壊れたオルゴール ~三つの伝説~

藍条森也

文字の大きさ
286 / 412
第二部 絆ぐ伝説

第一一話一九章 次なる一手は

しおりを挟む
 地鳴りが響き、移動する。
 何万という重々しい足音が大地を揺らしながら走り抜ける。
 ゾウが、
 サイが、
 ライオンが、
 その他、大地中から集まった獣の群れが足音を響かせて激走し、亡道もうどう軍勢ぐんぜいを真っ二つに断ち割っていく。その様はまさに、木に直撃し、その幹を真っ二つに断ち割る稲妻のよう。
 大自然の怒り。
 そう呼ぶにふさわしい光景だった。
 その獣たちの群れを率いるのは一頭のサル。先頭をひた走るひときわ大きなゾウの背に乗り、跳びはねながら叫んでいる。
 「キキイ、キイ、キイ、キイ!」
 ――進め、すすめ! この世界はおれたちのものだ! よそものどもにデカいつらをさせてたらおれたちの名折れだぞ!
 ビーブ。現代を守る英雄マークスⅡの兄貴分にして自由の国リバタリアの第一の戦士。そのビーブの叱咤しったの声、というより、けしかける叫びに踊らされるように獣の群れは疾走しっそうする。
 もちろん、天命てんめいことわりの影響も受けていないただの獣たちに亡道もうどう怪物かいぶつを殺すことはできない。しかし、人間にはとうてい持ち得ないその巨体と力にものをいわせて当たるを幸いなぎ倒し、吹き飛ばし、道を開く。強引に突き進み、亡道もうどう軍勢ぐんぜいを両断していく。数万に及ぶ軍勢のなかからその一部を切り取り、孤立させていく。
 とまることを知らない巨大な落石と化した獣たちの群れは亡道もうどう軍勢ぐんぜいを一気に切り裂き、反対側に突き抜けた。そこで急激に弧を描いて道を戻り、再び亡道もうどう軍勢ぐんぜいのただなかに突撃する。ジグザグに、稲妻状に、亡道もうどう軍勢ぐんぜいのなかを走り抜け、列を乱し、整然たる軍列をかき乱し、単なる群れへとかえていく。
 その勢いの良さは見ていて爽快なほどで、亡道もうどう軍勢ぐんぜいと対峙する人間の兵士たちの間から歓声が湧き起こったほどだ。
 実際、自分たちの知る獣たちがこんなにも頼もしく見えたことはいままでになかっただろう。一瞬、自分たちの戦いを忘れて両腕を振りあげ、応援しだしたほどだ。それこそ、サッカーの試合でひいきのチームを応援するファンのように。
 歓声を浴びる獣士隊の姿を見ながら、野伏のぶせが感心した声をあげた。
 「さすがだな、ビーブ。一撃離脱を繰り返して敵陣を切り裂き軍列を乱すとは、兵法を心得ている」
 「知識と言うより、本能の為せる業なんだろうけど……」
 行者ぎょうじゃが血のように紅い唇に、こちらは白魚しらうおのように細くて白い指を当てながら苦笑した。
 「それにしても、見事な登場だったね。ビーブのことだ。自分の出番を計っていたにちがいないね」
 「たしかにな」
 と、マークスⅡも苦笑した。現代を守る英雄という自覚からか、感情を失っているかのようにも見えたマークスⅡだが、このときばかりは感情豊かな若者らしい表情になっていた。
 「では、こちらも負けてはいられないな」
 野伏のぶせ太刀たちを振るって、目の前の亡道もうどう怪物かいぶつを斬り捨てながら言った。
 「突撃の時期を計るとしよう。せっかく、我らが朋友ほうゆうが敵陣をかき乱してくれているんだ。この機を生かせないようでは『使えないやつ』と馬鹿にされるぞ」
 「その通りだな」
 マークスⅡがもう一度、苦笑しながらうなずいた。
 後ろを振り向く。砦の上はすでに深紅の猛火によって染めあげられており、濛々もうもうたる黒煙が噴きあがっている。そのさらに上空ではいまなお、空飛ぶ異形いぎょうと鳥たちの激闘が繰り広げられている。
 一対一での戦闘力においては空飛ぶ異形いぎょうたちの方が圧倒的に強い。しかし、鳥たちは群れをなして襲いかかり嘴を突き立て、爪で切り裂き、翼を打ちつけて、空飛ぶ異形いぎょうを自分たちの世界から叩き落とそうとする。燃えさかる炎のなかに叩き落とし、消し去ろうとしている。
 ただ一体の異形いぎょうを相手に何羽もの鳥が同時に襲いかかり、まわりを囲み、羽を散らしながら争いつづける。その姿、それはまさに、
 ――一羽で駄目なら二羽で、二羽で駄目なら、三羽で、三羽でも駄目ならもっともっと大勢の数で! 必ず、しとめてやる! 必ずだ!
 そんな叫びが聞こえてくるありさまだった。
 そして、その心にのみ響く叫びを残しながら嘴を、爪を、空飛ぶ異形いぎょうの体に突き立て、もつれ合ったまま猛火のなかに落ちていく。自分の命を武器に異形いぎょうたちを始末していく。
 ――この世界はおれたちが守る!
 その覚悟を見せつける姿に、どうしようもなく胸が熱くなる。
 「そう。おれたちはひとりじゃない。おれたちには無数の仲間がいるんだ」
 マークスⅡはそのことを改めて認識し、大きくうなずいた。
 「それに、プリンス。さすがだな。躊躇ちゅうちょなく砦の上に火をつけ、焼き払うとは。いま、なにを為すべきかがよくわかっている」
 「ああ、その通りだ。その果断さ、さすが『黒豹』と呼ばれるだけのことはあるな」
 戦場経験においては圧倒的に上回る野伏のぶせでさえ、そう認めるプリンスの指揮振りだった。
 「呑気に感心している場合?」
 冷ややかな声がした。
 いつやって来たのか、気がつくと〝ブレスト〟・ザイナブがそこにいた。
 冷酷無比な男殺し。その名で知られる双剣の女剣士が、顔中に巻きつけた布の隙間から切れ長のふたつの目だけを覗かせてマークスⅡを見据えている。その視線は控えめに言っても『冷えびえとした』と言ったもので、気の弱い人間ならその視線ひとつで『おれ、なにか悪いことした⁉』と、震えあがってしまうようなものだった。
 「こちらは始末したわ。さっさと突撃の指示を出しなさい。でないと……」
 役立たずは殺す。
 全人類の代表に対して、はっきりとそう言ってのける男殺しの〝ブレスト〟・ザイナブだった。
 マークスⅡは思わず三度目の苦笑をもらしていた。この状況で、これほど冷たい言葉を投げかけられて、それでもなお、苦笑するだけの余裕がマークスⅡにはあった。それはまさに、数々の修羅場をくぐり抜けることで鍛えられた精神のたくましさだった。
 〝ブレスト〟・ザイナブの言葉は正しかった。ヴァレリと、方天ほうてん将軍のふたりも部下を率いてこちらにやってくる。本隊から切りはなして包囲した敵軍。その敵軍を一体残らず始末してやってきたのだ。
 もはや、後背こうはいうれいはない。そして、目の前に立ちふさがる敵はビーブたち獣士隊に内部をかき乱され、軍列を乱している。内臓を食い荒らされ、苦悶くもんにあえぐ巨獣のように。
 となれば、躊躇ちゅうちょする理由はない。
 マークスⅡは叫んだ。
 「突撃だ! 一気に敵軍を殲滅せんめつする!」

