想いを明かせぬ怪人は、          都市の闇に跳ぶ自分を嗤う

藍条森也

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六章

スプリンガルド

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 ビリーのアパートはサウスタウン八番街にあるごくありふれた木造建築二階建のこじんまりとしたものでした。
 家族で入居するというのではなく、まだ若い独身者がはじめて親元をはなれてひとり暮らしをはじめるときによく使われる、そんなクラスのアパートです。
 ですが、見た目はどうあれ、中身は最新のセキュリティーで守られているのが霧と怪奇の都の建築物の特徴。ビリーのアパートも例外ではありません。敷地を囲む塀のゲートとそれぞれの個室の扉に指紋識別装置がつけられており、登録者以外は侵入できないようにできていました。無理に開けようとすれば即座に電流が流され、相手を丸焼きにするという代物です。
 ときおり、焼け焦げた死体が転がっていることもありますが、そこは死刑権が全市民に解放されている都市のこと。『不法侵入しようとしたほうが悪い』ですんでしまいます。
 塀を乗り越えようとすればセンサーに捉えられ、警報が鳴り響き、契約している警備会社に通報されます。場所によっては自動照準レーザーまで装備されているところもあるほどです。
 「死刑権なんぞ解放しているから、みんな怯えて家まで要塞化しなくちゃならねえんじゃねえか」
 と、ジャックは過激なまでのセキュリティに腹を立てていましたが、大半の市民の意見はちがいます。『しっかりしたセキュリティのおかげで安心して生活できる』と、満足していたのです。
 ビリーは右手の人差し指をゲートの指紋識別装置に押し当てました。コンピュータがメモリ内の指紋パターンと照合し、居住者と認め、ゲートを開きました。ビリーは先に立ってゲートをくぐりました。ジャックが後につづきます。ふたりが敷地内に入ると後ろで音を立ててゲートが閉まりました。
 ――なんか秘密基地かなんかに入り込んでるみてえだ。
 と、またも腹をたてるジャックでありました。
 ゲートを越えたそこは入居者共有の庭となっており、その奥にアパートが建っています。自室のドアの前で再び指紋識別装置に指を押し当てます。軽い音がしてロックが解除されました。ビリーはノブをまわしてドアを開けました。なかに入ったところでジャックが妙に気まずそうにしているのに気づきました。きょとんとして尋ねます。
 「どうかしたか?」
 霧と怪奇の都の警察署長は、暴れん坊ジャックの異名をとる男にしてはめずらしく気弱そうな態度で答えたものです。
 「いや……やっぱ、まずくねえか?」
 「なにがだ?」
 「いや、ほれ……やっぱなあ。いくら上司と部下とはいえ、女のひとり暮らしの部屋に男が入るってのは……」
 「ああ」
 ビリーは納得顔でうなずきました。
 「たしかにひとり暮らしで散らかってはいるが、男のひとり暮らしよりはましだと思うぞ」
 科学にしか興味のない白衣娘に一般的な婦女子と同じ反応を期待しても無駄というものでございます。あまりにもずれた反応にジャックは思わず帽子をずり下げ、顔に押し当てました。
 ――こいつにこの手の話を理解しろってのが無理だったよなあ。
 と、いまさらながらにそう思うジャックでありました。
 ともかく、このまま玄関先に突っ立っているわけにもまいりません。ジャックはあきらめてなかに入りました。部屋に通されました。そのとたん、
 「うわおっ」
 ジャックの口から声がもれていました。
 その部屋は床一面にわけのわからないガラクタ類が散乱し、文字通り足の踏み場もない状態だったのです。
 どんなにいそがしい運送会社の倉庫でもここまで乱雑ではないでしょう。住人がどうやって生活しているのか、いっそ不思議になる散らかり具合でした。
