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第二部 絆ぐ伝説
第一話一三章 相棒ビーブ
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「さあ、行こうか」
まだ朝も早い時刻。ロウワンは朝食を終えたあと、ひとり、呟いた。
いつもならこのあとは三刀流のサルたちを相手に剣術の稽古の時間だ。しかし、今日はちがう。今日はこれから島の中央にある洞窟に向かう。この島を出て人の世に戻る、そのために。
洞窟の奥深くに隠されたハルキスの天命船を手に入れるのだ。
「でも、まずは海の雌牛がいるかどうかの確認だ。海の雌牛は何百年も前から船乗りたちの間で語り継がれてきた海の怪物。いままでに何百という船を沈めてきた。そんなのがいたら、せっかく天命船を手に入れてもこの島を出ていくなんて出来ないからな」
それどころか最悪、天命船を壊されてしまい、二度とこの島から脱出できなくなる……ということもありうる。そんなことになっては目も当てられない。それでは、この一年間の間の修行と勉学がすべて、無駄になってしまう。
「僕は絶対、人の世に戻り、人の世の争いを終わらせる。そして、亡道の世界との戦いを終わらせ、天命の巫女さまを人間に戻すんだ」
ロウワンのその思いは揺らがない。かわらない。その目的を実現させるためには人の世に戻らなくてはならない。そのために――。
「……天命船を手に入れることは失敗できない。まずは、海の雌牛がいまもいるかどうか、そのことを確認しないとな」
五〇〇年前、海の雌牛が住み着いていたという洞窟のなかの水路。そこにはいまも伝説に名高いこの海の怪物が住んでいるのか。それとも、とっくにどこかに行っているのか。もし、いるとして……。
そのときはどうすればいい?
「なんとかするさ」
ロウワンはいっそお気楽とも言っていい口調で言った。それは、事態を甘く見ているのでは、まったくない。その逆。あまりにも固く決意したために、その決意がごく普通のことになった結果だった。
「そうとも。必ず、なんとかしてみせる。そして、人の世に戻る。そのためにも、海の雌牛をしっかり観察しないとな」
ロウワンはその決意を示すかのように騎士マークスの船長服を着込み、〝鬼〟の大刀を背にかついだ。少年の身には大きすぎる服と、重すぎて両手でもまともにもてない大刀。
普通なら身動きしづらくするだけの無駄な装備。それでも――。
ロウワンにとってはこのふたつは欠かすことの出来ない『神器』なのだ。
――騎士マークスの守りと〝鬼〟の力。このふたつさえあればできないことなんてなにもない。
船長服と大刀を身につけることでそう思える。信じられる。
天命の家を出て洞窟に向かって歩きだす。周囲の森を吹き抜けてやってくる緑の香りをいっぱいに含んだ風が心地良い。空はどこまでも青く澄み渡り、太陽が輝いている。その清新な輝きは自分のこれからを照らし出してくれているようだった。
――いよいよだ。
そう思うと妙なぐらい胸が高鳴る。ドキドキする。
――いよいよ、人の世に戻って、この一年間で身につけた力と知識を使って挑むんだ。
そう思うと奇妙なくらい気分が高揚する。
体がはじけ飛びそうになる。
とても、ゆっくりと歩いてなんかいられない。大きく手足を振りまわしてスキップし、高らかに唄いながら進みたいぐらいだ。
そのままだったら本当にそうしていたかも知れない。なにしろ、自分以外に生きた人間などいない無人島だ。唄いながらスキップする、などという恥ずかしい真似をしても見るものは誰もいない……がっ――。
ザザザァッ!
