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第二部 絆ぐ伝説

第五話一六章 迫る危険、誰も知らず

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 準備は急速に進んでいた。
 ガレノアとボウは船団の再編成に着手した。なにしろ、ローラシアとの海戦で数多くの船を手に入れたし、多数の投降者――大部分は奴隷階級だった人間たち――もいたので、軍の規模が急速にふくれあがった。ゴンドワナへの援軍派遣の件がなくても船団の再編成は急務だったのだ。もっとも、
 「そんな面倒くせえことやってられっか。おれさまの柄じゃねえ。お前に任せた」
 と、ガレノアは酒かっ食らって愛船の甲板かんぱんの上でごろ寝してしまった。その横では一緒に酒を飲んだ鸚鵡おうむもひっくり返って気持ちよさそうに寝入っている。
 と言うわけで、船団の再編成は参謀長であるボウひとりの手で行われることになった。普通であれば『提督のくせに無責任な!』と怒るところだが、ボウはガレノアのことをよく知っていた。
 戦闘においては二〇人力だし、襲撃の指揮も天下一品。しかし、この手の頭を使う事務仕事となればからっきし。そんな人間に下手に手を出されても却って面倒なだけなので、無責任さを発揮してくれたのはむしろ、ありがたい。と言うより、ガレノア自身も自分のことをよく知っていたので『苦手なことは得意な人間に任せる』という、正しい意味での『他人任せ』を発揮したのだが。
 ボウはローラシア海軍に所属していた頃の経験を活かして、ひとりでテキパキと再編成を進めていった。船団ごとに責任者を決め、船を振り分け、船員を配置し、分担する役割と区域を決める。投降者に対しては一人ひとり意思を確認し、軍に所属するか、それとも、別の道を選ぶかを尋ねた。
 軍入りを望まないものに対しては鉱山や農場での仕事を紹介したが、大部分はそのまま軍に入ることを選んだ。ローラシアの貴族たちからさんざん鞭で打たれ、侮蔑ぶべつされ、家畜以下の扱いを受けてきた人間たちだ。
 「自由の国リバタリアの軍人になれば直接、ローラシア貴族たちへの仕返しも出来る!」
 そう思えば、熱心に軍入りを志望するのも当然だろう。もっとも、そこには『船の仕事以外なにも知らないし、なにもできない』という事情もあるのだが。
 それを聞いたロウワンは、表情を曇らせた。
 「……それ以外、なにも出来ないからその道を選ぶ、か。いいことではないよな。やっぱり、元奴隷階級だった人たちにも色々な道を選べるよう、教育機関を作らないと」
 「ですが、元奴隷階級の人間たちには『教育を受けて知識と技術を身につける』という発想そのものがありません。教育機関を作ったからといって、そこに入るとは限りませんぞ」
 「……うん。とにかく、教育機関を作って、志願者を募って……それからだな」
 教育機関を作るためには教育者が必要であり、その教育者を招いてくるのは自由の国リバタリア一番の嫌われもの、ブージの役目である。そのブージは給料の値上げを勝ちとるべく、熱心に働いた。たちまちのうちに数人の教師を見つけてきてしまった。
 「早いな。こんなにすぐに見つけてくるとは思わなかった」
 さすがにロウワンが驚くと、
 「へっ、金のためならたとえ火のなか、水のなか。賃上げにつながるならいくらだって働いてやるぜ」
 「金のために火のなかに飛び込めるなら、それを実際にやって見せて、見世物にした方が稼げるんじゃないのか?」
 「……お前、おれに焼け死ねってのかよ?」
 さすがに傷ついたような表情を浮かべるブージであった。
 「だけど、ブージ。早々に見つけてきてくれたのはいいけど、『元奴隷』と言うことで見下すような人間じゃ困るぞ。きちんと、自分と同じ人間として敬意をもって接してくれる人物じゃないと」
 「わかってるって。金のためならおれさまに抜かりはねえ。その点はちゃんと選んでいるさ」
 そう言って、ブージがロウワンに引き合わせたのは年配の女性だった。
 ローラシアの下級貴族の出身だが奴隷制には断固として反対で、前々から逃亡奴隷をかくまい、自宅でこっそり読み書きを教えてきたとのこと。今回、自由の国リバタリアが『出国の自由』を取り付けたことを盾に大々的に奴隷階級の人間に出国を呼びかけると聞いて、矢も楯もたまらず参加したという。
