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第二部 絆ぐ伝説
第三話二一章 討伐会議
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「もちろんだ」
――倒そうじゃないか。あの怪物、〝すさまじきもの〟を。
行者のその言葉に――。
ロウワンは力強くうなずいた。あるかなしかのかすかな微笑を絶やすことのない行者の顔をまっすぐに見つめながら宣言した。
「あの怪物、〝すさまじきもの〟が何者で、なぜ、あんなにもこの世界を憎むのか。それはわからない。だけど、あいつが何者で、どんな理由があろうとも、あれほどすさまじい、この世界に対する憎悪を放っておくわけにはいかない。やつは倒す。必ず、倒す」
ロウワンのその宣言に――。
ビーブ、トウナ、野伏、メリッサをはじめとする『もうひとつの輝き』の人員たち、ビーブの集めてきた山に住む鳥獣……。
そのすべてがうなずいた。ロウワンと同じ決意をその目に宿していた。
あの怪物、〝すさまじきもの〟が放つ異様な怒り、恨み、憎しみ。それらを経験すれば誰であれ、倒さなければならないと思う。決意する。そう思わないものは〝すさまじきもの〟と同じく、この世界を憎み、滅びを願うものだけだろう。
「だけど……」
と、ロウワンは行者に尋ねた。
「どうやって倒す? あんな山みたいな怪物をどうすれば倒せる? あなたの力で倒せるのか?」
まさか、と、行者はにこやかな顔で答えた。
「僕の力で倒せる相手なら、わざわざ君たちに助けを求めたりはしない。そちらの……」
ちらり、と、行者は野伏を見た。流れる血のように紅い唇にほんのわずか、面白がっているような笑みが浮いた。
「妖怪のお兄さん……」
「……わかるか」
「もちろん」
と、行者はかわることのないにこやかな調子で答えた。
「妖怪は僕の餌だからね。匂いでわかるよ」
妖怪は僕の餌。
それは果たして言葉通りの意味なのか、なにかの比喩なのか、そもそも、本気なのか、冗談なのか。まったく、見当のつかない、そのどれともとれる行者の言い方であり、態度だった。
「妖怪のお兄さんの力でも無理だ。あの怪物は倒せない。あいつのもつ力はあまりにも大きすぎる」
「でも、あなたは現に、あの怪物を撃退したじゃない」
トウナが言った。
行者は肩をすくめて見せた。
「あれはたまたまだよ。突然、目の前で猫だましをされて驚いて立ち去った。その程度のものさ。二度は効かない」
「……あなた、なんでそんなにあいつのことがわかるの?」
おかしいじゃない。
トウナは疑う様子でそう口にした。
行者は疑われていることに気がついたが、悪びれもせずに答えた。
「僕は空狩りの行者。そして、あの怪物、〝すさまじきもの〟は空より現れる存在。僕のなかの空と共鳴する。そのためにある程度はわかるのさ」
「そういうものなの?」
「そういうものだよ」
行者は澄ましてそう言いきった。
どうやら『そういうもの』だとして割りきるしかないことのようだった。
「わかった。そういうものだとしておこう」
ロウワンがうなずきながら言った。
千年前のあの戦いのとき。天命の巫女の血は亡道の司の全身に染み渡り、その身を縛った。それも、天命の巫女の血と亡道の司の間に共鳴する関係があればこそ出来たこと。
おそらく、行者と〝すさまじきもの〟にも同じような関係があるのだろう。
いずれにしても、この場で行者を疑ってみても意味はない。この世界のためには〝すさまじきもの〟は倒さなければならないのだし、そのためには行者のもつ知識と力が必要なのだ。
――この行者は信頼出来る。
その前提で話を進めるしかなかった。
「しかし、それなら、どうやって倒せばいい? あなたの力も効かない。野伏でも倒せない。それなら、倒しようがないんじゃないか?」
「そのための『それ』だよ」
と、行者はロウワンを指さした。正確には、ロウワンの背負う大刀を。
「この大刀か?」
そうだ、と、行者はうなずいた。
ときおり見せる、軽薄さとは縁のない真摯な表情で。
「その大刀には途方もない力が眠っている。その力を使えばいかな怪物でもひとたまりもない。ただし……」
と、行者はいつもの調子に戻り、にこやかな表情で言った。
「残念ながら、君はその力のほんの一部しか使えていない」
そう言ったときの行者の、妙に楽しそうな様子。
――こいつ、人を悪く言うのがそんなに楽しいの?
