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第二部 絆ぐ伝説
第一一話二章 騎士団来襲
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「砲撃やめ! 砲身冷却!」
「第二中隊、突撃!」
「第二中隊、後退! 第三中隊かわって突撃せよ!」
戦場にキビキビした指令が次々と発せられる。プリンスが守護するパンゲア内に築かれた拠点。そこはいま、迫り来る亡道の怪物たち相手に防衛戦の真っ最中だった。
恐れず、怯まず、疑わず、ただ一言も発することなく砦に向かって迫ってくる亡道の怪物たち。
もとがいかなる存在だったのかもわからないほどに様々な要素が融合し、混じりあい、表情ひとつわからなくなった人型の怪物たち。
そもそも、その身にはいまだ『意思』とか『知性』とか呼べるものが残っているのかどうか。そんなことすら怪しいほどにうつろな目を前に向けて、足音以外のいかなる音も立てずにやってくる。
それは確かに人ではなかった。
人型ではあったが、人ではなかった。
服は着ていたが、人間ではなかった。
亡道の怪物。
そう言う以外に呼びようのない変わり果てた異形の存在。
そいつらが群れを成してやってくる。殺気を込めて、ではない。殺気どころかなんの意思も感情も感じさせないままにただまっすぐに、ゆっくりと歩いてくる。
その姿には『侵略』や『破壊』といった意思さえ感じられない。ただ歩く。歩きつづける。行く手に建物があれば踏みつぶし、生き物がいればやはり踏みつぶし、ただどこまでも歩きつづける。意思も感情もなにもないまま、ただ本能に突き動かされて。海に向かって行進するレミングの群れのように。
しかし、たとえ亡道の怪物たちに破壊や侵略の意思がなかったとしても、その行進に巻き込まれた側にとっては興亡のかかった出来事。
亡道の怪物たちには破壊や侵略の意思はないが逆に、相手を気遣う心もない。行く手になにがあろうとただ踏みつぶし、踏みつぶし、進みつづける。
亡道の怪物たちの通ったあとに残るものは粉々に踏みつぶされた廃墟だけ。人も、動物も、建物も、すべてが踏みつぶされ、同じ欠片となって転がる荒れ地と化してしまう。
逃げても無駄。
亡道の怪物たちは無限に表れ、世界の隅々まで広まり、すべてを踏みつぶすのだから。
負ければ死。
逃げても死。
生き残りたければ戦い、勝利するしかない。
その思いを懸けて、プリンス麾下の精鋭たちは亡道の怪物相手に必死の戦いを繰り広げている。勝利するためではなく、生き残るために。自分の大切な家族や友人たちを生き残らせるために。
防壁の上にズラリと並べられた爆砕射。その砲口が一斉に火を吹き、炸裂弾を放つ。地面に着弾した炸裂弾は真っ赤になって爆発し、地面に穴を開け、亡道の怪物たちを吹き飛ばす。
撃って、撃って、撃ちまくり、亡道の怪物たちをこれでもかというほどの細かな肉片にかえていく。
やがて、爆砕射の砲身が真っ赤に染まり、熱をもち、これ以上、発射すれば砲身が爆発するというところまで来る。そこで砲撃を中止し、砲身が冷えるのをまつ。
その間、天命の理を付与された武器をもった兵士たちが突撃し、その身をもって亡道の怪物の進撃を食いとめ、怪物の身を破壊する。
幸いに、と言うべきだろう。砦を守る兵士たちの数は迫り来る亡道の怪物たちよりも圧倒的に多く、武器も優秀。そのおかげで大した被害もないままに亡道の怪物たちを倒せている。しかし――。
兵士たちが優勢、と言うわけにはいかない。
亡道の怪物たちは一度にやってくる数は少なくとも、後からあとから湧いてくる。無限と言っていいほどにやってくる。昼もなく、夜もなく、もちろん、朝もない。
いついかなる時でもやってくる。
迫ってくる。
