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その七
やりたいことだけやる学校
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と言うわけではじまった理事長自らによる『やりたいことだけやって暮らしていく方法を探す会』。
理事長室を部室に変えてさっそくの活動開始。理事長権限で校内放送させて開始を告げると最初にやってきたのは飯根菜子。
ゆうむとクラスはちがうけど同じ学年。男子の間では『校内三大ブス』の筆頭との評価が定着している。
――悪いけど納得しちゃうのよね、その評価。
と、ゆうむもうなずくその外見。何しろ、スマホいじりが趣味、と言うより人生そのもの。授業もほっぽり出して日がな一日スマホ画面ばかり眺めている。そのせいですっかり目が悪くなり、マンガに出てくるような極度のビン底メガネをかけている。家と学校の往復以外、外に出ることもないので血色は悪いし、顔色はいつも青白い。夜も寝ないでスマホいじりばかりしているから、いつもどんより眠そうな表情。
もちろん、おしゃれになんて何の興味もなくて身だしなみはいつも最悪。もっさりした服ばかり着ているし、満足にお風呂にも入っていないようで髪はボサボサ、近くによると何やら匂う、とは、クラスメートの女子たちの一致した意見。はっきり言って女子とは見えない。
『あいつを女の子とは呼ばないで!』
と言うのは、校内カースト上位の女子たちが口をそろえて言う叫び、と言うより悲鳴。ゆうむも思わず共感してしまう。
はっきり言ってイジメ同然なのだが、教師の誰も注意しないのは、教師も納得してしまうその雰囲気故。何しろ『素顔のまま、お化け屋敷のバイトができる』と言うのがちまたの噂で、校内肝試し大会のときだけは引っ張りだこの人気者になる……と言えば、どんな雰囲気かおおよその見当はつこうというもの。そう言うわけで先生たちも納得し、イジメとして認識していない。
『事実を言って何が悪い』
と言うわけ。
えっ? 肝試し大会のときばっかり引っ張りだこになって、本人の気持ちはどうかって?
さあ? そんなこと、誰も知らない。何しろ、頼まれると何も言わずに黙々と役割をこなすだけ。嫌がっているのかも知れないけど、実は頼られて嬉しいのかも知れない。
いずれにしても、本人が何も言わないので、どう思っているかなんて誰にもまったくわからない。それでも、とにかく、頼まれたことは引き受けるのだから意外と人付き合いはいいのかも知れない。
ともあれ、真っ先にやってきたのが飯根菜子であることは意外でも何でもなかった。何しろ、いつでもスマホばかりいじっているせいで親からも先生からも『スマホばかりいじってないで勉強しろ、友だちと付き合え』と説教されるのが毎日の日課。それでも、本人はスマホいじりだけやっていたいと聞く耳をもたない。
そんな飯根菜子なら必ずやってくる。
ゆうむも最初からそう思っていた。
「それで、飯根さん」
と、ゆうむは理事長ぶってさん付けして尋ねてみせる。ちょっぴり上から目線なのは『自分の方が女の子として上』との意識があるから。
「あなたの希望は『どうしたら、スマホいじりだけして暮らしていけるか』でいいのよね?」
「そう」
コックリと、菜子はうなずいた。
血色の悪い青白い顔。ボサボサの髪。うつむき加減。そこに加えて万年寝不足で活気のない声。これだけそろえば――。
――そりゃ肝試し大会で引っ張りだこにもなるわ。
と、心から納得のゆうむだった。
菜子はぼそぼそ口調で話しはじめた。
「あたしはスマホを愛している。スマホいじりはあたしの生きがい。スマホが恋しい、一時だって手放したくない……」
「そ、そうなんだ……。すごいね」
そう言いながら、ゆうむも追わず引いてしまう。
そんなホラーな雰囲気が漂っている。本人があくまで真剣なだけになおさら怖い。
「だから、あたしはスマホいじりだけして暮らしたい。スマホいじり以外したくない。どうすればその願いを叶えられるかと思って……」
――分かる! すごく分かる!