と、木々の枝葉を揺らす音がして小さな影が飛び出してきた。その影はロウワンの前に降り立つと『キキッ!』と、楽しそうに一声、鳴いた。
「やあ、ビーブ」
ロウワンはその影の正体に気がつき、にこやかに挨拶した。それこそ、人間の友だち相手にするように。
飛び出してきたのは一頭のサルだった。人懐っこい目でロウワンを見上げながら、両手足を地面について立っている。尻尾の先にはカトラスが握られ、オモチャのようにクルクルと振りまわされている。
ビーブは三刀流のサルの群れの一員で、この一年間でとくに仲良くなった相手だ。剣術の稽古相手を付き合ってもらった回数も一番、多い。まだまだ幼い身なので剣術も手話もおとなのサルたちに教えられている最中だが、元気で生意気な気の良いやつだ。ロウワンにとってはいい仲間であり、友だちであり、弟のような存在だった。
なお、『ビーブ』という名前はロウワンがつけたものではない。親ザルによってつけられた。この島のサルたちは一頭いっとう、親によってきちんと名前をつけられる。三刀流のサルたちは剣や手話を自在に操るだけではない。この島でハルキスや、ときおり迷い込んでくる海賊たちと一緒に暮らすうちにそんな人間的な文化を発達させていた。
――おい、ロウワン。
ビーブがせわしなく手を動かしながらそう呼びかけた。まだまだ練習中とあって荒っぽい動きだが意味は通じる。
――お前、この島を出ていくそうだな。
――ああ、そうだよ。
ロウワンも手話で答えた。
――この島にきてから一年だ。ずっとここにいたままじゃ人の世から取り残されちゃうからね。でも、出て行ったきりってわけじゃないよ。ハルキス先生にはまだまだたくさんのことを教わらなきゃいけないし、みんなにも会いたいからね。ときどきは帰ってくるよ。
それまで元気でいてね。
ロウワンはそう伝えようとした。ところが――。
ビーブは思いがけないことを言ってきた。
――おれも行くぜ。
「なんだって⁉」
ロウワンは驚きのあまり、手話を使うことも忘れて叫んだ。ビーブはかまわず手話言語をつづけた。
――こんな狭っ苦しい島、もう飽きあきなんだよ。もう見るところも、行くところもないんだからな。それに、ここにはおれの相手になる女もいないしな。
――いや、それは、ビーブがまだ小さいから相手にされていないだけじゃ……。
「キイッ!」
ロウワンの答えに――。
ビーブはキレた。
ロウワンに飛びつき、その足にかみついた。
「わあっ! ご、ごめんごめん。謝るからはなして!」
――ふん。わかればいいんだ。とにかく、おれは外の世界に出て嫁を探すことに決めたんだ。と言うわけで、おれも行く。いいな。兄貴のおれがそう決めたんだ。お前に拒否権なんてものはないからな。
キキキッ、と、唇を向いて歯を見せながら声をあげつつ、手話でそう語るビーブだった。
ロウワンはビーブのことを弟のように感じていたが、ビーブはビーブでロウワンのことを弟分と見なしている。
――わ、わかったよ。実は人の世は一年ぶりだから心細かったんだ。ビーブが来てくれるなら心強い。よろしく頼むよ。
ロウワンは手を動かしてそう答えた。ビーブとももう一年に及ぶ付き合いだ。口では――手では?――なんと言おうと、自分のことを心配してついて来てくれようとしていることに気がつかないほどロウワンは鈍感ではない。
――任せとけ!
