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第三話 大陸会議
一四章 会議がはじまる
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アーデルハイドが会議室に姿を現わしたその瞬間――。
室内にざわめきが走った。それは、アーデルハイドの美貌に対する感嘆の声であり、警戒の声でもあった。
人類随一の美貌。
そう呼ばれていたアーデルハイドの美貌は、三年の時がたったいまでもいささかも衰えてはいない。それどころか人間として経験を重ね、成熟味を増した分、さらに磨きがかかっている。その美貌はもはや単に『きれい』とか『美しい』と言った次元を越えており、その美貌ひとつで男たちをひれ伏させ、従わせるに足る『女帝』としての威厳と風格を漂わせていた。
その美しさをもって知られ、日頃は自分こそが他者の輝きを消す絢爛たる光であるアステス。そのアステスでさえ、アーデルハイドの前では太陽の前の星のように輝きを失う。
それほどの美貌。
各国の王ももちろん、アーデルハイドの美貌は聞いているし、実際に会ったこともある。それでも――。
こうして目の当たりにするとやはり、その異次元の美しさに驚かされる。
そして、その感嘆の思いのあとにつづく警戒の念。
大陸各地の生産者と商人とをまとめあげ、大陸中の食糧の生産と流通を一手に握る立場にあるアーデルハイド。そのアーデルハイドはある意味、大陸最大の権力者と言ってもよかった。さらには、〝歌う鯨〟という強力な私兵集団まで手中にしている。
国土なき大陸皇帝。
一部ではアーデルハイドを差してそう呼ぶ声もあるほどだ。もちろん、公然とではないが。
その財力と影響力、そして、武力とを考えれば、各国の王が潜在的な脅威として警戒するのも自然なことだった。いくら、対鬼部で結束しているとは言っても、完全な一枚岩というわけではない。お互いに利害の衝突もあれば、感情のもつれもある。しょせん、矛盾の塊である人間の運営する組織。完全な一枚岩になどなれるはずもない。その意味で、アーデルハイドの存在は諸国連合に欠かせないものであると同時に不安要素でもあった。
そこには、アーデルハイドが一定の人間に手ひどく嫌われているという理由もあった。
――体を使って男たちをたらし込んだ売女。
そんな噂はアーデルハイドには常につきまとっていたし、協力を取りつけるために体を使ったことは事実だった。そのことにある種の抵抗や、もっとはっきりと敵意や嫌悪感を示す人間は決して少なくなかった。
それは、この場にそろった各国の王たちにしても例外ではない。とくに、はっきりした敵意を向けているのが星詠みの王国オウランの巫女女王ハクラン。アーデルハイドを睨みつけるその視線には露骨な嫌悪感があった。
神の妻として生涯、人間の男と交わることなく過ごす巫女女王である。その巫女女王からすれば、どんな男とも平気で枕を交わす女など嫌悪の対象でしかない。
当のアーデルハイドはどんな目で見られようと気にもとめない。『非難したいならどうぞ』と、常に超然としている。その態度はまさに女帝と呼ぶにふさわしいものだった。
ハクランの視線に対して敵意をむき出しにしたのはアーデルハイドではなく、かの人に付き従うカンナだった。
〝歌う鯨〟の首領エイハブによって護衛兼監視役としてつけられた少女は、この三年のうちにすっかり若い娘へと成長していた。その快活な美貌は男たちに人気だったし、色香らしいものも漂わせるようになった。しかし、アーデルハイドに対する思いは三年前といささかもかわらない。あくまでもアーデルハイドの付き人であり、その身を守る護衛だと思っている。
――あたしはアーデルハイドさまの番犬。
そう自らをもって任じている。
そんなカンナであれば主に対して嫌悪感を向ける人間など敵でしかない。
――アーデルハイドさまが体を張って各地の生産者と商人をまとめあげたから、いまの大陸の食糧事情があるんじゃない。お上品ぶって澄ましかえっているあんたたちは、食糧事情の改善のためになにをやったの⁉