ゆうむは心でそううなずく。見た目の怖さや口調の陰気さはともかく、その思いには心から共感できる。
あたしだって、いつもいつも『何で、やりたいことだけやってちゃいけないの⁉』と叫んで生きてきたんだ。『スマホいじりだけして暮らしていたい』という菜子の思いはよく分かる。
ゆうむはドン! と、自分の薄い胸を叩いて見せた。
「任せて! このクラブはそのための方法を探す場所なんだから。要するにスマホいじりをお金にできればいいのよ。スマホいじりを仕事にしちゃえば、どんなにスマホいじりばっかりやっていても『仕事熱心』ってほめてもらえるんだから」
「スマホいじりを仕事にする……どうやって?」
菜子の当然の質問に、ゆうむは再び胸を叩いてみせる。
「任せて! 必ずいい方法を見つけてみせる」
と、ゆうむはとことん安請け合い。
さて、君ならどうやってスマホいじりを仕事にする? 分からない? もちろん、ゆうむだってわからない。そんなことが分かるぐらいなら、とっくに自分でそうしていた。
でも、大丈夫。自分に分からないことは、誰かに教えてもらえばいい。世の中には頭のいい人がいくらでもいて、質問さえすれば答えてくれる。そして、AZーあんのゆうがおがいる限り、ゆうむはいつでもどこでも自在に世界中の機械にアクセスできる。世界中の人から答えをもらえる。
ゆうむはさっそくゆうがおと合体して電脳空間にトリップ。色とりどりのきらめく電子の流れのなかに身を置いて、世界中に向かって叫ぶ。
グローバル・アクセス!
答えをちょうだい!
その叫びに呼応して、たちまち集まる何億という答え。ゆうがおとひとつになることで超活性化されたゆうむの脳はその答えを瞬時に読み上げ、理解して、適切と思える答えを選び出す。
さあ、どんな答えがあると思う?
ゆうむの選んだ答えはこれだ。
「ミシュランの料理評価はそもそも『お金はないけどおいしいものを食べたい』って言う願望から生まれたそうよ。格付けしてあげるからタダで食べさせろってことね。それと同じことをすればいいのよ。フェイクニュースやデマやウソがあふれるネット世界で必要なのは、誰の発言が信用できるかを知らせる尺度。そこで、こうしたらどう?
有名ブロガーの過去の発言を調べあげて、正しいことを言っているかどうか採点するの。ずっと正しいことだけを言っている人ならその発言は今後も信用できる。デマばっかり流している人なら当然、信用できない。ミシュランが料理人に星をつけて採点するように、発言者の信用度に星をつけて採点するの。その評価リストが売れればお金になる。お金になれば、スマホいじりだけしていられる! これぞツイッターの三つ星!」
ゆうむがその答えを菜子に伝えると菜子は大喜び。
――この子もこんな表情するんだ。
ゆうむがそう感心するぐらい明るい表情になって理事長室をあとにした。
最初のひとりはまずは大成功。気をよくしたゆうむは胸を張ってゆうがおに言う。
「どう? やりたいことを思う存分できる人間が生まれたわよ。これであなたも満足でしょう?」
「……まあ、それはそうかも知れないんだけど」
「なによ、煮え切らないわね。だいじょうぶ。この調子でどんどんやりたいことを思う存分できる環境を作りましょう」
あまり乗り気でなさそうなゆうがおを前に、ゆうむはひとり大張り切り。次にやってきたのはちょっとビックリするぐらいハンサムな男の子。