トウナが思わず、そう感じたほどのものだった。
さすがにトウナの内心の思いまではわからなかっただろうし、わかったところで気にもしなかっただろうが、行者はその調子のままつづけた。
「それこそ、大海の水をほんの一匙分、すくい取った。その程度の力しか引き出せていない」
「そこまでか……」
もちろん、ロウワンだって大刀のもつ力を引き出せていないことはわかっていた。この大刀はもっと次元のちがう、途方もない力を秘めている。そのことは感じていた。しかし、さすがにそこまでとは思っていなかった。
「でも、それでいい。だからこそ、安全なんだからね。もし、その大刀の力がこの世界にあふれ出したら大変なことになる。それこそ、あの怪物を好きなように暴れさせておいた方がはるかにマシだと思えるような、そんな途方もない破滅がこの世界を覆うことだろうね」
「そこまでか……」
信じられない、とは、ロウワンは思わなかった。この大刀はただの金属の塊などではない。あの〝鬼〟の力が込められた代物なのだ。それぐらいのことが出来てもおかしくはない。
「しかし、あの怪物を倒すためにはこの大刀の力が必要」
「そうだ」
「そして、力を引き出しすぎればこの世界が滅びる」
「そうだ」
「つまり、おれはあの怪物を倒せる程度に制御して、この大刀のもつ力を引き出さなきゃいけない。そういうことだな?」
「そうだ」
と、行者はみたび、答えた。
「出来るかな、君に?」
そう言ったときの行者の表情ときたら、あからさまに挑発するような、からかって楽しんでいるような、そんなものだった。その態度にはビーブやトウナの方が腹を立てたほどだった。
ロウワン自身は腹を立てることはなかった。この大刀を制御するにはまだまだ未熟であることは、誰よりもわかっている。
腹を立てるかわりに、きっぱりと言いきった。
「やる」
ごく短い一言。その一言を発したときのロウワンには崇高なまでの覚悟があり、その姿にはトウナも、メリッサも一瞬、見とれたほどだった。
「やってみせる。必ず、必要な力を必要なだけ、引き出してみせる」
「うん、いいね。そのまっすぐさ。見ていて実に気持ちいいよ」
行者は満面の笑顔になった。かの人なりにロウワンを認めたらしい。
「では、作戦を説明したい。いいかな?」
「頼む」
「では……」
と、行者は説明をはじめた。
「まず、お嬢さん方には後ろにさがっていてもらおう。君たちには〝すさまじきもの〟を相手に出来る力も、武器もない。前にいられては邪魔なだけだ」
そう語る行者の態度は真剣なものだったし、トウナやメリッサたちもそれに劣らない真摯な表情でうなずいた。行者に言われたことはかの人たち自身、充分に自覚しているし、分をわきまえずに行動して味方の邪魔をする気などなかった。
と、そこで終わっていればきれいにまとまるのに、よけいな態度で、よけいな一言を付け足すのが行者らしいところ。
「と言うのは、実は建前。美しいお嬢さん方が血で血を洗う姿なんて見たくないからね」
わざとらしく片目をつぶって、そう言ってのける。その態度に――。
トウナも、メリッサたちもそろって全身に鳥肌を立て、後ろに引いた。
――あいつ、わざと気色悪がらせてるのか?
ちゃっかり嫁を隣に侍らせているビーブが、手話でそう語った。
「……さあ」
「間違いないな」
趣味の悪いやつだ、と、野伏がいささか腹に据えかねる様子で言った。
その声は当然、行者にも聞こえていたはずたが、もちろん、あっさり無視した。
メリッサがはじめて発言を求め、片手をあげた。
「頼みがあるんだけど……いいかしら?」
「美しいお嬢さんの頼みなら、なんなりと」
「いちいち、不愉快な態度をとらなくていいわ。あの怪物の資料がほしいの。血でも、皮でも、肉片でも、なんでも。あの怪物の一部がね。わたしたち『もうひとつの輝き』はたしかに戦いには向かない。でも、研究ならわたしたちが本職。今後のためにもあの怪物のことはくわしく調べておくべきだと思うし、そのためには資料が必要になるわ」
それはまさに、本物の研究職としての誇りが言わせた言葉だった。
「もっともだね。でも、それはロウワンに言うべきだね。〝すさまじきもの〟に実際に攻撃するのは、かの人なんだから」
メリッサがロウワンを見た。
おとなの女性に見られて、ロウワンはほのかに頬を赤くした。それでも、きっぱりと言った。
「〝すさまじきもの〟はおれが斬る。斬れば少なくとも、血は飛び散る。そうしたら、ビーブ。お前の持ち前のすばしっこさで血を集めてきてくれ」
「キキィッ!」
――任せろ、きょうだい!
