壊れたオルゴール ~三つの伝説~

藍条森也

文字の大きさ
219 / 413
第二部 絆ぐ伝説

第八話最終章 騎士の迎え

しおりを挟む
 ロウワンたちはイスカンダル城塞じょうさいぐん跡地あとち、いまではプリンスの国たる平等の国リンカーンの本拠地となっている土地に向かって歩いていた。途中、何度か、プリンスの送ってくる補給隊と出会い、帰還することを告げながら。
 すでにけっこうな距離を入り込んでいたので帰還するまでには何日もかかったが、その道のりは比較的、平穏だった。ときおり、凍った時が溶けて動けるようになった亡道もうどう怪物かいぶつに襲われることはあったがもちろん、そんな雑魚ざこでは野伏のぶせ行者ぎょうじゃの相手にはならない。部屋の扉を開くようにあっけなく倒し、進んできた。
 「パンゲアの騎士団もすべて、亡道もうどうつかさに乗っ取られた。そう言っていたな」
 ロウワンがレディ・アホウタにたずねた。
 「そうっス」
 レディ・アホウタはそう答えた。短いがそのなかに怒り、無念、くやしさ、それらすべてが入り交じった答え方だった。
 「でも、騎士団がやってくる気配はない。その点は助かるな」
 「だい聖堂せいどうまではまだまだ距離があるっスから。たとえ、向かってきていてもいまから追いつかれることはないっスよ。それに……」
 「それに?」
 「だい聖堂せいどうにはアルヴィルダ猊下げいかがいるっス。猊下げいかが押えていると思うっス」
 レディ・アホウタがそう言ったのは『そう信じている』と言うより『そう思いたい』という気持ちからだろう。パンゲア人であるレディ・アホウタがそう思いたい気持ちはロウワンたちにもわかる。しかし――。
 「亡道もうどうつかさがここまでやってきていたんだ。そんな期待はもたない方がいいね」
 行者ぎょうじゃ飄々ひょうひょうとした口調と態度でその実、とてつもない冷徹れいてつさをもってそう言いきった。ロウワン、メリッサ、ハーミドたちが思わず、非難ひなんがましい視線を行者ぎょうじゃに向けた。
 他の人間には思っていても言いずらいことをはっきりとみんなに告げる。それが、行者ぎょうじゃの役割なのだと承知はしていてもやはり、不快に思うときはある。
 レディ・アホウタは行者ぎょうじゃに言われてジッと黙りこんだ。うつむきながら歩きつづける。
 ――おい、そろそろ夜だぜ。
 ビーブが言った。
 濃いミルク色のもやに天まで覆われ、昼夜のわからないこの世界だが、ビーブの野性の感覚はそのなかでもしっかりと夜の訪れ、日の出の時を感じとっている。昼夜がわからないまま歩きまわっていては、どれだけの日が過ぎたのかもわからなくなるし、いつ、どれだけ、休めばいいのかも計りづらい。ビーブの存在はありがたいものだった。
 一行は野営の準備をした。と言っても、どこか、その辺の地面に腰をおろして補給隊から渡された燃料をき、食事の準備をする程度のものだが。
 パチパチと火のぜる音を聞きながら、ビーブたちは車座になって座っている。食後のコーヒーもすべて飲み終え、容器はすべてからになっている。そのなかでロウワンとメリッサ、ふたりの姿がない。
 あの日以来、ロウワンとメリッサは夜になると皆からはなれ、ふたりだけで姿を消すようになっていた。その理由ももちろん、全員がわかっているし、そのことにツッコむほど野暮やぼでもない。
 「まあ、仕方ないな」
 野伏のぶせが肩をすくめながら言った。
 「はじめて女を知った直後の衝動しょうどうは、自分でも怖くなるぐらい激しいものだ。まして、あの年頃だ。体が焼き尽くされるような思いだろう。皆の前で表に出さないだけ、よく押えている」
 「そうだね。体のなかのヘビが収まるまでには、まだ何日かかかるだろうね」
 「ああ。その気持ちはよくわかる。おれもそうだったからな。いや、あのときはほんと、自分はどうかしちまったんじゃないかと思ったよ」
 ハーミドの言葉に――。
 うんうんとうなずく野伏のぶせ行者ぎょうじゃであった。
 「しかし、ロウワン卿もはじめての場所がこんなところとは災難さいなんなことだな。メリッサどのだって、もっとまともな場所で相手したかっただろうに」
 ――それが、おかしいってんだよ。なんで、人間てやつは場所を選ぶんだ? おれたちにとっちゃ天地自然すべてが愛の巣だぜ。
 ビーブの言葉に行者ぎょうじゃが苦笑した。
 「まあ、人間には人間の事情があるからね。そういうわけにはなかなか行かないんだよ。
 ――まったく。面倒くせえよな、人間ってやつは。
 「たしかに、野山が舞台というのもなかなかいいものではあるがな」
 「おっ、野伏のぶせどの。あんたはそういう趣味なのかい?」
 野伏のぶせの言葉にハーミドがやたら嬉しそうに反応したのは、これも新聞記者としての職業魂だろうか。それとも、単なる下世話な好奇心だったろうか。
 野伏のぶせは別段、恥ずかしがる様子もなく答えた。
 「この一〇年、ほとんど戦場にいたからな。場所を選んでいる余裕などなかった」
 「なるほど。そういうこともあるか」
 「だけど、いつものことだけどしけ込んでいる時間が長いよね。さすが、若いだけのことはあるよ。この分だと、帰りつく頃にはメリッサは母親になっているんじゃないかな?」
 ――そうなりゃ願ったりだな。おれが名付け親になってやれるぜ。
 「わっはっはっ! そいつはいい! そのときは、ぜひともおれに取材させてくれよ。世界の運命を背負って戦う英雄が父親になったとなりゃあ、世界中が大注目だからな」
