18 / 36
第三話 大陸会議
一八章 敵を知るために
しおりを挟む
「鬼界島に渡るだと⁉」
アーデルハイドの言葉に――。
アンドレアは驚きの声を張りあげ、ハリエットは目を丸くして『人類随一の美貌』を見つめている。そんな旧友ふたりに対し、アーデルハイドは、
「はい」
と、短く、静かに、しかし、断固とした決意を込めて答えた。
「正気か、お前⁉ 敵の本拠地に乗り込もうなんて……」
「本拠地だから、乗り込む必要があるのでしょう。このまま戦いつづけるにせよ、和睦するにせよ、相手のことはくわしく知っておく必要があります。そのためには、相手の本拠地に乗り込まなくはならないでしょう」
「和睦だって⁉ 鬼部相手に和睦なんてできると思ってるのか?」
アンドレアのはっきりしすぎた性格のせいだろう。その言葉は『いぶかしむ』のを通り越して、相手をバカにしてるとしか思えなかった。失礼と言えば失礼だが、そんなことで怒るアーデルハイドではない。静かに、冷静そのものの声で応じた。
「試したことなどないでしょう」
「そ、それはそうだが……」
アーデルハイドの言葉にアンドレアは虚をつかれた。たしかに、いままで鬼部相手に交渉を求めたことなど一度もない。なにしろ、鬼部と言えば伝説に語られる怪物たち。幾度となく人類を脅かしてきた宿敵。その認識が強すぎて、いざ実際に鬼部が現れたときには『和睦も交渉も不可能、叩きつぶす以外にはない怨敵!』と、そう思い込み、最初から交渉事など放棄していた。それでなくても、当時の人類世界の中心だった三きょうだい、レオナルド、ウォルター、ガヴァンは『敵との交渉』などを考えるような型の人物ではなかった。
敵は倒す。
叩きつぶして従わせる。
それしか考えていない人物だった。そして、また、そうできるだけの力をもったきょうだいでもあった。その精神と自負心の赴くところ、ただひたすらに戦うことだけを選んで一切の交渉は行われなかった。試そうともされなかった。
ウォルターとガヴァンが敗死してからの三年間は防衛することに精一杯で交渉に持ち込む余裕などなかった。そもそも、『交渉』というものは自分が優位にたったときにするものだ。不利な状況で申し込んだところで結局は足元を見られ、降伏を強要される結果にしかならない。
だから、いままで鬼部相手に交渉が行われたことは一度もない。その意味ではアーデルハイドの言葉ももっともだとは言える。しかし――。
「やはり、あいつら相手に交渉ができるとは思えないが……」
アンドレアがそう言うのも無理はない。なにしろ、鬼部は人間を食うのだ。人間を純粋に食糧として扱っている。人間のことを少しでも対等の相手として認めるつもりがあるのなら、交渉によって事をすませる気がわずかでもあると言うのなら、そんな扱いはしないだろう。
アンドレアの疑念にアーデルハイドは答えた。
「だからこそ、鬼部のことを知る必要があるのでしょう。わたしたちは鬼部のことをなにも知りません。なぜ、鬼部との戦いが幾度となく繰り返されてきたのかも、なぜ、鬼部は人間を襲うのかも」
「鬼部が人間を襲う理由なんてわかりきってるじゃないか! あいつらはケダモノだ、人間を食うのがその目的なんだ」
「人間を食べるのなら他の獣でもいいはずでしょう。わざわざ、武器と鎧に身を固め、組織だって抵抗する人間を襲うより、その辺の獣を狩った方がずっと楽で安全なはず。実際、人間を襲うたびに鬼部の側も死者を出しているのです。おかしいとは思いませんか? あなたの言うケダモノなら、それこそそんな危険な狩りはしないでしょう」
「そ、それはそうだが……」
「そもそも、鬼部が何者で、どこから来るのか。なぜ、数百年ごとに襲撃が繰り返されるのか。そんな基本的なことすら、わたしたちは知らないのです。戦って、叩きのめすしかないにしても、相手のことを知っておくことは必要でしょう」