そう怒鳴りつけ、なじってやりたいぐらいだ。
「カンナ」
そんなカンナをアーデルハイドが静かに諭した。
アーデルハイドにとってはハクランの視線などなんの意味もない。体を使ったのは事実だが、必要だからやったまでのこと。自分自身に対して恥じることなどなにもない。である以上、他人にどう思われようと気にする必要などなかった。内心でどう思われようと『おとなとして』公式の場で表面を取り繕ってもらえればそれでいい。そう割り切っている。
アーデルハイドのそんな思いを知るだけにカンナとしても我を通すわけにはいかない。まして、大陸と人類の運命の懸かったこの席上で事を荒立てるわけにはいかない。主の気持ちを察して渋々、引きさがった。
アーデルハイドが席に着いた。
それを見て、今回の会議の主催であるアンドレアが言った。
「これで、出席者は全員、そろったわけだ」
生真面目すぎて気の利かない性格だけに、ハクランの嫌悪感にも、カンナの敵意にも気がつかない。そのために却って事務的に淡々と進められる。ある意味、主催としてうってつけだった。
「さっそく、会議をはじめたいところだがその前にひとり、紹介したい人物がいる」
「紹介?」
「ラッセル、入ってこい!」
アンドレアの声を受けて室内に入ってきた人物を見て、その場にいる誰もが目を丸くした。それは、前から見ても、横から見ても、鞠のように丸々とした大柄な男だった。
ダラダラと流れ落ちる音が聞こえそうなぐらい大量の汗をかき、オドオドとした表情を浮かべている。流れる汗をハンカチで拭き取ってはいるのだが、そのハンカチ自体がすでにグッショリと濡れている。手にしているだけで汗がしたたり落ちるぐらいなのだから一向に役にたたない。
はっきり言って不快な人物だった。列国の王たちが目を丸くしたのも無理はない。とくに、巫女女王として常に上品で清潔な環境にいるハクランなどは露骨な嫌悪感を示している。
「なにをしている、ラッセル。各国の国王陛下たちの御前だぞ。早くご挨拶しろ」
と、アンドレアは、まるで小さな子供に注意する母親のようにラッセルに言った。ラッセルはグショグショに濡れたハンカチで必死に汗を吹きながら言った。
「ラ、ララララッセルとも、ももも申しまます。よ、よよよろしくお願いしまます……」
よほどのあがり症なのか一声、話すたびに顔が赤くなる。ろれつも回っておらず、聞きづらいことおびただしい。
――なぜ、こんな人間がこの重大な会議の席上に呼ばれたのか。
諸王たちのその疑問は、アンドレアの次の言葉でさらにふくれあがった。
「紹介しよう。新たに我がレオンハルト王国の宰相となったラッセル卿だ」
「宰相だと⁉ その軟弱そうな男がか⁉」
思わずそう怒鳴ったのは遊牧国家ポリエバトルのハーン、ズマライだった。
『獅子』を意味するその名前にふさわしく、屈強な体格の武人であり、鍛え抜かれた肉体は文字通り肉食獣のしなやかさとたくましさに満ちている。もとより、ポリエバトル人は遊牧の民。馬に乗り、弓を放ち、敵と戦う、そんな野性的な剽悍さこそが最も大切な要素として捉えられている国。そのポリエバトル人から見れば、ブクブクに太って馬にも乗れないような人間などなんの価値もない。そんな人間が宰相だなどと、ズマライには悪い冗談だとしか思えなかった。
「なんの冗談だ、アンドレアどの。このような不摂生の塊が宰相などとは」
そう率直に口にするあたりがポリエバトル人らしいところだった。
ラッセル本人はそう言われて恥ずかしそうに身をちぢこませた。そんな態度もまた、ズマライの、と言うより、ポリエバトル人の気に障る。
ポリエバトルではこんな侮辱を受ければ自らの名誉のために決闘を申し込むのが当たり前。それができなければ臆病者として軽蔑される。
ラッセルのその態度はまさに臆病者としてそしられ、軽蔑されるものだった。しかし、アンドレアは落ち着き払って答えた。
