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第二部 絆ぐ伝説
第一〇話一四章 軍事と社会経営
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「つまり……」
それぞれの報告を聞き終えたトウナが、要点のメモを終えて手をとめた。顔をあげて言った。
「経営という点では順調、ということね」
「はい。今後の展望を見てもとくに不安要素と言えるものはありません」
財政担当のタングスが力強くうなずきながら答えた。
「今後もかなりの期間にわたって順調な成長が見込めることでしょう。もともと、南の海は資源の宝庫。これまで、海賊の横行などで充分に発揮できずにいた潜在能力がついに開花するときが来た。そういうことです。北の大陸を圧倒する経済力を手に入れることも夢ではないでしょう」
ただし、亡道の司との戦いに敗れればすべては無意味となりますが。
タングスはそう付け加えることを忘れなかった。財政担当で戦いには直接、関与することはないとは言え、いま、世界がどんな危機を迎えているかは承知している。
「たしかにね」
と、トウナもうなずいた。
「亡道の司との戦いに勝ち抜かなければすべては無意味。そのためには、充分な数の訓練された兵士が必要になるわけだけど……」
トウナはミッキーに目を向けた。本来、単なる料理番でありながらガレノアの相棒という立場にいたために、ほとんどなし崩し的に第二代提督〝ブレスト〟・ザイナブの補佐役に任命された人物に。
「そちらはどうなっているの?」
トウナはそう尋ねた。そもそも、ミッキーはその報告のためにサラフディンからわざわざこの奥深い内陸の地までやって来ているのである。
「サラフディンを拠点に新兵の訓練は行っている。行ってはいるんだがね」
はあ、と、ミッキーはため息をついた。
「正直、それほど芳しいとは言えないな。自由の国の軍勢が一気にふくれあがったのは、あちこちにうろついていた海賊どもをひとまとめにしたからだ。しかし、集められるだけの海賊はすでに集めきっている。これから先、同じように人を集めるのは無理だ」
「ローラシアの避難民や、レムリアから追放されたパンゲア派の人たちは? その人たちのなかから志願兵はいないの? それに、仕事にあぶれている男たちはどこにでもいると聞いたけど?」
「避難民だの、追放民だの言っても大半は普通の市民だ。荒事には縁がない。わざわざ戦場なんぞに行くより普通に仕事して、普通に暮らしたいと思っているのがほとんどだよ。志願兵なんてほとんどいない。
仕事にあぶれた男たちに関して言えばたしかに、どこにでもいる。全員、集めればそれなりの数にはなる。けど、本当に数だけだからな。質という点ではさっぱりだ。基本的に飲んだくれてバクチにうつつを抜かすだけの野放図な連中だからな。ああ、いや、その点に関しては元海賊のおれが偉そうに言えた義理じゃないんだが……」
ミッキーは頬を赤らめてうつむくと、恥ずかしそうに頭をかいて見せた。
「けど、亡道の司との戦いに必要になるのは野放図でいい加減な海賊なんかじゃない。訓練された規律正しい軍人だ。組織だって動かなけりゃいけない場所に放り込むには向かない連中ばっかだよ。下手をしたら規律を乱して足を引っ張るだけ……なんてことにもなりかねない」
「……そう」
と、トウナは残念そうに息をついた。
「とすると、民間から兵士を募るしかないわけだけど、その点はどうなの?」
トウナはハーミドに尋ねた。大陸日報に勤める記者であり自称・世界三大記者のひとり――他のふたりが誰なのかは、誰も知らない――であるハーミドは、自ら記事を書いたり、ツアー客の案内をしたりして亡道の司との戦いに関する知識を広め、人類社会が一致団結して亡道の司との戦いに立ち向かうようにする、という役割を担っている。
それは同時に、人々の間の戦意を高揚させ、民間からの志願兵を増やすという意味でもある。
「正直、こっちもあまりよくない」
ハーミドはバツが悪い表情を浮かべながら答えた。
「記事を書いたり、ツアーを企画したりして啓蒙しているつもりなんだが……やはり、ことが大きすぎてピンとこないらしい。あまり成果は出ていないな」
「そう」
と、トウナは答えたが失望しているといった様子ではない。むしろ、納得しているといった感じの答えだった。
「仕方ないわね。亡道の司なんて、あまりにも現実離れしているもの。『世界を滅びから救うために戦え!』なんて言われても実感はわかないでしょう」
「そういうことだ。それに、第一、あまり多くの民間人を兵士とするわけにはいかないからな。兵士ばかり増やして民間が人手不足になったら社会経営が成り立たない。食い物や、服や、武器を作る人間が足りない……なんてことになったら、戦う前にガタガタになる」