――やだ、アヤトリ君じゃない。
校内きっての美男子の登場に、ゆうむはちょっとドキドキ。『アヤトリ』というのはあだ名で本名は綾富理雄。本名を縮めただけの安直なあだ名に思えるかも知れないけど、そうじゃない。このあだ名が付いたのには、それはそれは深い訳がある。
容姿端麗、成績優秀、スポーツ万能、おまけに父親は結構な大会社の社長というお坊ちゃま。見た目ももちろんその身分にふさわしいカッコ良さ。校内の女子どころか近所のJCやJKにまでキャアキャア言われている。
その上、IQ一六五の天才児。将来は東大どころかMITでもハーバードでも入学できると言われる超逸材。
はっきり言って、男子にとってはただただ迷惑な出来すぎ野郎。でも、女子にとっては学校生活に欠かすことのできない身近なスーパースター。
そんな男子がやってきたのだから、ゆうむがドキドキするのも無理はない。
「え、ええと……アヤトリ君はどんな希望なのかな?」
と、ゆうむは柄にもなく女の子然として尋ねてみせる。ちょっと小首をかしげた乙女チックな仕種が、あまり似合っていないのが悲しい。
ズイッとアヤトリは身を乗り出した。全校女子生徒憧れのイケメンが間近に迫り、ゆうむは思わず真っ赤になる。
アヤトリは真剣そのものの表情で答えた。
「君も知っていると思うけど、僕はあやとりが好きだ。あやとりは正真正銘の芸術だと思っている」
あまりに真剣なその言い方に、ゆうむも思わず熱が冷めてしまう。
そう。実は彼、大のあやとり好き。飯根菜子が一日中スマホいじりばっかりしているように、彼も四六時中あやとりのことばかり考えている。そこで付いたあだ名が『アヤトリ』というわけ。
アヤトリは真剣そのものの表情と口調でづけた。
「僕はそのことを世間に認めさせたい。だから、プロあやとりスト一号になって世界中にあやとりの魅力を広めたい。どうすればあやとりのプロになれるか、それを知りたいんだ」
「そ、そうなんだ……あやとりのプロ……」
ちょっと想像の付かない言葉にゆうむもついつい引いてしまう。だけど、アヤトリは大まじめ。ゆうむの引いた分、さらに身を乗り出して力説する。
「そうだ。僕はあやとりのプロになる。そして、世界に挑戦する。そのためなら何でもする。だから、どうすればプロになれるのか、その方法を知りたいんだ」
「で、でも、アヤトリ君、大会社の社長の息子で、天才で……何もそんなことしなくたって輝ける未来があるんじゃないの?」
――わざわざあやとりなんかしなくたって、お金をバンバン稼げる将来の方がいいでしょうに。
そう思うゆうむは立派に俗物なのだった。
ところがアヤトリは俗物ではない様子。ゆうむの言葉にきっぱり答えた。
「僕は新しい道を切り開きたいんだ。ゲームだってそうだろう。昔はゲームと言えばただの遊びだった。でも、いまでは世界中にプロゲーマーがいて、年に一億稼ぐプレイヤーだっているぐらいだ。すべてはゲームを愛し、ゲームの魅力を広めた人たちの努力によるものだ。僕もあやとりを愛する人間として、彼らのようにあやとりを認めさせたい。自分の力で新しい道を切り開きたいんだ」
――ま、まぶしい……!
そうきっぱり答えるアヤトリの輝きに、思わず目を隠すゆうむだった。
「そ、そう……とにかく答えを探してみるね」
そこで、再びゆうがおとひとつになる。
グローバル・アクセス!
答えをちょうだい!
