壊れたオルゴール ~三つの伝説~

藍条森也

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第二部 絆ぐ伝説

第一〇話一六章 目的を忘れない

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 「一度、落ちついて確認しましょう」
 トウナが片手を肩の高さにあげて、場の空気を制するようにして言った。
 「目的はあくまでも『人と人が争う必要のない世界を作る』こと。亡道もうどうつかさとの戦いはそのための時間を得るための手段に過ぎない。
 それが、わたしたちの『英雄』ロウワンの意思。わたしたちは、そのロウワンの意思に共鳴して行動している。それならば、なによりもその意思を貫かなくてはならない」
 トウナのその言葉に――。
 列席者全員が居住まいを正した。真剣そのものの面持ちでうなずいた。その一瞬、その場に走った緊張感は白刃きらめく戦場と比べても遜色そんしょくないものだった。
 武器はない。
 血も流れない。
 しかし、この場はまぎれもなく戦場であり、居並ぶものたちは戦士なのだった。『未来を作る』という戦いに挑む戦士たちなのだ。
 そしていま、その戦士たちの筆頭ひっとうを務める立場にあるトウナは、そのことを皆に、そして、誰よりも自分自身に思い出させるために一語いちごゆっくりと言葉をつむいだ。
 「わたしたちの戦う目的が『人と人が争う必要のない世界を作る』ことである以上、その目的を最優先としなくてはならない。亡道もうどうつかさとの戦いがどんなに過酷なものであれ、その戦いに気をとられ、未来を作ることをおろそかにすることはできない。
 わたしたちはあくまでも『人と人が争う必要のない世界を作る』という目的のために行動する。その目的のために人を、予算を、資源を振り向ける。亡道もうどうつかさとの戦いはその目的のために振り分けた残りで行う」
 トウナはそう言いきった。
 その姿はまさに『ロウワンが乗り移ったような』と言いたくなるような、若き王としての風格にあふれたものだった。騎士物語に憧れる若者でもあれば、自ら手にした剣の切っ先を自らの首もとに当て、忠誠を誓いたくなるような、そんな姿だった。
 「なにを馬鹿なことを。そんな甘いことで亡道もうどうつかさとの戦いを勝ち抜けるはずがない。亡道もうどうつかさとの戦いに負けてしまえばなにもかも台無しになる。いまはとにかく、亡道もうどうつかさとの戦いに勝利することに専念するべきだ」
 トウナはそう言ってからいったん、言葉を切った。
 「そう言う人もいるでしょうけど……」
 トウナはそう言いながら一人ひとりの反応を確かめるように、列席者全員とゆっくり視線を合わせてまわった。
 トウナの言葉とは裏腹に、そんなことを言うものはひとりもいなかった。いるはずがない。この場に集まっているのは全員、ロウワンの望む未来を共に実現させようという同志なのだから。
 仲間たちの反応を確かめてからトウナはさらにつづけた。
 「都市としもう社会しゃかいとして、この点は決してゆずれない。いくら、亡道もうどうつかさとの戦いが過酷だからと言って、それを理由に目的を忘れてしまうわけにはいかない。そんなことになれば、亡道もうどうつかさとの戦いに勝ったところで、あとに残るのは目的を失った無秩序な世界。これまでと同じように人と人が争い、殺しあう世界がつづくだけ。それでは、亡道もうどうつかさと戦う意味すらない」
 そんな世界がつづくぐらいなら、亡道もうどう世界せかいに呑み込まれてすべてが滅びた方がマシ。
 トウナはそうとまで言いきった。その言葉に――。
 列席者全員が『我が意を得たり』とばかりに力強くうなずいた。
 「だから、わたしたちは都市としもう社会しゃかいの実現と維持を最優先に行動する。そのために、未来への投資と教育を第一とする。亡道もうどうつかさとの戦いのためにそれらを犠牲にすることは決してしない」
