壊れたオルゴール ~三つの伝説~

藍条森也

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第二部 絆ぐ伝説

第一一話一四章 死戦

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 大地を埋め尽くす亡道もうどう怪物かいぶつたち。
 一歩いっぽ足音を立てて迫ってくる。
 迎え撃つのは砦の前に布陣し、小銃を構える兵士たち。片膝を立てて座った姿勢の兵士たちの後ろに、立ち姿の兵士たちが並ぶ二段構えの布陣。その全員が両手に小銃をもって構えている。迫り来る亡道もうどう怪物かいぶつたち相手に狙いを定めている。そして、ジッと押し黙ったまままちつづけている。指揮官の『撃てッ!』の号令を。
 居並ぶ顔はどれも紙のように白い。脂汗がにじんでいる。亡道もうどう怪物かいぶつを狙って構えている小銃がカタカタと震えている。一つひとつの音はかすかなものだが、それが何万と並んでいる。その音がひとつになって、さざ波のように戦場に流れている。
 怖い。
 恐ろしい。
 誰もがその思いに襲われている。
 支配されている。
 なにしろ、この場にいる兵士たちのほとんどが、仲間たちが次々と亡道もうどう怪物かいぶつに変わり果て、自分たちを襲ってくる様を実際にその目で見ているのだ。
 恐ろしくないわけがなかった。
 ――マークスⅡの存在があれば、亡道もうどうの力は押さえられる。死ぬことはあっても亡道もうどう怪物かいぶつになることはない。
 そのことはもちろん、説明されている。頭では理解している。だからと言って、実際に見た恐怖の光景をそうそう忘れられるはすがない。
 迫り来る亡道もうどう怪物かいぶつたち。その姿を見れば、いやでも思い出す。ともすれば恐怖に支配され、悲鳴をあげて逃げ出してしまいそうになる。
 その思いを抑え、この場に足を残している理由はただひとつ、
 「自分が逃げれば、家族や友人たちが殺される」
 という、別の意味での恐怖だけ。
 いっそ、亡道もうどう怪物かいぶつたちが地響きを立てて殺到してくれていれば、考える余裕もなく戦闘に入る分、楽だっただろう。しかし、亡道もうどう怪物かいぶつたちは決して走らない。あわてず、急がず、一歩いっぽ近づいてくる。それだけに到達するまで時間がかかる。その分、恐怖にさらされる時間も長い。
 ――もうたくさんだ! 早く戦闘になってくれっ!
 兵士たちの心にそんな叫びがはじける。
 戦闘がはじまれば目先の戦いに没頭できる。生き残ることに必死で、恐怖を感じる余裕もなくなる。
 早くそうなってほしい。
 早くこの恐怖から解放されたい。
 誰もがそう思っていた。
 そう願っていた。
 そして、願いの叶うときがきた。亡道もうどう怪物かいぶつたちが小銃の射程距離に入る最後の一歩、その一歩を踏み出した瞬間、指揮官たちの声が一斉に響いた。
 「撃てッ!」
 ついにきたその瞬間。号令と共に兵士たちの心のたがが外れた。味わいつづけた恐怖の反動で、狂騒とも言っていい勇猛さを発揮した。
 撃つ。
 撃つ。
 撃ちつづける。
 引き金を引き、弾丸を装填そうてんし、また引き金を引く。
 指もちぎれよとばかりにその動作を繰り返す。何度もなんども。
 あとのことなど考えない。作戦もなにもない。ただただ自分に与えられた弾丸を撃ちまくる。弾丸の尽きるそのときまで。
 ただそれだけ。まったくの無秩序な戦い方だがこの際はそれでいい。相手は亡道もうどう怪物かいぶつ。逃げることも、隠れることもせず、真正面から堂々と群れをなして迫ってくる。どう撃っても当たるのだ。作戦だの、効率だの、そんなことを考える必要はなかった。しかし――。
