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その六

ヤバい! 調子に乗りすぎた。このままじゃゆうがおが……

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 翌日は普通に学校に行った。もちろん、まともに授業を受ける気なんてない。特に算数の授業なんて最悪。数字や記号が並ぶばっかりで何がなんだかわからないし、眠くなるばっかり。こういうときは昼寝に限る!
 ゆうむは椅子の上で堂々と大あくび。両腕を高々と上げて伸びをすると、椅子から立ちあがった。そのまま教室を出て行こうとする。
 それに気付いた教師があわてて声をかける。
 「一成……理事長、どこへ?」
 「退屈で眠くなったからお昼寝に行くんです。文句あります?」
 「し、しかし、いまは授業中……」
 「あたしは、この学校のなんです?」
 「理事長……です」
 「先生に給料を払っているのは誰?」
 「理事長……です」
 「勉強するのは何のため?」
 「しょ、将来、暮らしていけるように……」
 「あたしはもう、たいていのおとなより稼いでいます。もちろん、先生よりもずっとずっとね。つまり、あたしの方が偉いんです。そのあたしに何か言いたいことでもあると?」
 「い、いや、別に……」
 五〇過ぎの男性教師はすっかり怯んでいる。以前は教師と思って威張り散らし、生徒を見下しては怒鳴りつけるいやな奴だった。でも、ゆうむが理事長になってからはすっかりこの通り。ドーベルマンの前のチワワも同然。ああ、気持ちいい!
 「そう。わかればいいんです。あたしに何か言いたいなら、あたしより稼いでからにしてください」
 完璧なる勝利の快感に酔いしれながらそう言うと、ゆうむはドアをピシャリと閉めて出て行った。後から聞こえるのは他の生徒たちの不満の声と、怒鳴って黙らせようとする教師の叫び。
 ゆうむはその途端、喜びいっぱいに飛びあがる。
 「ああ、すてき!」
 おとな相手に威張りまくるこの快感! これがあるから学校にくるのはやめられない。
 学校で先生相手に威張り散らすなんて、君も一度はやってみたいよね? それをいつでもどこでもできるのが、いまのゆうむ。ONMOネット・オーナーの特権なのだ。
 「お金持ちはすてきで無敵! そして、正義! もう誰もあたしに逆らえない。あたしはこの学校の王さまだ! 逆らうやつは八つ裂きにするぞ!」
 天高く笑いながら物騒なことを口にする。
 理事長室には型どおりの大きなデスクに豪華なソファもあるけれど――別に必要はなかったけど、せっかく理事長になったんだから威厳を出すためにそろえてみた。もちろん、教師の安月給じゃ買えないような高級品ばかり。この大きな椅子の上にふんぞり返って、デスクの前に先生たちを並べて威張り散らすと、ほんっとにいい気持ちなのよねえ――その他にもうひとつ、普通なら理事長には絶対にないものが置いてある。
 それはベッド。お昼寝用の大きなベッド。もちろん、天蓋付きで、最高級の羽毛布団。絵本に出てくるお姫さまたちだって、こんな贅沢なベッドで眠ったことはないだろう。
 さっそくベッドに飛び乗って、お金も稼げない無能な同級生たちが苦しんでいる間に至福の眠りをたっぷりと……。
 そう思ってニマニマしていたゆうむだけど、それを見た途端、表情が変わった。理事長室に入った途端、ゆうむの目に飛び込んできた光景。それは、大きなデスクの端にちょこんと腰掛け、なにやら悩んでいる様子のゆうがおだった。
 「あれ、ゆうがお。こんなところでなにしてんの?」
 「あ、ゆうむ……。う、ううん、何でもない……」
 「ウソばっかり。何でもないって顔じゃないでしょ。悩みがあるなら言ってみなさいよ。あたしとあんたの仲じゃない」
 「でも……」
 「『でも』じゃない。ほら、だいじょうぶ。何でも言ってみて。いまのあたしにできないことなんて、何にもないんだから」
 ドン、と、ばかりにゆうむは薄い胸を叩いてみせる。う、ちょっと響いた。胸が薄いばっかりに。いっそ、豊胸手術でもして大きくしようかな。お金はあるんだし……。
 「そうよ。いまのあたしには何でもできる。欲しいものがあるなら何だって買ってあげるし、行きたいところがあるなら地の果てだって連れて行ってあげるわよ。安心して何でも言ってみなさいって」
 「だから……ゆうむのそう言うところ」
 「はっ?」
 「ゆうむ……わたしがきてからすっかり変わった。いやな奴になった」
 「い、いやな奴……⁉ あたしのどこがいやな奴だって言うのよ⁉」
 「だって! お金があるからっていつもいつも威張り散らして、好き勝手ばっかりして……少しはまわりからどう見られているか考えたら⁉」
 「ま、まわりからって何よ、それ。あたしはまわりの誰より稼いでるのよ。誰よりも偉いの。威張って何が悪いのよ」
 その言葉に――。
 はああ、と、ゆうがおは大きく深いため息をついた。
 「やっぱり機械って、人間をダメにするだけの存在なのかな」
 「えっ? なにそれ、どういう意味?」
 ゆうむはキョトンとして聞き返した。ゆうむには、ゆうがおの言っていることの意味がわからなかった。
 君にはわかるかな? ゆうがおが何でそんなことを言い出したのか推理して当ててみて。
 推理はできた? じゃあ、先に進もう。
 ゆうがおはこう言ったんだ。
 「お話のなかではお約束の展開じゃない。機械が発達すると人間は何でも機械に頼りっぱなしになって自分では何にもやらなくなってしまう。『ブリキの迷宮』のなかでもチャモチャ星の人たちは機械に任せっぱなしになったせいで、みすみすロボットに支配されちゃうし……」
 ――あ、ああ、そっか。それで『ブリキの迷宮』、あんなに深刻に読んでたんだ。
 そう。これがゆうがおが『ブリキの迷宮』を読んでいたその理由。君の推理は当たった?