 「お前……たまには掃除とかしないのか?」
 これならおれの部屋のほうがよっぽどましだぞ、と思いながら尋ねるジャックでありました。
 「君も知っているだろう。私は好きなことしかやらない主義だ」
 きっぱりと言い切るビリーでありました。
 「……嫁の貰い手ねえぞ、お前」
 「心配は無用だ。私はもらう側になるつもりだからな」
 これまたはっきりと断言するのでございます。
 ふいにビリーがため息をつきました。中身はともかく、見た目はれっきとしたメガネ美少女。こういう仕草はとても様になります。ジャックは不覚にもドキリとしてしまったほどでした。
 「警察に入ったのももともと、仕事のない警察なら好きな実験を思う存分できると思ったからだ。ところが、そのおかげで君の目にとまって現場に引きずり出されるはめになったのだから、人生というものはわからないものだな」
 その言葉にはさすがにジャックも感じるところがあった様子。帽子を胸に当てて気まずそうに尋ねたものです。
 「あ~、やっぱ、その……迷惑だったか? なんせ他に使えそうなやつがひとりもいなかったんで……」
 いかにもすまなさそうなジャックの態度にビリーはくすりと笑ってみせました。
 「まあ、そうでもない。健康のためには運動も必要だしな。それに……」
 メガネの奥の目がふいに流し目になりました。その視線に貫かれ、ジャックの胸は思わず高鳴りました。
 ビリーは流し目のままつづけました。
 「君の側にいられるのはなかなか楽しい」
 「お、おい……」
 「なにしろ、君ほど単純で思い込みが激しくて無鉄砲な人間はそうはいないからな。観察対象として実に興味深い」
 「放っとけ!」
 「さて。では私は失礼してシャワーを浴びさせてもらう。君は適当に過ごしていてくれ」
 「シャ、シャワーだあ? お前、恋人でもない男か来てるのにシャワー浴びるってのかよ?」
 「たしかに、客人を放っておいて入浴というのは失礼とは思うが仕方あるまい。君のせいですっかり汗だくになってしまった。私は汗はきらいなのだ」
 「いや、おれが言ってるのはそういうことじゃなくてな……」
 ジャックは言いかけたましたが途中であきらめました。ビリー相手にそんなことを言っても通じるはずがないのでございます。
 「では、失礼する」
 ビリーはそう言い残し、足場もないはずの部屋のなかをすいすいわたってシャワールームに移動しました。
 「……あのときほど『男扱いされてないんじゃないか』と思ったことはなかったな」
 と、後にジャックは語っております。
 ほどなくしてシャワーの流れる音が聞こえてまいりました。ただ突っ立っているのも何なのでとりあえず座ろうとしたのですが、どこもかしこもガラクタばかり。空いている場所などひとつもありません。
 足でガラクタを片付けてスペースを作ろうとしましたが、のけるそばから他のガラクタが雪崩を起こして落ちてきてうめてしまう。結局、あきらめて突っ立っていることにしました。
 身をかがめてガラクタを一個、適当にひろってみました。両手にもっていじっているとボクシングのグローブのようなものをつけた金属性のアームがピコピコ動きはじめました。何に使うものなのか見当もつきません。他にもいくつか眺めてみましたが、用途のわかるものはひとつもありませんでした。そもそも、意味があって作ったものかどうか。科学マニアのすることは一般人には理解できないものでございますから。
 「またせたな」
 一〇分ほどしてビリーが戻ってまいりました。その姿をみてジャックはぎょっとしました。濡れた髪をたなびかせ、メガネを外し、だぼっとしたトレーナーをすっぽりかぶっている。そのラフな様子からして下着すらつけていないのではないかと思われました。
 ――男とふたりっきりだってえのに、なんでこんなに無防備なんだ、こいつはあっ……!