「確かに、不摂生の塊ではある。放っておけば一日中、菓子ばかり食っている男だからな。しかし、この男、かつて、会議の席上でレオナルドを相手に意見をし、そのせいで牢獄に入れられていた」
「レオナルドに意見しただと?」
眉をひそめて、そう言ったのはオグル国王ヴォルフガング。『巨人国』とも呼ばれるオグルの王らしく、ズマライにも劣らない大柄な武人である。ふたりが出会ったときには『どちらかより優れた武人か』と言うことで言い争いになり、決着をつけるために真剣勝負になだれ込みそうになったほどだ。
まわりが必死にとめたのでなんとか事なきを得たが、なにしろ、今回の主催であるアンドレアがそのような事態をとめるどころかむしろ、喜んでけしかける性格。
「では、国王同士の決闘にふさわしい場を用意しよう」などと、座興気分で発言したものだから、周囲の人間たちはなおさら大変だった。
そのアンドレアが胸を張って答えた。
「そうだ。三年前のことだが、この男、なんとあのレオナルドを相手に『ハリエットどのたちを追放したのはまちがいだった。正式に謝罪し、助力を乞うべきだ』と言い放ったそうだ」
そう語るアンドレアの声がやけに楽しそうなのは、そう言われたときのレオナルドの顔を思い浮かべて痛快な思いをしているからだ。
「おかげで反逆罪に問われて牢屋にぶち込まれ、以来、三年間、そのままだった。で、今回、宰相を任命することになって――なにしろ、わたしは戦うのは得意だが政はさっぱりだからな。かわって、政務を取り仕切ってくれる人間が必要だった」
そうあっけらかんと語るアンドレアを見て、ハリエットやアーデルハイドは意外な念を禁じ得なかった。
騎士としての誇りが高すぎて、ほとんど有害と言っていい域にまで達していたアンドレアだ。『他人の助けを借りるなど騎士の恥!』と、必死に勉強して自分ですべての政務を取り仕切ろうとしたはずだ。三年前までのアンドレアなら。それが、こうもあっけらかんと他人に助力を求める。
――かわっていないと思ったけど……やはり、この三年間でおかわりになられたのですね。
ハリエットはそう思った。
アンドレアはつづけた。
「しかし、残っていたのはレオナルドの腰巾着ばかりでな。なんの役にも立ちはしない。そこで、堂々とレオナルドに意見して、三年もの間、牢で過ごしていたこの男を採用することにしたのだ」
「ほう。それは頼もしい」
ヴォルフガングが感心した声を出した。
レオナルドがすべてを自分ひとりで決め、他人の意見など求めない独裁者であったことはこの場にいる誰もが承知している。そのレオナルドに公式の場で意見する。そのことにどれほどの勇気が必要かも、よくわかっている。レオナルドの傲慢さを嫌っていたのも皆、同じ。そのレオナルドに正面切って反抗したとなれば痛快でもある。
「しかも、三年にわたって投獄されながら節を曲げなかったとはな。見た目に似合わぬその気骨、気に入ったぞ」
ヴォルフガングは上機嫌に言った。
節を曲げないとかではなく、単に忘れられていたから三年間、牢屋で過ごす羽目になっていただけなのだが、そこまではヴォルフガングにはわからない。
「うむ。見直したぞ。先ほどの発言は撤回する。無礼であった。許されよ、ラッセルどの」
ズマライもそう言った。たちまち評価をかえるあたりが、良くも悪くも率直で単純な武人であるズマライらしいところ。ラッセルはそう言われてますます赤くなっている。
「それでは、アンドレアさま。そろそろ……」
ハリエットが言った。
アンドレアは力強くうなずいた。
「うむ。それでは、列国の王よ。世界と人類の命運を決める大いなる会議をここに開催しよう」
アンドレアらしい大仰な言い回しで、会議ははじまった。
まず最初に行われたのはアンドレアを『仮の』王とする新生レオンハルト王国を諸国連合に迎え入れるための調印式。この調印式はなんの問題もなくすぐに終わった。もともと、アンドレアが王位に就いた暁には諸国連合に参加するという条件で支援したのだ。いまさら、波風の立つはずもなかった。
アンドレアと諸国連合盟主たるハリエットの間で文書が交わされ、新生レオンハルト王国は正式に諸国連合の一員として迎え入れられた。