敵襲のない安全な時間、などというものは亡道の怪物たちとの戦いには存在しない。すべての時間において常に警戒し、迎え撃つ準備をしておかなくてはならない。
そして、なにより、亡道の怪物たちは後退しない。撤退しない。どんなにやられても前進し、押しよせてくる。戦いを終わらせるためには最後の一体までも倒し尽くさなくてはならない。
人間相手の戦いでは決して起こりえない極限の殲滅戦。最後の一体までも丹念に追い詰め、捕捉し、殺さなければ終わらない。
それは、戦いと言うよりも作業。戦いの高揚感などどこにもなく、ただただ同じことを繰り返す。そのことが兵士たちの心に重い疲労感となってのしかかるのだ。
「これは確かに切りがないな」
鉛のように重い心を抱えながらそれでも、自分たちが生き残るために、大切な人間を生き残らせるために、奮闘する兵士たちを砦の上から見つめながらひとりの人物が呟いた。
全身を漆黒の衣装に包んだ六〇代の男性で、その顔に刻まれた一本いっぽんの皺が年輪の重みを感じさせる。
盤古帝国黒鬼軍総将、方天。
いまは亡きボウの要請に応じてやって来た東方世界最強の宿将はいま、両腕を組み、年輪の刻まれた顔をゆがめ、胃の辺りに二日酔いの重さとしこりを残しているような表情を浮かべている。
「こんな戦いはさすがにはじめてだ。いや、これは『戦い』と言えるようなものではないな。害虫駆除だ。それも、際限のない、な。慣れない作業に我が歴戦の兵たちも参っている。皆のあれほどすさまじい疲労の顔は見たことがない」
「同感です」
両腕を組み、重々しくうなずいたのはレムリア伯爵領の力天将軍ヴァレリである。
いつも陽気な健康食品愛好者として知られるかの人も、今回ばかりは勝手がちがう。怪しげな薬品類をむさぼり食い、腹を壊したときのような表情になっている。
「どのような場所、どのようなときでも生き残る。それが自慢の我がゴキブリ部隊。天下に並ぶものなき精神のたくましさを誇る我が兵たちも、すっかり疲れはててしまっています。定期的に新兵たちと交代させつつ戦わないことには、完全に精神が参ってしまうでしょうな」
「新兵の訓練は〝ブレスト〟・ザイナブとボーラが行っている」
そう答えたのは砦の守護責任者たる人物、平等の国リンカーンの王となったプリンスである。
「それに、ロウワンが帰ってきたとの報告も届いている。近いうちに打って出ることになるはずだ」
「早くそうなってほしいものです」
方天がむっつりした表情で答えた。
「そうなれば、害虫駆除ではなく戦いとなります。我らの本業に。そうなれば皆もいまよりずっと気分よく戦えることでしょう」
「まったくです。早く、進撃の号令を出してもらいたいものです」
方天の言葉に対し、ヴァレリもまた心からのうなずきを返した。
プリンス。
ヴァレリ。
方天。
砦の守護はこの三人の将が三交代制で担っている。ヴァレリと方天はあくまでも副将格であり、主将として全軍を統括し、指示する立場にいるのはプリンスである。
しかし、そこにはなかなか微妙な問題があった。プリンスは三人のなかでもっとも歳が若く、しかも、少し前まで海賊だった人物。当然、軍隊経験などない。将軍として兵を指揮する経験は極めて乏しい。兵学にも疎い。
それに対してヴァレリと方天は共に一国を代表する宿将であり、軍事の専門家。歴戦の将軍である。とくに方天は年齢的にもプリンスの父親に当たる世代であり、しかも、ちょっとでも戦いの経験があるものから見れば戦士としての力量差も明白。プリンスと方天が戦えば、方天が圧倒することは一目でわかる。
さらに、指揮する兵も一〇万と群を抜いて多い。実際、それぞれの指揮する兵の数の差が大きすぎて、プリンスとヴァレリは方天配下の兵たちを借りてどうにか数をそろえている、というありさまなのだ。
