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第二部 絆ぐ伝説
第一一話一六章 絶望は空より来たる
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「交代、急げ! 敵はまってはくれないぞっ!」
「負傷者を早く運びだせ! ひとりも死なせるな! ひとり死ねばそれだけ戦力が減る。おれたちの敗けが近づくんだ。何がなんでも生かしてやるんだ!」
「くそっ! こいつら、どれだけいるんだ⁉ 殺っても殺っても切りがねえぞっ!」
「弱音を吐かないでっ! 連中だって無限じゃない。倒しつづけていればいつかはいなくなる。それまでの辛抱よ!」
無数の声が連鎖し、足音が響き、兵士が激しく行き来する。衛生班が負傷兵を運び出し、砦内の治療室へと全力で運び込む。
砦にいるすべての人間が勝つために、生き残るために亡道の怪物との戦いに死力を尽くすなか、切り札とも言うべきマークスⅡ、野伏、行者たちはいまだ出番を得ていなかった。〝ブレスト〟・ザイナブ、ヴァレリ、方天将軍たちとともに砦の正門前に兵を率いて陣取り、兵士たちの退路を確保する役割を担うと共に出撃の合図をまっている。
いくら、マークスⅡが人類側の代表であり、現代を守る英雄だと言ってもこの砦の責任者はあくまでもプリンス。そのプリンスの指示を無視して勝手に出撃するわけにはいかない。プリンスの出撃指示があるまでこの場でじっとまちつづけるしかない。
もちろん、他の兵たちが突破され、亡道の怪物たちが眼前に押しよせる……という事態になれば指示をまつまでもなく砦を守る最後の壁として戦うことになるのだが。
そのなかでマークスⅡはジッと眼前の戦況を見つめている。にらみつけている、と言ってもいい。騎士マークスの船長服を着込み、〝鬼〟の大刀を背中に背負い、両腕を組み、足を肩の広さに広げた仁王立ちの姿勢。
その視線はあくまでも厳しく、表情には一分の隙もない。その姿を見た誰もが『うかつに近づけば一瞬で斬り捨てられる』と、納得する緊張感に満ちている。『恐怖する』ではなく『納得してしまう』というのは、その姿があまりにも堂に入っているために自分が斬り捨てられる未来が確定していると思うしかないからだ。
歳に似合わぬあまりにも堂々たる貫禄と威圧感。その姿はまさに武人。無数の修羅場をくぐり抜けた本物の武芸者だけがもつことのできる迫力だった。
かつては、ただ本当に物語のなかの英雄に憧れるだけだった普通の少年。その普通の少年がいまや、そこまでの人物に成長していた。家を出る前の、千年前の英雄マークスに憧れていた頃のかの人しか知らない人間が見れば、同じ人間だなどとは信じなかっただろう。親が見れば、
「……よくこんなに立派になって」
と、感涙にむせぶような、そんな姿。
そんな風格を漂わせながらジッと戦場を見つめる。その瞳の奥にどんな思いが渦巻いているのか。それは、いまのこの場の状況を見れば誰にでもわかる。
「プリンスは正しい」
マークスⅡの内心を察し、そう口にして言ったのは野伏である。
「いま、襲ってきている連中はしょせん、先触れに過ぎん。主敵となるのはそのあとに控えるフラウロス将軍率いる正規騎士団一〇万。そいつらが姿を表すまで、おれたちは待機していなくてはならん」
「だね」
と、行者も野伏に賛同してうなずいた。
「僕たちが先触れ相手に戦えば、目先の被害は押さえられる。でも、それによって僕たちが消耗してしまえば正規騎士団一〇万を相手にするものがいなくなる。それは、僕たちにしかできないことだからね。ここは、我慢だよ」
さらに、〝ブレスト〟・ザイナブもつづけた。
「前回の襲撃は一万。今回は一〇万。一気に一〇倍の兵を送ってきたと言うことは以前の襲撃は様子見。一万の兵を捨て駒にこちらの戦力を探ったということ。それを見て、本命を送ってきた。となれば、そこにはまちがいなく人間の、軍人としての意思が働いている。人間的な詐術を用意している可能性もある。うかつに動くわけにはいかないわ」