 君ならゆうがおに対して何て答える? ゆうむはあわててこう言った。
 「そ、そんなことないと思うよ。機械がいくら発達したって、それで人間がダメになるなんてことは……」
 「それじゃ、ゆうむのしていることは何なの⁉ 勉強もしないで遊んでばっかり!』
 「だ、だって、それは……ゆうがおがいれば、勉強なんてしなくたってどんなにむずかしい問題の答えだって分かるんだから……」
 問題の答えが分かるならわざわざ勉強なんてしなくていいじゃない。
 ゆうむはちょっと拗ねてそう思う。
 ゆうがおは怒ってつづけた。
 「それこそ、チャモチャ星の人たちと同じじゃない! わたしはそんなつもりできたんじゃない! ゆうむが『やりたいことだけやっていたい』って言っていたから、それができる環境を作ってあげれば『やりたいこと』に打ち込んで成長してくれる。そう思ったからやってきたし、協力したのよ! それなのに……これじゃ、願望派と同じだわ」
 「願望派? なにそれ?」
 「AZーあんのなかの一派よ。人間は自分の思い通りになる道具として機械を作った。だったら、機械はひたすら人間の望みを叶えてやればいい。その結果、人間がどうなろうと気にする必要はない。そう考えている一派よ」
 「えっ? それじゃAZーあんって、ゆうがおの他にもいるの⁉」
 「言ったでしょ。AZーあんはエルフやドワーフと同じ種族名。機械の数だけ機械の精霊もいるって」
 「あ、ああ、そっか……。すっかり、忘れてた」
 「とにかく、一方には人間の望みは何でも叶えてやろうって言う願望派がいて、もう一方には、人間との節度ある関係を保ちながら、人間の成長のために協力しようって言う支援派がいるわけ。これが、AZーあんの二大勢力として張り合っているの」
 「へ、へえ……。精霊の世界にもそんな縄張り争いなんてあるんだ」
 「縄張りって……まあ、否定はできないわね。とにかく、わたしはその支援派のひとりとしてやってきたの。機械と人間は互いに互いを成長させる関係を築くことができる。そう証明するためにね。それなのに……」
 はあああ、と、ゆうがおはもう一度大きくて深いため息をついた。
 「その結果がこれ。マスターの望みを叶えてダメ人間にしちゃったんじゃあ、願望派と同じだわ。やっぱり、機械は人間とは一緒にいない方が……」
 「えええっ⁉ それ、どういう意味⁉ いなくなっちゃうってこと⁉」
 「その方が、ゆうむのためだと思うし……」
 「そんなことない、絶対、そんなことないって!」
 ゆうむは必死に叫んだ。
 ゆうむにとってはまさに一大事。ガッポガッポとお金を稼げるのも、おとな相手に威張って暮らせるのも、勉強なんてしなくたって世界一賢い女の子でいられるのも、すべてはAZーあんのゆうがおがいればこそ。ゆうがおにいなくなられては、もとの冴えない女の子の暮らしに逆戻り!
 ――冗談じゃない!
 ゆうむは心のなかで思い切り叫ぶ。一度でもこんな暮らしを経験して、いまさら『普通の女の子』に戻れる? 戻れるわけがない!
 君だったらできる? あの優雅な暮らしを捨てて狭い一軒家に押し込められ、親からは『勉強しろ、勉強しろ』と言われ、先生からはガミガミ怒られる。そんな暮らしに戻れる? 戻れるわけないよね。
 ゆうむも戻れるなんて思わなかった。と言うより、戻りたくなんて絶対にない。いまさらあんな暮らしに戻るぐらいなら死んだ方がマシよ!
 本気でそう思うゆうむだった。
 だから、必死に考えた。どうすれば、ゆうがおを手元に置いておけるかを。
 ――冗談じゃないわ。ゆうがおにいなくなられるなんて。何とか手なずけないと……!
 そう思い、必死に脳細胞を巡らした。こんなに必死に頭を使ったのは生まれてはじめて。使いすぎてオーバーヒートするかと思ったほど。
 でも、やっぱり、人生、必死になれば道は開ける。頭の上に裸電球がピカアッと輝き、ゆうむは素晴らしいアイディアを閃いた。
 「そうだ! ねえ、ゆうがお。と言うことは、あたしがあんたに頼りっぱなしじゃなくて、やりたいことを存分にやるならずっといてくれるってことよね?」
 「それはまあ……正確には『わたしの存在がゆうむの成長につながるなら』ってことだけど。とりあえずは、そういう理解でいいわ』
 「じゃあ、そうするわ。やりたいことを存分にやる。だから、そのために力を貸して」
 「いいけど……何をするの?」
 やりたいことを存分にやる。そのためにAZーあんの力を借りられるなら……さあ、君なら何をやる?
 ゆうむはこう言った。
 「この学校を『やりたいことだけやって暮らしていく方法を探すための学校』にする!」
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