壊れたオルゴール ~三つの伝説~

藍条森也

文字の大きさ
258 / 411
第二部 絆ぐ伝説

第一〇話一五章 世界を背負う王

しおりを挟む
 「……そうなると、人の数を増やすしかないわけなんだけど」
 トウナはむずかしい表情を浮かべながらそう口にした。
 眉間にしわをよせた苦い表情。『少女』だった頃には浮かべることのなかったおとなの表情。それは、まぎれもなくトウナという人物の成長を示す表情ではあった。
 しかし、こんな表情を浮かべることのなかった頃のトウナと、いまのトウナとを共に知るものが見れば必ず、こんな疑いを抱く表情でもあった。
 『おとなになると言うことは、本当に幸せなことなのか?』
 子どものまま、ただ無邪気に過ごしていた方が幸せなのではないか。
 そんな深刻な疑いをもってしまう表情なのだった。
 しかし、幸せなことであろうが、あるまいが、トウナはすでに子どもではない。とっくの昔に橋を渡り終え、おとなの世界の住人となっている。いまさら、『幸せな』子ども時代に戻ることはかなわない。どんなに苦かろうが、おとなとしての生を貫くしかないのだった。
 かくして『おとなとしての』トウナは話を先に進めるべく、重要な言葉を口にした。
 「人の数を増やすことは可能?」
 「現実的ではないな」
 トウナの質問に答えたのは医師として、赤子をとりあげることもあるドク・フィドロである。トウナの出産のときもドクとその妻のマーサとで赤子を取りあげる予定となっている。
 そのドク・フィドロは腕を組み、トウナに負けず劣らずむずかしい表情になっていた。いつもニコニコとした柔和にゅうわな表情で、見事に禿げあがった頭部のせいもあって『孫を愛してやまない好々爺こうこうや』といった印象のドクではあるが、このときばかりは目の前の難事に悩む医師の姿になっていた。
 「人の数を増やすのはそう簡単なことではない。もっと多くの子を生むよう呼びかけることはできるが、それで出生数があがるわけではない。子を生み、育てるためには円満な夫婦関係や経済力、その他にも多くの条件がある。その条件を整備しなければ、より多くの子を生もうと思う女性などいないし、条件を整備したところで実際に子を生む気になるかどうかは別問題だ。なにより……」
 と、ドクはいったん、言葉を切ってからつづけた。
 「人が成長するには時間がかかる。戦士としてであれ、労働力としてであれ、生まれてからまともに仕事ができるようになるまで一〇年以上かかる。それまでの間、パンゲアを包む封印が効力を保ちつづけるとも思えん」
 「そうね」
 トウナは何度目かのため息をついた。
 「そもそも、一〇年以上もたったら亡道もうどう世界せかいはこの世界からはなれていく。そうなれば、亡道もうどうつかさとの戦いも自然となくなる。いまから人の数を増やそうとしても意味はないというわけね」
 そうなると、と、トウナは口にした。
 「いまいる人たちを最大限に生かして戦い抜くしかない。そのためには、質をあげなくてはならない。そのためには教育と訓練が欠かせないわけだけど、その点はどう?」
 そう尋ねられて盛大に苦虫を噛みつぶしたのは教育担当のパットである。
 「先ほども言いましたとおり、学究院の規模は着実に成長しています。生徒の数も増えています。とはいえ……」
 と、こちらも苦いため息をついて答えた。
 「世界規模で影響を与えるにはほど遠いというのが正直なところです。いくら、生徒が増えたと言ってもそれは、以前と比べれば、の話です。絶対数としてはまだまだお話にならないぐらい少ない。なにより、生徒を指導するための教師と教材の数が絶対的に不足しています。卒業生たちが世界に影響を与えられるようになるとしてもそれは、これから何十年も先のことでしょう」
 「こちらも事情は同じだ」
 パットの言葉を継いでそう言ったのは、自由の国リバタリアの医師であると同時に、医療都市イムホテピアの医療学校の責任者を務めるドク・フィドロである。