ビーブは胸を反らして承知した。いくら弱ってるとはいえ、頼まれて断るようなビーブではなかった。
――あなた、気をつけて……。
――安心しろ。お前を残して死んだりしない。
まだ会って間もない嫁を相手に――。
恋愛劇を演じるビーブであった。
「こほん」
その姿に当てられたのか、行者がわざとらしく咳払いなどして見せた。
「つづけよう。〝すさまじきもの〟を攻撃するのはロウワンの役目だ。しかし、向こうだって黙って突っ立っているわけがない。こちらにも攻撃する力があることはすでにわかっているはずだし、それでなくとも、あの憎悪の強さだ。必ず、向こうからも攻撃してくる。その攻撃があの稲妻のようなものであれば、僕の空をもって吸収する。しかし、物理的な攻撃を仕掛けてくれば……」
行者は野伏に目をやった。その目にほのかに面白がるような光が浮いている。
「妖怪のお兄さん。あなたの出番だ。その自慢の太刀をもって、すべての攻撃を斬り伏せてくれ」
「承知した」
野伏は短く答えた。太刀の柄に手をやった。それから、付け加えた。
「だが、『お兄さん』はやめろ。不愉快きわまる」
「兄貴、ならいいかい?」
かちり、と、小さいが物騒な音を立てて、太刀がわずかに鞘から抜かれた。
コロコロと声を立てて行者は笑った。
「からかいがいがあるね、あなたは。さて、冗談はこれぐらいにして、と」
行者はロウワンに視線を戻した。
相変わらず面白がっているような、しかし、その奥にこれ以上ないほどの真摯さを込めた視線だった。
「ロウワン。僕とかの人とで〝すさまじきもの〟の攻撃は防ぐ。そうしたら、君の出番だ。その大刀の力をもって斬りつけるんだ」
「わかった」
ロウワンはうなずいた。
「では、主賓を呼び出すとしようか」
そう宣言し――。
行者は体重のないもののように立ちあがった。
――倒そうじゃないか。あの怪物、〝すさまじきもの〟を。
行者のその言葉に――。
ロウワンは力強くうなずいた。あるかなしかのかすかな微笑を絶やすことのない行者の顔をまっすぐに見つめながら宣言した。
「あの怪物、〝すさまじきもの〟が何者で、なぜ、あんなにもこの世界を憎むのか。それはわからない。だけど、あいつが何者で、どんな理由があろうとも、あれほどすさまじい、この世界に対する憎悪を放っておくわけにはいかない。やつは倒す。必ず、倒す」
ロウワンのその宣言に――。
ビーブ、トウナ、野伏、メリッサをはじめとする『もうひとつの輝き』の人員たち、ビーブの集めてきた山に住む鳥獣……。
そのすべてがうなずいた。ロウワンと同じ決意をその目に宿していた。
あの怪物、〝すさまじきもの〟が放つ異様な怒り、恨み、憎しみ。それらを経験すれば誰であれ、倒さなければならないと思う。決意する。そう思わないものは〝すさまじきもの〟と同じく、この世界を憎み、滅びを願うものだけだろう。
「だけど……」
と、ロウワンは行者に尋ねた。
「どうやって倒す? あんな山みたいな怪物をどうすれば倒せる? あなたの力で倒せるのか?」
まさか、と、行者はにこやかな顔で答えた。
「僕の力で倒せる相手なら、わざわざ君たちに助けを求めたりはしない。そちらの……」
ちらり、と、行者は野伏を見た。流れる血のように紅い唇にほんのわずか、面白がっているような笑みが浮いた。
「妖怪のお兄さん……」
「……わかるか」
「もちろん」
と、行者はかわることのないにこやかな調子で答えた。
「妖怪は僕の餌だからね。匂いでわかるよ」
妖怪は僕の餌。
それは果たして言葉通りの意味なのか、なにかの比喩なのか、そもそも、本気なのか、冗談なのか。まったく、見当のつかない、そのどれともとれる行者の言い方であり、態度だった。
「妖怪のお兄さんの力でも無理だ。あの怪物は倒せない。あいつのもつ力はあまりにも大きすぎる」
「でも、あなたは現に、あの怪物を撃退したじゃない」
トウナが言った。
行者は肩をすくめて見せた。
「あれはたまたまだよ。突然、目の前で猫だましをされて驚いて立ち去った。その程度のものさ。二度は効かない」
「……あなた、なんでそんなにあいつのことがわかるの?」
おかしいじゃない。
トウナは疑う様子でそう口にした。
行者は疑われていることに気がついたが、悪びれもせずに答えた。
「僕は空狩りの行者。そして、あの怪物、〝すさまじきもの〟は空より現れる存在。僕のなかの空と共鳴する。そのためにある程度はわかるのさ」
「そういうものなの?」
「そういうものだよ」
行者は澄ましてそう言いきった。
どうやら『そういうもの』だとして割りきるしかないことのようだった。
