想いを明かせぬ怪人は、          都市の闇に跳ぶ自分を嗤う

藍条森也

文字の大きさ
16 / 25
一六章

恐怖の英雄

しおりを挟む
 新・切り裂きジャックの神出鬼没ぶり、鮮やかさは本家切り裂きジャックすら顔色のないほどのものでした。恐怖も限度を超えてしまうと好奇心と興奮の対象となるもの。
 ――いったい、この謎の殺人鬼の正体はなんなのか。本当に透明人間なのか、それとも、異界の怪物なのか……。
 そんな声がささやかれ、都は怪物の正体に関する推測でいっぱいになりました。
 曰く、外の世界で作られた戦闘用ロボットが実験のために送り込まれたのだ。
 曰く、悪魔復活を願う大規模な秘密組織が活動しているのだ。
 曰く、新エネルギーの実験の失敗によってうがたれた次元の穴から怪物がやってきたのだ……。
 ネットのなかもこの話題であふれかえり、見るサイト、見るサイト、正体探しばかりというありさまでした。切り裂きジャックを主役とした趣味の悪い小説がいくつも載せられました。とくに若い女性たちには『殺されてもいいから一目、会ってみたい!』という書き込みが目立っていました。
 ネット世界では切り裂きジャックはすでに、『憎むべき凶悪犯』から、『恐怖の英雄』と化しつつあったのです。
 はい。もちろん、『良識的なおとな』にとってそのような風潮は容認できるものではありません。『切り裂きジャックは英雄ではなく卑劣な殺人鬼』なのであり、『抹殺しなくてはならない社会の敵』なのだと、連日報道されました。ですが、そんなおとなたちの努力にもかかわらず、さ迷う猟犬たちを嘲笑い、凶行を繰り返す『恐怖の英雄』の存在は若い世代のなかで大きくなる一方だったのです。
 『切り裂きジャックが卑劣だって? たったひとりで社会に挑み、銃をもったおとなの男女ばかりを狙う人物のどこが卑劣だって言うんだい? 卑劣なのはよってたかってひとりを狙う社会のほうじゃないか』
 ある日、ネットにハンドル・ネームで掲載されたそのコメントは若い世代の圧倒的な支持を得たものです。
 この情況に危機感をつのらせたジャックはそれまでにもまして熱心に活動しました。まずは切り裂きジャック事件の洗いなおしからです。この殺人鬼を逮捕することは警察を再生できるか否かに直結する。それはひいては社会の在り方を変えられるかどうかにかかってくる。二重三重の意味でなんとしても警察の手で捕らえなくてはならない相手だったのです。
 「とにかくだ。これだけ被害者がいて悲鳴ひとつ聞かれていないというのはおかしい」
 ジャックはそう切り出しました。
 「抵抗した様子もほとんどないし、何か薬品を使われて麻痺させられるか、眠らされるかしてから殺されたんじゃないのか?」
 「そんな薬品が使われていればとっくに検出している……とは言えないのが残念だ」
 ビリーはため息をつきました。
 「なにしろ、この霧と怪奇の都は科学の都でもあるからな。多くの科学者が豊富な資金を手に、独自の研究に励んでいる。従来の検出方法には引っ掛からない麻酔薬のひとつやふたつ、発明している科学者がいてもおかしくはない」
 「とすると、やはり医療関係者か?」
 「切断面のきれいさを見ればそうなる。ただ、セキュリティを易々と突破している点も見逃せないな」
 「それに、おれたちの見かけた切り裂きジャックは人間とは思えないジャンプ力をしていたしな。あれはやはり、何かの機械を使っていたのかな?」
 「筋力増強剤という可能性もある」
 「何だそりゃ? どこで手に入るんだ?」
 「表立って売られてはいない。だが、闇でならば色々な品が出回っている。市販の薬品を使って合成することもできる」
 「ふん……。つまり、犯人は医学的に高度な知識と技術があって、なおかつ、電子工学にも強いというわけか。ビリー。お前は科学者にはくわしいんだろう。心当たりはないのか?」
 「ありすぎて特定できない」
 「……ここは世界中の科学者が集まる場所だったな。警備会社や賞金稼ぎたちは何か情報をつかんでないかな」
 「つかんでいたとしても教えてはくれないと思うぞ」
 「やってみなくちゃわからんさ」
 ジャックはそう言って方々の警備会社やら賞金稼ぎやらを尋ねて回りましたが、当然のこと、成果のひとつも上がりませんでした。
 警備会社と賞金稼ぎの悪口を一〇〇ダースばかり並べ立てながら本部に戻ると、そこで思いもかけない人物がパソコンを操作しているのを見つけました。以前、集合をかけた際、ゲームをしていてジャックにぶん殴られたあの若い警官でした。
 「何だ、あいつは!」
 ジャックは叫びました。
 「トマス・テイラーだ。トミーで通っている」