 当たるのと、効果があるのは別。
 人間相手ではあり得ないその言葉が、亡道もうどう怪物かいぶつ相手では当たり前に存在する。撃ってもうっても放たれた弾丸は、その強靱な肉体に跳ね返されて空しく地面に落ちるのみ。
 亡道もうどう怪物かいぶつたちの体にろくな傷すらつけられない。せいぜい小さな穴を開け、人間であった頃の名残である血がわずかばかり流れる。その程度の効果しかない。
 それでも撃つ。
 撃ちつづける。
 亡道もうどう怪物かいぶつたちはかまわず向かってくる。あわてず、急がず、怯まずに。一歩いっぽ着実に。巨大な壁そのものが動いているかのように近づいてくる。
 砦のなかから大きな銅鑼どらの音が鳴り響いた。プリンスが指示した合図である。その音を聞いた途端、前線指揮官たちが一斉に手をあげ、後退を指示した。
 その指示は一瞬の躊躇ちゅうちょもなく実行された。それまで狂騒に駆られて銃を撃ちまくっていた兵士たちが突然、憑き物が落ちたように冷静になり、撃つのをやめ、立ちあがった。一斉に振り向き、砦の方向目指して走り出した。
 一糸乱れぬその行動に大地が揺れ、足音が鳴り響く。兵士たちの後ろにあるものは塹壕ざんごう。二重に張り巡らされた防衛用の穴蔵の最初のひとつ。その上に張り渡された渡り板を通って後方へと退避する。兵士たちが渡り終えたところで渡り板を引く。大地に開けられた穴蔵がポッカリと姿を表した。
 兵士たちを追ってきた亡道もうどう怪物かいぶつたちがその穴へと落ちていく。後からあとから。落ちるそばから次の群れがやって来て、同じように落ちていく。
 人間ならばひとたまりもない。落ちた衝撃で体を痛め、動けなくなり、そこに上から後続がつづけて落ちてくるのだ。その衝撃に押しつぶされ、身動きできなくなり、暗い穴の底で肉を、骨を、内臓を、そのすべてを押しつぶされて死の恐怖に苛まれながら圧死していく。しかし――。
 それは、あくまで人間の場合。亡道もうどう怪物かいぶつたちはちがう。穴に落ちた程度ではその強靱な肉体は傷つかない。上から落ちてきた後続の重量も簡単に受けとめる。後からあとから穴に落ちては、その身で塹壕ざんごうを埋めていく。亡道もうどう怪物かいぶつたちがぎっちり詰まり、埋め尽くされた塹壕ざんごうの上。そこを通って後続の怪物たちがやってくる。
 その姿、まるで、川も堀も埋め尽くしてやってくるネズミの群れのよう。
 どんな手段をもってしてもとめられない。
 そう思わせる光景だった。
 もちろん、人間の側もこんなことで亡道もうどう怪物かいぶつをとめられないことは百も承知。罠の本質は塹壕ざんごうに落とすことではない。本当の罠はその先にある。
 「撃てッ!」
 再び指揮官たちの号令が飛んだ。その指示はやはり、一瞬の遅滞ちたいもなく実行された。ただし、今回、撃つものは銃ではない。弓。先端に小さな炎をまとった火矢である。
 海原うなばら
 古くから海戦で使われてきた火炎兵器。それを人間たちはいま、この場で使ったのだ。
 腕力にものをいわせて放たれた矢が亡道もうどう怪物かいぶつたちの身に当たり、導火線につけられた火が引火して海原うなばらが、松脂と硫黄とタール、それに、数種類の秘密の原料が混ぜ合わされた火炎兵器が爆発する。
 爆発音が鳴り響き、炎が舞う。効果を高めるために塹壕ざんごうの底にはあらかじめ、ありったけの油が撒かれている。その油に火がついて一斉に燃えあがる。