 「質量共に充分な医師がいれば、兵士たちの傷を癒やすことができる。そうなれば、人数以上の力を発揮できる。しかし、そうするためには、生徒の数はまだまだ少ない。まして、一人前の医師となるためには長い時間が必要だ。勉強し、実習し、経験を積まなくてはならない。とてもではないが、今回の戦いのためには間に合わないな。現状でも、現場からは医師不足の悲鳴があがってきているし……」
 「ああ、その通りだ」
 ミッキーも同意のうなずきをした。
 「兵士の数に対して医師が少なすぎる。おかげで、実戦での負傷者はおろか、訓練による負傷者の治療にも事欠くありさまだ。そのせいで、〝ブレスト〟からも、ボーラからもさんざんにせっつかれてるんだよな。『医師の数が足りない! なんとかしろ』って」
 そう言うミッキーの表情もやはり、限りなく苦い。
 〝ブレスト〟やボーラがそうせっついてくる気持ちはわかる。だからと言って、ミッキーにどうこうできる問題ではない。というより、この世の誰にもどうすることもできない。こすっただけで熟練の医師がワラワラと出てくる魔法のランプなど、この世の誰ももってはいないのだ。
 ドク・フィドロがつづけた。
 「そのせいで、未熟と承知で医学生を派遣しなくてはならないありさまだ。とてもではないが、まともな医療を提供できる状況にはない。そもそも、現在の医学水準は低すぎる。治療できる怪我も病気もごくわずかだ。実のところを言えば、医師を育成する前に医学の基礎研究を進めて医学水準そのものをあげる必要がある」
 何年かかるかわからないが、と、ドク・フィドロはため息をついた。
 それではもちろん、今回の戦いに間に合うはずがない。
 「『もうひとつの輝き』でも医学研究は進めようとしているんだけど……」
 セアラが、いつも元気いっぱいなかのらしくもなく沈み込んだ表情と口調で言った。『もうひとつの輝き』のおさ代理として、責任を感じているのだ。
 「とてもじゃないけど、人手が足りないよ。『もうひとつの輝き』は戦いに備えて対亡道もうどうつかさ用の兵器の生産に全力をあげなくちゃならない。医学研究までしている余裕は全然ないよ」
 そう語るセアラの表情にも、口調にも、何重もの無念さがにじんでいる。
 「人手。時間。どちらも圧倒的に足りない。そういうことね」
 トウナは、半ばひとごとのように呟いた。ギュッと両手を握りしめていた。
 人手。
 時間。
 本来であれば、どちらも充分にあったのだ。前回の亡道もうどうつかさとの戦いから千年もの時がたっているのだから。
 その時間を正しく使い、亡道もうどうつかさとの戦いに対する準備を進めてさえいれば、人手に困ることなどなかった。質量共に充分な数の人を用意して、万全の状態で亡道もうどうつかさとの戦いに挑むことができたのだ。
 ――それなのに。
 ギュッ、と、両手を握りしめてトウナは思う。
 ――それなのに、人類はせっかくの時間と人手を人間同士の争いに注ぎ込んで浪費してしまった。
 そのせいでいま、自分たちは苦境にさらされている。
 人も、時間も、技術も、なにもかもが足りない状況で亡道もうどうつかさとの戦いをいられようとしている。
 それを思えば、先人たちに対する怒りと憎しみもわいてくる。しかし、いくら先人たちに恨み言を言ってみたところでなにもかわらない。事態はなにひとつ良くならない。限られた人と時間のなかでなんとかするしかないのだ。
 そして、今回の亡道もうどうつかさとの戦いをなんとかしのぎ、千年後に希望を託さなくてはならない。
 ――そう。今度こそ時間を正しく使い、充分な準備を進めなくてはならない。そのために、都市としもう社会しゃかいを広め、新しい世界を作りあげなくてはならない。それが、いまのわたしの責任。
 先人たちの過ちを、自分たちが繰り返すわけにはいかない。
 二度と再び、子孫たちによけいな重荷を背負わせるわけにはいかない。
 トウナは心に思う。その責任を自らに課すトウナはすでに少女などではない。単なる女性でもない。れっきとした、世界を背負う王なのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