 「わたくし、感激いたしましたわ、ロウワン卿! あなたの高邁こうまいなおこころざしを無駄にはしません! 必ずや元奴隷階級の人々に豊かな未来を築いてみせます!」
 「あ、は、はい、よろしくお願いします……」
 そのあまりの熱意にはロウワンもすっかり気圧されてしまい、握られた手をブンブン振りまわされながらそう答えるのが精一杯だった。
 ともかく、教師は一応そろったので、さっそく学校を作ることになった。それには、かつてハルキスの住んでいた屋敷が当てられることになった。そこなら設備も整っているし、教材となる書物や資料もそろっているからだ。それに、『もうひとつの輝き』の研究所としても使われているので、『もうひとつの輝き』の面々にも教師役を頼めるという利点もある。
 いまはまだ生徒のひとりもいない学校だがそれでも、自ら望んで自由の国リバタリアへとやってきた教師たちの情熱は本物だった。燃える理想をその胸に、いつか生徒を迎える日のために準備を進めた。
 いったい、誰に想像できただろう。このちっぽけな学校。ほんの数人の教師とひとりもいない生徒からはじまったこの学校が将来、世界最高峰の教育機関として名を馳せることになろうとは。
 しかし、それはまぎれもなく『大賢者マークスⅡ』の業績のひとつとして数えられることだった。
 学校を建てるのはいいが、運営して行くには金がいる。元奴隷階級の人間たちに授業費を納める金などあるはずもないので、少なくとも当面はすべての費用を自由の国リバタリアがもたなくてはならない。そのためには、国家として稼がなければならない。 
 その点を担当するタングスはロウワンの言った『ローラシアから奴隷階級の人々を連れてくる』という言葉を頼りに、次々と新しい島の開発に手を出していた。
 「正直、採算はまったくとれていません」
 タングスはいたって正直にそう打ち明けた。
 「なにしろ、利益も出ないうちから次々に新しい鉱山や農場を開いていくのですからな。赤字経営もいいところです。言われたとおりに人を集めてもらえないことには、借金を抱えて総倒れになりますぞ」
 「わかっている。ローラシア国内の組織とも連携してひとりでも多くの人を連れてくる」
 ロウワンはそう請け負ったが、ローラシアが各国に宣戦布告したとなれば『出国の自由』などもあてには出来ない。望みを叶えるためには武力も必要になるし、ローラシアにパンゲアの〝神兵〟と戦える化け物がいるとなれば、いままでにない強力な武器が必要だ。
 それらの武器の開発はメリッサをはじめとする『もうひとつの輝き』の役目だった。
 「対〝神兵〟用の武器は、『もうひとつの輝き』の総力をあげて作っているわ」
 メリッサは視察に訪れたロウワンに向かい、そう言った。
 その言葉通り、『もうひとつの輝き』の研究所――つまり、元ハルキスの屋敷――では、すべての人員が総力をあげて武器作りに励んでいた。メリッサ自身、美しい顔にくまを作っており、不眠不休で励んでいるのは明らかだった。
 ロウワンは心配げな視線をメリッサに向けた。
 「でも、メリッサ師。無理はしないでくださいよ。無理して、倒れられでもしたら元も子もない」
 ロウワンの言葉は少なからず私情のこもった心からのものだったが、メリッサは首を横に振って見せた。
 「いま、無理をしなでいつすると言うの? それに、わたしは戦うための体力を残しておく必要はないわ」
 そう言って、自ら武器作りに励むメリッサだった。
 「……気をつけて」
 その姿を前にしては、そう声をかけるしかないロウワンだった。
 そんな仕事の合間を縫って、ロウワンはトウナにハルキスの教えを伝えていた。
 「出発する前に、あたしに都市としもう社会しゃかいについて叩き込んでいって」
 トウナ自身がそう望んだからだ。
 新しい世界は自分が作る。
 そう決意した以上、学ぶべきはすべて学びとる。そう決意したわけだ。ロウワンもその心意気を感じとり、激務の合間を縫って伝えられることはすべて伝えようとした。
 「自由と平和ではなく、均衡と調和。それが、ハルキス先生のたどり着いた結論だった」
 「均衡と調和……」
 「そうだ。人はなにかと言うと『自由、自由』と口にする。まるで、人間にとって自由以上に大切なものはないかのように。でも、無制限の自由なんてあり得ない。もし、『恋愛の自由』を無制限に認めたらどうなる?