 パニック寸前でそう腹を立てるジャックでありました。
 そう言えばメガネを外した顔を見るのもこれがはじめてです。ウェーブのかかった長い髪に包まれた顔はやはりかわいらしい。高校時代、声をかけることもなく終わった初恋相手を思い出し、頬を赤らめるジャックでありました。
 ――ま、まじい……。部下相手に照れてるなんて知られたら大問題だぞ。
 ジャックは頬を赤く染め、顔を背けました。真剣に心配しています。『暴れん坊ジャック』などと言われてはいても、結構かわいいところがあるのでございます。
 それに、そもそもが無用な心配というもの。女としての自覚のないビリーが男心などに気がつくはずがないのです。
 「さて。バネ足ジャックのことだが……」
 「お、おう、それだ。心当たりがあるって言ったな。早く教えろ」
 仕事モードに突入したくて食いつかんばかりの勢いで尋ねるジャックでありました。
 「あわてるな。たしかここに……ああ、あった。これだ」
 ビリーはガラクタの山のなかから魔法のように一冊の薄い雑誌をひっぱり出しました。紙面を開き、ジャックに差し出します。そこに掲載されている図面を見た瞬間、ジャック・ロウは警察名物暴れん坊ジャックに戻っておりました。
 「……おい、こいつは」
 ビリーが静かに言いました。
 「火星開発用作業スーツ、通称『スプリンガルド』だ」
 バネ足ジャックの目撃情報そのままの姿がそこにあったのです。
 低重力の惑星上を効率よく移動するための軽合金製のバネをもつ脚部。掘削用の強靭な爪を備えた伸縮自在の腕。暗視ゴーグルや顕微鏡、望遠鏡などのいくつもの機能をもつカメラ・アイを装備した高濃度酸素マスク。エネルギー・タンクを兼ねたトップハット型のヘルメット。各所に装備された姿勢制御用の小型バーニア。太陽電池を縫い込んだ保温用ロング・コート。
 全体としての姿はやけに細長い長身をロング・コートに包んだ真ん丸目玉の怪人そのもので、バーニアが火を噴く様子は全身から青白い炎を吹き上げているように見えるにちがいありませんでした。
 「発表されたのはおよそ一年前。この設計者がケネス・シーヴァース。伯爵ケニーだ」
 「こいつは……」
 ジャックはうめくように言いました。
 「まちがいねえ! こいつがバネ足ジャックだ。しかし、なぜだ? これだけ騒ぎになっているのになぜ、誰もこいつに気がつかなかったんだ?」
 「それは『新・大砲クラブ』の会報誌だ。一般には存在も知られていない。気がつかないのが当然だ」
 「新・大砲クラブ?」
 「宇宙進出をめざす科学者たちのサークルだ」
 「それがなんで『大砲』なんだ?」
 「あきれた男だな。『月世界旅行』も知らないのか? ジュール・ヴェルヌ描く傑作中の傑作SFだぞ」
 「悪かったな。おれはそういうことにはうといんだ」
 ビリーはため息をつきました。
 「『月世界旅行』は大砲の砲弾に乗って月に行こうという話だ。その計画を立てたのが『ボルチモア大砲クラブ』という面々なのだ。人類の宇宙開発はこの物語からはじまった。その歴史的事実に敬意を表し、『新・大砲クラブ』を名乗っているのだ」
 「そんなこたあどうでもいい! とにかく、このなんとかいうスーツを……」
 「スプリンガルドだ」
 「……を作ったやつがその新・大砲クラブとやらにいるんだな?」
 「設計した人物が、だ。実際に作ったかどうかは知らない」
 「そいつの居場所はわかるか!」
 「えっ? あ、ああ、たしかこのタウンの一〇番街に自宅があるはずだが……」
 「近所じゃないか、でかした! よし、すぐに行くぞ」
 「なんだって?」
 「その伯爵ケニーとやらに会いにいくって言ってんだよ!」
 「ま、まて。私はなにも彼がバネ足ジャックの正体だなんて言ってないぞ。伯爵ケニーは立派な科学者だ。こんなくだらないいたずらをするはずが……」
 「だが、このスーツの設計者なんだろうが」
 「それはそうだが……」
 「だったら、なにがしかの関係はあるはずだ! 行くぞ、ぐずぐずするな」
 言うなり部屋を飛び出すジャックでございます。
 「お、おい……!」
 ビリーも後を追おうとしてさすがに自分の格好を思い出しました。あわてて身仕度を整えて――といっても、ジーンズをはいてメガネをかけたぐらいなのですが――急いで上司の後を追いかけました。
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