「簡単なことだ。自分のファンを作ればいい。ファンになった人間はその活動を支えるために金を払ってくれる。ネットのおかげで誰だって自分のファンを得られる時代になった。ファンが五〇〇人もいて毎月千円ずつ課金してくれれば五〇万。立派に暮らしていける金になる。世界人口七〇億のなかの五〇〇人なんて簡単だ。
いままではわずかなタレントに大勢のファンという図式だったけど、これからは無数のタレントに少しのファンという図式になる。そして、そのタレント一人ひとりがまた別の誰かのファンになって応援する。そうすることで誰もが誰かのスターになり、誰かのファンになるという世の中になる。そうすれば、誰でも自分の好きなことをやって暮らしていける世の中になる」
「……というわけで」
と、ゆうむはどこかの誰かから送られてきた答えをアヤトリに告げる。
「大切なのは芸ではなく、自分自身のファンを作ること。真剣にあやとりに打ち込む姿を世間に向かって見せれば、必ず応援してくれる人はいる。そんな人を五〇〇人も確保できれば暮らしていけるわ」
「なるほど、そうか。よく分かった。あやとりに対する愛情なら誰にも負けない。僕の生き様を多くの人たちに見てもらい、ファンになってもらうよ。ありがとう、一成さん。感謝するよ」
「ど、どういたしまして……」
校内きっての美男子――しかも、天才でお金持ち――にニッコリ笑顔で感謝され、思わずポッーとなってしまうゆうむだった。
「さあ、それじゃグズグズしていられないぞ。新作あやとりに挑戦しなくちゃ」
アヤトリはそう言うと、さっそくポケットから愛用の糸を取り出して、あやとりの研究をはじめた。
そこへ獲物に飛びつくヒョウのような勢いでやってくるひとつの影。
「あー、あーくん、またあやとりやってるの。本当に好きねえ」
と、ベタベタした様子でアヤトリに近づくのは濃野果梨。校内三大ブス筆頭にあげられる飯根菜子とは裏腹に、校内でも一、二を争う美少女。文句なしにきれいだし、背は高いし、スタイルはいいしで、ちょっと小学生には見えないぐらい。制服さえ着ればロリ系高校生で通るだろう。校内どころか町でも一、二のモテキャラで、とにかくいつも男子に囲まれている。
本人も男子に囲まれてチヤホヤされるのが大好き。おかげで校内の女子からは目の敵にされている。本人はもちろん、そんな連中、相手にしない。『負け犬の遠吠え』と一刀両断にする姿はいっそ清々しい。
その濃野果梨がご執心なのが綾富理雄。『カッコよくて、天才で、大会社の社長の息子なんだから狙うしかないでしょ』と、露骨そのもの。
『でも、本人はあやとりに夢中よ?』
という声に対しては、
『そこをうまく操縦するのが女の腕の見せ所』
と、自信満々。それを聞いた誰もが思う。
『男が女を怖がるわけだ』
「ねえ、あーくん。今度、デートしよ。面白い映画やってるんだって」
「あいにく、僕はいそがしいんだ。他を当たってくれ」
「あ~ん、もう。あーくんてば照れ屋なんだからあ」
「照れてるんじゃない。迷惑だと言っているんだ。あっちに行ってくれ」
「好きな子についついツンケンしちゃうところがまたいいのよねえ。かわいいんだから、もう」
と、相手の言うことなど一言も聞かずに自分の世界にはまりっぱなし。一方、アヤトリもアヤトリで果梨のことなど目もくれずに新作あやとりの研究に没頭している。
ひたすら研究に打ち込むアヤトリと相手かまわずまとわりつづける果梨。ふたりはともかく並んで去って行く。
その後ろ姿を見てゆうむは思わず呟いた。
「ま、まあ、ふたりとも、『自分のやりたいこと』に夢中になっているわけで、これでいいんでしょう、多分……」
ともあれ、『やりたいことだけやって暮らしていける方法を探す会』は大盛況。何しろ、ゆうがおがいる限り、ゆうむは世界中から答えを募集できるのだ。答えの出ない問題なんてどこにもない。
スポーツ好きはネット上に試合の実況を流し、何かを作るのが好きならやはりネット上に展覧会を開く。学校あげて取り組み、広告収入を得ることで『好きなことでやっていける環境』を整えた。その取り組みが世間の注目を引いて『小学生理事長』としてゆうむはあちこちに引っ張りだこ。おかげで鼻高々。
