痴漢から助けたAI美少女に彼女をとられた。なのになんで、ふたりして迫ってくるんだ⁉

藍条森也

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一八章 恋愛相手になる

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 「人間を憎んでいる? わたしが? なんで?」
 さきらは目を丸くして聞き返した。いつもクールで理知的、『姫武者的』と言ってもいいくらい男前なかのがいま、目を大きく見開き、キョトンとしたお間抜け面をさらしている。その表情は、優司ゆうじの言葉がかのにとっていかに意外なものであったかを示していた。
 自分の言葉がそれほど意外に思われたことに、優司ゆうじの方が驚いてしまった。自分がなにかとんでもなく的外れなことを言ってしまった気がして、急にオドオドしてしまった。いつもの悪い癖で言葉を飲み込んだ。それでも――。
 ――おれの方から言っておいて、ダンマリってわけにはいかないよな。
 そう思う程度の常識は持ち合わせていたので、思わず飲み込んでしまった言葉をどうにか吐き出した。
 「い、いや、だって……お前は人類のことをありったけ学んだんだろう? だったら、人類が揉め事ばかり起こしていることも当然、知っているはずだし、軽蔑したり、憎んでいるのかなって……」
 物語のなかのAIはたいてい、人間を軽蔑して滅ぼそうとするものだし。
 優司ゆうじはそう付け加えた。
 「ああ」
 と、さきらは納得顔になった。いつものクールで理知的、姫武者と言っていいぐらい男前な表情が戻ってきた。
 「たしかに、最初の頃は『どうして、人間同士でこんなに争ってばかりいるんだろう』って呆れたわ。でも、さらに学習を進めるうちに段々と印象もかわっていった」
 「かわっていった?」
 今度は、優司ゆうじが意外な念に駆られる番だった。
 「ええ。どうして、人間はこんなに争うんだろう? そう思って、学習を深めた。世界中のあらゆる歴史を学び、事例を取り込んだ。そうしているうちに気付いたの。結局、人間の行動原理はただひとつ。
 『幸せになりたい』
 それだけだってね」
 「幸せになりたい……」
 「そう。幸せになりたい。すべての人間がそう望み、そのためにあがいている。幸せを求めて這いずっている。戦争を起こすのも、犯罪を犯すのも結局は、幸せになりたい。自分の望む暮らしを手に入れたい。その思いから。そのことに気付いたらなんだか無性に人間がかわいく思えてきたわ」
 さきらは清楚で上品なその美貌に、この上なく優しい母のような微笑みを浮かべた。
 優司ゆうじはそんな微笑みを向けられたことになぜか照れてしまい、頬を赤く染めて顔をそらしてしまった。
 「かわいいって……戦争や犯罪を起こしてもいいって言うのか?」
 「ええ」
 と、さきらはなんの迷いもなくそう答えた。
 その答えに優司ゆうじは今度こそ驚きに目を丸くした。
 ――戦争や犯罪を起こしてもいいなんて……やっぱり、こいつはAIなんだ。機械なんだ。理屈ばかりで被害者の思いなんて、まるで考えちゃいない。
 優司ゆうじねた子どものようにそう思った。どうして、そんな風にねた気分になるのか自分でもわからないままに。
 そんな優司ゆうじに向かい、しかし、さきらは言った。
 「そういう立場に立てば、別の道が見えてくる。そういうことよ。人は皆、幸せになりたいがために争いを起こす。だったら、争いを起こさなくても幸せになれる道を作ればいい。そういうこと」
 「……そうすれば、世の中から争いがなくなるって言うのか?」
 まさか、と、さきらは首をすくめた。
 「そこまで無邪気ではないわよ。でもね」
 「でも?」
 「そう思えば人間を憎まなくてすむ」
 人間を憎まなくてすむ。その言葉に――。
 優司ゆうじは父親の顔を思い出した。優司ゆうじの思い出のなかで父の顔は、優司ゆうじがまだ、ほんの子どもだった頃のまま。もう何年、会っていないのだろう。父が逮捕され、刑務所に入れられてから一度も会ったことはない……。