 地上においてマークスⅡが突撃を指示した、そのとき――。
 砦においてはプリンスが次の行動に移っていた。
 「火を絶やすな! 油を撒きつづけろ! 戦闘員は全員、砦のなかに戻れ!」
 「ちょっと! あいつらをどうする気⁉ 放っておく気なの⁉」
 セアラは思わず抗議の声をあげた。
 プリンスは相手にしなかった。砦のなかにおりる階段を走るのではなく、飛び降りながら叫んだ。
 「空飛ぶ異形いぎょうの相手は鳥たちに任せておけ! それより、砦のなかだ。砦にいる人間、全員、中層に移動させろ! 怪我人もすべてだ! 急げ!」
 「無茶だよ、そんなの!」
 プリンスのあまりの勢いにつられて、一緒に階段を飛び降りているセアラが叫び返した。
 「ろくに動かせない重傷人だっていっぱいいるんだよ⁉ 中層に移動させるなんてできないよ!」
 「移動させなければ重傷人がただの死体になる!」
 「どういうこと⁉」
 「やつらは空から襲ってきた。ならば、次に攻めてくるのはどこだ?」
 セアラは一瞬、プリンスの言葉が理解できなかった。それでも、もともとが論理的で聡明な頭脳の持ち主。すぐにプリンスの言葉を理解した。跳ねあがったショートヘアに包まれた愛らしい顔が見るみる青くなる。
 「まさか……」
 「穴を掘って地下から攻め込むのは、城攻めの常道だ!」
 プリンスがそう叫んだとき――。
 砦の下層から悲鳴が響いた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