――これなら立派に活動しているわけだし、ゆうがおだって残ってくれるよね。
これで、まだまだゆうがおを使って、いい思いができる。
そうほくそ笑むゆうむであった。
理事長室を部室に変えてさっそくの活動開始。理事長権限で校内放送させて開始を告げると最初にやってきたのは飯根菜子。
ゆうむとクラスはちがうけど同じ学年。男子の間では『校内三大ブス』の筆頭との評価が定着している。
――悪いけど納得しちゃうのよね、その評価。
と、ゆうむもうなずくその外見。何しろ、スマホいじりが趣味、と言うより人生そのもの。授業もほっぽり出して日がな一日スマホ画面ばかり眺めている。そのせいですっかり目が悪くなり、マンガに出てくるような極度のビン底メガネをかけている。家と学校の往復以外、外に出ることもないので血色は悪いし、顔色はいつも青白い。夜も寝ないでスマホいじりばかりしているから、いつもどんより眠そうな表情。
もちろん、おしゃれになんて何の興味もなくて身だしなみはいつも最悪。もっさりした服ばかり着ているし、満足にお風呂にも入っていないようで髪はボサボサ、近くによると何やら匂う、とは、クラスメートの女子たちの一致した意見。はっきり言って女子とは見えない。
『あいつを女の子とは呼ばないで!』
と言うのは、校内カースト上位の女子たちが口をそろえて言う叫び、と言うより悲鳴。ゆうむも思わず共感してしまう。
はっきり言ってイジメ同然なのだが、教師の誰も注意しないのは、教師も納得してしまうその雰囲気故。何しろ『素顔のまま、お化け屋敷のバイトができる』と言うのがちまたの噂で、校内肝試し大会のときだけは引っ張りだこの人気者になる……と言えば、どんな雰囲気かおおよその見当はつこうというもの。そう言うわけで先生たちも納得し、イジメとして認識していない。
『事実を言って何が悪い』
と言うわけ。
えっ? 肝試し大会のときばっかり引っ張りだこになって、本人の気持ちはどうかって?
さあ? そんなこと、誰も知らない。何しろ、頼まれると何も言わずに黙々と役割をこなすだけ。嫌がっているのかも知れないけど、実は頼られて嬉しいのかも知れない。
いずれにしても、本人が何も言わないので、どう思っているかなんて誰にもまったくわからない。それでも、とにかく、頼まれたことは引き受けるのだから意外と人付き合いはいいのかも知れない。
ともあれ、真っ先にやってきたのが飯根菜子であることは意外でも何でもなかった。何しろ、いつでもスマホばかりいじっているせいで親からも先生からも『スマホばかりいじってないで勉強しろ、友だちと付き合え』と説教されるのが毎日の日課。それでも、本人はスマホいじりだけやっていたいと聞く耳をもたない。
そんな飯根菜子なら必ずやってくる。
ゆうむも最初からそう思っていた。
「それで、飯根さん」
と、ゆうむは理事長ぶってさん付けして尋ねてみせる。ちょっぴり上から目線なのは『自分の方が女の子として上』との意識があるから。
「あなたの希望は『どうしたら、スマホいじりだけして暮らしていけるか』でいいのよね?」
「そう」
コックリと、菜子はうなずいた。
血色の悪い青白い顔。ボサボサの髪。うつむき加減。そこに加えて万年寝不足で活気のない声。これだけそろえば――。
――そりゃ肝試し大会で引っ張りだこにもなるわ。
と、心から納得のゆうむだった。
菜子はぼそぼそ口調で話しはじめた。
「あたしはスマホを愛している。スマホいじりはあたしの生きがい。スマホが恋しい、一時だって手放したくない……」
「そ、そうなんだ……。すごいね」
そう言いながら、ゆうむも追わず引いてしまう。
そんなホラーな雰囲気が漂っている。本人があくまで真剣なだけになおさら怖い。
「だから、あたしはスマホいじりだけして暮らしたい。スマホいじり以外したくない。どうすればその願いを叶えられるかと思って……」
――分かる! すごく分かる!
