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第三話 魔導士ミーツ山姥
魔導士の決意
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「……ちがう、ちがう。これじゃない、これじゃない」
山姥は啼いていた。
啼きながら、顔中を血に染めて猪の肉をむさぼり食っていた。
「……ちがう、ちがう、ちがう」
あまりにも哀切なその声をかき消すように――。
「いたあっー、おっぱいおっぱい!」
脳天気なまでに明るい声が響いた。
「な、なんじゃ……?」
あまりに場違いな声に山姥が思わず振り返る。飢えに満ちたその目が見たものは――。
恐ろしい勢いで自分目がけて突っ込んでくる若い令嬢だった。
「山姥さん!」
カティはガシッ! と、山姥の両肩をつかむと、真剣きわまる目で言ってのけた。
「おっぱいください!」
「な、なんじゃと……?」
「ですから、あなたのおっぱいをください。あたしはカッテージ・カマンベール。チーズ職人カティと呼んでください。
この世界に住むあらゆる魔獣神獣のおっぱいからチーズを作り、そのチーズで世界を幸せにすることがあたしの夢!
ですから、あなたのおっぱいからもチーズを作らなくてはならないんです。と言うわけで、おっぱいください!」
「なにが『と言うわけで』じゃ! 落ち着かんかい!」
「あたしは落ち着いています!」
「嘘つけ!」
全力でツッコんだあと、山姥は深いふかい息を吐き出した。
「……まったく、騒がしい。よく見んかい。この姿を。こんな老婆に乳など出せるはずがなかろう」
「出せないんですか?」
「当たり前じゃ!」
「なんだ。だったら、もう用はないですね。フェンリルさん、やっちゃってください」
「のわっー!」
カティに言われてフェンリルの放った『猫パンチ』の一撃で、山姥は吹っ飛ばされた。
いくら、人間より強いとは言ってもしょせん、下っ端妖怪。酒呑童子や九尾の狐、はたまた大嶽丸といった大物ならいざ知らず、太陽すら呑み込む大魔獣フェンリルに太刀打ちできるはずがない。
「おぬしに恨みがあるわけではないが……」
フェンリルはそう言って、一歩を踏み出した。
「この地を統べる陸の王として、よそ者にデカい面をさせておくわけにはいかないのでな。消えてもらおう」
フェンリルがとどめをさそうとした。そのとき――。
「まってくれ!」
山姥をかばってフェンリルの眼前に飛び出したものがいた。
例の魔導士だった。
「まってくれ! この方を殺さないでくれ! まずは、この方の話を聞いてやってくれ」
「……わしはそもそも、このような妖怪などではなかった」
山姥はポツポツと話しはじめた。
「人間たちの暮らしを守る、れっきとした女神であったのだ。冬の間は山に住み、春になると里におりて水田の神となる。秋の収穫を終えると再び山に帰り、眠りにつく。
それが、わしのもともとの暮らしじゃった。じゃが、あるとき、新しい神がやってきてわしを追い払った。神の座を追われたわしは妖怪へと落ちぶれ、この様よ」
「……かわいそう」
カティが言った。大きな目にうっすら涙が溜まっている。チーズさえ絡まなければ『それなりに』いい人なカティである。
「それで、人間を恨んで襲っていたんですか?」
「そうではない」
「では、なぜ?」
「寿司じゃ」
「寿司?」
「東の島の食い物じゃ。わしはその寿司が大好きじゃった。新しい神がやってきてわしを神の座から追い落とすまで、人間たちはわしのもたらす恵みに感謝し、季節毎に供え物をしてくれたものじゃ。
わしはその供え物を食って幸せに暮らしておった。とくに好物だったのが米から作られる酒、そして、米と、その米と同じ水田からとれる魚を使った寿司という食い物じゃ。
