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一七章
暴走のビリー
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「なんだよ、こりゃ」
トミーが手に入れた情報を調べていてジャックはこぼしました。
「けっこう目撃されてるじゃねえか。あいつら全部、懐にため込んでやがって」
「それは仕方あるまい。情報を公開して出し抜かれたら丸損だからな。営利企業の限界だ」
「ふん……」
目撃された切り裂きジャックの姿はすべて同じ。身長一六〇~一七〇センチ、濃い口髭に顎髭、シャツに色の濃いジャケット、ベストにズボン、黒いスカーフ、黒いフェルト帽。つまり、ジャックたちが目撃したのと同じであり、本家ロンドンの市民たちが想像した殺人鬼像そのままの姿でした。
当然のことながら警備会社や賞金稼ぎたちも『医療関係者ないし電子工学のエキスパート、あるいはその双方を兼ねた人間』という線で捜査していました。
捜査対象のほとんどはすでにシロと判定されていました。横のつながりがまったくないなかでの捜査なので重複している点もずいぶんとあったそうですが、逆に言えばそれだけ信頼できるということになります。
まったく独自に調査した一ダースを超える人間が『犯人ではありえない』と断定している人物をさらに疑う理由があるでしょうか? 警察が忘れさられているこの霧と怪奇の都において、治安維持を担う彼らの捜査能力はきわめて高いのです。
残った人物の情報を突き合わせていくうちにきわめて有力な人物が浮かび上がってきました。
男爵ヴィクター。
そう。伯爵ケニーの不倶戴天の敵、人類の宇宙進出を非難しているあの人物です。
その人物がいまこのとき、『切り裂きジャック』の有力候補として登場してきたのです。
生物学者にして電子工学の権威。アンドロイドや生体強化生物の研究で知られる若き天才。それだけでも充分、犯人像に合致します。そして何よりも、ジーン・リッチ計画によって生み出された遺伝子強化人間……。
「ジーン・リッチ計画ってのは何だ?」
ジャックはビリーに尋ねました。
「来たるべき宇宙時代に備え、現人類よりも強靭な肉体と高い知性、長い寿命をもつ新人類を生み出すことを目的とした計画だ。そのために遺伝子を操作された受精卵は一〇〇とも一〇〇〇とも言われている」
「チッ。ついに人間までいじるようになったわけか。世も末だな」
「私も驚いている。噂には聞いていたがまさか本当だったとはな。都市伝説のひとつだと思っていた。この都にはその手の話はいくらでもあるからな。それが実在の計画であり、しかも、誕生した人間が現に生きているとは……」
「……何かお前、やけにうれしそうだな」
「当たり前だろう! 科学によって生み出された新人類! どんな能力をもつ、どんな存在であることか。ああ、ぜひ会ってみたい!」
『うっとりと手を組み、天井を見上げるその姿は、アイドルに憧れる一〇代の女の子そのままだった』
とは、ジャックの感想です。
「……おい、忘れるなよ。こいつは切り裂きジャックの最有力候補なんだぞ」
「わかっている! こうなれば何としても捕まえなければ。裁判にかけられれば遺伝子や体組織を調べるチャンスもあるだろう。どれほどの情報が得られることか……うう、いまからゾクゾクする」
――い、意外にアブないやつだったんだな。
なぜか冷や汗などを流しながらジャックはそう思ったそうです。
「ま、まあ、とにかく、こいつを探らなきゃいけないわけだが……」
ジャックは気を取り直してあらためて資料を見ました。
「住所を誰も知らないってのはどういうことだ? この都にいるかぎり、ごまかしようなどないはずだぞ」
「市内に住んでいればな。おそらく、森林地帯に居を構えているのだろう」
「どういうことだ?」
「けっこういるのだ。わずらわしい人付き合いを避けて森に建てた家にこもり、そこで研究や創作に専念している科学者や芸術家がな。下水処理と発電を兼ねたコンパクトな燃料電池発電システムのおかげで屎尿処理も発電も自宅でできる。森のなかだから食料も自給できる。会話が必要ならネットですればいい。その気になれば一生、誰とも顔をあわせることなく生きていけるわけだ」
「なるほど。森のなかの一軒家なら切り取った肉体を保存しておくのも簡単だろうしな。しかし……そうなるとやっかいだな。物の売買や郵便などから位置を割り出せないとなると……あの広大な森林地帯をたった三〇人でしらみ潰しにするのは無理だし……」
「何を言っている、それでも暴れん坊ジャックか、いつもの気合いはどこに行った!」
「お、おい……」
「そうするしかないなら行動あるのみだ。しらみ潰しけっこう。森林地帯を熊なく探そうではないか」
「……お前、汗かくの、きらいなんじゃなかったか?」
「そんなことを言っている場合か! 人類初の遺伝子強化人間に会えるかどうかの瀬戸際なのだぞ。そのためとあらばこのウィルマ・ベイカー、毎日、筋力増強罪を飲んで歩きまわるのもいとわない!」
常にマイペースで冷静なはずのビリーがすっかり熱血漢に変わってしまったのです。呆気にとられているジャックの前でビリーは宣言しました。
「さあ行くぞ、ジャック。調査開始だ、ついてこい!」
「ついてこいって……それはおれの台詞だろうが!」
ジャックは叫びつつ、さっさと歩きさるビリーの後を追いかけました。そのときはどちらも気づいていませんでしたが――、