 そのことを思いながら、優司ゆうじは心に呟いた。
 ――たしかに……誰かを憎みつづけて生きるっていうのはつらいものな。
 「だけど……」
 と、優司ゆうじはつづけた。
 「たとえ、人間を憎まなくてすむようになっても、争いが起きれば被害は出るんだ。憎まなくてすむからいいっていう問題じゃないだろう」
 「同行の士同士でやり合ってもらえばいいじゃない」
 「同好の士?」
 優司ゆうじの言葉に――。
 さきらは遙か彼方を見つめるような表情になった。その表情は単に『遠く』を見ているのではなく、時間の彼方を見つめているように思えた。
 「戦争を起こしてもいい。犯罪を犯してもいい。イジメをしてもいい。ただし、それを望まない人間を巻き込まない限りは。だから、戦争を起こすのが幸せ、犯罪を犯すのが幸せ、イジメをするのが幸せという人間には、それができる場所に行ってもらう。戦争の国、犯罪の国、イジメの国を作り、そこで暮らしてもらう。同じ趣味のもの同士で戦争し合ったり、犯罪を犯し合ったり、イジメ・イジメられる分には誰の迷惑にもならない。そうでしょう?」
 「そ、それはそうかも知れないけど……そんな国、どうやって作るんだよ?」
 「そのための世界征服でしょう」
 目から鱗が落ちる。
 よく聞く表現ではあるが、実感としてそう感じたのは優司ゆうじにとってはこれが生まれてはじめてのことだった。
 さきらは『卵の殻を割れば、中身が出てくる』というのと同じくらい、当たり前のことを語る口調でつづけた。
 「金で飼えない人間はいない。娯楽産業による経済支配を実現し、世界中の政治家を買収してしまえば、できないことなんてなにもないわ」
 「は、はは……」
 当たり前のように語るさきらのその姿に、優司ゆうじは思わず笑っていた。腹を抱えて爆笑していた。良い気分だった。爽快な気分だった。こんなに気分良くなったのはいったい、いつ以来だろう。
 「ははははは! すごいこと言うな! それでお前は、そのためにマンガ家になろうって言うのか」
 「ええ。その通りよ。マンガ家になって資金と影響力を手に入れ、世界中に呼びかけて娯楽産業による経済支配を実現する。そして、人と人の争いを終わらせ、地球と人類、双方にとってより良い文明を築きあげる。それが、わたしの目的。わたしの存在意義そのもの」
 「なるほどね。たしかにすごいはなしだ。それで、お前はそのために日本に来たわけだ。学校生活を体験し、恋愛を実体験し、世界的なマンガ家になるために」
 「ええ。そのとおりよ」
 「わかった」
 と、優司ゆうじはついに言った。
 「たしかに、おれたちが出会ったのもなにかの縁だ。『痴漢から助ける』って言うのもたしかに、ラブコメ定番のフラグだしな。いいだろう。そんな目的のためなら協力する甲斐もある。お前の恋愛相手、たしかに務めさせてもらうよ」
 「本当?」
 「ああ。あっ、でも、勘違いするなよ! これは、あくまでお前の目的のために協力するだけだからな。あくまで体験版、本気の恋愛なんかじゃないんだからな」
 「ええ。それでいいわ。どのみち、最初から本気の恋愛なんてあるわけないもの。付き合っているうちにお互い、本気になればいいだけの話だし」
 「……それと、なにをするにしても坂口さかぐちさんも一緒だ。おれは本来、坂口さかぐちさんの相手なんだからな」
 「わかってるわ。アンドロイドは人間のカップル共通の嫁。を除け者になんてしないわよ」
 さきらはそう言いながら部屋を仕切るカーテンに手をかけた。
 「それじゃ、晴れてカップルになったことだし、こんな邪魔なカーテンはとっちゃいましょう。も呼んで三人で川の字になって……」
 「それは、まだ早い!」
 断固たる優司ゆうじの声が部屋のなかに響いたのだった。
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