妖怪へと落ちぶれ、この大陸へと流れてきてからも、わしは寿司が食いたくて食いたくてたまらなかった。じゃが、この大陸では米は作っておらん。米がなければ寿司は作れん。食いたくても食いたくても寿司は食えん。そのことが悲しかった。切なかった。いつしかわしの心は飢えにみたされ、なんであれ、襲って食らうようになっていた。じゃが……」
ほう、と、山姥は溜め息をついた。
「……それは、寿司ではない。なにを食おうとわしの飢えは……満たされん」
悲しみを込めてそう語る山姥に対し――、
「わかります!」
やたら理解を示したのはカティその人である。
「あたしだってチーズのない世界に行ったら、きっとおかしくなって人間のひとりやふたり、襲って食べちゃいます!」
「いや、それはいかんじゃろ」
フェニックスが言った。
魔導士も含めて誰も『まさか、本当に人を食ったりはしないだろう』などと思っていないところがさすがである。カティという人間をよく理解している。
「頼みというのはそこだ」
魔導士が言った。
「あなたにこの件を解決してほしいのだ。もし、この方が人を殺し、食ったことがあるなら個人の感情など問題にはならない。退治せざるを得ん。
だが、この方は幸い、人を殺し、食ったことはない。『人を襲い、食らう』というのは、尾ヒレのついた噂にすぎない。助けてあげたいのだ。あなたならできる。私のメガネがそう言っている」
「わかりました!」
ドン、と、カティは自分の胸を叩いて見せた。
「山姥さんの悲しみ、このチーズ職人カティが晴らしてみせます!」
「どうやってなのじゃ!」
「米がなければ寿司は作れぬのだぞ?」
「だいじょうぶ!」
フェニックスとフェンリル、二重のツッコみに、カティは自信満々で答えて見せた。
「チーズは母の愛! チーズはすべてを救う! あたしはお寿司のことはよく知っています。お寿司がわりのチーズ料理は得意です!」
カティは胸を張ってそう宣言した。
そして、カティはひとつの料理を作りあげた。それは粒状のクリームチーズを軽くまとめ、川で獲ってきた魚をさばいて載せた料理。
その名もチーズの寿司、チーズ寿司。
略して『チ寿司』。
「とっておきのワインも添えて、さあ、召しあがれ!」
山姥はそう言われて寿司(?)をひとつ、口のなかに放り込んだ。その瞬間――。
「おおっ!」
山姥の顔が喜びに弾けた。
「こ、これは……粒の一つひとつがしっかり立った確かな食感。淡泊でクセがないのにしっかりと感じられるほのかな甘味。そして、淡泊ゆえに魚の味を邪魔することなく引き立てる名優振り。これは……これは、まさに寿司じゃ!」
「さあ、こちらのワインもどうぞ。絶対、このチ寿司に合いますから」
「おお、これは……! 一口飲めば口のなかをきれいに流し、二口飲めば芳醇な果実の香りが口のなかを包み込む。その果実の香りが魚の生臭さを打ち消し、旨味のみを引き立てる! なんという美味! これならば東の島で食していた酒と寿司にも負けぬ。いや、勝っている!」
「そうでしょう、チーズは母の愛。チーズに勝る食べ物なんてありません」
「ううむ、まさに。もっとくれ。これならばわしの飢えも満たされよう」
「はい。いくらでもどうぞ」
と、カティは手作りのチ寿司をどさっともってくる。
「うぬぬぅ~。カティ、そやつばかりズルいのじゃ! わらわにも食わせるのじゃ」
「我も食したいものだな」
「わ、私も、できれば……」
フェニックスが、フェンリルが、そして、魔導士までもが口々に言う。
カティは満面の笑みで答えた。
「はい、もちろんです! みんなでチーズを食べて幸せになりましょう」
かくして、その場はすっかりチ寿司パーティーの会場となってしまった。ワインが振る舞われ、歌が唄われ、なんとも陽気で楽しい時間が流れた。気がついたとき――。
山姥の姿はなかった。そこにいたのはもはや恐ろしい老婆としての山姥などではなかった。多少、歳はとっているが、上品で美しい女性だった。
「おおっ」