「それはそうですが……」
と、ハリエット。遠慮がちに言った。
「それなら、すでにアルノどのが……」
「アルノどの。『逃げ兎』のことですね」
と、アーデルハイドは単身、鬼界島に乗り込んでいる人類唯一の斥候のことをあだ名で呼んだ。
「その方のことは聞いています。多くの有用な情報がもたされていることも。ですが、それはあくまでも鬼界島の地理や植生など、『戦うため』に必要な情報でしょう。わたしが知りたいのは『鬼部そのもの』なのです」
きっぱりと――。
そう言い切るアーデルハイドの姿に、ハリエットもアンドレアも言葉を失った。翻意させるなど不可能だ。そう悟らずにはいられなかった。
「……わかった。そこまで決意しているのならとめはしない。相手のことを知るのが大切なのは確かだしな。ならば、すぐに護衛兵の選出を……」
「護衛はいりません。武器ももっていきません。この身ひとつで鬼界島に渡ります」
「敵の本拠地に丸腰で乗り込むつもりか」
「『敵の本拠地だから』そうするのです。敵の本拠地に渡るのに少しばかりの護衛兵を引き連れていったとして、なにか役に立つと思いますか?」
「い、いや、それは思わないが……」
「でしょう? あの熊猛紅蓮隊ですら鬼界島に乗り込むことで、あっけなく壊滅したのです。中途半端な武装など却って身の危険を高めるばかり。非武装に徹した方がまだ安全というものです」
わたしは鬼部と戦いに行くのではなく、鬼部のことを知りに行くのですから。
アーデルハイドはそう付け加えた。
「ですが、アーデルハイドさま。あなたがいなくなればせっかく大陸中に張り巡らされた食糧の供給網は……」
「わたしがいなくても、リーザがいれば供給網は維持できます。むしろ、わたしの存在は諸国連合にとって不安要素でしかないでしょう」
ハリエットも、アンドレアも、その言葉の意味は充分にわかっていた。
その美しい肉体を使い、各地の商人や悪漢たちを籠絡し、食糧の生産と流通を一手に握り、強力な私兵集団を率いる身であるアーデルハイド。
国土なき大陸皇帝。
一部ではそうささやかれるほどの財力と影響力をもつかの人である。各国の王にとって頼もしい味方であることはまちがいないが同時に、いつ自分を脅かす敵となるかも知れない潜在的な脅威でもある。加えて、『体を使って』その立場を手に入れたことから多くの反感も買っている。アーデルハイドの存在はそんな感情のもつれを呼び起こし、結束を妨害する結果になりかねない。
そのことがわかるだけにハリエットも、アンドレアも、それ以上、反対しようがなかった。
「わかりました」
ハリエットがついに言った。
「ですが、約束してください。必ず、無事に帰ってくると。諸国連合がどうの、鬼部との戦いがどうのという以前にわたしたちは友なのですから」
「その通りだ。世が世なら今頃、義理の姉妹になっていた仲なのだからな」
「ええ。わかっています」
アーデルハイドはきっぱりと言った。
「必ず、戻ってきます。鬼部たちのことを知り尽くして」
第三話完
第四話につづく
アーデルハイドの言葉に――。
アンドレアは驚きの声を張りあげ、ハリエットは目を丸くして『人類随一の美貌』を見つめている。そんな旧友ふたりに対し、アーデルハイドは、
「はい」
と、短く、静かに、しかし、断固とした決意を込めて答えた。
「正気か、お前⁉ 敵の本拠地に乗り込もうなんて……」
「本拠地だから、乗り込む必要があるのでしょう。このまま戦いつづけるにせよ、和睦するにせよ、相手のことはくわしく知っておく必要があります。そのためには、相手の本拠地に乗り込まなくはならないでしょう」
「和睦だって⁉ 鬼部相手に和睦なんてできると思ってるのか?」
アンドレアのはっきりしすぎた性格のせいだろう。その言葉は『いぶかしむ』のを通り越して、相手をバカにしてるとしか思えなかった。失礼と言えば失礼だが、そんなことで怒るアーデルハイドではない。静かに、冷静そのものの声で応じた。