おだてられて気分がよくなったのだろう。ビーブは楽しげに答えた。
ひとりと一頭――いや、この場合、すでに『ふたり』と言うべきか――は、改めて洞窟目指して歩きだした。ビーブは四本の手足で地面をついて、『キキキッ』と、楽しそうに鳴きながら跳びはねるようにしてついてくる。
「えっ? 荷物はないのかって? いいんだよ。今日のところは水路にまだ海の雌牛が住み着いているかどうかを確認に行くだけだからね。水や食糧をもっていくほどのことじゃない。うん。明りもいらない。ハルキス先生は明りをもって洞窟を歩いていたところを襲われたんだ。襲われたのは縄張りに踏み込んでしまったこともあるだろうけど、明りをもっていたのも原因だろうって先生は言っていた。明りに反応するらしいってね。だから、明りはもっていかない方が安全だよ。洞窟のなかはヒカリゴケがいっぱいに生えていて、うすぼんやりとだけどあたりが見えるそうだから……」
ロウワンはビーブの問いかけに言葉で答えた。
ビーブはどうやら人の言葉はほぼ理解しているようだし、ロウワンもビーブがなにを言っているのか、鳴き声の微妙なちがいでなんとなくわかる。さすがに、細かい意思の疎通は手話でないと無理だが、言葉と鳴き声のやりとりでもある程度はわかりあえるのだ。
ともかく、おとなたち期待の若手コンビは洞窟の前へとやってきた。島の南側半分以上を占める山岳地帯。そのなかにポッカリ空いた岩の割れ目。その前に立つとなにやら洞窟のなかに吸い込まれる空気の流れが感じられる。奥をのぞき込めば漆黒の闇。まるで、なにもかもを吸い込み、二度と逃がさない、そんな怪奇めいた雰囲気がある。
ゴクリ、と、ロウワンは足をとめ、洞窟のなかをのぞき込みながら息を呑んだ。
さすがに、緊張する。体が震える。喉が渇く。
――さすがに、小さな水筒ぐらいもってくればよかった。
ふと、そう思った。
「キキキッ」
――なんだ、どうした。ビビってんのか?
ビーブが挑発するように言ってきた。
――そ、そんなわけないだろ! ただ……ちょっとばかり緊張しているだけだ。
――格好付けなくていいさ。はじめての場所に行くときは怖くなるもんだ。おれだって、まだ若い頃に島の探検をしていたときにはそんな思いをしたもんだ。
自分自身、群れのなかでは『お子ちゃま』扱いなのに、兄貴ぶって『若い頃……』などというビーブであった。
――けど、それは怖いだけじゃない。未知に挑む興奮と期待でもあるんだ。それを感じられなくなったらつまらないぞ。だから、おれはこの島を出ることにしたんだからな。
――うん。そうだね。怖いと思うことを隠す必要も、恥じる必要もないよね。どんなに怖いと思ってもやるべきことができればそれでいいんだ。
――そう言うこった。ま、安心しろ。なにがあったって、このおれさまがついているんだからな。
――頼りにしてるよ、相棒!
まだ朝も早い時刻。ロウワンは朝食を終えたあと、ひとり、呟いた。
いつもならこのあとは三刀流のサルたちを相手に剣術の稽古の時間だ。しかし、今日はちがう。今日はこれから島の中央にある洞窟に向かう。この島を出て人の世に戻る、そのために。
洞窟の奥深くに隠されたハルキスの天命船を手に入れるのだ。
「でも、まずは海の雌牛がいるかどうかの確認だ。海の雌牛は何百年も前から船乗りたちの間で語り継がれてきた海の怪物。いままでに何百という船を沈めてきた。そんなのがいたら、せっかく天命船を手に入れてもこの島を出ていくなんて出来ないからな」
それどころか最悪、天命船を壊されてしまい、二度とこの島から脱出できなくなる……ということもありうる。そんなことになっては目も当てられない。それでは、この一年間の間の修行と勉学がすべて、無駄になってしまう。
「僕は絶対、人の世に戻り、人の世の争いを終わらせる。そして、亡道の世界との戦いを終わらせ、天命の巫女さまを人間に戻すんだ」
ロウワンのその思いは揺らがない。かわらない。その目的を実現させるためには人の世に戻らなくてはならない。そのために――。
「……天命船を手に入れることは失敗できない。まずは、海の雌牛がいまもいるかどうか、そのことを確認しないとな」
五〇〇年前、海の雌牛が住み着いていたという洞窟のなかの水路。そこにはいまも伝説に名高いこの海の怪物が住んでいるのか。それとも、とっくにどこかに行っているのか。もし、いるとして……。
そのときはどうすればいい?