「わかっている」
仲間たちから口々に言われ、マークスⅡは腕組みしたままうなずいた。ムッツリと、と言ってもいいぐらいの重々しい様子で。
「時期をまつのはこれで二度目だ。もう慣れた」
まだ『ロウワン』だった頃、ローラシアにおいて〝賢者〟たちを相手に戦った。そのときもやはり、こうして時期の来るのをまちつづけた。そのときはただただ味方の被害が増えていくのを黙って見ていることに耐えられず、配下を動かすばかりで姿を表さない〝賢者〟たちに対する苛立ちから、
「出てこい、卑怯者!」
と、叫んだものだ。
しかし、そんな意味での『若さ』はいまのマークスⅡにはすでにない。苛立ちの声をあげることもなくジッと『そのとき』をまちつづけている。そのことに、
――おれもかわったな。
と、自分でもつくづく思う。
かつての、英雄物語に憧れていた頃の自分ならうむを言わさず突撃していたところだ。そして、あっけなく返り討ちに遭う。そのことがわかるだけにいまこうして、時期をまちつづけている自分自身に対して隔世の感を感じる。
あの頃からまだ数年しかたっていないのに。
その数年の間に、なんと多くのことがあったことか。
――『あった』だけじゃない。失ったものも多い。
ふと、そんな感慨にふけったのも『おとなになった』証拠だったかも知れない。
「でも……」
少しばかりおかしみを含んだような行者の声が、マークスⅡの意識をいま現在へと引き戻した。
「もう我慢する必要もなさそうだよ。ご覧よ。我が軍の奮闘ぶりはすばらしい。さしもの不死身の怪物たちもすっかりいなくなっているよ」
行者の言うとおりだった。
亡道の怪物たちの進軍を阻んできた炎の壁。その壁もさすがに燃え尽き、立ちのぼるだけの力を失い、塹壕の上にちょっとばかり顔をのぞかせてチロチロと踊るのが精一杯。しかし、消え失せた炎の壁の向こうにはもはや、異形の怪物の群れはいなかった。かわりに生きた壁のごとくに立ち並んでいるのは軍服をまとった同じ姿の怪物の群れ。亡道の怪物と化したパンゲア正規騎士団だった。
「ついにきたか」
ズシリと肚に響くような声でマークスⅡが言った。普通ならとうてい、この年齢で出せるような声ではない。二〇歳も年長の、おとなの男のような声だった。
マークスⅡは背中に手をまわした。〝鬼〟の大刀の柄をつかんだ。まさに、そのときだ。突撃を指示する銅鑼の音が鳴り響いた。
マークスⅡは一気に大刀を引き抜いた。
「行くぞっ! やつらを仕留める!」
マークスⅡ率いる決戦部隊が一気に動いた。
急峻な崖を転げ落ちる岩のような勢いで、騎士団に突撃した。〝鬼〟の大刀を振りかざすマークスⅡを筆頭に真正面から激突した。マークスⅡが大刀を右に左に振り払っては目の前の敵を斬り捨て、打ち倒し、整然と並んだ列に切れ目を入れる。そこに、あとにつづく精鋭兵たちが殺到し、切れ目を押し広げ、敵軍を真っ二つに両断する。
敵の体を貫く槍の穂先のように。
獲物の身に突き刺さる矢のように。
それ自体が意思をもつ生きた槍と化した軍勢は、敵軍を真っ二つに断ち割りながらひたすらに突き進む。
進む、
進む、
進みつづける。
まるで、とまれば死んでしまう回遊魚のように。
敵の背後に突き抜けるまで決してとまることなく突き進む、その決意のもと、目の前に表れる怪物兵たちを次々と斬り捨てながら進みつづける。
時を同じくして、敵軍の両翼に回り込んだ野伏と行者の率いる軍勢がその全力を叩きつけた。固いバターに力ずくでナイフを入れて断ちきるように、敵軍を斬り裂き、前衛部隊を本隊から切りはなす。
一気に敵軍のなかを横断し、マークスⅡ率いる部隊と合流したところで歩をとめる。そこで、一斉に向きをかえた。前方を向き、武器を構え、生きた壁となって本隊の進軍を押さえ込む。敵軍前衛部隊は生きた壁となった人類軍によって本隊と完全に切りはなされ、戦場に孤立した。