 亡道もうどう怪物かいぶつに埋め尽くされた塹壕ざんごう。その底から深紅の猛火が立ちのぼり、巨大な壁となって天に向かって舞いあがる。
 その炎の壁のなかで亡道もうどう怪物かいぶつたちは焼かれていく。生も死もない不死身の怪物たち。その怪物たちであっても、すべてを浄化する炎だけは効果がある。焼き払い、殺すことができる。
 噴きあがる猛火の壁があたり一面を、炎を照らした黄金の色に染めあげる。そのなかで亡道もうどう怪物かいぶつたちが炎に焼かれていく。炎のなかで踊り、苦悶のうちに灰になっていく。その姿に――。
 兵士たちが歓喜の声をあげた。
 味合わされた恐怖が大きく、長いものだったからこそ喜びも大きい。子どものように飛びはね、はしゃいでいる。しかし――。
 亡道もうどう怪物かいぶつは恐れない。怯まない。あきらめない。炎の壁を強引に突破し、その身を焼く炎を張りつけたまま前進してくる。迫ってくる。
 「長槍兵、突撃!」
 「おおおっ!」
 指揮官の命令に、長槍を構えた兵士たちが怒濤どとうの叫びで応える。両手に槍を構え、亡道もうどう怪物かいぶつめがけて突進していく。その身に槍の穂先を突き立て、腕力にものをいわせて動きを封じ込む。そこへ、天命てんめいことわり付与ふよされた武器をもつ兵士が斬りかかり、両断する。
 いまや、人類の伝統芸である三位一体の戦法。それは、この戦いでも存分に効果を発揮した。その基本を徹底することで、炎の壁を越えてきた怪物たちを一体いったい始末していく。
 だが、もちろん、亡道もうどう怪物かいぶつたちの数は圧倒的に多い。後からあとから越えてこられれば兵士たちの手に余ることになる。それを見越して、砦の上でプリンスが叫んだ。
 「爆砕ばくさいしゃ、砲撃開始! 炎の壁の向こうを撃ちまくり、やつらの列をくずせ! 少しでも進撃の時間を遅らせるんだ!」
 平等の国リンカーンの王にして、砦の総責任者。そのプリンスの号令に従い、防壁上に並んだ無数の爆砕ばくさいしゃが一斉に火を吹いた。響く轟音。たなびく煙。その様子はまさに、地獄の火山の噴火だった。
 その轟音に負けじと、プリンスは声の限りに叫ぶ。
 「撃てっ! 撃って撃って撃ちまくれ! あとのことは考えるな! 撃てるだけ撃ちつづけるんだ!」
 「まってよ、プリンス!」
 さすがにたまりかねてセアラが叫んだ。
 「そんなに撃ちつづけたら砲身が破裂しちゃう! ある程度、撃ったら休ませないと……」
 セアラの発言は開発者として当然のものだったが、プリンスは取り合わなかった。
 「かまわん! パンゲアの正規騎士団に爆砕ばくさいしゃが効かないのは証明済みだ。残しておく必要はない。いまは少しでも早く亡道もうどう怪物かいぶつどもを倒し、兵士たちを温存することだ。砲身が吹っ飛ぶまで撃ちつづけろっ!」
 プリンスのその苛烈な指示を受け、法主たちは人間にできうる限りの効率性と迅速さをもって砲弾を撃ちつづける。
 そのなかで、セアラはくやしさに唇を噛みしめていた。
 ――爆砕ばくさいしゃはパンゲアの正規騎士団には通用しない。
 はっきりとそう言われたことが、開発者としてこの上ない屈辱だった。
 とはいえ、爆砕ばくさいしゃが実際に防がれたことはセアラ自身、砦の兵士たちから聞いて知っている。その事実がある以上、なにも言えない。
 ――見てろよ! 絶対に誰にも防げない超強力な新兵器を作ってやるからっ!
 腹のなかでそう叫び、こらえるしかなかった。
 戦いは――。
 終わらない。
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