「なんとかするさ」
ロウワンはいっそお気楽とも言っていい口調で言った。それは、事態を甘く見ているのでは、まったくない。その逆。あまりにも固く決意したために、その決意がごく普通のことになった結果だった。
「そうとも。必ず、なんとかしてみせる。そして、人の世に戻る。そのためにも、海の雌牛をしっかり観察しないとな」
ロウワンはその決意を示すかのように騎士マークスの船長服を着込み、〝鬼〟の大刀を背にかついだ。少年の身には大きすぎる服と、重すぎて両手でもまともにもてない大刀。
普通なら身動きしづらくするだけの無駄な装備。それでも――。
ロウワンにとってはこのふたつは欠かすことの出来ない『神器』なのだ。
――騎士マークスの守りと〝鬼〟の力。このふたつさえあればできないことなんてなにもない。
船長服と大刀を身につけることでそう思える。信じられる。
天命の家を出て洞窟に向かって歩きだす。周囲の森を吹き抜けてやってくる緑の香りをいっぱいに含んだ風が心地良い。空はどこまでも青く澄み渡り、太陽が輝いている。その清新な輝きは自分のこれからを照らし出してくれているようだった。
――いよいよだ。
そう思うと妙なぐらい胸が高鳴る。ドキドキする。
――いよいよ、人の世に戻って、この一年間で身につけた力と知識を使って挑むんだ。
そう思うと奇妙なくらい気分が高揚する。
体がはじけ飛びそうになる。
とても、ゆっくりと歩いてなんかいられない。大きく手足を振りまわしてスキップし、高らかに唄いながら進みたいぐらいだ。
そのままだったら本当にそうしていたかも知れない。なにしろ、自分以外に生きた人間などいない無人島だ。唄いながらスキップする、などという恥ずかしい真似をしても見るものは誰もいない……がっ――。
ザザザァッ!
と、木々の枝葉を揺らす音がして小さな影が飛び出してきた。その影はロウワンの前に降り立つと『キキッ!』と、楽しそうに一声、鳴いた。
「やあ、ビーブ」
ロウワンはその影の正体に気がつき、にこやかに挨拶した。それこそ、人間の友だち相手にするように。
飛び出してきたのは一頭のサルだった。人懐っこい目でロウワンを見上げながら、両手足を地面について立っている。尻尾の先にはカトラスが握られ、オモチャのようにクルクルと振りまわされている。
ビーブは三刀流のサルの群れの一員で、この一年間でとくに仲良くなった相手だ。剣術の稽古相手を付き合ってもらった回数も一番、多い。まだまだ幼い身なので剣術も手話もおとなのサルたちに教えられている最中だが、元気で生意気な気の良いやつだ。ロウワンにとってはいい仲間であり、友だちであり、弟のような存在だった。
なお、『ビーブ』という名前はロウワンがつけたものではない。親ザルによってつけられた。この島のサルたちは一頭いっとう、親によってきちんと名前をつけられる。三刀流のサルたちは剣や手話を自在に操るだけではない。この島でハルキスや、ときおり迷い込んでくる海賊たちと一緒に暮らすうちにそんな人間的な文化を発達させていた。
――おい、ロウワン。
ビーブがせわしなく手を動かしながらそう呼びかけた。まだまだ練習中とあって荒っぽい動きだが意味は通じる。
――お前、この島を出ていくそうだな。
――ああ、そうだよ。
ロウワンも手話で答えた。
――この島にきてから一年だ。ずっとここにいたままじゃ人の世から取り残されちゃうからね。でも、出て行ったきりってわけじゃないよ。ハルキス先生にはまだまだたくさんのことを教わらなきゃいけないし、みんなにも会いたいからね。ときどきは帰ってくるよ。
それまで元気でいてね。
ロウワンはそう伝えようとした。ところが――。
ビーブは思いがけないことを言ってきた。
――おれも行くぜ。
「なんだって⁉」
ロウワンは驚きのあまり、手話を使うことも忘れて叫んだ。ビーブはかまわず手話言語をつづけた。
――こんな狭っ苦しい島、もう飽きあきなんだよ。もう見るところも、行くところもないんだからな。それに、ここにはおれの相手になる女もいないしな。
――いや、それは、ビーブがまだ小さいから相手にされていないだけじゃ……。
「キイッ!」
ロウワンの答えに――。
ビーブはキレた。
ロウワンに飛びつき、その足にかみついた。
「わあっ! ご、ごめんごめん。謝るからはなして!」
――ふん。わかればいいんだ。とにかく、おれは外の世界に出て嫁を探すことに決めたんだ。と言うわけで、おれも行く。いいな。兄貴のおれがそう決めたんだ。お前に拒否権なんてものはないからな。
キキキッ、と、唇を向いて歯を見せながら声をあげつつ、手話でそう語るビーブだった。
ロウワンはビーブのことを弟のように感じていたが、ビーブはビーブでロウワンのことを弟分と見なしている。
――わ、わかったよ。実は人の世は一年ぶりだから心細かったんだ。ビーブが来てくれるなら心強い。よろしく頼むよ。
ロウワンは手を動かしてそう答えた。ビーブとももう一年に及ぶ付き合いだ。口では――手では?――なんと言おうと、自分のことを心配してついて来てくれようとしていることに気がつかないほどロウワンは鈍感ではない。
――任せとけ!