 『自分には恋愛の自由がある。望んだ恋愛は成就じょうじゅしなければならない。だから、自分の好きになった相手は、自分のことを好きにならなければならない』
 ということになってしまう。どんなに『自由、自由』と言い張る人間でもそんなことは認めないだろう。実はすべてがそうなんだ。『奴隷の自由を認める』と言うことは逆に言えば『奴隷をもつ自由を認めない』と言うことでもある。
 他人を支配する自由。
 他人を傷つける自由。
 人の言う『自由』とは、それらの自由を否定することだ。禁止することだ。と言うことは実は、人が本当に望んでいるのは『自由の拡大』じゃない。『自由の制限』だ。
 人によって人が支配され、傷つけられることがないようにする。そのために、自由を制限する。
 それが、人々の本当の望み。
 それが、ハルキス先生の結論だった。
 つまりは力の均衡。自然界を見てみるといい。自然界は見事に均衡がとれている。トラやライオンがいくらウサギを狩れるからと言って、ウサギの群れを支配し、意のままに出来るわけじゃない。そこまでの力はどんな動物にもない。だからこそ、ウサギたちは誰にも支配されずに暮らしていられる。
 そこにこそ、均衡と調和がある。都市としもう社会しゃかいが目指すものはそれと同じだ。巨大国家を少しだけ作って支配する・される関係を作るのではない。無数の小国家を築くことで突出した力の存在を防ぎ、均衡と調和の世界を生みだす。それが、都市としもう社会しゃかいの目的なんだ」
 「均衡と調和……」
 トウナはその言葉を繰り返す。その言葉が自分たちの望む世界を生みだす魔法の言葉でもあるかのように。
 「そう。均衡と調和。それこそが、都市としもう社会しゃかいの目指すもの。それを忘れないでくれ」
 「ええ。わかったわ。ロウワン」
 「トウナ。おれがハルキス先生から学んだものは、先生の五〇〇年の研鑽けんさんのごくごく一部でしかない。おれもまだまだハルキス先生から学びたかった。でも、ハルキス先生は死んでしまった。おれを生かすために……」
 「……ロウワン」
 「でも、ハルキス先生の意思までは死んではいない。ハルキス先生の家には、先生の記した資料が残っている。『もうひとつの輝き』の面々がその資料を解析し、ハルキス先生の残したすべてを受け継ごうとしている。だから……」
 「ええ。わかっているわ、ロウワン。『もうひとつの輝き』と協力して、ハルキス先生の思いのすべてを受け継ぐ。そして、都市としもう社会しゃかいを実現する。内のことはあたしに任せて、あなたは外を」
 「ああ。頼む、トウナ」
 ロウワンとトウナ。
 それぞれの道を歩むことを決めたふたりは、しっかりと握手を交わしあった。

 そして、出発の日はやってきた。
 自由の国リバタリアの船団はボウによって見事に再編成されていた。提督であるガレノア自らが率いる中枢船団。プリンスと〝ブレスト〟・ザイナブが副提督として左右両翼の船団を率いる。
 また、ブージは輸送や工作、偵察などの特殊船団を一手に率いる。これらの役割は実際に前線で戦うことに比べれば地味だが、戦いを支える重要な要素である。情報もなく、武器や食糧の輸送もない。そんな状況で勝てる軍隊など、この世に存在しないのだ。
 まさに、自由の国リバタリアが勝利出来るかどうかはこの船団の働きにかかっている。それほどの重大な船団を任されたことは、ブージがいくら嫌われものであっても充分に有能な人材である証拠だった。
 さらに、ドク・フィドロをおさとする病院船が配置された。このように医療担当を独立した船団としたのは世界初の試みである。これまで、各船に船医はいても、治療だけを目的とした船舶が用意されることはなかった。それだけに一度、航海に出てしまえば薬も、寝台も足りず、怪我をしようが、病気になろうが、ろくな治療も受けられない。それが、世界中すべての国の海軍――そして、海賊たち――の実体だった。
 そのありさまをその目で見てきたボウは、それらの問題点を一気に改善するべく『医療専門の船団』を作りあげたのだ。この船団に所属する船舶のなかにはありったけの医療者と薬品類、多くの寝台が用意され、海上であっても陸とかわらない医療を受けられるように配慮されている。
 ロウワンは、そのボウの心遣いに感激し、熱烈に感謝した。しかし、ボウはその堅苦しいほどに実直な態度を崩そうとはせず、冷静に指摘した。
