6 / 33
第三話 魔導士ミーツ山姥
魔導士の決意
しおりを挟む
「……ちがう、ちがう。これじゃない、これじゃない」
山姥は啼いていた。
啼きながら、顔中を血に染めて猪の肉をむさぼり食っていた。
「……ちがう、ちがう、ちがう」
あまりにも哀切なその声をかき消すように――。
「いたあっー、おっぱいおっぱい!」
脳天気なまでに明るい声が響いた。
「な、なんじゃ……?」
あまりに場違いな声に山姥が思わず振り返る。飢えに満ちたその目が見たものは――。
恐ろしい勢いで自分目がけて突っ込んでくる若い令嬢だった。
「山姥さん!」
カティはガシッ! と、山姥の両肩をつかむと、真剣きわまる目で言ってのけた。
「おっぱいください!」
「な、なんじゃと……?」
「ですから、あなたのおっぱいをください。あたしはカッテージ・カマンベール。チーズ職人カティと呼んでください。
この世界に住むあらゆる魔獣神獣のおっぱいからチーズを作り、そのチーズで世界を幸せにすることがあたしの夢!
ですから、あなたのおっぱいからもチーズを作らなくてはならないんです。と言うわけで、おっぱいください!」
「なにが『と言うわけで』じゃ! 落ち着かんかい!」
「あたしは落ち着いています!」
「嘘つけ!」
全力でツッコんだあと、山姥は深いふかい息を吐き出した。
「……まったく、騒がしい。よく見んかい。この姿を。こんな老婆に乳など出せるはずがなかろう」
「出せないんですか?」
「当たり前じゃ!」
「なんだ。だったら、もう用はないですね。フェンリルさん、やっちゃってください」
「のわっー!」
カティに言われてフェンリルの放った『猫パンチ』の一撃で、山姥は吹っ飛ばされた。
いくら、人間より強いとは言ってもしょせん、下っ端妖怪。酒呑童子や九尾の狐、はたまた大嶽丸といった大物ならいざ知らず、太陽すら呑み込む大魔獣フェンリルに太刀打ちできるはずがない。
「おぬしに恨みがあるわけではないが……」
フェンリルはそう言って、一歩を踏み出した。
「この地を統べる陸の王として、よそ者にデカい面をさせておくわけにはいかないのでな。消えてもらおう」
フェンリルがとどめをさそうとした。そのとき――。
「まってくれ!」
山姥をかばってフェンリルの眼前に飛び出したものがいた。
例の魔導士だった。
「まってくれ! この方を殺さないでくれ! まずは、この方の話を聞いてやってくれ」
「……わしはそもそも、このような妖怪などではなかった」
山姥はポツポツと話しはじめた。
「人間たちの暮らしを守る、れっきとした女神であったのだ。冬の間は山に住み、春になると里におりて水田の神となる。秋の収穫を終えると再び山に帰り、眠りにつく。
それが、わしのもともとの暮らしじゃった。じゃが、あるとき、新しい神がやってきてわしを追い払った。神の座を追われたわしは妖怪へと落ちぶれ、この様よ」
「……かわいそう」
カティが言った。大きな目にうっすら涙が溜まっている。チーズさえ絡まなければ『それなりに』いい人なカティである。
「それで、人間を恨んで襲っていたんですか?」
「そうではない」
「では、なぜ?」
「寿司じゃ」
「寿司?」
「東の島の食い物じゃ。わしはその寿司が大好きじゃった。新しい神がやってきてわしを神の座から追い落とすまで、人間たちはわしのもたらす恵みに感謝し、季節毎に供え物をしてくれたものじゃ。
わしはその供え物を食って幸せに暮らしておった。とくに好物だったのが米から作られる酒、そして、米と、その米と同じ水田からとれる魚を使った寿司という食い物じゃ。
妖怪へと落ちぶれ、この大陸へと流れてきてからも、わしは寿司が食いたくて食いたくてたまらなかった。じゃが、この大陸では米は作っておらん。米がなければ寿司は作れん。食いたくても食いたくても寿司は食えん。そのことが悲しかった。切なかった。いつしかわしの心は飢えにみたされ、なんであれ、襲って食らうようになっていた。じゃが……」