そして、ここからが本題。
ハリエットは諸国連合盟主として諸国の王を前に宣言した。
「我々、人類はこれより、鬼部に対する逆襲を行います」
室内にざわめきが走った。それは、アーデルハイドの美貌に対する感嘆の声であり、警戒の声でもあった。
人類随一の美貌。
そう呼ばれていたアーデルハイドの美貌は、三年の時がたったいまでもいささかも衰えてはいない。それどころか人間として経験を重ね、成熟味を増した分、さらに磨きがかかっている。その美貌はもはや単に『きれい』とか『美しい』と言った次元を越えており、その美貌ひとつで男たちをひれ伏させ、従わせるに足る『女帝』としての威厳と風格を漂わせていた。
その美しさをもって知られ、日頃は自分こそが他者の輝きを消す絢爛たる光であるアステス。そのアステスでさえ、アーデルハイドの前では太陽の前の星のように輝きを失う。
それほどの美貌。
各国の王ももちろん、アーデルハイドの美貌は聞いているし、実際に会ったこともある。それでも――。
こうして目の当たりにするとやはり、その異次元の美しさに驚かされる。
そして、その感嘆の思いのあとにつづく警戒の念。
大陸各地の生産者と商人とをまとめあげ、大陸中の食糧の生産と流通を一手に握る立場にあるアーデルハイド。そのアーデルハイドはある意味、大陸最大の権力者と言ってもよかった。さらには、〝歌う鯨〟という強力な私兵集団まで手中にしている。
国土なき大陸皇帝。
一部ではアーデルハイドを差してそう呼ぶ声もあるほどだ。もちろん、公然とではないが。
その財力と影響力、そして、武力とを考えれば、各国の王が潜在的な脅威として警戒するのも自然なことだった。いくら、対鬼部で結束しているとは言っても、完全な一枚岩というわけではない。お互いに利害の衝突もあれば、感情のもつれもある。しょせん、矛盾の塊である人間の運営する組織。完全な一枚岩になどなれるはずもない。その意味で、アーデルハイドの存在は諸国連合に欠かせないものであると同時に不安要素でもあった。
そこには、アーデルハイドが一定の人間に手ひどく嫌われているという理由もあった。
――体を使って男たちをたらし込んだ売女。
そんな噂はアーデルハイドには常につきまとっていたし、協力を取りつけるために体を使ったことは事実だった。そのことにある種の抵抗や、もっとはっきりと敵意や嫌悪感を示す人間は決して少なくなかった。
それは、この場にそろった各国の王たちにしても例外ではない。とくに、はっきりした敵意を向けているのが星詠みの王国オウランの巫女女王ハクラン。アーデルハイドを睨みつけるその視線には露骨な嫌悪感があった。
神の妻として生涯、人間の男と交わることなく過ごす巫女女王である。その巫女女王からすれば、どんな男とも平気で枕を交わす女など嫌悪の対象でしかない。
当のアーデルハイドはどんな目で見られようと気にもとめない。『非難したいならどうぞ』と、常に超然としている。その態度はまさに女帝と呼ぶにふさわしいものだった。
ハクランの視線に対して敵意をむき出しにしたのはアーデルハイドではなく、かの人に付き従うカンナだった。
〝歌う鯨〟の首領エイハブによって護衛兼監視役としてつけられた少女は、この三年のうちにすっかり若い娘へと成長していた。その快活な美貌は男たちに人気だったし、色香らしいものも漂わせるようになった。しかし、アーデルハイドに対する思いは三年前といささかもかわらない。あくまでもアーデルハイドの付き人であり、その身を守る護衛だと思っている。
――あたしはアーデルハイドさまの番犬。
そう自らをもって任じている。
そんなカンナであれば主に対して嫌悪感を向ける人間など敵でしかない。
――アーデルハイドさまが体を張って各地の生産者と商人をまとめあげたから、いまの大陸の食糧事情があるんじゃない。お上品ぶって澄ましかえっているあんたたちは、食糧事情の改善のためになにをやったの⁉
そう怒鳴りつけ、なじってやりたいぐらいだ。
「カンナ」