ハーミドのその言葉に、居並ぶ出席者たちは一斉にうなずいた。
「財政担当としても、一般市民から兵士を募ることは賛成できません」
まず、そう言いきったのはタングスである。
「ようやく、南の海の開発が軌道に乗ったところなのです。ここで兵士として人手を奪われてはなにもかもが台無しです」
タングスの言葉にパットも口をそろえた。
「教育担当としても無理な徴兵は断固として反対します。若い人間には充分な教育が必要です。それを、兵士などにとられて不充分な教育しか与えられない……などと言うことになったら国の将来そのものがなくなります」
「ボクもパットに賛成」
と、セアラがかの人にしてはめずらしい真面目くさった表情で言った。
「これからは科学の時代だよ。世界中に機械があふれていくんだ。いままでみたいに手足を動かしていればなんとかなる……なんていう時代じゃなくなるんだ。機械のもつ力を充分に発揮させて科学時代を花開かせるためには、数多くの優れた技師が必要だよ。いくら、亡道の司との戦いが重要だからって、そちらにばかり気をとられて育成を軽視したりしたらせっかくの科学時代が台無しになっちゃうよ」
セアラの言葉にパットも『そのとおり!』と言いたげにうなずいて見せた。
「……たしかにね」
トウナはため息まじりにうなずいた。
パットやセアラの言うことはトウナにもよくわかる。
戦争は、兵士だけでできるものではない。
兵士たちを食わせるために食糧を生産する人間、兵士たちに給料を支払うために産業に従事して金を生みだす人間、その他、服を作り、武器を作り、建物を作り、必要なものを輸送して……と、種々様々な仕事を担当する数多くの人間がいる。
実のところ、戦争の勝敗を決定するのは兵士の質量ではない。兵士を支える社会経済の強靱さだと言っていい。どんなに精強な軍をもっていたところで、その兵士たちを満足に食わせることのできない国は戦争に勝つことなどできはしないのだ。
それを思えばセアラやパット、タングスたちが兵士よりも民間人を優先するのはよくわかるし、もっともだと言える。と言って、軍の増強が間に合わずに亡道の司との戦いに敗れれば、すべては滅びる羽目になる。
いかにして、社会経済の強靱さを維持したまま軍を増強するか。
その難題がトウナの肩にかかっているのだった。
それぞれの報告を聞き終えたトウナが、要点のメモを終えて手をとめた。顔をあげて言った。
「経営という点では順調、ということね」
「はい。今後の展望を見てもとくに不安要素と言えるものはありません」
財政担当のタングスが力強くうなずきながら答えた。
「今後もかなりの期間にわたって順調な成長が見込めることでしょう。もともと、南の海は資源の宝庫。これまで、海賊の横行などで充分に発揮できずにいた潜在能力がついに開花するときが来た。そういうことです。北の大陸を圧倒する経済力を手に入れることも夢ではないでしょう」
ただし、亡道の司との戦いに敗れればすべては無意味となりますが。
タングスはそう付け加えることを忘れなかった。財政担当で戦いには直接、関与することはないとは言え、いま、世界がどんな危機を迎えているかは承知している。
「たしかにね」
と、トウナもうなずいた。
「亡道の司との戦いに勝ち抜かなければすべては無意味。そのためには、充分な数の訓練された兵士が必要になるわけだけど……」
トウナはミッキーに目を向けた。本来、単なる料理番でありながらガレノアの相棒という立場にいたために、ほとんどなし崩し的に第二代提督〝ブレスト〟・ザイナブの補佐役に任命された人物に。
「そちらはどうなっているの?」
トウナはそう尋ねた。そもそも、ミッキーはその報告のためにサラフディンからわざわざこの奥深い内陸の地までやって来ているのである。
「サラフディンを拠点に新兵の訓練は行っている。行ってはいるんだがね」
はあ、と、ミッキーはため息をついた。
「正直、それほど芳しいとは言えないな。自由の国の軍勢が一気にふくれあがったのは、あちこちにうろついていた海賊どもをひとまとめにしたからだ。しかし、集められるだけの海賊はすでに集めきっている。これから先、同じように人を集めるのは無理だ」
「ローラシアの避難民や、レムリアから追放されたパンゲア派の人たちは? その人たちのなかから志願兵はいないの? それに、仕事にあぶれている男たちはどこにでもいると聞いたけど?」
「避難民だの、追放民だの言っても大半は普通の市民だ。荒事には縁がない。わざわざ戦場なんぞに行くより普通に仕事して、普通に暮らしたいと思っているのがほとんどだよ。志願兵なんてほとんどいない。