と、その女性はおののくように声をあげた。
「なんと言うこと。まさか再び、女神であった頃の姿に戻れようとは」
「それが、山姥さん……あなたの本当の姿だったんですね」
「しかり。そなたのチ寿司を食べることで飢えが満たされた。そのために元の姿に戻れたのだ。礼を言うぞ、チーズ職人カティ」
「当然です。チーズはすべてを救います」
『ふん!』とばかりに胸を張るカティ。
その横で、
「……美しい」
魔導士がうっとりとした口調で呟いた。
歩を進め、山姥――女神の手を両手で押し頂いた。
「このメガネの力によって、あなたの本当の姿は見えていた。その姿を一目見たときから私はあなたに恋していた。どうか、この想い、受けとめていただきたい」
「……なぜ、こやつほどの魔導士が下っ端妖怪などに後れを取ったのかと思っていたが」
「そういう理由だったのじゃじゃ」
「……素敵です」
うっとりと――。
カティまでもがそう呟いた。
「結婚してください」
「……はい」
こうして――。
魔導士と女神は夫婦となった。
森のなかに一軒の真新しい店ができていた。
看板に描かれた店名は『カティの愛あるチーズ工房 第一支店』。
「カティの愛あるチーズ工房第一支店、ここに開店です! おふたりで店をもり立て、チーズで世界を幸せにしてください!」
カティは晴れて夫婦となった魔導士と女神に向かって言った。フェニックスがすかさずツッコむ。
「本店も開店していないのに、支店を開店するとはおかしいのじゃじゃ」
「なにを言っているんです、フェニックスちゃん。本店はあたしたちに決まっているじゃありませんか」
「わらわたち?」
「そうです! あたしたち自らが『カティの愛あるチーズ工房』本店として、世界を巡りながらお店を開くんです!」
「確かに、カティの携帯農場があれば、どこでも店を開けるからな」と、フェンリル。
「任せてください!」
いまや女神の夫となった魔導士が誇らしげに答えた。その腕はしっかり新妻たる女神の肩にまわされ、抱きよせている。女神の方もこれ以上ないほどの幸せそうな笑顔で、できたばかりの夫によりそっている。
恋愛遊戯に奔走する普通の令嬢であれば『やってられるか!』と叫んで、砂をかけずにはいられないような姿である。
「必ずや店長の期待に応え、チーズで世界を幸せにして見せましょう」
と、すっかり魔導士改めチーズ店店員である。
……こうして、カティたちは一組の幸せな夫婦を残して再び旅立った。
夫婦の作るチーズはそのおいしさと愛情深さで大人気となり、店は常に人であふれかえった。そして、夫婦はいつまでも幸せに暮らしました。めでたし、めでたし……。
で、終わるのはいい昔話。
あいにく、ここにはカティがいる。カティがいる限り、そんなハッピーエンドでは終わらない。
「山姥……女神さん」
ズイッとカティは女神に詰め寄った。
「な、なんでしょう、本店長?」
ギラリ、と、カティの目が光った。
「それだけ若返ったんです。それなら、おっぱい……出せますよね?」
完
山姥は啼いていた。
啼きながら、顔中を血に染めて猪の肉をむさぼり食っていた。
「……ちがう、ちがう、ちがう」
あまりにも哀切なその声をかき消すように――。
「いたあっー、おっぱいおっぱい!」
脳天気なまでに明るい声が響いた。
「な、なんじゃ……?」
あまりに場違いな声に山姥が思わず振り返る。飢えに満ちたその目が見たものは――。
恐ろしい勢いで自分目がけて突っ込んでくる若い令嬢だった。
「山姥さん!」
カティはガシッ! と、山姥の両肩をつかむと、真剣きわまる目で言ってのけた。
「おっぱいください!」
「な、なんじゃと……?」
「ですから、あなたのおっぱいをください。あたしはカッテージ・カマンベール。チーズ職人カティと呼んでください。
この世界に住むあらゆる魔獣神獣のおっぱいからチーズを作り、そのチーズで世界を幸せにすることがあたしの夢!