 「いいえ。医療船団を組織したと言ってもまだまだ形だけのもの。本当に『医者』と呼べるのはドク・フィドロただひとりですし、薬品の数もまったく足りません。これでは医療船団などと言っても名ばかりのもの。実際の役にはとても立てません」
 「わかっている。でも、こうして、医療船団が出来上がればみんなの考えもかわる。医者を目指す人間も集まるし、薬品だって買える。本当にありがとう、ボウ。よくやってくれた」
 ロウワンはそう言って喜びいっぱいの顔でボウの手を両手でつかみ、上下に揺さぶった。それに対し――。
 ボウの真一文字に結んだ唇はほんのわずか、笑みの形に曲がっていた。
 その他にも、各海域ごとに哨戒活動や警備を担当する小船団がいくつも作られ、それらの活動範囲を示す詳細な海図が作られた。これによって、誰であれ一目で担当の船団がわかる。このあたりの細かな気遣いもボウの有能さというものだった。
 そして、船団はタラの島を出発した。
 ガレノア率いる中枢船団がロウワンと共にレムリア伯爵領に向かい、〝ブレスト〟率いる船団がゴンドワナへの援軍としてサラフディンに向かう。そして、プリンス率いる船団が本拠であるタラの島の護衛に当たる。
 そういう分担だった。
 プリンスのトウナに対する思いを考えれば自然な分担と言えた。
 船団にはメリッサをはじめとする『もうひとつの輝き』の面々が作りあげた武器が運び込まれた。とは言え、その数はまだまだわずかなものでガレノアやボウ、プリンスや〝ブレスト〟と言った主立おもだったものたちの分しか出来てはいない。それでも、まったくないのに比べればはるかに心強い。とにかく、パンゲアの怪物やローラシアの化け物に対抗出来る戦士がいるということなのだから。
 メリッサは不眠不休の働きでいかにもやつれて見えた。目の下にはくまができているし、肌の色艶もくすんでいる。さしもの美貌も台無し……とまでは言わないが、かなり見栄えが悪くなっているのは確かだった。
 ロウワンとしては、そんなメリッサの姿を見せられては気が気でない。心からの心配を込めて声をかけた。
 「大丈夫ですか、メリッサ師。かなり疲れているようですかけど」
 「だいじょうぶよ。心配しないで。わたしはあなたたちとちがって船旅の間、休んでいられるんだから」
 「船旅って……」
 「今回からはわたしも、あなたと同行させてもらうわ」
 「メリッサ師が⁉」
 「ええ。パンゲアの〝神兵〟とやらを直接、この目で見ておきたいから。それに、武器に必要な能力を付与できる人間もいた方がいいでしょう?」
 「それはそうですけど……『もうひとつの輝き』の方はいいんですか?」
 「だいじょうぶよ。わたし抜きではなにも出来ないなんて、そんなやわな組織ではないわ。よろしく頼むわね」
 「はい!」
 若々しい頬を紅潮させて、そう答えるロウワンだった。
 「ところで……」
 と、空気を読まない、と言うよりも、わざとぶち壊す気満々でくう狩りの行者ぎょうじゃがその場にやってきた。相変わらず、血のように紅い唇にあるかなしかのほのかな笑みをたたえている。
 「僕も、今回からは同行させてもらうよ」
 自慢のかんざしの飾りをシャラシャラ言わせながらそう言う行者ぎょうじゃだった。
 「あなたも⁉」
 「ちょっとちょっと。なんで、そんなに驚くんだい? 僕は役に立つよ?」
 「いや、そう言うことじゃなくて……あなたは自分の目的があるはずだろう? おれたちに付き合っていていいのかって」
 「ああ。かまわないよ」
 行者ぎょうじゃはそのたおやかな手をパタパタ言わせながら答えた。
 「どうせ、僕の目的は、君には想像もつかないぐらい昔から追いつづけてきたものだ。少しばかり遠回りしたってかまいはしない。それに……」
 「それに?」
 「前にも言ったと思うけど、君たちと同行していた方が近道だと思えるからね。僕の予感は当たるんだ。と言うわけで、これからよろしく頼むよ」
 あくまでも――見ようによっては怪しいほどに――にこやかにそう語る行者ぎょうじゃだった。
 ともかく、出発の時は来た。
 ロウワン、ビーブ、ガレノア、ボウ、プリンス、〝ブレスト〟、メリッサ、行者ぎょうじゃ……自由の国リバタリアの主要な面々が船に乗り込む。そして、ロスタム。ヘイダール議長の名代みょうだいたるゴンドワナの使者も。港ではこれからは内部のことに専念することになったトウナが手を振って見送っている。
 ローラシアの船を手に入れたことで飛躍的に強化された自由の国リバタリアの船団だが、全軍の旗艦を務めるのは相変わらず、ガレノアの愛船たる『海の女』号である。その『海の女』号の甲板かんぱんの上におもだった人員が集まっていた。