そこへ、〝ブレスト〟・ザイナブ、ヴァレリ、方天将軍たちの率いる部隊が殺到する。圧倒的多数でまわりを囲み、殲滅する。本来であれば――。
人間相手の戦闘であれば、相手を完全に包囲するようなことはしない。必ず、一カ所は開けておく。逃げ道をふさがれた敵が決死の勇をふるって予想外の力を発揮しないように。迫り来る死の運命から逃れるために逃げ道に殺到するところを追い詰め、効率的に殺せるように。
しかし、相手が亡道の怪物となればそんな常識は通用しない。なにがあろうと逃げ出すような相手ではないのだ。完全に包囲し、文字通り全滅するまで殺しつづけなくてはならない。
剣が、槍が、斧が煌めき、縦横に振るわれ、亡道の怪物たちを蹴散らしていく。亡道の怪物たちも銃となった右腕を掲げ、銃口から自らの組織を飛ばして応戦する。
しかし、いまのこの場はマークスⅡを介して伝わる天命の曲によって支配されている。天命の曲の効果が亡道の侵食を防ぎ、兵士たちを守っている。いくら、組織を撃ち込まれようとも亡道の怪物と化すことはない。
その事実に勇気づけられた兵士たちは狂騒的な勇を発揮して、大声で唄うようにして奇声をあげながら亡道の怪物たちを打ち倒していく。
そのなかでも目立っていたのはやはり、〝ブレスト〟・ザイナブ、ヴァレリ、方天将軍たち、兵を率いる歴戦の将たちだった。
〝ブレスト〟・ザイナブは両手にもったシャムシールを自在に振るい、文字通りの戦場の踊り子となって死の舞いを踊りつづける。その姿は華麗と言うにはあまりにも優美。まさしく、美しき悪魔の踊り子だった。
ヴァレリは両手持ちの大剣を縦横に振るい、藪を切り開いて獲物に近づく猟師のように配下たちのために道を切り開く。その力強さ、頼もしさは日頃『健康食品を食べ過ぎて健康になるのが先か、死ぬのが先か』などという賭けの対象になっているとは思えないほどのものだった。
方天将軍は、その名にふさわしく方天画戟を両手に構え、敵陣深く斬り込んでいる。愛用の方天画戟を風車のように振りまわし、斬り裂き、突きさし、打ち倒し、次々と亡道の怪物を仕留めていく。その姿はまさに東方世界最強の宿将。そう納得させる姿だった。
僚友たちの奮闘振りを、砦の責任者であるプリンスは防壁の上から見守っている。満足と納得のうなずきをしていた。
「さすがだな。マークスⅡや行者が亡道の力を押さえているとは言っても、ああもたやすく不死身の怪物どもを仕留めていくとは。しかし……」
プリンスは首をひねった。こうして防壁の上から戦場全体を俯瞰していると妙な違和感があった。
「……敵の数が少なくないか? レディ・アホウタの報告では正規騎士団の数はおよそ一〇万。そんなにいるか? せいぜい七、八万と言うところじゃないか?」
プリンスはそう思った。とはいえ、元海賊であるプリンスにとってはこんなにも大規模な組織戦はめったに経験したことはない。万単位の軍勢の数を一目で判断するなどとてもできない。
「一〇万と言っても高いところから眺めればあの程度なのか? それとも……それとも、まさか、別働隊を動かして?」
プリンスがそんな予感に囚われたそのときだ。予感をはるかに超える衝撃が襲いかかった。
「プリンス、あれを!」
隣にいるセアラが叫んだ。驚愕の表情で東の空を指さしている。
プリンスはつられて東の空を見た。目を見開いた。呻いた。そして、はっきりと見た。東の空から絶望が押しよせてくる様を。
それは、東の空を覆い尽くしてやってくる空飛ぶ亡道の怪物の群れだった。
「負傷者を早く運びだせ! ひとりも死なせるな! ひとり死ねばそれだけ戦力が減る。おれたちの敗けが近づくんだ。何がなんでも生かしてやるんだ!」
「くそっ! こいつら、どれだけいるんだ⁉ 殺っても殺っても切りがねえぞっ!」
「弱音を吐かないでっ! 連中だって無限じゃない。倒しつづけていればいつかはいなくなる。それまでの辛抱よ!」