ですから、あなたのおっぱいからもチーズを作らなくてはならないんです。と言うわけで、おっぱいください!」
「なにが『と言うわけで』じゃ! 落ち着かんかい!」
「あたしは落ち着いています!」
「嘘つけ!」
全力でツッコんだあと、山姥は深いふかい息を吐き出した。
「……まったく、騒がしい。よく見んかい。この姿を。こんな老婆に乳など出せるはずがなかろう」
「出せないんですか?」
「当たり前じゃ!」
「なんだ。だったら、もう用はないですね。フェンリルさん、やっちゃってください」
「のわっー!」
カティに言われてフェンリルの放った『猫パンチ』の一撃で、山姥は吹っ飛ばされた。
いくら、人間より強いとは言ってもしょせん、下っ端妖怪。酒呑童子や九尾の狐、はたまた大嶽丸といった大物ならいざ知らず、太陽すら呑み込む大魔獣フェンリルに太刀打ちできるはずがない。
「おぬしに恨みがあるわけではないが……」
フェンリルはそう言って、一歩を踏み出した。
「この地を統べる陸の王として、よそ者にデカい面をさせておくわけにはいかないのでな。消えてもらおう」
フェンリルがとどめをさそうとした。そのとき――。
「まってくれ!」
山姥をかばってフェンリルの眼前に飛び出したものがいた。
例の魔導士だった。
「まってくれ! この方を殺さないでくれ! まずは、この方の話を聞いてやってくれ」
「……わしはそもそも、このような妖怪などではなかった」
山姥はポツポツと話しはじめた。
「人間たちの暮らしを守る、れっきとした女神であったのだ。冬の間は山に住み、春になると里におりて水田の神となる。秋の収穫を終えると再び山に帰り、眠りにつく。
それが、わしのもともとの暮らしじゃった。じゃが、あるとき、新しい神がやってきてわしを追い払った。神の座を追われたわしは妖怪へと落ちぶれ、この様よ」
「……かわいそう」
カティが言った。大きな目にうっすら涙が溜まっている。チーズさえ絡まなければ『それなりに』いい人なカティである。
「それで、人間を恨んで襲っていたんですか?」
「そうではない」
「では、なぜ?」
「寿司じゃ」
「寿司?」
「東の島の食い物じゃ。わしはその寿司が大好きじゃった。新しい神がやってきてわしを神の座から追い落とすまで、人間たちはわしのもたらす恵みに感謝し、季節毎に供え物をしてくれたものじゃ。
わしはその供え物を食って幸せに暮らしておった。とくに好物だったのが米から作られる酒、そして、米と、その米と同じ水田からとれる魚を使った寿司という食い物じゃ。
妖怪へと落ちぶれ、この大陸へと流れてきてからも、わしは寿司が食いたくて食いたくてたまらなかった。じゃが、この大陸では米は作っておらん。米がなければ寿司は作れん。食いたくても食いたくても寿司は食えん。そのことが悲しかった。切なかった。いつしかわしの心は飢えにみたされ、なんであれ、襲って食らうようになっていた。じゃが……」
ほう、と、山姥は溜め息をついた。
「……それは、寿司ではない。なにを食おうとわしの飢えは……満たされん」
悲しみを込めてそう語る山姥に対し――、
「わかります!」
やたら理解を示したのはカティその人である。
「あたしだってチーズのない世界に行ったら、きっとおかしくなって人間のひとりやふたり、襲って食べちゃいます!」
「いや、それはいかんじゃろ」
フェニックスが言った。
魔導士も含めて誰も『まさか、本当に人を食ったりはしないだろう』などと思っていないところがさすがである。カティという人間をよく理解している。
「頼みというのはそこだ」
魔導士が言った。
「あなたにこの件を解決してほしいのだ。もし、この方が人を殺し、食ったことがあるなら個人の感情など問題にはならない。退治せざるを得ん。
だが、この方は幸い、人を殺し、食ったことはない。『人を襲い、食らう』というのは、尾ヒレのついた噂にすぎない。助けてあげたいのだ。あなたならできる。私のメガネがそう言っている」
「わかりました!」
ドン、と、カティは自分の胸を叩いて見せた。
「山姥さんの悲しみ、このチーズ職人カティが晴らしてみせます!」
「どうやってなのじゃ!」
「米がなければ寿司は作れぬのだぞ?」
「だいじょうぶ!」
フェニックスとフェンリル、二重のツッコみに、カティは自信満々で答えて見せた。
「チーズは母の愛! チーズはすべてを救う! あたしはお寿司のことはよく知っています。お寿司がわりのチーズ料理は得意です!」
カティは胸を張ってそう宣言した。
そして、カティはひとつの料理を作りあげた。それは粒状のクリームチーズを軽くまとめ、川で獲ってきた魚をさばいて載せた料理。
その名もチーズの寿司、チーズ寿司。
略して『チ寿司』。
「とっておきのワインも添えて、さあ、召しあがれ!」