ほう、と、山姥は溜め息をついた。
「……それは、寿司ではない。なにを食おうとわしの飢えは……満たされん」
悲しみを込めてそう語る山姥に対し――、
「わかります!」
やたら理解を示したのはカティその人である。
「あたしだってチーズのない世界に行ったら、きっとおかしくなって人間のひとりやふたり、襲って食べちゃいます!」
「いや、それはいかんじゃろ」
フェニックスが言った。
魔導士も含めて誰も『まさか、本当に人を食ったりはしないだろう』などと思っていないところがさすがである。カティという人間をよく理解している。
「頼みというのはそこだ」
魔導士が言った。
「あなたにこの件を解決してほしいのだ。もし、この方が人を殺し、食ったことがあるなら個人の感情など問題にはならない。退治せざるを得ん。
だが、この方は幸い、人を殺し、食ったことはない。『人を襲い、食らう』というのは、尾ヒレのついた噂にすぎない。助けてあげたいのだ。あなたならできる。私のメガネがそう言っている」
「わかりました!」
ドン、と、カティは自分の胸を叩いて見せた。
「山姥さんの悲しみ、このチーズ職人カティが晴らしてみせます!」
「どうやってなのじゃ!」
「米がなければ寿司は作れぬのだぞ?」
「だいじょうぶ!」
フェニックスとフェンリル、二重のツッコみに、カティは自信満々で答えて見せた。
「チーズは母の愛! チーズはすべてを救う! あたしはお寿司のことはよく知っています。お寿司がわりのチーズ料理は得意です!」
カティは胸を張ってそう宣言した。
そして、カティはひとつの料理を作りあげた。それは粒状のクリームチーズを軽くまとめ、川で獲ってきた魚をさばいて載せた料理。
その名もチーズの寿司、チーズ寿司。
略して『チ寿司』。
「とっておきのワインも添えて、さあ、召しあがれ!」
山姥はそう言われて寿司(?)をひとつ、口のなかに放り込んだ。その瞬間――。
「おおっ!」
山姥の顔が喜びに弾けた。
「こ、これは……粒の一つひとつがしっかり立った確かな食感。淡泊でクセがないのにしっかりと感じられるほのかな甘味。そして、淡泊ゆえに魚の味を邪魔することなく引き立てる名優振り。これは……これは、まさに寿司じゃ!」
「さあ、こちらのワインもどうぞ。絶対、このチ寿司に合いますから」
「おお、これは……! 一口飲めば口のなかをきれいに流し、二口飲めば芳醇な果実の香りが口のなかを包み込む。その果実の香りが魚の生臭さを打ち消し、旨味のみを引き立てる! なんという美味! これならば東の島で食していた酒と寿司にも負けぬ。いや、勝っている!」
「そうでしょう、チーズは母の愛。チーズに勝る食べ物なんてありません」
「ううむ、まさに。もっとくれ。これならばわしの飢えも満たされよう」
「はい。いくらでもどうぞ」
と、カティは手作りのチ寿司をどさっともってくる。
「うぬぬぅ~。カティ、そやつばかりズルいのじゃ! わらわにも食わせるのじゃ」
「我も食したいものだな」
「わ、私も、できれば……」
フェニックスが、フェンリルが、そして、魔導士までもが口々に言う。
カティは満面の笑みで答えた。
「はい、もちろんです! みんなでチーズを食べて幸せになりましょう」
かくして、その場はすっかりチ寿司パーティーの会場となってしまった。ワインが振る舞われ、歌が唄われ、なんとも陽気で楽しい時間が流れた。気がついたとき――。
山姥の姿はなかった。そこにいたのはもはや恐ろしい老婆としての山姥などではなかった。多少、歳はとっているが、上品で美しい女性だった。
「おおっ」
と、その女性はおののくように声をあげた。
