無しだ。」
とおじ様はヨルにやさしく微笑みかけてそっと頭に手を置いた。パーソナルスペースの狭さに驚き瞬時に後ずさりをして、踵を返して逃げようか、とヨルは脳内会議を開いた。
えええ、何この人、怖いし、近いし!女性の扱いの手慣れ差が余計に怖い、もう都会やだ。帰りたい!人間怖い!心の中の叫び声がもしかしたら外に出ていたのかもしれない。
「おっと、ごめんよ。怖がらせてしまったかな。」


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