 「なんだ。ロウワンはゴンドワナには行かないのか」
 説明を受けてプリンスが意外そうな声をあげた。
 「ああ。向こうには野伏のぶせもいるし、ボーラにも、ヘイダール議長にも話は通してあるからね。おれが行く必要はない。それより、早くレムリア伯爵領に向かって同盟を組みたいからね」
 ロウワンはそう言って、〝ブレスト〟に視線を向けた。
 「〝ブレスト〟。そういうわけだ。ゴンドワナの方はよろしく頼む」
 「……言われるまでもない」
 〝ブレスト〟は短くそう答えた。
 声質そのものは天上の鈴の音のように美しいが、ロウワンへの――と言うより、男に対しての――敵意はそのままで、口調には鋭い棘がたっぷり数百本も含まれている。
 ロウワンは肩をすくめた。
 「背中の傷はちゃんと治療したんだろうな?」
 「あの程度。わたしにとっては傷のうちには入らない」
 可愛げというものを海の彼方に捨ててきたような言い方だったが、〝ブレスト〟の胸についた傷を見れば、その言い分ももっともだと納得するしかない。
 最初のうちは全船団で行動するが、途中で別れてガレノア率いる中枢船団はロウワンと共にレムリア伯爵領へ向かい、〝ブレスト〟率いる船団はサラフディンへ向かう。そして、プリンス率いる船団はタラの島近辺に留まり、警護を担う。そういう分担だった。
 「そのことなんだがよ」
 ブージが声を潜ませながら言った。見るからに警戒心むき出しという表情だった。
 「あのロスタムってやつは信用しない方がいい。どうにも胡散うさんせえからな」
 「お前に『胡散うさんくさい』と言われたら人間、終わりだな。なにを心配しているんだ?」
 ブージは、ロウワンの言葉に傷ついたような表情を浮かべて――実は傷つきやすいたちなのか、それとも単なる振りなのか、とにかく、なにかにつけて傷ついたような表情を浮かべるブージである――つづけた。
 「知ってるだろ。レムリア伯爵領ってのはもともとはパンゲアの一部で、いまでも形の上ではパンゲアの一領地だ。あまり知られちゃいねえが、内部にはパンゲア派の連中もけっこういて、独立派の連中と角突き合わせてやがるんだ。パンゲアに不死身の怪物がいると知ったら、そいつらのこった。パンゲアと戦うより、パンゲアと組んだ方が得だと思うだろう。となれば、パンゲアと敵対するお前には手土産としての価値がある」
 「つまり、ゴンドワナがレムリア伯爵領内のパンゲア派と組んでおれの首を差し出し、パンゲアにすりよる可能性があると?」
 「そういうこった。あのロスタムってやつは、そのための手先なんじゃねえか」
 「ロスタムが美男子だからって妬いてるんじゃないのか?」
 そう言われて――。
 ブージは今度こそ本当に傷ついた表情になった。
 ロウワンはつづけた。
 「その心配は聞いておく。だけど、ゴンドワナ商人のことは知っているつもりだ。こちらに力があることを示しつづける限り、裏切ったりはしないさ」
 そう断言するロウワンである。
 それと聞いたブージは、こっそりガレノアに近づくと耳打ちした。
 「……おい、ガレノア。用心しといてやれよ。どうも、ロウワンのやつ、ゴンドワナ商人のこととなると信用しすぎるようだからな」
 「お前とは反対にか?」
 「お前まで、そんなこと言うこたあねえだろう!」
 思わず怒鳴るブージである。
 ガレノアは豪快に笑い飛ばした。
 「わっはっはっはっ! しかし、お前、意外とロウワンのことを心配してるんだな」
 「当たり前だろ」
 ブージは憤然ふんぜんとして言った。
 「あいつが死んだら、誰がおれに給料を払うんだ」
 その言葉が照れ隠しではなく本心からのものだというのが、ブージが嫌われものたる所以ゆえんなのだった。
 ともかく、船団は別れる予定の地点まで問題なく進んだ。今後のことを再確認しておくために主要な面々が『海の女』号に集まったそのときだ。見張りが声を限りに叫んだ。
 「船だ! バカでっかい船が、ものすごい速度で進んでくるぞ!」
 ロウワンたちは一斉に見張りの指さす方を見た。
 そして、見た。
 海を割いて進んでくる巨大な帆船はんせんを。
 その姿を一目見たとき、ロウワンは顔を真っ青にして叫んだ。
 「〝鬼〟だ! あれは〝鬼〟の船だ!」
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