「なんと言うこと。まさか再び、女神であった頃の姿に戻れようとは」
「それが、山姥さん……あなたの本当の姿だったんですね」
「しかり。そなたのチ寿司を食べることで飢えが満たされた。そのために元の姿に戻れたのだ。礼を言うぞ、チーズ職人カティ」
「当然です。チーズはすべてを救います」
『ふん!』とばかりに胸を張るカティ。
その横で、
「……美しい」
魔導士がうっとりとした口調で呟いた。
歩を進め、山姥――女神の手を両手で押し頂いた。
「このメガネの力によって、あなたの本当の姿は見えていた。その姿を一目見たときから私はあなたに恋していた。どうか、この想い、受けとめていただきたい」
「……なぜ、こやつほどの魔導士が下っ端妖怪などに後れを取ったのかと思っていたが」
「そういう理由だったのじゃじゃ」
「……素敵です」
うっとりと――。
カティまでもがそう呟いた。
「結婚してください」
「……はい」
こうして――。
魔導士と女神は夫婦となった。
森のなかに一軒の真新しい店ができていた。
看板に描かれた店名は『カティの愛あるチーズ工房 第一支店』。
「カティの愛あるチーズ工房第一支店、ここに開店です! おふたりで店をもり立て、チーズで世界を幸せにしてください!」
カティは晴れて夫婦となった魔導士と女神に向かって言った。フェニックスがすかさずツッコむ。
「本店も開店していないのに、支店を開店するとはおかしいのじゃじゃ」
「なにを言っているんです、フェニックスちゃん。本店はあたしたちに決まっているじゃありませんか」
「わらわたち?」
「そうです! あたしたち自らが『カティの愛あるチーズ工房』本店として、世界を巡りながらお店を開くんです!」
「確かに、カティの携帯農場があれば、どこでも店を開けるからな」と、フェンリル。
「任せてください!」
いまや女神の夫となった魔導士が誇らしげに答えた。その腕はしっかり新妻たる女神の肩にまわされ、抱きよせている。女神の方もこれ以上ないほどの幸せそうな笑顔で、できたばかりの夫によりそっている。
恋愛遊戯に奔走する普通の令嬢であれば『やってられるか!』と叫んで、砂をかけずにはいられないような姿である。
「必ずや店長の期待に応え、チーズで世界を幸せにして見せましょう」
と、すっかり魔導士改めチーズ店店員である。
……こうして、カティたちは一組の幸せな夫婦を残して再び旅立った。
夫婦の作るチーズはそのおいしさと愛情深さで大人気となり、店は常に人であふれかえった。そして、夫婦はいつまでも幸せに暮らしました。めでたし、めでたし……。
で、終わるのはいい昔話。
あいにく、ここにはカティがいる。カティがいる限り、そんなハッピーエンドでは終わらない。
「山姥……女神さん」
ズイッとカティは女神に詰め寄った。
「な、なんでしょう、本店長?」
ギラリ、と、カティの目が光った。
「それだけ若返ったんです。それなら、おっぱい……出せますよね?」
完
山姥は啼いていた。
啼きながら、顔中を血に染めて猪の肉をむさぼり食っていた。
「……ちがう、ちがう、ちがう」
あまりにも哀切なその声をかき消すように――。
「いたあっー、おっぱいおっぱい!」
脳天気なまでに明るい声が響いた。
「な、なんじゃ……?」
あまりに場違いな声に山姥が思わず振り返る。飢えに満ちたその目が見たものは――。
恐ろしい勢いで自分目がけて突っ込んでくる若い令嬢だった。
「山姥さん!」
カティはガシッ! と、山姥の両肩をつかむと、真剣きわまる目で言ってのけた。
「おっぱいください!」
「な、なんじゃと……?」
「ですから、あなたのおっぱいをください。あたしはカッテージ・カマンベール。チーズ職人カティと呼んでください。
この世界に住むあらゆる魔獣神獣のおっぱいからチーズを作り、そのチーズで世界を幸せにすることがあたしの夢!