ゆうむは心でそううなずく。見た目の怖さや口調の陰気さはともかく、その思いには心から共感できる。
あたしだって、いつもいつも『何で、やりたいことだけやってちゃいけないの⁉』と叫んで生きてきたんだ。『スマホいじりだけして暮らしていたい』という菜子の思いはよく分かる。
ゆうむはドン! と、自分の薄い胸を叩いて見せた。
「任せて! このクラブはそのための方法を探す場所なんだから。要するにスマホいじりをお金にできればいいのよ。スマホいじりを仕事にしちゃえば、どんなにスマホいじりばっかりやっていても『仕事熱心』ってほめてもらえるんだから」
「スマホいじりを仕事にする……どうやって?」
菜子の当然の質問に、ゆうむは再び胸を叩いてみせる。
「任せて! 必ずいい方法を見つけてみせる」
と、ゆうむはとことん安請け合い。
さて、君ならどうやってスマホいじりを仕事にする? 分からない? もちろん、ゆうむだってわからない。そんなことが分かるぐらいなら、とっくに自分でそうしていた。
でも、大丈夫。自分に分からないことは、誰かに教えてもらえばいい。世の中には頭のいい人がいくらでもいて、質問さえすれば答えてくれる。そして、AZーあんのゆうがおがいる限り、ゆうむはいつでもどこでも自在に世界中の機械にアクセスできる。世界中の人から答えをもらえる。
ゆうむはさっそくゆうがおと合体して電脳空間にトリップ。色とりどりのきらめく電子の流れのなかに身を置いて、世界中に向かって叫ぶ。
グローバル・アクセス!
答えをちょうだい!
その叫びに呼応して、たちまち集まる何億という答え。ゆうがおとひとつになることで超活性化されたゆうむの脳はその答えを瞬時に読み上げ、理解して、適切と思える答えを選び出す。
さあ、どんな答えがあると思う?
ゆうむの選んだ答えはこれだ。
「ミシュランの料理評価はそもそも『お金はないけどおいしいものを食べたい』って言う願望から生まれたそうよ。格付けしてあげるからタダで食べさせろってことね。それと同じことをすればいいのよ。フェイクニュースやデマやウソがあふれるネット世界で必要なのは、誰の発言が信用できるかを知らせる尺度。そこで、こうしたらどう?
有名ブロガーの過去の発言を調べあげて、正しいことを言っているかどうか採点するの。ずっと正しいことだけを言っている人ならその発言は今後も信用できる。デマばっかり流している人なら当然、信用できない。ミシュランが料理人に星をつけて採点するように、発言者の信用度に星をつけて採点するの。その評価リストが売れればお金になる。お金になれば、スマホいじりだけしていられる! これぞツイッターの三つ星!」
ゆうむがその答えを菜子に伝えると菜子は大喜び。
――この子もこんな表情するんだ。
ゆうむがそう感心するぐらい明るい表情になって理事長室をあとにした。
最初のひとりはまずは大成功。気をよくしたゆうむは胸を張ってゆうがおに言う。
「どう? やりたいことを思う存分できる人間が生まれたわよ。これであなたも満足でしょう?」
「……まあ、それはそうかも知れないんだけど」
「なによ、煮え切らないわね。だいじょうぶ。この調子でどんどんやりたいことを思う存分できる環境を作りましょう」
あまり乗り気でなさそうなゆうがおを前に、ゆうむはひとり大張り切り。次にやってきたのはちょっとビックリするぐらいハンサムな男の子。