通販で買った妖刀がガチだった ~試し斬りしたら空間が裂けて異世界に飛ばされた挙句、伝説の勇者だと勘違いされて困っています~

日之影ソラ
ファンタジー
ゲームや漫画が好きな大学生、宮本総司は、なんとなくネットサーフィンをしていると、アムゾンの購入サイトで妖刀が1000円で売っているのを見つけた。デザインは格好よく、どことなく惹かれるものを感じたから購入し、家に届いて試し切りをしたら……空間が斬れた!  斬れた空間に吸い込まれ、気がつけばそこは見たことがない異世界。勇者召喚の儀式最中だった王城に現れたことで、伝説の勇者が現れたと勘違いされてしまう。好待遇や周りの人の期待に流され、人違いだとは言えずにいたら、王女様に偽者だとバレてしまった。  偽物だったと世に知られたら死刑と脅され、死刑を免れるためには本当に魔王を倒して、勇者としての責任を果たすしかないと宣言される。 「偽者として死ぬか。本物の英雄になるか――どちらか選びなさい」  選択肢は一つしかない。死にたくない総司は嘘を本当にするため、伝説の勇者の名を騙る。

断罪後のモブ令息、誰にも気づかれずに出奔する

まる
ファンタジー
断罪後のモブ令息が誰にも気づかれないよう出奔して幸せを探す話

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

魔力ゼロの英雄の娘と魔族の秘密

藤原遊
ファンタジー
魔法が支配する世界で、魔力を持たない少女アリア・マーウェラ。彼女は、かつて街を守るために命を落とした英雄的冒険者の両親を持ちながら、その体質ゆえに魔法を使えず、魔道具すら扱えない。しかし、彼女は圧倒的な身体能力と戦闘センスを武器に、ギルドでソロ冒険者として活動していた。街の人々やギルド仲間からは「英雄の娘」として大切にされつつも、「魔力を捨てて進化した次世代型脳筋剣士」と妙な評価を受けている。 そんなある日、アリアは山中で倒れていた謎の魔法使いイアンを助ける。彼は並外れた魔法の才能を持ちながら、孤独な影を背負っていた。やがて二人は冒険の中で信頼を深め、街を脅かす魔王復活を阻止するため、「カギ」を探す旅に出る。 しかしイアンには秘密があった。彼は魔族と人間の混血であり、魔王軍四天王の血を引いていたのだ。その事実が明らかになったとき、アリアは「どんな過去があっても、イアンはイアンだよ」と笑顔で受け入れる。 過去に囚われたイアンと、前を向いて進むアリア。二人の絆が、世界を揺るがす冒険の行方を決める――。シリアスとギャグが織り交ざる、剣と魔法の冒険譚!

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2巻決定しました! 【書籍版 大ヒット御礼!オリコン18位&続刊決定!】 皆様の熱狂的な応援のおかげで、書籍版『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』が、オリコン週間ライトノベルランキング18位、そしてアルファポリス様の書店売上ランキングでトップ10入りを記録しました! 本当に、本当にありがとうございます! 皆様の応援が、最高の形で「続刊(2巻)」へと繋がりました。 市丸きすけ先生による、素晴らしい書影も必見です! 【作品紹介】 欲望に取りつかれた権力者が企んだ「スキル強奪」のための勇者召喚。 だが、その儀式に巻き込まれたのは、どこにでもいる普通のサラリーマン――白河小次郎、45歳。 彼に与えられたのは、派手な攻撃魔法ではない。 【鑑定】【いんたーねっと?】【異世界売買】【テイマー】…etc. その一つ一つが、世界の理すら書き換えかねない、規格外の「便利スキル」だった。 欲望者から逃げ切るか、それとも、サラリーマンとして培った「知識」と、チート級のスキルを武器に、反撃の狼煙を上げるか。 気のいいおっさんの、優しくて、ずる賢い、まったり異世界サバイバルが、今、始まる! 【書誌情報】 タイトル: 『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』 著者: よっしぃ イラスト: 市丸きすけ 先生 出版社: アルファポリス ご購入はこちらから: Amazon: https://www.amazon.co.jp/dp/4434364235/ 楽天ブックス: https://books.rakuten.co.jp/rb/18361791/ 【作者より、感謝を込めて】 この日を迎えられたのは、長年にわたり、Webで私の拙い物語を応援し続けてくださった、読者の皆様のおかげです。 そして、この物語を見つけ出し、最高の形で世に送り出してくださる、担当編集者様、イラストレーターの市丸きすけ先生、全ての関係者の皆様に、心からの感謝を。 本当に、ありがとうございます。 【これまでの主な実績】 アルファポリス ファンタジー部門 1位獲得 小説家になろう 異世界転移/転移ジャンル(日間) 5位獲得 アルファポリス 第16回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞 第6回カクヨムWeb小説コンテスト 中間選考通過 復活の大カクヨムチャレンジカップ 9位入賞 ファミ通文庫大賞 一次選考通過

処理中です...