ですから、あなたのおっぱいからもチーズを作らなくてはならないんです。と言うわけで、おっぱいください!」
「なにが『と言うわけで』じゃ! 落ち着かんかい!」
「あたしは落ち着いています!」
「嘘つけ!」
全力でツッコんだあと、山姥は深いふかい息を吐き出した。
「……まったく、騒がしい。よく見んかい。この姿を。こんな老婆に乳など出せるはずがなかろう」
「出せないんですか?」
「当たり前じゃ!」
「なんだ。だったら、もう用はないですね。フェンリルさん、やっちゃってください」
「のわっー!」
カティに言われてフェンリルの放った『猫パンチ』の一撃で、山姥は吹っ飛ばされた。
いくら、人間より強いとは言ってもしょせん、下っ端妖怪。酒呑童子や九尾の狐、はたまた大嶽丸といった大物ならいざ知らず、太陽すら呑み込む大魔獣フェンリルに太刀打ちできるはずがない。
「おぬしに恨みがあるわけではないが……」
フェンリルはそう言って、一歩を踏み出した。
「この地を統べる陸の王として、よそ者にデカい面をさせておくわけにはいかないのでな。消えてもらおう」
フェンリルがとどめをさそうとした。そのとき――。
「まってくれ!」
山姥をかばってフェンリルの眼前に飛び出したものがいた。
例の魔導士だった。
「まってくれ! この方を殺さないでくれ! まずは、この方の話を聞いてやってくれ」
「……わしはそもそも、このような妖怪などではなかった」
山姥はポツポツと話しはじめた。
「人間たちの暮らしを守る、れっきとした女神であったのだ。冬の間は山に住み、春になると里におりて水田の神となる。秋の収穫を終えると再び山に帰り、眠りにつく。
それが、わしのもともとの暮らしじゃった。じゃが、あるとき、新しい神がやってきてわしを追い払った。神の座を追われたわしは妖怪へと落ちぶれ、この様よ」
「……かわいそう」
カティが言った。大きな目にうっすら涙が溜まっている。チーズさえ絡まなければ『それなりに』いい人なカティである。
「それで、人間を恨んで襲っていたんですか?」
「そうではない」
「では、なぜ?」
「寿司じゃ」
「寿司?」
「東の島の食い物じゃ。わしはその寿司が大好きじゃった。新しい神がやってきてわしを神の座から追い落とすまで、人間たちはわしのもたらす恵みに感謝し、季節毎に供え物をしてくれたものじゃ。
わしはその供え物を食って幸せに暮らしておった。とくに好物だったのが米から作られる酒、そして、米と、その米と同じ水田からとれる魚を使った寿司という食い物じゃ。
妖怪へと落ちぶれ、この大陸へと流れてきてからも、わしは寿司が食いたくて食いたくてたまらなかった。じゃが、この大陸では米は作っておらん。米がなければ寿司は作れん。食いたくても食いたくても寿司は食えん。そのことが悲しかった。切なかった。いつしかわしの心は飢えにみたされ、なんであれ、襲って食らうようになっていた。じゃが……」
ほう、と、山姥は溜め息をついた。
「……それは、寿司ではない。なにを食おうとわしの飢えは……満たされん」
悲しみを込めてそう語る山姥に対し――、
「わかります!」
やたら理解を示したのはカティその人である。
「あたしだってチーズのない世界に行ったら、きっとおかしくなって人間のひとりやふたり、襲って食べちゃいます!」
「いや、それはいかんじゃろ」
フェニックスが言った。
魔導士も含めて誰も『まさか、本当に人を食ったりはしないだろう』などと思っていないところがさすがである。カティという人間をよく理解している。
「頼みというのはそこだ」
魔導士が言った。
「あなたにこの件を解決してほしいのだ。もし、この方が人を殺し、食ったことがあるなら個人の感情など問題にはならない。退治せざるを得ん。