 ビリーがいつも通りの冷静さで答えます。
 「名前なんぞ聞いていない! どうしてやつがここにいるんだ。それも警官の服を着て。以前の警官は全員、クビにしたはずだぞ」
 「私が独断で残した」
 「なぜだ!」
 「彼は役に立つからだ」
 ビリーは言いながらプリント・アウトされた書類の束をジャックに手渡しました。一目見るなりジャックは目を点にしました。それは各警備会社や賞金稼ぎたちの集めた切り裂きジャックに関する情報だったのです。
 「お、おい、これ……!」
 「彼が警備会社のコンピュータに侵入して手に入れた」
 「侵入って……そんな簡単にできるもんなのか?」
 「普通はできない。彼は特別なのだ」
 「しかし、なんだっていまになってこんな熱心に……」
 その疑問に、天啓のように答えが閃きました。
 「そうか! おれにぶん殴られて警官としての使命に目覚めたんだな! そうか、おれの思いが通じてくれたか……!」
 『あのときはこう、胸に感動の波がじ~んと押し寄せてきたもんだ』
 とは、後にジャックが語ったことです。
 ですが、ビリーの答えは感動とはほとほと縁遠いものでした。
 「仕事はしたくないがいたずらは大好き、という人間はめずらしくもあるまい? 彼はそのタイプなのだ。ガードを破る快感がたまらないそうだ」
 なんてこった、とは思ったものの、貴重な情報をもたらしてくれたことにはちがいありません。ジャックは食い入るように書面を見ました。そこで気づいたのです。
 「おい、ちょっとまて! よく考えたらこれは犯罪じゃないのか?」
 「よく考えなくても犯罪だと思うぞ」
 「冷静に言ってる場合か! すぐにやめさせろ、こんなやつを警察においておけるか」
 「クビにするのか?」
 「当たり前だろ。警官が法を破ってどうする」
 「彼が単なるいたずら好きですんでいるのは警官として給料がもらえるからだ。放り出したりしたらとんでもない大犯罪者になると思うぞ」
 「ぐっ……」
 『このときばかりは「やってからでなければ捕まえられない」警察組織がつくづく不便なものに感じられた』
 と、さしものジャックも語っています。
 トミーが立ち上がりました。やたらうれしそうな態度で書類の束をもってビリーに近づきました。
 「ビリーさま! 全コンピュータ制覇しました。どうぞ!」
 「ああ、ご苦労」
 ビリーは言いながら書類の束を受け取りました。
 「ビ、ビリーさま、だあ?」
 「なぜかは知んが、彼は前々から私になついているのだ」
 トミーはジャックを無視してビリーに言いました。
 「ビリーさま。ご褒美にお付き合いいただけませんか? いい店を調べといたんです」
 「あいにくだが私は色恋沙汰には興味がなくてな。口説くだけ無駄だと思うぞ」
 「おおっ、さすがビリーさま! そのクールさかたまらない」
 冷たく拒絶されて喜んでいる若い警官の姿を見て、ジャックはようやく納得したそうです。
 ――そうか。ただの変態か。
 ですが、ジャックがいくら駆けずり回ってもひとつも手に入れられなかった情報を、トミーが一日足らずですべて入手してしまったのは事実。
 ――どうやら、思いがけない強力な味方ができたようだな。
 ジャックはそう思ったそうです。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

母の下着 タンスと洗濯籠の秘密

MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。 颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。 物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。 しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。 センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。 これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。 どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

漆黒の闇から

一宮 沙耶
ホラー
邪悪な霊が引き起こす事件の数々 若い頃から霊が見え、精神を病んでいた私が事件を解決していく ただ、自分も黄泉の世界に巻き込まれてしまう

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

処理中です...