無数の声が連鎖し、足音が響き、兵士が激しく行き来する。衛生班が負傷兵を運び出し、砦内の治療室へと全力で運び込む。
砦にいるすべての人間が勝つために、生き残るために亡道の怪物との戦いに死力を尽くすなか、切り札とも言うべきマークスⅡ、野伏、行者たちはいまだ出番を得ていなかった。〝ブレスト〟・ザイナブ、ヴァレリ、方天将軍たちとともに砦の正門前に兵を率いて陣取り、兵士たちの退路を確保する役割を担うと共に出撃の合図をまっている。
いくら、マークスⅡが人類側の代表であり、現代を守る英雄だと言ってもこの砦の責任者はあくまでもプリンス。そのプリンスの指示を無視して勝手に出撃するわけにはいかない。プリンスの出撃指示があるまでこの場でじっとまちつづけるしかない。
もちろん、他の兵たちが突破され、亡道の怪物たちが眼前に押しよせる……という事態になれば指示をまつまでもなく砦を守る最後の壁として戦うことになるのだが。
そのなかでマークスⅡはジッと眼前の戦況を見つめている。にらみつけている、と言ってもいい。騎士マークスの船長服を着込み、〝鬼〟の大刀を背中に背負い、両腕を組み、足を肩の広さに広げた仁王立ちの姿勢。
その視線はあくまでも厳しく、表情には一分の隙もない。その姿を見た誰もが『うかつに近づけば一瞬で斬り捨てられる』と、納得する緊張感に満ちている。『恐怖する』ではなく『納得してしまう』というのは、その姿があまりにも堂に入っているために自分が斬り捨てられる未来が確定していると思うしかないからだ。
歳に似合わぬあまりにも堂々たる貫禄と威圧感。その姿はまさに武人。無数の修羅場をくぐり抜けた本物の武芸者だけがもつことのできる迫力だった。
かつては、ただ本当に物語のなかの英雄に憧れるだけだった普通の少年。その普通の少年がいまや、そこまでの人物に成長していた。家を出る前の、千年前の英雄マークスに憧れていた頃のかの人しか知らない人間が見れば、同じ人間だなどとは信じなかっただろう。親が見れば、
「……よくこんなに立派になって」
と、感涙にむせぶような、そんな姿。
そんな風格を漂わせながらジッと戦場を見つめる。その瞳の奥にどんな思いが渦巻いているのか。それは、いまのこの場の状況を見れば誰にでもわかる。
「プリンスは正しい」
マークスⅡの内心を察し、そう口にして言ったのは野伏である。
「いま、襲ってきている連中はしょせん、先触れに過ぎん。主敵となるのはそのあとに控えるフラウロス将軍率いる正規騎士団一〇万。そいつらが姿を表すまで、おれたちは待機していなくてはならん」
「だね」
と、行者も野伏に賛同してうなずいた。
「僕たちが先触れ相手に戦えば、目先の被害は押さえられる。でも、それによって僕たちが消耗してしまえば正規騎士団一〇万を相手にするものがいなくなる。それは、僕たちにしかできないことだからね。ここは、我慢だよ」
さらに、〝ブレスト〟・ザイナブもつづけた。
「前回の襲撃は一万。今回は一〇万。一気に一〇倍の兵を送ってきたと言うことは以前の襲撃は様子見。一万の兵を捨て駒にこちらの戦力を探ったということ。それを見て、本命を送ってきた。となれば、そこにはまちがいなく人間の、軍人としての意思が働いている。人間的な詐術を用意している可能性もある。うかつに動くわけにはいかないわ」
「わかっている」
仲間たちから口々に言われ、マークスⅡは腕組みしたままうなずいた。ムッツリと、と言ってもいいぐらいの重々しい様子で。
「時期をまつのはこれで二度目だ。もう慣れた」
まだ『ロウワン』だった頃、ローラシアにおいて〝賢者〟たちを相手に戦った。そのときもやはり、こうして時期の来るのをまちつづけた。そのときはただただ味方の被害が増えていくのを黙って見ていることに耐えられず、配下を動かすばかりで姿を表さない〝賢者〟たちに対する苛立ちから、
「出てこい、卑怯者!」
と、叫んだものだ。
しかし、そんな意味での『若さ』はいまのマークスⅡにはすでにない。苛立ちの声をあげることもなくジッと『そのとき』をまちつづけている。そのことに、