そんなカンナをアーデルハイドが静かに諭した。
アーデルハイドにとってはハクランの視線などなんの意味もない。体を使ったのは事実だが、必要だからやったまでのこと。自分自身に対して恥じることなどなにもない。である以上、他人にどう思われようと気にする必要などなかった。内心でどう思われようと『おとなとして』公式の場で表面を取り繕ってもらえればそれでいい。そう割り切っている。
アーデルハイドのそんな思いを知るだけにカンナとしても我を通すわけにはいかない。まして、大陸と人類の運命の懸かったこの席上で事を荒立てるわけにはいかない。主の気持ちを察して渋々、引きさがった。
アーデルハイドが席に着いた。
それを見て、今回の会議の主催であるアンドレアが言った。
「これで、出席者は全員、そろったわけだ」
生真面目すぎて気の利かない性格だけに、ハクランの嫌悪感にも、カンナの敵意にも気がつかない。そのために却って事務的に淡々と進められる。ある意味、主催としてうってつけだった。
「さっそく、会議をはじめたいところだがその前にひとり、紹介したい人物がいる」
「紹介?」
「ラッセル、入ってこい!」
アンドレアの声を受けて室内に入ってきた人物を見て、その場にいる誰もが目を丸くした。それは、前から見ても、横から見ても、鞠のように丸々とした大柄な男だった。
ダラダラと流れ落ちる音が聞こえそうなぐらい大量の汗をかき、オドオドとした表情を浮かべている。流れる汗をハンカチで拭き取ってはいるのだが、そのハンカチ自体がすでにグッショリと濡れている。手にしているだけで汗がしたたり落ちるぐらいなのだから一向に役にたたない。
はっきり言って不快な人物だった。列国の王たちが目を丸くしたのも無理はない。とくに、巫女女王として常に上品で清潔な環境にいるハクランなどは露骨な嫌悪感を示している。
「なにをしている、ラッセル。各国の国王陛下たちの御前だぞ。早くご挨拶しろ」
と、アンドレアは、まるで小さな子供に注意する母親のようにラッセルに言った。ラッセルはグショグショに濡れたハンカチで必死に汗を吹きながら言った。
「ラ、ララララッセルとも、ももも申しまます。よ、よよよろしくお願いしまます……」
よほどのあがり症なのか一声、話すたびに顔が赤くなる。ろれつも回っておらず、聞きづらいことおびただしい。
――なぜ、こんな人間がこの重大な会議の席上に呼ばれたのか。
諸王たちのその疑問は、アンドレアの次の言葉でさらにふくれあがった。
「紹介しよう。新たに我がレオンハルト王国の宰相となったラッセル卿だ」
「宰相だと⁉ その軟弱そうな男がか⁉」
思わずそう怒鳴ったのは遊牧国家ポリエバトルのハーン、ズマライだった。
『獅子』を意味するその名前にふさわしく、屈強な体格の武人であり、鍛え抜かれた肉体は文字通り肉食獣のしなやかさとたくましさに満ちている。もとより、ポリエバトル人は遊牧の民。馬に乗り、弓を放ち、敵と戦う、そんな野性的な剽悍さこそが最も大切な要素として捉えられている国。そのポリエバトル人から見れば、ブクブクに太って馬にも乗れないような人間などなんの価値もない。そんな人間が宰相だなどと、ズマライには悪い冗談だとしか思えなかった。
「なんの冗談だ、アンドレアどの。このような不摂生の塊が宰相などとは」
そう率直に口にするあたりがポリエバトル人らしいところだった。
ラッセル本人はそう言われて恥ずかしそうに身をちぢこませた。そんな態度もまた、ズマライの、と言うより、ポリエバトル人の気に障る。
ポリエバトルではこんな侮辱を受ければ自らの名誉のために決闘を申し込むのが当たり前。それができなければ臆病者として軽蔑される。
ラッセルのその態度はまさに臆病者としてそしられ、軽蔑されるものだった。しかし、アンドレアは落ち着き払って答えた。
「確かに、不摂生の塊ではある。放っておけば一日中、菓子ばかり食っている男だからな。しかし、この男、かつて、会議の席上でレオナルドを相手に意見をし、そのせいで牢獄に入れられていた」
「レオナルドに意見しただと?」