「試したことなどないでしょう」
「そ、それはそうだが……」
アーデルハイドの言葉にアンドレアは虚をつかれた。たしかに、いままで鬼部相手に交渉を求めたことなど一度もない。なにしろ、鬼部と言えば伝説に語られる怪物たち。幾度となく人類を脅かしてきた宿敵。その認識が強すぎて、いざ実際に鬼部が現れたときには『和睦も交渉も不可能、叩きつぶす以外にはない怨敵!』と、そう思い込み、最初から交渉事など放棄していた。それでなくても、当時の人類世界の中心だった三きょうだい、レオナルド、ウォルター、ガヴァンは『敵との交渉』などを考えるような型の人物ではなかった。
敵は倒す。
叩きつぶして従わせる。
それしか考えていない人物だった。そして、また、そうできるだけの力をもったきょうだいでもあった。その精神と自負心の赴くところ、ただひたすらに戦うことだけを選んで一切の交渉は行われなかった。試そうともされなかった。
ウォルターとガヴァンが敗死してからの三年間は防衛することに精一杯で交渉に持ち込む余裕などなかった。そもそも、『交渉』というものは自分が優位にたったときにするものだ。不利な状況で申し込んだところで結局は足元を見られ、降伏を強要される結果にしかならない。
だから、いままで鬼部相手に交渉が行われたことは一度もない。その意味ではアーデルハイドの言葉ももっともだとは言える。しかし――。
「やはり、あいつら相手に交渉ができるとは思えないが……」
アンドレアがそう言うのも無理はない。なにしろ、鬼部は人間を食うのだ。人間を純粋に食糧として扱っている。人間のことを少しでも対等の相手として認めるつもりがあるのなら、交渉によって事をすませる気がわずかでもあると言うのなら、そんな扱いはしないだろう。
アンドレアの疑念にアーデルハイドは答えた。
「だからこそ、鬼部のことを知る必要があるのでしょう。わたしたちは鬼部のことをなにも知りません。なぜ、鬼部との戦いが幾度となく繰り返されてきたのかも、なぜ、鬼部は人間を襲うのかも」
「鬼部が人間を襲う理由なんてわかりきってるじゃないか! あいつらはケダモノだ、人間を食うのがその目的なんだ」
「人間を食べるのなら他の獣でもいいはずでしょう。わざわざ、武器と鎧に身を固め、組織だって抵抗する人間を襲うより、その辺の獣を狩った方がずっと楽で安全なはず。実際、人間を襲うたびに鬼部の側も死者を出しているのです。おかしいとは思いませんか? あなたの言うケダモノなら、それこそそんな危険な狩りはしないでしょう」
「そ、それはそうだが……」
「そもそも、鬼部が何者で、どこから来るのか。なぜ、数百年ごとに襲撃が繰り返されるのか。そんな基本的なことすら、わたしたちは知らないのです。戦って、叩きのめすしかないにしても、相手のことを知っておくことは必要でしょう」
「それはそうですが……」
と、ハリエット。遠慮がちに言った。
「それなら、すでにアルノどのが……」
「アルノどの。『逃げ兎』のことですね」
と、アーデルハイドは単身、鬼界島に乗り込んでいる人類唯一の斥候のことをあだ名で呼んだ。
「その方のことは聞いています。多くの有用な情報がもたされていることも。ですが、それはあくまでも鬼界島の地理や植生など、『戦うため』に必要な情報でしょう。わたしが知りたいのは『鬼部そのもの』なのです」
きっぱりと――。
そう言い切るアーデルハイドの姿に、ハリエットもアンドレアも言葉を失った。翻意させるなど不可能だ。そう悟らずにはいられなかった。
「……わかった。そこまで決意しているのならとめはしない。相手のことを知るのが大切なのは確かだしな。ならば、すぐに護衛兵の選出を……」
「護衛はいりません。武器ももっていきません。この身ひとつで鬼界島に渡ります」