――おれもかわったな。
と、自分でもつくづく思う。
かつての、英雄物語に憧れていた頃の自分ならうむを言わさず突撃していたところだ。そして、あっけなく返り討ちに遭う。そのことがわかるだけにいまこうして、時期をまちつづけている自分自身に対して隔世の感を感じる。
あの頃からまだ数年しかたっていないのに。
その数年の間に、なんと多くのことがあったことか。
――『あった』だけじゃない。失ったものも多い。
ふと、そんな感慨にふけったのも『おとなになった』証拠だったかも知れない。
「でも……」
少しばかりおかしみを含んだような行者の声が、マークスⅡの意識をいま現在へと引き戻した。
「もう我慢する必要もなさそうだよ。ご覧よ。我が軍の奮闘ぶりはすばらしい。さしもの不死身の怪物たちもすっかりいなくなっているよ」
行者の言うとおりだった。
亡道の怪物たちの進軍を阻んできた炎の壁。その壁もさすがに燃え尽き、立ちのぼるだけの力を失い、塹壕の上にちょっとばかり顔をのぞかせてチロチロと踊るのが精一杯。しかし、消え失せた炎の壁の向こうにはもはや、異形の怪物の群れはいなかった。かわりに生きた壁のごとくに立ち並んでいるのは軍服をまとった同じ姿の怪物の群れ。亡道の怪物と化したパンゲア正規騎士団だった。
「ついにきたか」
ズシリと肚に響くような声でマークスⅡが言った。普通ならとうてい、この年齢で出せるような声ではない。二〇歳も年長の、おとなの男のような声だった。
マークスⅡは背中に手をまわした。〝鬼〟の大刀の柄をつかんだ。まさに、そのときだ。突撃を指示する銅鑼の音が鳴り響いた。
マークスⅡは一気に大刀を引き抜いた。
「行くぞっ! やつらを仕留める!」
マークスⅡ率いる決戦部隊が一気に動いた。
急峻な崖を転げ落ちる岩のような勢いで、騎士団に突撃した。〝鬼〟の大刀を振りかざすマークスⅡを筆頭に真正面から激突した。マークスⅡが大刀を右に左に振り払っては目の前の敵を斬り捨て、打ち倒し、整然と並んだ列に切れ目を入れる。そこに、あとにつづく精鋭兵たちが殺到し、切れ目を押し広げ、敵軍を真っ二つに両断する。
敵の体を貫く槍の穂先のように。
獲物の身に突き刺さる矢のように。
それ自体が意思をもつ生きた槍と化した軍勢は、敵軍を真っ二つに断ち割りながらひたすらに突き進む。
進む、
進む、
進みつづける。
まるで、とまれば死んでしまう回遊魚のように。
敵の背後に突き抜けるまで決してとまることなく突き進む、その決意のもと、目の前に表れる怪物兵たちを次々と斬り捨てながら進みつづける。
時を同じくして、敵軍の両翼に回り込んだ野伏と行者の率いる軍勢がその全力を叩きつけた。固いバターに力ずくでナイフを入れて断ちきるように、敵軍を斬り裂き、前衛部隊を本隊から切りはなす。
一気に敵軍のなかを横断し、マークスⅡ率いる部隊と合流したところで歩をとめる。そこで、一斉に向きをかえた。前方を向き、武器を構え、生きた壁となって本隊の進軍を押さえ込む。敵軍前衛部隊は生きた壁となった人類軍によって本隊と完全に切りはなされ、戦場に孤立した。
そこへ、〝ブレスト〟・ザイナブ、ヴァレリ、方天将軍たちの率いる部隊が殺到する。圧倒的多数でまわりを囲み、殲滅する。本来であれば――。
人間相手の戦闘であれば、相手を完全に包囲するようなことはしない。必ず、一カ所は開けておく。逃げ道をふさがれた敵が決死の勇をふるって予想外の力を発揮しないように。迫り来る死の運命から逃れるために逃げ道に殺到するところを追い詰め、効率的に殺せるように。
しかし、相手が亡道の怪物となればそんな常識は通用しない。なにがあろうと逃げ出すような相手ではないのだ。完全に包囲し、文字通り全滅するまで殺しつづけなくてはならない。
剣が、槍が、斧が煌めき、縦横に振るわれ、亡道の怪物たちを蹴散らしていく。亡道の怪物たちも銃となった右腕を掲げ、銃口から自らの組織を飛ばして応戦する。