おだてられて気分がよくなったのだろう。ビーブは楽しげに答えた。
ひとりと一頭――いや、この場合、すでに『ふたり』と言うべきか――は、改めて洞窟目指して歩きだした。ビーブは四本の手足で地面をついて、『キキキッ』と、楽しそうに鳴きながら跳びはねるようにしてついてくる。
「えっ? 荷物はないのかって? いいんだよ。今日のところは水路にまだ海の雌牛が住み着いているかどうかを確認に行くだけだからね。水や食糧をもっていくほどのことじゃない。うん。明りもいらない。ハルキス先生は明りをもって洞窟を歩いていたところを襲われたんだ。襲われたのは縄張りに踏み込んでしまったこともあるだろうけど、明りをもっていたのも原因だろうって先生は言っていた。明りに反応するらしいってね。だから、明りはもっていかない方が安全だよ。洞窟のなかはヒカリゴケがいっぱいに生えていて、うすぼんやりとだけどあたりが見えるそうだから……」
ロウワンはビーブの問いかけに言葉で答えた。
ビーブはどうやら人の言葉はほぼ理解しているようだし、ロウワンもビーブがなにを言っているのか、鳴き声の微妙なちがいでなんとなくわかる。さすがに、細かい意思の疎通は手話でないと無理だが、言葉と鳴き声のやりとりでもある程度はわかりあえるのだ。
ともかく、おとなたち期待の若手コンビは洞窟の前へとやってきた。島の南側半分以上を占める山岳地帯。そのなかにポッカリ空いた岩の割れ目。その前に立つとなにやら洞窟のなかに吸い込まれる空気の流れが感じられる。奥をのぞき込めば漆黒の闇。まるで、なにもかもを吸い込み、二度と逃がさない、そんな怪奇めいた雰囲気がある。
ゴクリ、と、ロウワンは足をとめ、洞窟のなかをのぞき込みながら息を呑んだ。
さすがに、緊張する。体が震える。喉が渇く。
――さすがに、小さな水筒ぐらいもってくればよかった。
ふと、そう思った。
「キキキッ」
――なんだ、どうした。ビビってんのか?
ビーブが挑発するように言ってきた。
――そ、そんなわけないだろ! ただ……ちょっとばかり緊張しているだけだ。
――格好付けなくていいさ。はじめての場所に行くときは怖くなるもんだ。おれだって、まだ若い頃に島の探検をしていたときにはそんな思いをしたもんだ。
自分自身、群れのなかでは『お子ちゃま』扱いなのに、兄貴ぶって『若い頃……』などというビーブであった。
――けど、それは怖いだけじゃない。未知に挑む興奮と期待でもあるんだ。それを感じられなくなったらつまらないぞ。だから、おれはこの島を出ることにしたんだからな。
――うん。そうだね。怖いと思うことを隠す必要も、恥じる必要もないよね。どんなに怖いと思ってもやるべきことができればそれでいいんだ。
――そう言うこった。ま、安心しろ。なにがあったって、このおれさまがついているんだからな。
――頼りにしてるよ、相棒!
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