だが、この方は幸い、人を殺し、食ったことはない。『人を襲い、食らう』というのは、尾ヒレのついた噂にすぎない。助けてあげたいのだ。あなたならできる。私のメガネがそう言っている」
「わかりました!」
ドン、と、カティは自分の胸を叩いて見せた。
「山姥さんの悲しみ、このチーズ職人カティが晴らしてみせます!」
「どうやってなのじゃ!」
「米がなければ寿司は作れぬのだぞ?」
「だいじょうぶ!」
フェニックスとフェンリル、二重のツッコみに、カティは自信満々で答えて見せた。
「チーズは母の愛! チーズはすべてを救う! あたしはお寿司のことはよく知っています。お寿司がわりのチーズ料理は得意です!」
カティは胸を張ってそう宣言した。
そして、カティはひとつの料理を作りあげた。それは粒状のクリームチーズを軽くまとめ、川で獲ってきた魚をさばいて載せた料理。
その名もチーズの寿司、チーズ寿司。
略して『チ寿司』。
「とっておきのワインも添えて、さあ、召しあがれ!」
山姥はそう言われて寿司(?)をひとつ、口のなかに放り込んだ。その瞬間――。
「おおっ!」
山姥の顔が喜びに弾けた。
「こ、これは……粒の一つひとつがしっかり立った確かな食感。淡泊でクセがないのにしっかりと感じられるほのかな甘味。そして、淡泊ゆえに魚の味を邪魔することなく引き立てる名優振り。これは……これは、まさに寿司じゃ!」
「さあ、こちらのワインもどうぞ。絶対、このチ寿司に合いますから」
「おお、これは……! 一口飲めば口のなかをきれいに流し、二口飲めば芳醇な果実の香りが口のなかを包み込む。その果実の香りが魚の生臭さを打ち消し、旨味のみを引き立てる! なんという美味! これならば東の島で食していた酒と寿司にも負けぬ。いや、勝っている!」
「そうでしょう、チーズは母の愛。チーズに勝る食べ物なんてありません」
「ううむ、まさに。もっとくれ。これならばわしの飢えも満たされよう」
「はい。いくらでもどうぞ」
と、カティは手作りのチ寿司をどさっともってくる。
「うぬぬぅ~。カティ、そやつばかりズルいのじゃ! わらわにも食わせるのじゃ」
「我も食したいものだな」
「わ、私も、できれば……」
フェニックスが、フェンリルが、そして、魔導士までもが口々に言う。
カティは満面の笑みで答えた。
「はい、もちろんです! みんなでチーズを食べて幸せになりましょう」
かくして、その場はすっかりチ寿司パーティーの会場となってしまった。ワインが振る舞われ、歌が唄われ、なんとも陽気で楽しい時間が流れた。気がついたとき――。
山姥の姿はなかった。そこにいたのはもはや恐ろしい老婆としての山姥などではなかった。多少、歳はとっているが、上品で美しい女性だった。
「おおっ」
と、その女性はおののくように声をあげた。
「なんと言うこと。まさか再び、女神であった頃の姿に戻れようとは」
「それが、山姥さん……あなたの本当の姿だったんですね」
「しかり。そなたのチ寿司を食べることで飢えが満たされた。そのために元の姿に戻れたのだ。礼を言うぞ、チーズ職人カティ」
「当然です。チーズはすべてを救います」
『ふん!』とばかりに胸を張るカティ。
その横で、
「……美しい」
魔導士がうっとりとした口調で呟いた。
歩を進め、山姥――女神の手を両手で押し頂いた。
「このメガネの力によって、あなたの本当の姿は見えていた。その姿を一目見たときから私はあなたに恋していた。どうか、この想い、受けとめていただきたい」
「……なぜ、こやつほどの魔導士が下っ端妖怪などに後れを取ったのかと思っていたが」
「そういう理由だったのじゃじゃ」
「……素敵です」