眉をひそめて、そう言ったのはオグル国王ヴォルフガング。『巨人国』とも呼ばれるオグルの王らしく、ズマライにも劣らない大柄な武人である。ふたりが出会ったときには『どちらかより優れた武人か』と言うことで言い争いになり、決着をつけるために真剣勝負になだれ込みそうになったほどだ。
まわりが必死にとめたのでなんとか事なきを得たが、なにしろ、今回の主催であるアンドレアがそのような事態をとめるどころかむしろ、喜んでけしかける性格。
「では、国王同士の決闘にふさわしい場を用意しよう」などと、座興気分で発言したものだから、周囲の人間たちはなおさら大変だった。
そのアンドレアが胸を張って答えた。
「そうだ。三年前のことだが、この男、なんとあのレオナルドを相手に『ハリエットどのたちを追放したのはまちがいだった。正式に謝罪し、助力を乞うべきだ』と言い放ったそうだ」
そう語るアンドレアの声がやけに楽しそうなのは、そう言われたときのレオナルドの顔を思い浮かべて痛快な思いをしているからだ。
「おかげで反逆罪に問われて牢屋にぶち込まれ、以来、三年間、そのままだった。で、今回、宰相を任命することになって――なにしろ、わたしは戦うのは得意だが政はさっぱりだからな。かわって、政務を取り仕切ってくれる人間が必要だった」
そうあっけらかんと語るアンドレアを見て、ハリエットやアーデルハイドは意外な念を禁じ得なかった。
騎士としての誇りが高すぎて、ほとんど有害と言っていい域にまで達していたアンドレアだ。『他人の助けを借りるなど騎士の恥!』と、必死に勉強して自分ですべての政務を取り仕切ろうとしたはずだ。三年前までのアンドレアなら。それが、こうもあっけらかんと他人に助力を求める。
――かわっていないと思ったけど……やはり、この三年間でおかわりになられたのですね。
ハリエットはそう思った。
アンドレアはつづけた。
「しかし、残っていたのはレオナルドの腰巾着ばかりでな。なんの役にも立ちはしない。そこで、堂々とレオナルドに意見して、三年もの間、牢で過ごしていたこの男を採用することにしたのだ」
「ほう。それは頼もしい」
ヴォルフガングが感心した声を出した。
レオナルドがすべてを自分ひとりで決め、他人の意見など求めない独裁者であったことはこの場にいる誰もが承知している。そのレオナルドに公式の場で意見する。そのことにどれほどの勇気が必要かも、よくわかっている。レオナルドの傲慢さを嫌っていたのも皆、同じ。そのレオナルドに正面切って反抗したとなれば痛快でもある。
「しかも、三年にわたって投獄されながら節を曲げなかったとはな。見た目に似合わぬその気骨、気に入ったぞ」
ヴォルフガングは上機嫌に言った。
節を曲げないとかではなく、単に忘れられていたから三年間、牢屋で過ごす羽目になっていただけなのだが、そこまではヴォルフガングにはわからない。
「うむ。見直したぞ。先ほどの発言は撤回する。無礼であった。許されよ、ラッセルどの」
ズマライもそう言った。たちまち評価をかえるあたりが、良くも悪くも率直で単純な武人であるズマライらしいところ。ラッセルはそう言われてますます赤くなっている。
「それでは、アンドレアさま。そろそろ……」
ハリエットが言った。
アンドレアは力強くうなずいた。
「うむ。それでは、列国の王よ。世界と人類の命運を決める大いなる会議をここに開催しよう」
アンドレアらしい大仰な言い回しで、会議ははじまった。
まず最初に行われたのはアンドレアを『仮の』王とする新生レオンハルト王国を諸国連合に迎え入れるための調印式。この調印式はなんの問題もなくすぐに終わった。もともと、アンドレアが王位に就いた暁には諸国連合に参加するという条件で支援したのだ。いまさら、波風の立つはずもなかった。
アンドレアと諸国連合盟主たるハリエットの間で文書が交わされ、新生レオンハルト王国は正式に諸国連合の一員として迎え入れられた。
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