――やだ、アヤトリ君じゃない。
校内きっての美男子の登場に、ゆうむはちょっとドキドキ。『アヤトリ』というのはあだ名で本名は綾富理雄。本名を縮めただけの安直なあだ名に思えるかも知れないけど、そうじゃない。このあだ名が付いたのには、それはそれは深い訳がある。
容姿端麗、成績優秀、スポーツ万能、おまけに父親は結構な大会社の社長というお坊ちゃま。見た目ももちろんその身分にふさわしいカッコ良さ。校内の女子どころか近所のJCやJKにまでキャアキャア言われている。
その上、IQ一六五の天才児。将来は東大どころかMITでもハーバードでも入学できると言われる超逸材。
はっきり言って、男子にとってはただただ迷惑な出来すぎ野郎。でも、女子にとっては学校生活に欠かすことのできない身近なスーパースター。
そんな男子がやってきたのだから、ゆうむがドキドキするのも無理はない。
「え、ええと……アヤトリ君はどんな希望なのかな?」
と、ゆうむは柄にもなく女の子然として尋ねてみせる。ちょっと小首をかしげた乙女チックな仕種が、あまり似合っていないのが悲しい。
ズイッとアヤトリは身を乗り出した。全校女子生徒憧れのイケメンが間近に迫り、ゆうむは思わず真っ赤になる。
アヤトリは真剣そのものの表情で答えた。
「君も知っていると思うけど、僕はあやとりが好きだ。あやとりは正真正銘の芸術だと思っている」
あまりに真剣なその言い方に、ゆうむも思わず熱が冷めてしまう。
そう。実は彼、大のあやとり好き。飯根菜子が一日中スマホいじりばっかりしているように、彼も四六時中あやとりのことばかり考えている。そこで付いたあだ名が『アヤトリ』というわけ。
アヤトリは真剣そのものの表情と口調でづけた。
「僕はそのことを世間に認めさせたい。だから、プロあやとりスト一号になって世界中にあやとりの魅力を広めたい。どうすればあやとりのプロになれるか、それを知りたいんだ」
「そ、そうなんだ……あやとりのプロ……」
ちょっと想像の付かない言葉にゆうむもついつい引いてしまう。だけど、アヤトリは大まじめ。ゆうむの引いた分、さらに身を乗り出して力説する。
「そうだ。僕はあやとりのプロになる。そして、世界に挑戦する。そのためなら何でもする。だから、どうすればプロになれるのか、その方法を知りたいんだ」
「で、でも、アヤトリ君、大会社の社長の息子で、天才で……何もそんなことしなくたって輝ける未来があるんじゃないの?」
――わざわざあやとりなんかしなくたって、お金をバンバン稼げる将来の方がいいでしょうに。
そう思うゆうむは立派に俗物なのだった。
ところがアヤトリは俗物ではない様子。ゆうむの言葉にきっぱり答えた。
「僕は新しい道を切り開きたいんだ。ゲームだってそうだろう。昔はゲームと言えばただの遊びだった。でも、いまでは世界中にプロゲーマーがいて、年に一億稼ぐプレイヤーだっているぐらいだ。すべてはゲームを愛し、ゲームの魅力を広めた人たちの努力によるものだ。僕もあやとりを愛する人間として、彼らのようにあやとりを認めさせたい。自分の力で新しい道を切り開きたいんだ」
――ま、まぶしい……!
そうきっぱり答えるアヤトリの輝きに、思わず目を隠すゆうむだった。
「そ、そう……とにかく答えを探してみるね」
そこで、再びゆうがおとひとつになる。
グローバル・アクセス!
答えをちょうだい!