うっとりと――。
カティまでもがそう呟いた。
「結婚してください」
「……はい」
こうして――。
魔導士と女神は夫婦となった。
森のなかに一軒の真新しい店ができていた。
看板に描かれた店名は『カティの愛あるチーズ工房 第一支店』。
「カティの愛あるチーズ工房第一支店、ここに開店です! おふたりで店をもり立て、チーズで世界を幸せにしてください!」
カティは晴れて夫婦となった魔導士と女神に向かって言った。フェニックスがすかさずツッコむ。
「本店も開店していないのに、支店を開店するとはおかしいのじゃじゃ」
「なにを言っているんです、フェニックスちゃん。本店はあたしたちに決まっているじゃありませんか」
「わらわたち?」
「そうです! あたしたち自らが『カティの愛あるチーズ工房』本店として、世界を巡りながらお店を開くんです!」
「確かに、カティの携帯農場があれば、どこでも店を開けるからな」と、フェンリル。
「任せてください!」
いまや女神の夫となった魔導士が誇らしげに答えた。その腕はしっかり新妻たる女神の肩にまわされ、抱きよせている。女神の方もこれ以上ないほどの幸せそうな笑顔で、できたばかりの夫によりそっている。
恋愛遊戯に奔走する普通の令嬢であれば『やってられるか!』と叫んで、砂をかけずにはいられないような姿である。
「必ずや店長の期待に応え、チーズで世界を幸せにして見せましょう」
と、すっかり魔導士改めチーズ店店員である。
……こうして、カティたちは一組の幸せな夫婦を残して再び旅立った。
夫婦の作るチーズはそのおいしさと愛情深さで大人気となり、店は常に人であふれかえった。そして、夫婦はいつまでも幸せに暮らしました。めでたし、めでたし……。
で、終わるのはいい昔話。
あいにく、ここにはカティがいる。カティがいる限り、そんなハッピーエンドでは終わらない。
「山姥……女神さん」
ズイッとカティは女神に詰め寄った。
「な、なんでしょう、本店長?」
ギラリ、と、カティの目が光った。
「それだけ若返ったんです。それなら、おっぱい……出せますよね?」
完
0
あなたにおすすめの小説
『辺境伯一家の領地繁栄記』序章:【動物スキル?】を持った辺境伯長男の場合
鈴白理人
ファンタジー
北の辺境で雨漏りと格闘中のアーサーは、貧乏領主の長男にして未来の次期辺境伯。
国民には【スキルツリー】という加護があるけれど、鑑定料は銀貨五枚。そんな贅沢、うちには無理。
でも最近──猫が雨漏りポイントを教えてくれたり、鳥やミミズとも会話が成立してる気がする。
これってもしかして【動物スキル?】
笑って働く貧乏大家族と一緒に、雨漏り屋敷から始まる、のんびりほのぼの領地改革物語!
異世界に転移してしまった私、古民家をもらったのでカフェを始めたら大盛況。国王陛下が頻繁に来るのですが、どうしたらいいですか?
来栖とむ
ファンタジー
ブラック企業で疲れ果てた30歳の元OL・美里(みさと)が転移した先は、見渡す限りの深い森。
そこで彼女が授かったのは、魔女の称号……ではなく、一軒の**「日本の古民家」**だった!
亡き祖母が遺したその屋敷には、異世界では失われたはずの「お醤油」「お味噌」「白いお砂糖」という禁断の調味料が眠っていて――。
「えっ、唐揚げにそんなに感動しちゃうの?」
「プリン一口で、国王陛下が泣いちゃった……!?」
おにぎり、オムライス、そして肉汁溢れるハンバーグ。
現代日本の「当たり前」が、この世界では常識を覆す究極の美食に。
お掃除のプロな親子や、お忍びの王様、さらにはツンデレな宮廷料理人まで巻き込んで、
美味しい香りに包まれた、心もお腹も満たされるスローライフが今、始まります!