もし、方天がその経歴と力量、そして、兵の数の多さを背景に指揮権を求めれば現場はひどい混乱に陥ったことだろう。最悪の場合、同士討ちとなり、亡道の怪物たちと戦うどころではない。
しかし、方天は自分の立場と状況をよく心得ていた。決して出しゃばることなく、プリンスの指示には忠実に従っている。自ら発言することも少なく、プリンスの問いに対して返答するという形を貫いている。
その姿ははっきりと自分を、将としてよりも相談役としての立場に置いていることを示していた。親世代の人間として、息子世代であるプリンスの成長を見守ってるつもりなのかも知れない。
将たる身がそのような態度でいる以上、配下の兵士たちも不満は言えない。従うしかない。内心では、異国の地において、見ず知らずの他国人の指揮下に置かれることに不満もあるようだが言葉にはもちろん、表情にすら出すことなく黙々と自らの任務に励んでいる。
それは、方天という将軍がいかに兵士たちから信頼され、さらには敬愛されているかを示していた。単に、年齢や階級、軍歴によって兵を指揮している将軍ではない。
「しかし……」
と、その方天が重々しく呟いた。
「最近、姿を表す亡道の怪物どもがかわってきましたな。いままでは文字通り、異形の怪物ばかりだった。それが、最近では軍服を着た、より人間的な姿の怪物どもが交じりはじめた」
「それは、私も気づいておりました」
ヴァレリが同意のうなずきを見せた。
「しかも、そやつらは腕が銃にかわっている。おまけに、他の怪物どもとちがい、妙に意思があると言うか、統率がとれている印象がある。あの動きは明らかに訓練された軍人のものです」
「野伏の言っていたパンゲアの騎士たちだろう」
プリンスはそう答えた。野伏とレディ・アホウタはイスカンダル城塞群に戻る前、この砦に立ちより、自分たちの見てきたものを報告していた。
――パンゲア騎士団が動きはじめた、と。
「そいつらの斥候兵《へい》なのだろう」
「なるほど」
と、プリンスの言葉にヴァレリはうなずいた。
「鍛えられた軍人のせいかどうかはわからないが、騎士団員たちは人間であった頃の意思や知性を残している。そう考えれば筋が通るというわけか。しかし、これはむしろ、好都合かも知れませんぞ。統率のとれた軍隊を相手にするならそれは害虫駆除ではなく、戦い。我らの兵たちにとってはようやく、自分たちの本来の任務に戻れる。逆にやりやすくなることでしょう」
「たしかに」
と、方天は重々しくうなずいた。しかし、その直後、年輪を重ねたいかめしい風貌に、ふいに愛嬌のある苦笑染みた表情が浮かんだ。その表情をプリンスは見逃さなかった。
「どうした、方天将軍?」
「なに。昔のことを思い出したのですよ。まさか、あの小僧が戦いの中核になっていようとは思いませんでしたからな」
「小僧……ああ、野伏のことか。そう言えば、方天将軍は野伏のことを知っていたんだったな」
「ええ。あの小僧が盤古帝国にやって来たばかりの頃のことですから、もう一〇年近く前になりますがな。あの頃は本当にただの洟垂れ小僧で、武芸の心得ひとつないありさま。入隊したはいいものの訓練ではいつも他の兵士たちにぶちのめされ、泣いていたものです。見るにみかねて可愛がってやったというわけですよ」
方天はそう言って豪快に、そして、陽気に笑った。
海賊と軍隊。プリンスもヴァレリも立場こそちがえど、荒事を旨とする組織の上下関係はよく知っている。方天の『可愛がる』という言葉になんとも不吉なものを感じたのは――。
ごくごく自然なことだった。
「かわいがると言えば……」
ヴァレリが急に話題をかえたのは、心の奥底から沸き起こってくる不吉な思いを振り払いたかったからだろう。
「プリンス陛下にはお子が産まれたそうですな」
「……ああ」
「それなのに、このような場にいていいのですかな? お子さまと奥方さまの側におられるべきでは?」