仕事にあぶれた男たちに関して言えばたしかに、どこにでもいる。全員、集めればそれなりの数にはなる。けど、本当に数だけだからな。質という点ではさっぱりだ。基本的に飲んだくれてバクチにうつつを抜かすだけの野放図な連中だからな。ああ、いや、その点に関しては元海賊のおれが偉そうに言えた義理じゃないんだが……」
ミッキーは頬を赤らめてうつむくと、恥ずかしそうに頭をかいて見せた。
「けど、亡道の司との戦いに必要になるのは野放図でいい加減な海賊なんかじゃない。訓練された規律正しい軍人だ。組織だって動かなけりゃいけない場所に放り込むには向かない連中ばっかだよ。下手をしたら規律を乱して足を引っ張るだけ……なんてことにもなりかねない」
「……そう」
と、トウナは残念そうに息をついた。
「とすると、民間から兵士を募るしかないわけだけど、その点はどうなの?」
トウナはハーミドに尋ねた。大陸日報に勤める記者であり自称・世界三大記者のひとり――他のふたりが誰なのかは、誰も知らない――であるハーミドは、自ら記事を書いたり、ツアー客の案内をしたりして亡道の司との戦いに関する知識を広め、人類社会が一致団結して亡道の司との戦いに立ち向かうようにする、という役割を担っている。
それは同時に、人々の間の戦意を高揚させ、民間からの志願兵を増やすという意味でもある。
「正直、こっちもあまりよくない」
ハーミドはバツが悪い表情を浮かべながら答えた。
「記事を書いたり、ツアーを企画したりして啓蒙しているつもりなんだが……やはり、ことが大きすぎてピンとこないらしい。あまり成果は出ていないな」
「そう」
と、トウナは答えたが失望しているといった様子ではない。むしろ、納得しているといった感じの答えだった。
「仕方ないわね。亡道の司なんて、あまりにも現実離れしているもの。『世界を滅びから救うために戦え!』なんて言われても実感はわかないでしょう」
「そういうことだ。それに、第一、あまり多くの民間人を兵士とするわけにはいかないからな。兵士ばかり増やして民間が人手不足になったら社会経営が成り立たない。食い物や、服や、武器を作る人間が足りない……なんてことになったら、戦う前にガタガタになる」
ハーミドのその言葉に、居並ぶ出席者たちは一斉にうなずいた。
「財政担当としても、一般市民から兵士を募ることは賛成できません」
まず、そう言いきったのはタングスである。
「ようやく、南の海の開発が軌道に乗ったところなのです。ここで兵士として人手を奪われてはなにもかもが台無しです」
タングスの言葉にパットも口をそろえた。
「教育担当としても無理な徴兵は断固として反対します。若い人間には充分な教育が必要です。それを、兵士などにとられて不充分な教育しか与えられない……などと言うことになったら国の将来そのものがなくなります」
「ボクもパットに賛成」
と、セアラがかの人にしてはめずらしい真面目くさった表情で言った。
「これからは科学の時代だよ。世界中に機械があふれていくんだ。いままでみたいに手足を動かしていればなんとかなる……なんていう時代じゃなくなるんだ。機械のもつ力を充分に発揮させて科学時代を花開かせるためには、数多くの優れた技師が必要だよ。いくら、亡道の司との戦いが重要だからって、そちらにばかり気をとられて育成を軽視したりしたらせっかくの科学時代が台無しになっちゃうよ」
セアラの言葉にパットも『そのとおり!』と言いたげにうなずいて見せた。
「……たしかにね」
トウナはため息まじりにうなずいた。
パットやセアラの言うことはトウナにもよくわかる。
戦争は、兵士だけでできるものではない。
兵士たちを食わせるために食糧を生産する人間、兵士たちに給料を支払うために産業に従事して金を生みだす人間、その他、服を作り、武器を作り、建物を作り、必要なものを輸送して……と、種々様々な仕事を担当する数多くの人間がいる。
実のところ、戦争の勝敗を決定するのは兵士の質量ではない。兵士を支える社会経済の強靱さだと言っていい。どんなに精強な軍をもっていたところで、その兵士たちを満足に食わせることのできない国は戦争に勝つことなどできはしないのだ。
それを思えばセアラやパット、タングスたちが兵士よりも民間人を優先するのはよくわかるし、もっともだと言える。と言って、軍の増強が間に合わずに亡道の司との戦いに敗れれば、すべては滅びる羽目になる。
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その難題がトウナの肩にかかっているのだった。
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