【読切短編】転生したら辺境伯家の三男でした ~のんびり暮らしたいのに、なぜか領地が発展していく~
Lihito
ファンタジー
過労死したシステムエンジニアは、異世界の辺境伯家に転生した。
三男。継承権は遠い。期待もされない。
——最高じゃないか。
「今度こそ、のんびり生きよう」
兄たちの継承争いに巻き込まれないよう、誰も欲しがらない荒れ地を引き受けた。
静かに暮らすつもりだった。
だが、彼には「構造把握」という能力があった。
物事の問題点が、図解のように見える力。
井戸が枯れた。見て見ぬふりができなかった。
作物が育たない。見て見ぬふりができなかった。
気づけば——領地が勝手に発展していた。
「俺ののんびりライフ、どこ行った……」
これは、静かに暮らしたかった男が、なぜか成り上がっていく物語。
ゴミスキル【生態鑑定】で追放された俺、実は動物や神獣の心が分かる最強能力だったので、もふもふ達と辺境で幸せなスローライフを送る
黒崎隼人
ファンタジー
勇者パーティの一員だったカイは、魔物の名前しか分からない【生態鑑定】スキルが原因で「役立たず」の烙印を押され、仲間から追放されてしまう。全てを失い、絶望の中でたどり着いた辺境の森。そこで彼は、自身のスキルが動物や魔物の「心」と意思疎通できる、唯一無二の能力であることに気づく。
森ウサギに衣食住を学び、神獣フェンリルやエンシェントドラゴンと友となり、もふもふな仲間たちに囲まれて、カイの穏やかなスローライフが始まった。彼が作る料理は魔物さえも惹きつけ、何気なく作った道具は「聖者の遺物」として王都を揺るがす。
一方、カイを失った勇者パーティは凋落の一途をたどっていた。自分たちの過ちに気づき、カイを連れ戻そうとする彼ら。しかし、カイの居場所は、もはやそこにはなかった。
これは、一人の心優しき青年が、大切な仲間たちと穏やかな日常を守るため、やがて伝説の「森の聖者」となる、心温まるスローライフファンタジー。
異世界でまったり村づくり ~追放された錬金術師、薬草と動物たちに囲まれて再出発します。いつの間にか辺境の村が聖地になっていた件~
たまごころ
ファンタジー
王都で役立たずと追放された中年の錬金術師リオネル。
たどり着いたのは、魔物に怯える小さな辺境の村だった。
薬草で傷を癒し、料理で笑顔を生み、動物たちと畑を耕す日々。
仲間と絆を育むうちに、村は次第に「奇跡の地」と呼ばれていく――。
剣も魔法も最強じゃない。けれど、誰かを癒す力が世界を変えていく。
ゆるやかな時間の中で少しずつ花開く、スロー成長の異世界物語。
追放された悪役令嬢、農業チートと“もふもふ”で国を救い、いつの間にか騎士団長と宰相に溺愛されていました
黒崎隼人
ファンタジー
公爵令嬢のエリナは、婚約者である第一王子から「とんでもない悪役令嬢だ!」と罵られ、婚約破棄されてしまう。しかも、見知らぬ辺境の地に追放されることに。
絶望の淵に立たされたエリナだったが、彼女には誰にも知られていない秘密のスキルがあった。それは、植物を育て、その成長を何倍にも加速させる規格外の「農業チート」!
畑を耕し、作物を育て始めたエリナの周りには、なぜか不思議な生き物たちが集まってきて……。もふもふな魔物たちに囲まれ、マイペースに農業に勤しむエリナ。
はじめは彼女を蔑んでいた辺境の人々も、彼女が作る美味しくて不思議な作物に魅了されていく。そして、彼女を追放したはずの元婚約者や、彼女の力を狙う者たちも現れて……。
これは、追放された悪役令嬢が、農業の力と少しのもふもふに助けられ、世界の常識をひっくり返していく、痛快でハートフルな成り上がりストーリー!