しかし、いまのこの場はマークスⅡを介して伝わる天命の曲によって支配されている。天命の曲の効果が亡道の侵食を防ぎ、兵士たちを守っている。いくら、組織を撃ち込まれようとも亡道の怪物と化すことはない。
その事実に勇気づけられた兵士たちは狂騒的な勇を発揮して、大声で唄うようにして奇声をあげながら亡道の怪物たちを打ち倒していく。
そのなかでも目立っていたのはやはり、〝ブレスト〟・ザイナブ、ヴァレリ、方天将軍たち、兵を率いる歴戦の将たちだった。
〝ブレスト〟・ザイナブは両手にもったシャムシールを自在に振るい、文字通りの戦場の踊り子となって死の舞いを踊りつづける。その姿は華麗と言うにはあまりにも優美。まさしく、美しき悪魔の踊り子だった。
ヴァレリは両手持ちの大剣を縦横に振るい、藪を切り開いて獲物に近づく猟師のように配下たちのために道を切り開く。その力強さ、頼もしさは日頃『健康食品を食べ過ぎて健康になるのが先か、死ぬのが先か』などという賭けの対象になっているとは思えないほどのものだった。
方天将軍は、その名にふさわしく方天画戟を両手に構え、敵陣深く斬り込んでいる。愛用の方天画戟を風車のように振りまわし、斬り裂き、突きさし、打ち倒し、次々と亡道の怪物を仕留めていく。その姿はまさに東方世界最強の宿将。そう納得させる姿だった。
僚友たちの奮闘振りを、砦の責任者であるプリンスは防壁の上から見守っている。満足と納得のうなずきをしていた。
「さすがだな。マークスⅡや行者が亡道の力を押さえているとは言っても、ああもたやすく不死身の怪物どもを仕留めていくとは。しかし……」
プリンスは首をひねった。こうして防壁の上から戦場全体を俯瞰していると妙な違和感があった。
「……敵の数が少なくないか? レディ・アホウタの報告では正規騎士団の数はおよそ一〇万。そんなにいるか? せいぜい七、八万と言うところじゃないか?」
プリンスはそう思った。とはいえ、元海賊であるプリンスにとってはこんなにも大規模な組織戦はめったに経験したことはない。万単位の軍勢の数を一目で判断するなどとてもできない。
「一〇万と言っても高いところから眺めればあの程度なのか? それとも……それとも、まさか、別働隊を動かして?」
プリンスがそんな予感に囚われたそのときだ。予感をはるかに超える衝撃が襲いかかった。
「プリンス、あれを!」
隣にいるセアラが叫んだ。驚愕の表情で東の空を指さしている。
プリンスはつられて東の空を見た。目を見開いた。呻いた。そして、はっきりと見た。東の空から絶望が押しよせてくる様を。
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タイトル: 『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』
著者: よっしぃ
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出版社: アルファポリス
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楽天ブックス: https://books.rakuten.co.jp/rb/18361791/
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そして、この物語を見つけ出し、最高の形で世に送り出してくださる、担当編集者様、イラストレーターの市丸きすけ先生、全ての関係者の皆様に、心からの感謝を。
本当に、ありがとうございます。
【これまでの主な実績】
アルファポリス ファンタジー部門 1位獲得
小説家になろう 異世界転移/転移ジャンル(日間) 5位獲得
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