山姥はそう言われて寿司(?)をひとつ、口のなかに放り込んだ。その瞬間――。
「おおっ!」
山姥の顔が喜びに弾けた。
「こ、これは……粒の一つひとつがしっかり立った確かな食感。淡泊でクセがないのにしっかりと感じられるほのかな甘味。そして、淡泊ゆえに魚の味を邪魔することなく引き立てる名優振り。これは……これは、まさに寿司じゃ!」
「さあ、こちらのワインもどうぞ。絶対、このチ寿司に合いますから」
「おお、これは……! 一口飲めば口のなかをきれいに流し、二口飲めば芳醇な果実の香りが口のなかを包み込む。その果実の香りが魚の生臭さを打ち消し、旨味のみを引き立てる! なんという美味! これならば東の島で食していた酒と寿司にも負けぬ。いや、勝っている!」
「そうでしょう、チーズは母の愛。チーズに勝る食べ物なんてありません」
「ううむ、まさに。もっとくれ。これならばわしの飢えも満たされよう」
「はい。いくらでもどうぞ」
と、カティは手作りのチ寿司をどさっともってくる。
「うぬぬぅ~。カティ、そやつばかりズルいのじゃ! わらわにも食わせるのじゃ」
「我も食したいものだな」
「わ、私も、できれば……」
フェニックスが、フェンリルが、そして、魔導士までもが口々に言う。
カティは満面の笑みで答えた。
「はい、もちろんです! みんなでチーズを食べて幸せになりましょう」
かくして、その場はすっかりチ寿司パーティーの会場となってしまった。ワインが振る舞われ、歌が唄われ、なんとも陽気で楽しい時間が流れた。気がついたとき――。
山姥の姿はなかった。そこにいたのはもはや恐ろしい老婆としての山姥などではなかった。多少、歳はとっているが、上品で美しい女性だった。
「おおっ」
と、その女性はおののくように声をあげた。
「なんと言うこと。まさか再び、女神であった頃の姿に戻れようとは」
「それが、山姥さん……あなたの本当の姿だったんですね」
「しかり。そなたのチ寿司を食べることで飢えが満たされた。そのために元の姿に戻れたのだ。礼を言うぞ、チーズ職人カティ」
「当然です。チーズはすべてを救います」
『ふん!』とばかりに胸を張るカティ。
その横で、
「……美しい」
魔導士がうっとりとした口調で呟いた。
歩を進め、山姥――女神の手を両手で押し頂いた。
「このメガネの力によって、あなたの本当の姿は見えていた。その姿を一目見たときから私はあなたに恋していた。どうか、この想い、受けとめていただきたい」
「……なぜ、こやつほどの魔導士が下っ端妖怪などに後れを取ったのかと思っていたが」
「そういう理由だったのじゃじゃ」
「……素敵です」
うっとりと――。
カティまでもがそう呟いた。
「結婚してください」
「……はい」
こうして――。
魔導士と女神は夫婦となった。
森のなかに一軒の真新しい店ができていた。
看板に描かれた店名は『カティの愛あるチーズ工房 第一支店』。
「カティの愛あるチーズ工房第一支店、ここに開店です! おふたりで店をもり立て、チーズで世界を幸せにしてください!」
カティは晴れて夫婦となった魔導士と女神に向かって言った。フェニックスがすかさずツッコむ。
「本店も開店していないのに、支店を開店するとはおかしいのじゃじゃ」
「なにを言っているんです、フェニックスちゃん。本店はあたしたちに決まっているじゃありませんか」
「わらわたち?」
「そうです! あたしたち自らが『カティの愛あるチーズ工房』本店として、世界を巡りながらお店を開くんです!」
「確かに、カティの携帯農場があれば、どこでも店を開けるからな」と、フェンリル。
「任せてください!」
いまや女神の夫となった魔導士が誇らしげに答えた。その腕はしっかり新妻たる女神の肩にまわされ、抱きよせている。女神の方もこれ以上ないほどの幸せそうな笑顔で、できたばかりの夫によりそっている。
恋愛遊戯に奔走する普通の令嬢であれば『やってられるか!』と叫んで、砂をかけずにはいられないような姿である。
「必ずや店長の期待に応え、チーズで世界を幸せにして見せましょう」
と、すっかり魔導士改めチーズ店店員である。
……こうして、カティたちは一組の幸せな夫婦を残して再び旅立った。
夫婦の作るチーズはそのおいしさと愛情深さで大人気となり、店は常に人であふれかえった。そして、夫婦はいつまでも幸せに暮らしました。めでたし、めでたし……。
で、終わるのはいい昔話。
あいにく、ここにはカティがいる。カティがいる限り、そんなハッピーエンドでは終わらない。
「山姥……女神さん」
ズイッとカティは女神に詰め寄った。
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