悪役令嬢と入れ替えられた村娘の崖っぷち領地再生記

逢神天景
ファンタジー
とある村の平凡な娘に転生した主人公。 「あれ、これって『ダンシング・プリンス』の世界じゃない」 ある意味好きだった乙女ゲームの世界に転生していたと悟るが、特に重要人物でも無かったため平凡にのんびりと過ごしていた。 しかしそんなある日、とある小娘チート魔法使いのせいで日常が一変する。なんと全てのルートで破滅し、死亡する運命にある中ボス悪役令嬢と魂を入れ替えられてしまった! そして小娘チート魔法使いから手渡されたのはでかでかと真っ赤な字で、八桁の数字が並んでいるこの領地収支報告書……! 「さあ、一緒にこの崖っぷちの領地をどうにかしましょう!」 「ふざっけんなぁあああああああ!!!!」 これは豊富とはいえない金融知識と、とんでもチートな能力を活かし、ゲーム本編を成立させれる程度には領地を再生させる、ドSで百合な少女の物語である!

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

高校生の俺、異世界転移していきなり追放されるが、じつは最強魔法使い。可愛い看板娘がいる宿屋に拾われたのでもう戻りません

下昴しん
ファンタジー
高校生のタクトは部活帰りに突然異世界へ転移してしまう。 横柄な態度の王から、魔法使いはいらんわ、城から出ていけと言われ、いきなり無職になったタクト。 偶然会った宿屋の店長トロに仕事をもらい、看板娘のマロンと一緒に宿と食堂を手伝うことに。 すると突然、客の兵士が暴れだし宿はメチャクチャになる。 兵士に殴り飛ばされるトロとマロン。 この世界の魔法は、生活で利用する程度の威力しかなく、とても弱い。 しかし──タクトの魔法は人並み外れて、無法者も脳筋男もひれ伏すほど強かった。

転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました

桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。 言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。 しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。 ──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。 その一行が、彼の目に留まった。 「この文字を書いたのは、あなたですか?」 美しく、完璧で、どこか現実離れした男。 日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。 最初はただの好奇心だと思っていた。 けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。 彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。 毎日19時に更新予定です。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

通販で買った妖刀がガチだった ~試し斬りしたら空間が裂けて異世界に飛ばされた挙句、伝説の勇者だと勘違いされて困っています~

日之影ソラ
ファンタジー
ゲームや漫画が好きな大学生、宮本総司は、なんとなくネットサーフィンをしていると、アムゾンの購入サイトで妖刀が1000円で売っているのを見つけた。デザインは格好よく、どことなく惹かれるものを感じたから購入し、家に届いて試し切りをしたら……空間が斬れた!  斬れた空間に吸い込まれ、気がつけばそこは見たことがない異世界。勇者召喚の儀式最中だった王城に現れたことで、伝説の勇者が現れたと勘違いされてしまう。好待遇や周りの人の期待に流され、人違いだとは言えずにいたら、王女様に偽者だとバレてしまった。  偽物だったと世に知られたら死刑と脅され、死刑を免れるためには本当に魔王を倒して、勇者としての責任を果たすしかないと宣言される。 「偽者として死ぬか。本物の英雄になるか――どちらか選びなさい」  選択肢は一つしかない。死にたくない総司は嘘を本当にするため、伝説の勇者の名を騙る。

処理中です...