 「それでこそ!」
 と、トウナの宣言に対して、教育担当のパットが叫んだ。恰幅かっぷくのいい体を堂々とそびやかし、まっすぐに前を見つめての宣言だった。もちろん、パットの見ている『前』とは空間的な意味での前ではない。時間的な意味での前、すわなち『未来』そのものである。
 「それでこそ国を捨て、都市としもう社会しゃかいに参加した甲斐があるというものです。その覚悟をもってくださるというのなら、わたしも覚悟を決めます。なんとしても、天詠てんよみの学究がっきゅういんを世界最高の教育機関にしてみせます」
 誇らしげに胸を張ってそう宣言する。
 ある意味、誇大妄想とも言えそうな、斜に構えて皮肉めいたことを口にすることが格好良い……などと思っている人間なら確実にわらいものにする、そんな宣言。
 なにしろ『天詠てんよみの学究がっきゅういん』などという大層な名前はついているがその実体はと言えば、五〇〇年前の個人の邸宅を改造しただけの校舎に、ほんの数人の教師、数少ない教材、わずかばかりの生徒がいるだけの『私塾』といった水準でしかないのだから。
 それがいきなり『世界最高』などと言ってのけたのだ。わらいものにされても仕方がない。しかし――。
 パットの思いは本物だった。そして、その宣言はまぎれもなく現実のものとなるのだ。トウナたちが手に入れる次の千年紀の間に。
 「ボクたちも!」
 セアラが椅子を蹴倒して立ちあがった。あまりの勢いに吹っ飛ばされた椅子が後方に倒れ、音を立てて床に激突する。
 そんな哀れな椅子には目もくれず、セアラはまっすぐに立ち、拳を握りしめた。目は炎のように燃えあがり、瑞々しいその頬が興奮のあまり真っ赤になっている。
 どうやら、トウナやパットの言葉に精神が奮い立ち、そのあおりを受けて荒れくるった体内の血流の勢いに突き動かされて、無意識のうちに立ちあがってしまったらしい。なんともセアラらしい態度だった。
 「ボクたち『もうひとつの輝き』もここに誓う! 必ずや『人と人が争う必要のない世界を作る』ことを。そのために、もてるすべての力を使って研究に励み、必要とされる技術を開発する!」
 「おれも全力を尽くす」
 そう言ったのは『伝説』の技師、〝ビルダー〟・ヒッグスだった。
 「おれは、海上鉄道の建設のために人生のすべてを懸けた。その目的はいまや、都市としもう社会しゃかいの建設に、『人と人が争う必要のない世界を作る』ことにそのままつながっている。人生も終盤にさしかかったいまになって、これほど巨大な浪漫ろまんに浸れるとは幸福なことだ。その幸福をくれた都市としもう社会しゃかいのために、おれのもつすべての力を捧げると誓う」
 「ならば、わしも誓わせてもらおうかの」
 ドク・フィドロがきれいに禿げあがった頭をさすりながら、いつもの好々爺こうこうや然とした表情になって言った。
 「医師の端くれとして残る一生、医学の向上と後進の育成のために働くとな。いつか、世界中のすべての人間が病や怪我から解放される未来を願って」
 「だったら……」
 と、他のもみんなに負けじと胸をそらせて言ったのは新聞記者のハーミドである。
 「おれは記事を書く。書きつづける。皆の活動を新聞記事として書きつづけ、世界中の人に届ける。そして、あとにつづくものたちを生みだす」
 ハーミドの言葉にトウナはうなずいた。
 「あとにつづくを信ず。それこそが、都市としもう社会しゃかいの合い言葉だものね」
 それは千年の昔、騎士マークスが未来への希望を託して刻んだ言葉。自らの血と炎の意思をもって書き残した言葉。そして、ロウワンが受け継いだ言葉であり、いまはロウワン自身が次の世代に受け継がせようとしている言葉。
 その言葉をいま、トウナが口にした。
 トウナも、そして、いま、この場に集まっている誰もが、まぎれもなく騎士マークスの言葉を受け継ぐ英雄たちなのだった。
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