「子が産まれたからこそ、おれはここにいなければならないんだ。妻と子を守る責任があるんだからな」
その言葉に――。
『うむ!』とばかりに、方天がうなずいた。
「よくぞ仰られた! それでこそ父というもの。おれにも子もいれば、孫もいる。その子たちを守るためにやって来た。陛下のお心はよくわかりますぞ」
方天が得意満面でそう言ったそのときだ。プリンス配下の兵があわててやって来た。口から唾を飛ばしながら報告した。
「プリンス、大変だ! 軍服を着た亡道の怪物の一団が迫ってきている! その数、およそ一万! あの調子では数日のうちにここまでやって来るぞ」
その言葉に――。
プリンス、ヴァレリ、方天。三人の将は表情を引き締めた。その姿はさながら三軍神。軍務を司る三人の神がその場に並んでいるようだった。
「ついに、きたか」
「これでようやく、戦いができるというわけだ」
ヴァレリと方天が口々に言った。その口調にも、表情にも、戦いに対する不安や緊張感など微塵もない。あるものはただ、戦いを前にした高揚感。喜び勇むその姿だけ。ふたりとも、言葉の本来の意味での根っからの武人なのだった。
そのふたりの前で、プリンスはうなずいた。
「そうだ。ついに、このときが来た。全兵士に知らせろ。正確な情報を集めろ。武器を用意しろ。おれたちの戦いのはじまりだ!」
そして、プリンス、ヴァレリ、方天の三人は声をそろえて叫んだ。
「フォーチュンを守るために!」
「第二中隊、突撃!」
「第二中隊、後退! 第三中隊かわって突撃せよ!」
戦場にキビキビした指令が次々と発せられる。プリンスが守護するパンゲア内に築かれた拠点。そこはいま、迫り来る亡道の怪物たち相手に防衛戦の真っ最中だった。
恐れず、怯まず、疑わず、ただ一言も発することなく砦に向かって迫ってくる亡道の怪物たち。
もとがいかなる存在だったのかもわからないほどに様々な要素が融合し、混じりあい、表情ひとつわからなくなった人型の怪物たち。
そもそも、その身にはいまだ『意思』とか『知性』とか呼べるものが残っているのかどうか。そんなことすら怪しいほどにうつろな目を前に向けて、足音以外のいかなる音も立てずにやってくる。
それは確かに人ではなかった。
人型ではあったが、人ではなかった。
服は着ていたが、人間ではなかった。
亡道の怪物。
そう言う以外に呼びようのない変わり果てた異形の存在。
そいつらが群れを成してやってくる。殺気を込めて、ではない。殺気どころかなんの意思も感情も感じさせないままにただまっすぐに、ゆっくりと歩いてくる。
その姿には『侵略』や『破壊』といった意思さえ感じられない。ただ歩く。歩きつづける。行く手に建物があれば踏みつぶし、生き物がいればやはり踏みつぶし、ただどこまでも歩きつづける。意思も感情もなにもないまま、ただ本能に突き動かされて。海に向かって行進するレミングの群れのように。
しかし、たとえ亡道の怪物たちに破壊や侵略の意思がなかったとしても、その行進に巻き込まれた側にとっては興亡のかかった出来事。
亡道の怪物たちには破壊や侵略の意思はないが逆に、相手を気遣う心もない。行く手になにがあろうとただ踏みつぶし、踏みつぶし、進みつづける。
亡道の怪物たちの通ったあとに残るものは粉々に踏みつぶされた廃墟だけ。人も、動物も、建物も、すべてが踏みつぶされ、同じ欠片となって転がる荒れ地と化してしまう。
逃げても無駄。
亡道の怪物たちは無限に表れ、世界の隅々まで広まり、すべてを踏みつぶすのだから。
負ければ死。
逃げても死。
生き残りたければ戦い、勝利するしかない。
その思いを懸けて、プリンス麾下の精鋭たちは亡道の怪物相手に必死の戦いを繰り広げている。勝利するためではなく、生き残るために。自分の大切な家族や友人たちを生き残らせるために。