「わかった。そういうものだとしておこう」
ロウワンがうなずきながら言った。
千年前のあの戦いのとき。天命の巫女の血は亡道の司の全身に染み渡り、その身を縛った。それも、天命の巫女の血と亡道の司の間に共鳴する関係があればこそ出来たこと。
おそらく、行者と〝すさまじきもの〟にも同じような関係があるのだろう。
いずれにしても、この場で行者を疑ってみても意味はない。この世界のためには〝すさまじきもの〟は倒さなければならないのだし、そのためには行者のもつ知識と力が必要なのだ。
――この行者は信頼出来る。
その前提で話を進めるしかなかった。
「しかし、それなら、どうやって倒せばいい? あなたの力も効かない。野伏でも倒せない。それなら、倒しようがないんじゃないか?」
「そのための『それ』だよ」
と、行者はロウワンを指さした。正確には、ロウワンの背負う大刀を。
「この大刀か?」
そうだ、と、行者はうなずいた。
ときおり見せる、軽薄さとは縁のない真摯な表情で。
「その大刀には途方もない力が眠っている。その力を使えばいかな怪物でもひとたまりもない。ただし……」
と、行者はいつもの調子に戻り、にこやかな表情で言った。
「残念ながら、君はその力のほんの一部しか使えていない」
そう言ったときの行者の、妙に楽しそうな様子。
――こいつ、人を悪く言うのがそんなに楽しいの?
トウナが思わず、そう感じたほどのものだった。
さすがにトウナの内心の思いまではわからなかっただろうし、わかったところで気にもしなかっただろうが、行者はその調子のままつづけた。
「それこそ、大海の水をほんの一匙分、すくい取った。その程度の力しか引き出せていない」
「そこまでか……」
もちろん、ロウワンだって大刀のもつ力を引き出せていないことはわかっていた。この大刀はもっと次元のちがう、途方もない力を秘めている。そのことは感じていた。しかし、さすがにそこまでとは思っていなかった。
「でも、それでいい。だからこそ、安全なんだからね。もし、その大刀の力がこの世界にあふれ出したら大変なことになる。それこそ、あの怪物を好きなように暴れさせておいた方がはるかにマシだと思えるような、そんな途方もない破滅がこの世界を覆うことだろうね」
「そこまでか……」
信じられない、とは、ロウワンは思わなかった。この大刀はただの金属の塊などではない。あの〝鬼〟の力が込められた代物なのだ。それぐらいのことが出来てもおかしくはない。
「しかし、あの怪物を倒すためにはこの大刀の力が必要」
「そうだ」
「そして、力を引き出しすぎればこの世界が滅びる」
「そうだ」
「つまり、おれはあの怪物を倒せる程度に制御して、この大刀のもつ力を引き出さなきゃいけない。そういうことだな?」
「そうだ」
と、行者はみたび、答えた。
「出来るかな、君に?」
そう言ったときの行者の表情ときたら、あからさまに挑発するような、からかって楽しんでいるような、そんなものだった。その態度にはビーブやトウナの方が腹を立てたほどだった。
ロウワン自身は腹を立てることはなかった。この大刀を制御するにはまだまだ未熟であることは、誰よりもわかっている。
腹を立てるかわりに、きっぱりと言いきった。
「やる」
ごく短い一言。その一言を発したときのロウワンには崇高なまでの覚悟があり、その姿にはトウナも、メリッサも一瞬、見とれたほどだった。
「やってみせる。必ず、必要な力を必要なだけ、引き出してみせる」
「うん、いいね。そのまっすぐさ。見ていて実に気持ちいいよ」
行者は満面の笑顔になった。かの人なりにロウワンを認めたらしい。
「では、作戦を説明したい。いいかな?」
「頼む」
「では……」
と、行者は説明をはじめた。
「まず、お嬢さん方には後ろにさがっていてもらおう。君たちには〝すさまじきもの〟を相手に出来る力も、武器もない。前にいられては邪魔なだけだ」
そう語る行者の態度は真剣なものだったし、トウナやメリッサたちもそれに劣らない真摯な表情でうなずいた。行者に言われたことはかの人たち自身、充分に自覚しているし、分をわきまえずに行動して味方の邪魔をする気などなかった。
と、そこで終わっていればきれいにまとまるのに、よけいな態度で、よけいな一言を付け足すのが行者らしいところ。
「と言うのは、実は建前。美しいお嬢さん方が血で血を洗う姿なんて見たくないからね」
わざとらしく片目をつぶって、そう言ってのける。その態度に――。
トウナも、メリッサたちもそろって全身に鳥肌を立て、後ろに引いた。
――あいつ、わざと気色悪がらせてるのか?