「簡単なことだ。自分のファンを作ればいい。ファンになった人間はその活動を支えるために金を払ってくれる。ネットのおかげで誰だって自分のファンを得られる時代になった。ファンが五〇〇人もいて毎月千円ずつ課金してくれれば五〇万。立派に暮らしていける金になる。世界人口七〇億のなかの五〇〇人なんて簡単だ。
いままではわずかなタレントに大勢のファンという図式だったけど、これからは無数のタレントに少しのファンという図式になる。そして、そのタレント一人ひとりがまた別の誰かのファンになって応援する。そうすることで誰もが誰かのスターになり、誰かのファンになるという世の中になる。そうすれば、誰でも自分の好きなことをやって暮らしていける世の中になる」
「……というわけで」
と、ゆうむはどこかの誰かから送られてきた答えをアヤトリに告げる。
「大切なのは芸ではなく、自分自身のファンを作ること。真剣にあやとりに打ち込む姿を世間に向かって見せれば、必ず応援してくれる人はいる。そんな人を五〇〇人も確保できれば暮らしていけるわ」
「なるほど、そうか。よく分かった。あやとりに対する愛情なら誰にも負けない。僕の生き様を多くの人たちに見てもらい、ファンになってもらうよ。ありがとう、一成さん。感謝するよ」
「ど、どういたしまして……」
校内きっての美男子――しかも、天才でお金持ち――にニッコリ笑顔で感謝され、思わずポッーとなってしまうゆうむだった。
「さあ、それじゃグズグズしていられないぞ。新作あやとりに挑戦しなくちゃ」
アヤトリはそう言うと、さっそくポケットから愛用の糸を取り出して、あやとりの研究をはじめた。
そこへ獲物に飛びつくヒョウのような勢いでやってくるひとつの影。
「あー、あーくん、またあやとりやってるの。本当に好きねえ」
と、ベタベタした様子でアヤトリに近づくのは濃野果梨。校内三大ブス筆頭にあげられる飯根菜子とは裏腹に、校内でも一、二を争う美少女。文句なしにきれいだし、背は高いし、スタイルはいいしで、ちょっと小学生には見えないぐらい。制服さえ着ればロリ系高校生で通るだろう。校内どころか町でも一、二のモテキャラで、とにかくいつも男子に囲まれている。
本人も男子に囲まれてチヤホヤされるのが大好き。おかげで校内の女子からは目の敵にされている。本人はもちろん、そんな連中、相手にしない。『負け犬の遠吠え』と一刀両断にする姿はいっそ清々しい。
その濃野果梨がご執心なのが綾富理雄。『カッコよくて、天才で、大会社の社長の息子なんだから狙うしかないでしょ』と、露骨そのもの。
『でも、本人はあやとりに夢中よ?』
という声に対しては、
『そこをうまく操縦するのが女の腕の見せ所』
と、自信満々。それを聞いた誰もが思う。
『男が女を怖がるわけだ』
「ねえ、あーくん。今度、デートしよ。面白い映画やってるんだって」
「あいにく、僕はいそがしいんだ。他を当たってくれ」
「あ~ん、もう。あーくんてば照れ屋なんだからあ」
「照れてるんじゃない。迷惑だと言っているんだ。あっちに行ってくれ」
「好きな子についついツンケンしちゃうところがまたいいのよねえ。かわいいんだから、もう」
と、相手の言うことなど一言も聞かずに自分の世界にはまりっぱなし。一方、アヤトリもアヤトリで果梨のことなど目もくれずに新作あやとりの研究に没頭している。
ひたすら研究に打ち込むアヤトリと相手かまわずまとわりつづける果梨。ふたりはともかく並んで去って行く。
その後ろ姿を見てゆうむは思わず呟いた。
「ま、まあ、ふたりとも、『自分のやりたいこと』に夢中になっているわけで、これでいいんでしょう、多分……」
ともあれ、『やりたいことだけやって暮らしていける方法を探す会』は大盛況。何しろ、ゆうがおがいる限り、ゆうむは世界中から答えを募集できるのだ。答えの出ない問題なんてどこにもない。
スポーツ好きはネット上に試合の実況を流し、何かを作るのが好きならやはりネット上に展覧会を開く。学校あげて取り組み、広告収入を得ることで『好きなことでやっていける環境』を整えた。その取り組みが世間の注目を引いて『小学生理事長』としてゆうむはあちこちに引っ張りだこ。おかげで鼻高々。
――これなら立派に活動しているわけだし、ゆうがおだって残ってくれるよね。
これで、まだまだゆうがおを使って、いい思いができる。
そうほくそ笑むゆうむであった。
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