防壁の上にズラリと並べられた爆砕射。その砲口が一斉に火を吹き、炸裂弾を放つ。地面に着弾した炸裂弾は真っ赤になって爆発し、地面に穴を開け、亡道の怪物たちを吹き飛ばす。
撃って、撃って、撃ちまくり、亡道の怪物たちをこれでもかというほどの細かな肉片にかえていく。
やがて、爆砕射の砲身が真っ赤に染まり、熱をもち、これ以上、発射すれば砲身が爆発するというところまで来る。そこで砲撃を中止し、砲身が冷えるのをまつ。
その間、天命の理を付与された武器をもった兵士たちが突撃し、その身をもって亡道の怪物の進撃を食いとめ、怪物の身を破壊する。
幸いに、と言うべきだろう。砦を守る兵士たちの数は迫り来る亡道の怪物たちよりも圧倒的に多く、武器も優秀。そのおかげで大した被害もないままに亡道の怪物たちを倒せている。しかし――。
兵士たちが優勢、と言うわけにはいかない。
亡道の怪物たちは一度にやってくる数は少なくとも、後からあとから湧いてくる。無限と言っていいほどにやってくる。昼もなく、夜もなく、もちろん、朝もない。
いついかなる時でもやってくる。
迫ってくる。
敵襲のない安全な時間、などというものは亡道の怪物たちとの戦いには存在しない。すべての時間において常に警戒し、迎え撃つ準備をしておかなくてはならない。
そして、なにより、亡道の怪物たちは後退しない。撤退しない。どんなにやられても前進し、押しよせてくる。戦いを終わらせるためには最後の一体までも倒し尽くさなくてはならない。
人間相手の戦いでは決して起こりえない極限の殲滅戦。最後の一体までも丹念に追い詰め、捕捉し、殺さなければ終わらない。
それは、戦いと言うよりも作業。戦いの高揚感などどこにもなく、ただただ同じことを繰り返す。そのことが兵士たちの心に重い疲労感となってのしかかるのだ。
「これは確かに切りがないな」
鉛のように重い心を抱えながらそれでも、自分たちが生き残るために、大切な人間を生き残らせるために、奮闘する兵士たちを砦の上から見つめながらひとりの人物が呟いた。
全身を漆黒の衣装に包んだ六〇代の男性で、その顔に刻まれた一本いっぽんの皺が年輪の重みを感じさせる。
盤古帝国黒鬼軍総将、方天。
いまは亡きボウの要請に応じてやって来た東方世界最強の宿将はいま、両腕を組み、年輪の刻まれた顔をゆがめ、胃の辺りに二日酔いの重さとしこりを残しているような表情を浮かべている。
「こんな戦いはさすがにはじめてだ。いや、これは『戦い』と言えるようなものではないな。害虫駆除だ。それも、際限のない、な。慣れない作業に我が歴戦の兵たちも参っている。皆のあれほどすさまじい疲労の顔は見たことがない」
「同感です」
両腕を組み、重々しくうなずいたのはレムリア伯爵領の力天将軍ヴァレリである。
いつも陽気な健康食品愛好者として知られるかの人も、今回ばかりは勝手がちがう。怪しげな薬品類をむさぼり食い、腹を壊したときのような表情になっている。
「どのような場所、どのようなときでも生き残る。それが自慢の我がゴキブリ部隊。天下に並ぶものなき精神のたくましさを誇る我が兵たちも、すっかり疲れはててしまっています。定期的に新兵たちと交代させつつ戦わないことには、完全に精神が参ってしまうでしょうな」
「新兵の訓練は〝ブレスト〟・ザイナブとボーラが行っている」
そう答えたのは砦の守護責任者たる人物、平等の国リンカーンの王となったプリンスである。
「それに、ロウワンが帰ってきたとの報告も届いている。近いうちに打って出ることになるはずだ」
「早くそうなってほしいものです」
方天がむっつりした表情で答えた。
「そうなれば、害虫駆除ではなく戦いとなります。我らの本業に。そうなれば皆もいまよりずっと気分よく戦えることでしょう」
「まったくです。早く、進撃の号令を出してもらいたいものです」
方天の言葉に対し、ヴァレリもまた心からのうなずきを返した。
プリンス。
ヴァレリ。