「敵の本拠地に丸腰で乗り込むつもりか」
「『敵の本拠地だから』そうするのです。敵の本拠地に渡るのに少しばかりの護衛兵を引き連れていったとして、なにか役に立つと思いますか?」
「い、いや、それは思わないが……」
「でしょう? あの熊猛紅蓮隊ですら鬼界島に乗り込むことで、あっけなく壊滅したのです。中途半端な武装など却って身の危険を高めるばかり。非武装に徹した方がまだ安全というものです」
わたしは鬼部と戦いに行くのではなく、鬼部のことを知りに行くのですから。
アーデルハイドはそう付け加えた。
「ですが、アーデルハイドさま。あなたがいなくなればせっかく大陸中に張り巡らされた食糧の供給網は……」
「わたしがいなくても、リーザがいれば供給網は維持できます。むしろ、わたしの存在は諸国連合にとって不安要素でしかないでしょう」
ハリエットも、アンドレアも、その言葉の意味は充分にわかっていた。
その美しい肉体を使い、各地の商人や悪漢たちを籠絡し、食糧の生産と流通を一手に握り、強力な私兵集団を率いる身であるアーデルハイド。
国土なき大陸皇帝。
一部ではそうささやかれるほどの財力と影響力をもつかの人である。各国の王にとって頼もしい味方であることはまちがいないが同時に、いつ自分を脅かす敵となるかも知れない潜在的な脅威でもある。加えて、『体を使って』その立場を手に入れたことから多くの反感も買っている。アーデルハイドの存在はそんな感情のもつれを呼び起こし、結束を妨害する結果になりかねない。
そのことがわかるだけにハリエットも、アンドレアも、それ以上、反対しようがなかった。
「わかりました」
ハリエットがついに言った。
「ですが、約束してください。必ず、無事に帰ってくると。諸国連合がどうの、鬼部との戦いがどうのという以前にわたしたちは友なのですから」
「その通りだ。世が世なら今頃、義理の姉妹になっていた仲なのだからな」
「ええ。わかっています」
アーデルハイドはきっぱりと言った。
「必ず、戻ってきます。鬼部たちのことを知り尽くして」
第三話完
第四話につづく
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
断罪まであと10分、私は処刑台の上で「ライブ配信」を開始した〜前世インフルエンサーの悪役令嬢、支持率100%でクズ王子を逆処刑する〜
深渡 ケイ
ファンタジー
断罪まで、あと10分。
処刑台の上で跪く悪役令嬢スカーレットは、笑っていた。
なぜなら彼女は――
前世で“トップインフルエンサー”だったから。
処刑の瞬間、彼女が起動したのは禁忌の精霊石。
空に展開された巨大モニターが、全世界同時ライブ配信を開始する。
タイトルは――
『断罪なう』。
王子の不貞、聖女の偽善、王家の腐敗。
すべてを“証拠付き・リアルタイム”で暴露する配信に、
国民の「いいね(=精霊力)」が集まり始める。
そして宣言される、前代未聞のルール。
支持率が上がるほど、処刑は不可能になる。
処刑台は舞台へ。
断罪はエンタメへ。
悪役令嬢は、世界をひっくり返す配信者となった。
これは、
処刑されるはずだった悪役令嬢が、
“ライブ配信”で王子と王国を公開処刑する物語。
支持率100%の先に待つのは、復讐か、革命か、
それとも――自由か。
旧校舎の地下室
守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
裏長屋の若殿、限られた自由を満喫する
克全
歴史・時代
貧乏人が肩を寄せ合って暮らす聖天長屋に徳田新之丞と名乗る人品卑しからぬ若侍がいた。月のうち数日しか長屋にいないのだが、いる時には自ら竈で米を炊き七輪で魚を焼く小まめな男だった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる