歴史が争う物語2 〜戦いの真実篇〜

藍条森也

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第三話 大陸会議

一六章 宰相ラッセル

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 「ど、どどどどうでしょう、ちちち地下から攻め込んでは……」
 ラッセルのその発言に――。
 その場にいた全員の視線が就任したばかりの宰相閣下に集中した。ただでさえあがり症で汗っかきのラッセルである。注目を集めてしまったことでますます赤くなり、吹き出す量の汗も増えるばかり。ボタボタと流れ出る汗の量を見ていると、日照りのつづく地域に送り込めば、渇きに苦しむ人々を救済できるのではないかと思えるほどだ。
 「地下から攻める? それは、どういう意味です、宰相閣下」
 ジェイがいぶかしげに尋ねた。その横ではアステスが『こんな男になにか有意義なことが言えるのか?』と言いたげな目でラッセルを見ている。
 ラッセルはもはや汗のかたまりと化したかのようなハンカチで額を拭いながら答えた。
 「は、ははははい、じ、じじじ実はこのユキュノクレストの地下には王族の方々の緊急脱出用の地下通路が張り巡らされておりまして……」
 「地下通路だと?」と、アンドレア。
 「その噂は聞いたことがあるが……単なる都市伝説だとばかり思っていたぞ」
 「そ、そそそそれがそれがそれが本当にあるあるあるのででです。いざとなったら船に乗って国外脱出できるよう、沿岸地方に向けて作られておりまして、ある都市の地下につながっているのです」
 「失礼ですが、宰相どの」
 と、アステス。『閣下』という敬称をつけないところに、かののラッセルに対する感情が表れている。
 「なぜ、あなたがそんなことを知っているのです?」
 「そ、そそそれはそれはそれは……」
 「なんです?」
 アステスはラッセルのたどたどしい話しぶりに苛立った声をあげた。それはアステスだけではなく列席者全員の共通した思いだったが。
 「そ、そそそその地下通路は最近では、貴族や官僚の方々の密輸のために使われておりまして……」
 「密輸?」
 と、アステスは潔癖けっぺきな性格らしく眉をひそめた。
 「わ、わわわたしたしたしは実は、その密輸の手伝いをしておりまして……」
 「密輸の手伝いだと⁉ あなたは一国の宰相でありながらそんなことをしていたのか⁉」
 アステスは立ちあがって叫んだ。その怒りの声にラッセルは『ヒイッ!』と小さな悲鳴をあげて縮こまった。
 「落ち着け、アステス卿!」
 アンドレアが叫んだ。
 「わたしがラッセルを宰相に任命したのはついこの間のことだ。宰相として密輸に手を染めていたわけではない」
 「しかし……!」
 「アンドレア陛下のおっしゃるとおりだ、アステス」
 ジェイも言葉を添えた。
 「この場はそれを問題にすべき場所ではない。地下通路の説明こそが重要だ。そもそも、我々はレオンハルトの国民ではない。レオンハルト国内での犯罪を裁くのは我々の役目ではないぞ」
 「そ、それはそうなのですが……」
 アステスは不満たらたらの様子だったが、それでも『唯一の上官』と全面的な忠誠を捧げる相手の言葉。渋々、引きさがった。
 「宰相閣下。地下通路の説明をつづけていただこう」
 「は、はい……」
 ジェイに促され、ラッセルは説明をつづけた。
 「お、おおお王都の地下通路は沿岸地方の都市とつながっているわけわけわけですが、れ、れれれレオンハルトの各都市の地下にはすでにでにでに広大な下水網が整備されておりまして……その下水網をつなげればればれば、さほどの手間もなくエンカウンまで地下通路を延ばせると思い思い思いまして……」
 一同の視線がラッセルに集中する。それは決してラッセルのたどたどしい話し方に対するものではなかった。しかし、ラッセルはそう思い込んだのだろう。まりのようにふくらんだ体を精一杯、縮めさせた。
 「す、すすすみませんませんません、変なことをいいい言って……」
 「いえ、傾聴けいちょうに値する意見です」と、ジェイ。
 「たしかに。地下通路を使って強襲きょうしゅうをかけることが出来れば、鬼部おにべの軍勢を相手にすることなくエンカウンを奪還だっかんできます。地下通路を使っての補給が出来れば敵中に孤立する怖れもないし、なにより、住民の避難もたやすい。考慮こうりょする価値はあります」
 アステスもそう認めた。ラッセル個人に対する好き嫌いはともかく、意見は意見として聞くだけの度量は持ち合わせている。
 「なにしろ、鬼部おにべは戦闘力こそ高いものの思考と行動は単純。地下通路を使っての強襲きょうしゅうなど考えてもいないでしょうし、実際にその強襲きょうしゅうが行われても理解しないでしょうから」
 「だろうな」
 と、ジェイもうなずいた。それから、ラッセルに視線を向けた。
 「宰相閣下。王都の地下通路と各都市の下水網の図面はありますか?」
 「は、はははい、こ、ここここにににに……」
 ラッセルは紙の束を取り出した。そう言われることを予想して事前に用意していたわけだ。列席者の間から感嘆かんたんの声がもれた。
 ――以外とキレる。
 みんな、そう思ったのだ。
 なにしろ、見た目が見た目だけに第一印象が悪すぎるので、見直すときも簡単に見直す。しかし、ラッセルは貴族や官僚たちの使いっ走りとして汚れ仕事を引き受けてきた身。いつでも切り捨てられる尻尾としてラッセルを使ってきた貴族たち自身、気がついていなかったが、ラッセルが下働きとして役立ってきたのは『女のひとりもあてがえばなんでもやる』という理由だけではない。意外な周到さときめ細かな神経のおかげだった。
 ジェイは差し出された文書を受け取った。ざっと目を通したあと、アステスに手渡した。
 「アステス。こう言うことはお前が専門だ。確かめてくれ」
 エンカウンの警護騎士団副官であった頃から、戦場での働きよりも組織の運営や装備の工夫などで役立ってきたアステスである。この手の分析なら確かにジェイよりも適任である。
 「……たしかに、各都市の距離もさほど離れていませんし、土質もとくに固くない。土木作業の専門家集団をそろえることさえ出来れば、エンカウンまでの地下通路をつなげるのは難しくはないでしょう。もちろん、それなりの日数はかかりますが、エンカウンに至るまでに立ちふさがる鬼部おにべの軍勢と戦いながら進むよりは、よほど早く行けるはずです」
 「ならば、決まりだな」
 ジェイがうなずいた。その姿はまさに知恵ある獣、人間ではなく、人間よりも優れた高貴なる肉食獣のそれだった。
 「宰相閣下。貴重な提言、感謝します。あなたの提言、採用させていただきます」
 ジェイはそう明言して、頭をさげた。
 ――こと実戦に関する限り、自分に全権が委ねられ、指揮系統が一本化されること。
 ジェイはそう条件をあげ、列強諸国の王たちに承知させた。しかし、指揮系統を一本化することと、他人の意見を聞かずにすべてを自分で決める独裁者として振る舞うのはちがう。それでは、レオナルドやウォルターたち、能力がありながらも傲慢ごうまんさ故に身を滅ぼした愚かものたちと同じになってしまう。
 ――ジェイ総将はあのものたちとはちがう。他者の意見を聞き、受け入れるだけの度量をもっている。
 そう印象づけるためにもラッセルの提言を採用することは有意義だった。もちろん、実践面においても確かに有効な策であることも確かだが。
 「あ、あああはははいいい、どどどどうもうもうもです……」
 ジェイに頭をさげられて――。
 ラッセルはますます赤くなり、さらにしどろもどろになって礼を述べた。その横では自分の採用した宰相が有意義な提言を行ったことで、大いに面目を施したアンドレアが『どうだ!』とばかりに誇らしげな顔をしている。
 ジェイが改めて参加者たちに宣言した。
 「それでは、改めて伝えさせていただきます。これより我々、人類軍は地下通路を使ってのエンカウン奪還だっかんに乗り出します。その間、このユキュノクレストに兵を集中し、鬼部おにべを引きつけます。幸い、と言うのは妙ですが、鬼部おにべはレオンハルト全域を自分たちの狩猟場にすることを目的としています。唯一、残った都市であるこのユキュノクレストに兵を集中すれば、その兵たちを目当てに押し寄せてくることでしょう。地下通路から目をそらさせるためにはうってつけです」
 「うむ。守りは任せろ! 我が闘戦とうせんたちは『我が子を守る!』との使命感に燃えた母たちの軍団だ。敵地に攻め込むには向かないが、守りに関しては天下無双。エンカウン奪還だっかんまで見事、守り抜いて見せよう」
 アンドレアが胸を張ってそう宣言した。
 「一騎当千をこの地に移動させましょう。『生きた壁』を張り巡らせることができたおかげで、防衛戦には余裕がありますから」
 アステスがそう付け加えた。
 そのとき、スミクトル国王エリアスが手をあげた。
 「よろしいか、ジェイ総将」
 「なんでしょう、エリアス陛下」
 「ご存じのことと思うが、我がスミクトルは鍛冶の国だ。豊かな鉱物資源に恵まれ。古くからその鉱物資源を使っての細工が発展してきた。当然、鉱物資源採掘のための土木作業の技術も発達しており、専門家集団も存在している。その専門家集団を地下通路拡張のために派遣したい。許可してもらえるか?」
 「それは願ってもないこと。こちらからお願いします。ぜひ、派遣してください」
 「それならば……」
 と、オウランの巫女女王ハクランが言葉を重ねた。
 「我がオウランからはゴーレム使いの技術に長けた人形使いたちを派遣しましょう。かのたちの操るゴーレムがあれば作業の効率は格段にあがるはず」
 それから、さらにいくつかの提言と調整がなされ、基本方針は定まった。主催しゅさいであるアンドレアが胸を張って宣言した。
 「これにて基本方針は定まった! これより、我ら人類は鬼部おにべに対して全面的な逆襲を開始する! それと、ラッセル!」
 「は、ははははい……!」
 「お前は喋り方の特訓だ! その喋り方では聞いている側は苛々するばかりだからな!」
 「は、ははははい……」
 国王陛下に言われ――。
 ラッセルはまりのような体を思いきり縮めたのだった。
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