方天。
砦の守護はこの三人の将が三交代制で担っている。ヴァレリと方天はあくまでも副将格であり、主将として全軍を統括し、指示する立場にいるのはプリンスである。
しかし、そこにはなかなか微妙な問題があった。プリンスは三人のなかでもっとも歳が若く、しかも、少し前まで海賊だった人物。当然、軍隊経験などない。将軍として兵を指揮する経験は極めて乏しい。兵学にも疎い。
それに対してヴァレリと方天は共に一国を代表する宿将であり、軍事の専門家。歴戦の将軍である。とくに方天は年齢的にもプリンスの父親に当たる世代であり、しかも、ちょっとでも戦いの経験があるものから見れば戦士としての力量差も明白。プリンスと方天が戦えば、方天が圧倒することは一目でわかる。
さらに、指揮する兵も一〇万と群を抜いて多い。実際、それぞれの指揮する兵の数の差が大きすぎて、プリンスとヴァレリは方天配下の兵たちを借りてどうにか数をそろえている、というありさまなのだ。
もし、方天がその経歴と力量、そして、兵の数の多さを背景に指揮権を求めれば現場はひどい混乱に陥ったことだろう。最悪の場合、同士討ちとなり、亡道の怪物たちと戦うどころではない。
しかし、方天は自分の立場と状況をよく心得ていた。決して出しゃばることなく、プリンスの指示には忠実に従っている。自ら発言することも少なく、プリンスの問いに対して返答するという形を貫いている。
その姿ははっきりと自分を、将としてよりも相談役としての立場に置いていることを示していた。親世代の人間として、息子世代であるプリンスの成長を見守ってるつもりなのかも知れない。
将たる身がそのような態度でいる以上、配下の兵士たちも不満は言えない。従うしかない。内心では、異国の地において、見ず知らずの他国人の指揮下に置かれることに不満もあるようだが言葉にはもちろん、表情にすら出すことなく黙々と自らの任務に励んでいる。
それは、方天という将軍がいかに兵士たちから信頼され、さらには敬愛されているかを示していた。単に、年齢や階級、軍歴によって兵を指揮している将軍ではない。
「しかし……」
と、その方天が重々しく呟いた。
「最近、姿を表す亡道の怪物どもがかわってきましたな。いままでは文字通り、異形の怪物ばかりだった。それが、最近では軍服を着た、より人間的な姿の怪物どもが交じりはじめた」
「それは、私も気づいておりました」
ヴァレリが同意のうなずきを見せた。
「しかも、そやつらは腕が銃にかわっている。おまけに、他の怪物どもとちがい、妙に意思があると言うか、統率がとれている印象がある。あの動きは明らかに訓練された軍人のものです」
「野伏の言っていたパンゲアの騎士たちだろう」
プリンスはそう答えた。野伏とレディ・アホウタはイスカンダル城塞群に戻る前、この砦に立ちより、自分たちの見てきたものを報告していた。
――パンゲア騎士団が動きはじめた、と。
「そいつらの斥候兵《へい》なのだろう」
「なるほど」
と、プリンスの言葉にヴァレリはうなずいた。
「鍛えられた軍人のせいかどうかはわからないが、騎士団員たちは人間であった頃の意思や知性を残している。そう考えれば筋が通るというわけか。しかし、これはむしろ、好都合かも知れませんぞ。統率のとれた軍隊を相手にするならそれは害虫駆除ではなく、戦い。我らの兵たちにとってはようやく、自分たちの本来の任務に戻れる。逆にやりやすくなることでしょう」
「たしかに」
と、方天は重々しくうなずいた。しかし、その直後、年輪を重ねたいかめしい風貌に、ふいに愛嬌のある苦笑染みた表情が浮かんだ。その表情をプリンスは見逃さなかった。
「どうした、方天将軍?」
「なに。昔のことを思い出したのですよ。まさか、あの小僧が戦いの中核になっていようとは思いませんでしたからな」