ちゃっかり嫁を隣に侍らせているビーブが、手話でそう語った。
「……さあ」
「間違いないな」
趣味の悪いやつだ、と、野伏がいささか腹に据えかねる様子で言った。
その声は当然、行者にも聞こえていたはずたが、もちろん、あっさり無視した。
メリッサがはじめて発言を求め、片手をあげた。
「頼みがあるんだけど……いいかしら?」
「美しいお嬢さんの頼みなら、なんなりと」
「いちいち、不愉快な態度をとらなくていいわ。あの怪物の資料がほしいの。血でも、皮でも、肉片でも、なんでも。あの怪物の一部がね。わたしたち『もうひとつの輝き』はたしかに戦いには向かない。でも、研究ならわたしたちが本職。今後のためにもあの怪物のことはくわしく調べておくべきだと思うし、そのためには資料が必要になるわ」
それはまさに、本物の研究職としての誇りが言わせた言葉だった。
「もっともだね。でも、それはロウワンに言うべきだね。〝すさまじきもの〟に実際に攻撃するのは、かの人なんだから」
メリッサがロウワンを見た。
おとなの女性に見られて、ロウワンはほのかに頬を赤くした。それでも、きっぱりと言った。
「〝すさまじきもの〟はおれが斬る。斬れば少なくとも、血は飛び散る。そうしたら、ビーブ。お前の持ち前のすばしっこさで血を集めてきてくれ」
「キキィッ!」
――任せろ、きょうだい!
ビーブは胸を反らして承知した。いくら弱ってるとはいえ、頼まれて断るようなビーブではなかった。
――あなた、気をつけて……。
――安心しろ。お前を残して死んだりしない。
まだ会って間もない嫁を相手に――。
恋愛劇を演じるビーブであった。
「こほん」
その姿に当てられたのか、行者がわざとらしく咳払いなどして見せた。
「つづけよう。〝すさまじきもの〟を攻撃するのはロウワンの役目だ。しかし、向こうだって黙って突っ立っているわけがない。こちらにも攻撃する力があることはすでにわかっているはずだし、それでなくとも、あの憎悪の強さだ。必ず、向こうからも攻撃してくる。その攻撃があの稲妻のようなものであれば、僕の空をもって吸収する。しかし、物理的な攻撃を仕掛けてくれば……」
行者は野伏に目をやった。その目にほのかに面白がるような光が浮いている。
「妖怪のお兄さん。あなたの出番だ。その自慢の太刀をもって、すべての攻撃を斬り伏せてくれ」
「承知した」
野伏は短く答えた。太刀の柄に手をやった。それから、付け加えた。
「だが、『お兄さん』はやめろ。不愉快きわまる」
「兄貴、ならいいかい?」
かちり、と、小さいが物騒な音を立てて、太刀がわずかに鞘から抜かれた。
コロコロと声を立てて行者は笑った。
「からかいがいがあるね、あなたは。さて、冗談はこれぐらいにして、と」
行者はロウワンに視線を戻した。
相変わらず面白がっているような、しかし、その奥にこれ以上ないほどの真摯さを込めた視線だった。
「ロウワン。僕とかの人とで〝すさまじきもの〟の攻撃は防ぐ。そうしたら、君の出番だ。その大刀の力をもって斬りつけるんだ」
「わかった」
ロウワンはうなずいた。
「では、主賓を呼び出すとしようか」
そう宣言し――。
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