 行者ぎょうじゃの冗談――か、どうかは不明だが――に、ビーブか嬉しそうに答え、ハーミドが豪快に笑った。すると、レディ・アホウタが頬肉ほおにくの腐り落ちたほおをぷくうっとふくらませて抗議口調で言った。
 「レディの前っスよ。そういう話題は控えてほしいっス」
 「そんなに気にしなくてもいいだろう。『見た目は幼女、中身は淑女しゅくじょ』が君の売りなんだろう? だったら、それなりの経験はあるはずだよね?」
 「自分は任務のためにすべてを捧げたパンゲア史上最高の諜報員っス! そんなことに関わっている暇はないっス!」
 レディ・アホウタは憤然ふんぜんとしてそう言いきった。生きた体があったら顔中、真っ赤にしていたところだ。それが怒りのためか、はたまた恥じらいのためかは微妙びみょうなところだが。
 そんな『男同士』の会話もときおり盛り込みながら、一行は帰還の旅をつづけた。
 やがて、目の前に濃いミルク色のもやが広がった。もやのなかに一歩、踏み込む。本当に、ミルクのなかに身をひたしたような水気と粘りとを感じながらそのなかを進む。外に出た。その途端――。
 世界は文字通り一変していた。
 そこはもう、透明な結晶ばかりが広がる世界ではない。生きいきとした色彩あふれる世界だった。黒々とした大地。緑の草。赤や青、黄色の花。天に向かって雄々しく伸びる茶色い幹。そして、なによりも空。青空に白い雲が浮かび、太陽が輝く黄金の空だ。
 ――ああ。
 ロウワンは思わず天を仰ぎ、両目を閉じていた。閉じた目から涙があふれた。ロウワンだけではない。ビーブも、野伏のぶせも、行者ぎょうじゃも、メリッサも、ハーミドも、レディ・アホウタも、全員が生きた世界に戻ってきたことに感動し、天を仰ぎ、その世界に自らをひたしていた。
 ――こんなに、生きた世界を求めていたのか。
 そう思った。
 時の凍った世界を旅していたときは気がつかなかった。その世界に慣れていると思っていた。しかし、自分でも気づかない心の奥底ではこんなにも生きた世界に恋い焦がれていたとは。
 ――やっぱり、自分たちはこの世界の住人なんだ。
 骨身に染みて、そう思った。同時に、
 ――この世界を守らなくちゃ。この世界を死なせてはいけない。
 改めて、そう誓った。
 そのままイスカンダル城塞じょうさいぐんあとに向かった。すると、妙なざわめきが起こっていた。何十人というプリンス配下の元海賊たちが城跡しろあととサラスヴァティー長海ちょうかいの方を行き来しながら騒いでいる。そのなかには漆黒しっこくの肌をした、ひときわ剽悍ひょうかんそうな若者の姿もあった。
 若者がロウワンたちに気がついた。クロヒョウのように駆けてきた。
 「戻ったか、ロウワン!」
 「プリンス。どうしたんだ、この騒ぎは? なにかあったのか?」
 「幽霊船だ!」
 「えっ?」
 「騎士マークスの幽霊船がサラスヴァティー長海ちょうかいにやってきているんだ!」
 その言葉に――。
 ロウワンは駆け出していた。ざわめく元海賊たちをぶっちぎり、風のようにサラスヴァティー長海ちょうかいめがけて駆けた。息を切らして立ちどまり、崖の上からサラスヴァティー長海ちょうかいを見下ろした。
 すると、そこには確かにいた。幼い頃、祖母に子守歌がわりに騎士マークスの物語を聞かされて以来、夢に見るほど憧れてきた船。騎士マークスの幽霊船が。天命てんめい巫女みこかなでる天命てんめいきょくも、たしかにその船のなかから聞こえていた。
 ――そうか。
 グッと両拳を握りしめながら、ロウワンは『時』が来たことを知った。
 ――騎士マークス。ついに、おれを迎えに来てくれたんだな。
           第二部第八話完
            第九話につづく
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

熟女愛好家ユウスケの青春(熟女漁り)

MisakiNonagase
恋愛
高校まで勉強一筋で大学デビューをしたユウスケは家庭教師の教え子の母親と不倫交際するが、彼にとって彼女とが初の男女交際。そこでユウスケは自分が熟女好きだと自覚する。それからユウスケは戦略と実戦を重ねて、清潔感と聞き上手を武器にたくさんの熟女と付き合うことになるストーリーです。

セクスカリバーをヌキました!

ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。 国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。 ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

【超速爆速レベルアップ】~俺だけ入れるダンジョンはゴールドメタルスライムの狩り場でした~

シオヤマ琴@『最強最速』発売中
ファンタジー
ダンジョンが出現し20年。 木崎賢吾、22歳は子どもの頃からダンジョンに憧れていた。 しかし、ダンジョンは最初に足を踏み入れた者の所有物となるため、もうこの世界にはどこを探しても未発見のダンジョンなどないと思われていた。 そんな矢先、バイト帰りに彼が目にしたものは――。 【自分だけのダンジョンを夢見ていた青年のレベリング冒険譚が今幕を開ける!】

旧校舎の地下室

守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

処理中です...