「小僧……ああ、野伏のことか。そう言えば、方天将軍は野伏のことを知っていたんだったな」
「ええ。あの小僧が盤古帝国にやって来たばかりの頃のことですから、もう一〇年近く前になりますがな。あの頃は本当にただの洟垂れ小僧で、武芸の心得ひとつないありさま。入隊したはいいものの訓練ではいつも他の兵士たちにぶちのめされ、泣いていたものです。見るにみかねて可愛がってやったというわけですよ」
方天はそう言って豪快に、そして、陽気に笑った。
海賊と軍隊。プリンスもヴァレリも立場こそちがえど、荒事を旨とする組織の上下関係はよく知っている。方天の『可愛がる』という言葉になんとも不吉なものを感じたのは――。
ごくごく自然なことだった。
「かわいがると言えば……」
ヴァレリが急に話題をかえたのは、心の奥底から沸き起こってくる不吉な思いを振り払いたかったからだろう。
「プリンス陛下にはお子が産まれたそうですな」
「……ああ」
「それなのに、このような場にいていいのですかな? お子さまと奥方さまの側におられるべきでは?」
「子が産まれたからこそ、おれはここにいなければならないんだ。妻と子を守る責任があるんだからな」
その言葉に――。
『うむ!』とばかりに、方天がうなずいた。
「よくぞ仰られた! それでこそ父というもの。おれにも子もいれば、孫もいる。その子たちを守るためにやって来た。陛下のお心はよくわかりますぞ」
方天が得意満面でそう言ったそのときだ。プリンス配下の兵があわててやって来た。口から唾を飛ばしながら報告した。
「プリンス、大変だ! 軍服を着た亡道の怪物の一団が迫ってきている! その数、およそ一万! あの調子では数日のうちにここまでやって来るぞ」
その言葉に――。
プリンス、ヴァレリ、方天。三人の将は表情を引き締めた。その姿はさながら三軍神。軍務を司る三人の神がその場に並んでいるようだった。
「ついに、きたか」
「これでようやく、戦いができるというわけだ」
ヴァレリと方天が口々に言った。その口調にも、表情にも、戦いに対する不安や緊張感など微塵もない。あるものはただ、戦いを前にした高揚感。喜び勇むその姿だけ。ふたりとも、言葉の本来の意味での根っからの武人なのだった。
そのふたりの前で、プリンスはうなずいた。
「そうだ。ついに、このときが来た。全兵士に知らせろ。正確な情報を集めろ。武器を用意しろ。おれたちの戦いのはじまりだ!」
そして、プリンス、ヴァレリ、方天の三人は声をそろえて叫んだ。
「フォーチュンを守るために!」
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彼には魔法の才能も、富も、未来への希望もない。
あるのは、両親を失った二年前のダンジョン氾濫で、原因不明の昏睡状態に陥った最愛の妹、美咲を救うという、ただ一つの願いだけだった。
妹を治すため、彼は最先端の「魔力生体学」を学ぶが、学費と治療費という冷酷な現実が彼の行く手を阻む。
希望と絶望の狭間で、翔に残された道はただ一つ――危険なダンジョンに潜り、泥臭く魔石を稼ぐこと。
英雄とも呼べるようなSランク探索者が脚光を浴びる華やかな世界とは裏腹に、翔は今日も一人、薄暗いダンジョンの奥へと足を踏み入れる。
これは、神に選ばれなかった「持たざる者」が、絶望的な現実にもがきながら、たった一つの希望を掴むために抗い、やがて世界の真実と向き合う、戦いの物語。
彼の「無属性」の力が、世界を揺るがす光となることを、彼はまだ知らない。
テンプレのダンジョン物を書いてみたくなり、手を出しました。
SF味が増してくるのは結構先の予定です。
スローペースですが、しっかりと世界観を楽しんでもらえる作品になってると思います。
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