それはビリーがはじめてジャックを名前で呼んだ瞬間でもあったのです。
トミーが手に入れた情報を調べていてジャックはこぼしました。
「けっこう目撃されてるじゃねえか。あいつら全部、懐にため込んでやがって」
「それは仕方あるまい。情報を公開して出し抜かれたら丸損だからな。営利企業の限界だ」
「ふん……」
目撃された切り裂きジャックの姿はすべて同じ。身長一六〇~一七〇センチ、濃い口髭に顎髭、シャツに色の濃いジャケット、ベストにズボン、黒いスカーフ、黒いフェルト帽。つまり、ジャックたちが目撃したのと同じであり、本家ロンドンの市民たちが想像した殺人鬼像そのままの姿でした。
当然のことながら警備会社や賞金稼ぎたちも『医療関係者ないし電子工学のエキスパート、あるいはその双方を兼ねた人間』という線で捜査していました。
捜査対象のほとんどはすでにシロと判定されていました。横のつながりがまったくないなかでの捜査なので重複している点もずいぶんとあったそうですが、逆に言えばそれだけ信頼できるということになります。
まったく独自に調査した一ダースを超える人間が『犯人ではありえない』と断定している人物をさらに疑う理由があるでしょうか? 警察が忘れさられているこの霧と怪奇の都において、治安維持を担う彼らの捜査能力はきわめて高いのです。
残った人物の情報を突き合わせていくうちにきわめて有力な人物が浮かび上がってきました。
男爵ヴィクター。
そう。伯爵ケニーの不倶戴天の敵、人類の宇宙進出を非難しているあの人物です。
その人物がいまこのとき、『切り裂きジャック』の有力候補として登場してきたのです。
生物学者にして電子工学の権威。アンドロイドや生体強化生物の研究で知られる若き天才。それだけでも充分、犯人像に合致します。そして何よりも、ジーン・リッチ計画によって生み出された遺伝子強化人間……。
「ジーン・リッチ計画ってのは何だ?」
ジャックはビリーに尋ねました。
「来たるべき宇宙時代に備え、現人類よりも強靭な肉体と高い知性、長い寿命をもつ新人類を生み出すことを目的とした計画だ。そのために遺伝子を操作された受精卵は一〇〇とも一〇〇〇とも言われている」
「チッ。ついに人間までいじるようになったわけか。世も末だな」
「私も驚いている。噂には聞いていたがまさか本当だったとはな。都市伝説のひとつだと思っていた。この都にはその手の話はいくらでもあるからな。それが実在の計画であり、しかも、誕生した人間が現に生きているとは……」
「……何かお前、やけにうれしそうだな」
「当たり前だろう! 科学によって生み出された新人類! どんな能力をもつ、どんな存在であることか。ああ、ぜひ会ってみたい!」
『うっとりと手を組み、天井を見上げるその姿は、アイドルに憧れる一〇代の女の子そのままだった』
とは、ジャックの感想です。
「……おい、忘れるなよ。こいつは切り裂きジャックの最有力候補なんだぞ」
「わかっている! こうなれば何としても捕まえなければ。裁判にかけられれば遺伝子や体組織を調べるチャンスもあるだろう。どれほどの情報が得られることか……うう、いまからゾクゾクする」
――い、意外にアブないやつだったんだな。
なぜか冷や汗などを流しながらジャックはそう思ったそうです。
「ま、まあ、とにかく、こいつを探らなきゃいけないわけだが……」
ジャックは気を取り直してあらためて資料を見ました。
「住所を誰も知らないってのはどういうことだ? この都にいるかぎり、ごまかしようなどないはずだぞ」
「市内に住んでいればな。おそらく、森林地帯に居を構えているのだろう」
「どういうことだ?」
「けっこういるのだ。わずらわしい人付き合いを避けて森に建てた家にこもり、そこで研究や創作に専念している科学者や芸術家がな。下水処理と発電を兼ねたコンパクトな燃料電池発電システムのおかげで屎尿処理も発電も自宅でできる。森のなかだから食料も自給できる。会話が必要ならネットですればいい。その気になれば一生、誰とも顔をあわせることなく生きていけるわけだ」
「なるほど。森のなかの一軒家なら切り取った肉体を保存しておくのも簡単だろうしな。しかし……そうなるとやっかいだな。物の売買や郵便などから位置を割り出せないとなると……あの広大な森林地帯をたった三〇人でしらみ潰しにするのは無理だし……」
「何を言っている、それでも暴れん坊ジャックか、いつもの気合いはどこに行った!」
「お、おい……」
「そうするしかないなら行動あるのみだ。しらみ潰しけっこう。森林地帯を熊なく探そうではないか」
「……お前、汗かくの、きらいなんじゃなかったか?」
「そんなことを言っている場合か! 人類初の遺伝子強化人間に会えるかどうかの瀬戸際なのだぞ。そのためとあらばこのウィルマ・ベイカー、毎日、筋力増強罪を飲んで歩きまわるのもいとわない!」
常にマイペースで冷静なはずのビリーがすっかり熱血漢に変わってしまったのです。呆気にとられているジャックの前でビリーは宣言しました。
「さあ行くぞ、ジャック。調査開始だ、ついてこい!」
「ついてこいって……それはおれの台詞だろうが!」
ジャックは叫びつつ、さっさと歩きさるビリーの後を追いかけました。そのときはどちらも気づいていませんでしたが――、
それはビリーがはじめてジャックを名前で呼んだ瞬間でもあったのです。
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