「人の心がない」と追放された公爵令嬢は、感情を情報として分析する元魔王でした。辺境で静かに暮らしたいだけなのに、氷の聖女と崇められています
黒崎隼人
ファンタジー
「お前は人の心を持たない失敗作の聖女だ」――公爵令嬢リディアは、人の感情を《情報データ》としてしか認識できない特異な体質ゆえに、偽りの聖女の讒言によって北の果てへと追放された。
しかし、彼女の正体は、かつて世界を支配した《感情を喰らう魔族の女王》。
永い眠りの果てに転生した彼女にとって、人間の複雑な感情は最高の研究サンプルでしかない。
追放先の貧しい辺境で、リディアは静かな観察の日々を始める。
「領地の問題点は、各パラメータの最適化不足に起因するエラーです」
その類稀なる分析能力で、原因不明の奇病から経済問題まで次々と最適解を導き出すリディアは、いつしか領民から「氷の聖女様」と畏敬の念を込めて呼ばれるようになっていた。
実直な辺境伯カイウス、そして彼女の正体を見抜く神狼フェンリルとの出会いは、感情を知らない彼女の内に、解析不能な温かい《ノイズ》を生み出していく。
一方、リディアを追放した王都は「虚無の呪い」に沈み、崩壊の危機に瀕していた。
これは、感情なき元魔王女が、人間社会をクールに観測し、やがて自らの存在意義を見出していく、静かで少しだけ温かい異世界ファンタジー。
彼女が最後に選択する《最適解》とは――。
元王城お抱えスキル研究家の、モフモフ子育てスローライフ 〜スキル:沼?!『前代未聞なスキル持ち』の成長、見守り生活〜
野菜ばたけ@既刊5冊📚好評発売中!
ファンタジー
「エレンはね、スレイがたくさん褒めてくれるから、ここに居ていいんだって思えたの」
***
魔法はないが、神から授かる特殊な力――スキルが存在する世界。
王城にはスキルのあらゆる可能性を模索し、スキル関係のトラブルを解消するための専門家・スキル研究家という職が存在していた。
しかしちょうど一年前、即位したばかりの国王の「そのようなもの、金がかかるばかりで意味がない」という鶴の一声で、職が消滅。
解雇されたスキル研究家のスレイ(26歳)は、ひょんな事から縁も所縁もない田舎の伯爵領に移住し、忙しく働いた王城時代の給金貯蓄でそれなりに広い庭付きの家を買い、元来からの拾い癖と大雑把な性格が相まって、拾ってきた動物たちを放し飼いにしての共同生活を送っている。
ひっそりと「スキルに関する相談を受け付けるための『スキル相談室』」を開業する傍ら、空いた時間は冒険者ギルドで、住民からの戦闘伴わない依頼――通称:非戦闘系依頼(畑仕事や牧場仕事の手伝い)を受け、スローな日々を謳歌していたスレイ。
しかしそんな穏やかな生活も、ある日拾い癖が高じてついに羊を連れた人間(小さな女の子)を拾った事で、少しずつ様変わりし始める。
スキル階級・底辺<ボトム>のありふれたスキル『召喚士』持ちの女の子・エレンと、彼女に召喚されたただの羊(か弱い非戦闘毛動物)メェ君。
何の変哲もない子たちだけど、実は「動物と会話ができる」という、スキル研究家のスレイでも初めて見る特殊な副効果持ちの少女と、『特性:沼』という、ヘンテコなステータス持ちの羊で……?
「今日は野菜の苗植えをします」
「おー!」
「めぇー!!」
友達を一千万人作る事が目標のエレンと、エレンの事が好きすぎるあまり、人前でもお構いなくつい『沼』の力を使ってしまうメェ君。
そんな一人と一匹を、スキル研究家としても保護者としても、スローライフを通して褒めて伸ばして導いていく。
子育て成長、お仕事ストーリー。
ここに爆誕!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる