壊れたオルゴール ~三つの伝説~

藍条森也

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第二部 絆ぐ伝説

最終話一八章 わたしの会いたい人は

 「亡道もうどうつかさの力を封じる方法。あるんでしょう? それを教えて」
 感情というものを感じさせない冷徹な声と口調。
 そんな声で尋ねたのは〝ブレスト〟・ザイナブだった。
 超一流の踊り子を思わせる様になる立ち姿。
 左右の手には一振りずつのシャムシール。
 顔中を覆った布の間からのぞく両の目で野伏のぶせたちの戦いを見つめつつ、行者ぎょうじゃに向けてそう尋ねた。
 「たしかにね。君ならできる。君と、マークスⅡ、それに、くろひょう天命てんめいかくをその身に埋め込んだ君たちなら、亡道もうどうつかさの力を封じる方法はある。でも……」
 と、行者ぎょうじゃはいったん、言葉を切った。
 〝ブレスト〟・ザイナブの心を測るように布の間からのぞく両目をじっと見つめた。
 実のところ、いまさらそんなことをする必要もなかったのだが。
 「その方法の代償は生命。君の生命をもらうことになるよ?」
 「好都合」
 「〝ブレスト〟⁉」
 〝ブレスト〟・ザイナブの答えに叫んだのはマークスⅡであって、行者ぎょうじゃはなにも言わなかった。年頃の少年特有の、どんな美女も、美少女ももつことのできない独特のなまめかしさと色香を備えたその顔で静かに見つめている。
 その心にあるものはただひとつの思い。
 ――そう言うと思っていたよ。
 そう。
 わざわざ、その心を探るまでもなく、行者ぎょうじゃは知っているのだ。
 そして、マークスⅡも。
 〝ブレスト〟・ザイナブが『死ぬ』ために、この戦いに参加しているということを。
 「マークスⅡ」
 〝ブレスト〟・ザイナブは、亡道もうどうつかさを攻めつづける野伏のぶせたちから片時も目をはなすことなくマークスⅡに語りかけた。
 「知っているでしょう。わたしは死ぬために、自分の死に場所を得るために、ここまで来た。いまさら、野暮は言わないで」
 「でも……」
 マークスⅡは口ごもった。
 ――〝ブレスト〟・ザイナブは死に場所を求めて戦っている。
 そんなことはとうに知っていた。
 なぜ、死に場所を探しているのか。
 その理由までは知らない。
 マークスⅡだけではなく、仲間たちの誰ひとりとして知らないこと。
 女ひとり、男という男を殺しながら旅していた頃の〝ブレスト〟・ザイナブを、言わば『ひろった』立場であるガレノアでさえ、その理由を聞いたことはない。
 それを知っているのはこの世界にただひとり、〝ブレスト〟・ザイナブ本人が直接、語って聞かせた少女、安心の国ラインを立ちあげ、自ら王となったセシリアだけである。
 マークスⅡは〝ブレスト〟・ザイナブが死に場所を探す理由を知らないし、知ろうとするべきでもないと思っていた。
 説得したり、翻意ほんいを期待できるような、そんな簡単な理由ではないとも感じていた。
 それでもなお、マークスⅡは言わずにはいられなかった。
 「……〝ブレスト〟・ザイナブ。『生きる』という選択はないのか?」
 マークスⅡのその問いに対して――。
 〝ブレスト〟・ザイナブは迷いの欠片もない姿勢で答えた。
 「マークスⅡ。あなたたちの会いたい相手はこの世界にいる。でも、わたしの会いたい人は、あの世にしかいないの」
 ――そう。わたしがこの手で、あの世に送ったのだから。
 〝ブレスト〟・ザイナブの心のなかの声がマークスⅡに聞こえたわけではもちろん、ない。それでも、あらゆる説得が無駄であり、無意味であることはわかった。
 わかりたくなどないが、わからされてしまった。
 それほどに、〝ブレスト〟・ザイナブの言葉は重いものだった。
 表面的には感情を感じさせない乾いた声。
 だからこそ、その奥底に途方もなく苦しい思いを抱いていることを感じとってしまう。
 そんな声だったのだ。
 「……わかった」
 マークスⅡはついに言った。
 深いふかいため息と共に。
 「あなたがそう覚悟を決めているのなら、おれになにを言うこともできない。君の望みを叶えてくれ」
 ええ、と、〝ブレスト〟・ザイナブはうなずいた。
 「納得したなら行者ぎょうじゃ。早く、その方法を教えて。グズグズしていたら野伏のぶせたちが殺されてしまうわ」
 〝ブレスト〟・ザイナブの言うとおり、野伏のぶせたち四人と亡道もうどうつかさとの戦いの帰趨きすうははっきりしていた。
 野伏のぶせたちは四人で交代しつつ間断ない攻撃を仕掛けているが、すでにかなりの体力を消耗している。
 全身が汗にまみれ、息があがっている。
 それでもなお、休むことなく攻撃を仕掛けつづけている。
 ――こいつに攻撃する間を与えたら、敗けだ!
 そのことがははっきりしているから。
 しかし――。
 野伏のぶせたちの奮闘も限界に近い。
 対して、亡道もうどう世界せかいから無限の力の供給を受けている亡道もうどうつかさの力はまさに、無尽蔵。
 その体力も、戦闘力も、文字通りの無限大。
 消耗することもなければ、弱ることもない。
 そもそも、戦いになっているのは亡道もうどうつかさが手を抜いているから。
 自分に向かってくる子どもを苦笑交じりに相手取るおとなのように、あしらっているからに過ぎない。
 もし、亡道もうどうつかさが本気を出せばいかに野伏のぶせたちと言えど一瞬で消滅している。
 亡道もうどう世界せかいとのつながりをもつ亡道もうどうつかさとはそれだけの存在なのだ。
 亡道もうどうつかさを倒すためには一刻も早く、亡道もうどう世界せかいとのつながりを断ちきり、孤立させなくてはならない。
 亡道もうどうつかさが遊ぶのに飽きて野伏のぶせたちを殺そうとする前に。
 〝ブレスト〟・ザイナブの言うとおり、グズグズしている時間などなかった。
 「わかった」
 と、行者ぎょうじゃは言った。
 うなずいている時間すら惜しい。
 そう言いたげに、姿勢をまったく動かすことなく方法を告げた。
 「方法としては単純だ。君のなかに埋め込まれた天命てんめいかく。それを暴走させる」
 「暴走?」
 「そうだ。天命てんめいかくを暴走させることで、その力を君の全身の隅々にまで行きわたらせる。そして、全身を気化させる。それはつまり、君という存在それ自体が天命てんめいことわりという力になることを意味する。天命てんめいことわりそのものとなった君が亡道もうどうつかさを覆い尽くすことで、亡道もうどう世界せかいとのつながりを断ち切れる。とはいえ、永遠に、と言うわけじゃない。一時的なものだ。それも恐らく、そう長い時間ではないだろうね」
 「でも、短時間であれ、亡道もうどうつかさの力を封じることはできる。マークスⅡたちに亡道もうどうつかさを倒す機会を与えることはできる。そういうことね?」
 「そうだ」
 「そのあと、亡道もうどうつかさを倒せるかどうかはマークスⅡたち次第」
 「そうだ」
 「わかったわ。では、やる。天命てんめいかくを暴走させるにはどうしたらいいの?」
 「それは、僕に任せてもらう。すぐにやっていいかい?」
 「もちろん」
 と、〝ブレスト〟・ザイナブもまた、うなずきもせずに答えた。
 「……〝ブレスト〟・ザイナブ」
 ここの期に及んでまだ『死んでほしくない』との思いを捨てきれないマークスⅡが未練がましい声をあげた。
 「……本当に、死ぬのか?」
 「マークスⅡ」
 はじめて――。
 〝ブレスト〟・ザイナブはマークスⅡを見た。
 布の間からのぞく両の目が、弟の甘さを叱りつける姉のように輝いていた。
 「いまさら、野暮は言わないで。それより、あなたはあなたの為すべきことを為すことだけに集中しなさい。死に場所を探してここまで来たと言っても、無駄死にするつもりはないの。そのために、これまで生きてきたのだから。わたしの死を無駄にしないよう、亡道もうどうつかさを倒す、そのことだけを考えなさい」
 「……わかった」
 今度こそ――。
 マークスⅡは覚悟を決めてうなずいた。
 その瞳にはもう、迷いはなかった。断固たる決意だけがあった。
 「覚悟を決めるよ。〝ブレスト〟・ザイナブ。我が子の、その子の、さらにその子たちの未来を得るために、ここで死んでくれ」
 「頼まれて死ぬ。多分、幸せな死に方なんでしょうね」
 そう呟いた〝ブレスト〟・ザイナブに向かい、行者ぎょうじゃが言った。
 「では、はじめるよ、〝ブレスト〟・ザイナブ。用意はいいかい?」
 「ええ」
 「言っておくけど、機会は一回。二度目はない。最初の一回で亡道もうどう世界せかいとのつながりを断ち切れなければ、勝ちはない。失敗は許されないよ」
 「自分のことだけ心配していなさい」
 「そうだね」
 〝ブレスト〟・ザイナブの言葉に――。
 行者ぎょうじゃは思わず苦笑していた。
 「では、はじめるよ」
 野伏のぶせたち四人が世界の未来を懸けて亡道もうどうつかさと戦いつづけているなか――。
 行者ぎょうじゃの手によって、〝ブレスト〟・ザイナブの体内に埋め込まれた天命てんめいかくは暴走させられた。
 ――感じる。
 〝ブレスト〟・ザイナブは、はっきりと感じていた。
 自分のなかに埋め込まれた天命てんめいかく
 刻々と脈打つことは感じていながら、いまだ目覚めることのなかった核。
 その核がいま、目を覚まし、暴走し、その力を解き放ったことを。
 その力が、自分の体を内側から食いはじめたことを。
 食われた部分が物質としての姿を失い、純粋なる力となり、熱となり、炎となっていくことを。
 そう。自分の体が、自分そのものが気化され、純粋な力と化していく。
 そのことを、〝ブレスト〟・ザイナブははっきりと感じていた。
 不安や恐れはなかった。
 そのことは意外でもなんでもなかった。
 死ぬために、死に場所を得るためだけに生きのびてきた人間に、いまさら、どんな不安や恐れがあるというのだろう。
 〝ブレスト〟・ザイナブにそんなものはなかった。あるものはただひとつ。
 ――これで死ねる。
 そんな、安心感だけ。
 そんな不思議なほどに満ち足りた気持ちのまま、〝ブレスト〟・ザイナブは自分の顔を覆う布に手をかけた。
 「〝ブレスト〟⁉」
 驚きの声をあげるマークスⅡ。
 その目前で布の結び目をほどいた。
 ハラリ、と、軽やかな音を立てて布は床に落ちた。
 はじめて、仲間の目に自分の素顔をさらした〝ブレスト〟・ザイナブは両手にシャムシールをもって駆けた。
 それは、まぎれもなく、かつて『国一番の踊り子』と呼ばれた娘の、人生最後の舞。
 文字通りの『白鳥の舞』だった。
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