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第五話 鬼の国にて
二九章 鬼たちの文化
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「おおう、今日はなんと良き日よ。まさか、人生島の野人たちに出会えるとはな」
鬼部かんぜみ部族の族長ジュウジャキは、まさに『豪放磊落』というのがふさわしい態度でアーデルハイドたちを出迎えた。
族長という立場のある身でありながら、はじめての相手と出会うというのに警戒ひとつしていない。まわりには護衛の兵ひとりいないのだ。
それは、自分の強さに対する自信から来るのだろう。それだけの自信をもつのにふさわしく、その肉体はスモオよりもさらに大きく、たくましく、巨大なヘビが何匹もひしめいているようなすさまじい筋肉の束に覆われている。皮膚はいたるところ入れ墨に覆われ、やはり、金と銀の装身具を全身にかけている。
アーデルハイドたちも鬼部が衣服を身につけないことにはすでに慣れている。しかし、金と銀の飾りをたらした男性器がそそり立っているその様は、アーデルハイドはともかく、カンナとチャップには目の毒過ぎた。ふたりとも、まともに目を向けることが出来ず、カンナは怒ったように、チャップは気まずそうに顔をそらしている。
自分の姿が人間の娘には刺激が強すぎることを自覚しているのか、それとも単にそんなことを気にかけるほど細やかな神経を持ち合わせてはいないのか、ジュウジャキはそんなふたりの態度を気にする様子もなかった。
ともあれ、アーデルハイドたちは族長の館に招かれた。
『館』と言ってもそこはやはり壁もなければ、天井もない。端から端まで見渡すことも出来ないほど広大な皿巣があるだけだ。
ただ、その皿巣のなかにはグラグラと煮えたぎる真っ赤な熱湯の池や、巨大な針で覆われた小山などが配置されていた。話によると鬼部の族長たるもの常に強く、雄々しくなければならず、これらの池や山は身を鍛えるためのものだという。
言われてみればなるほど、いかにも鬼部らしくて納得できる話ではある。族長のまわりに護衛ひとりいないのも、
「護衛をつけるなど弱さの証。恥ずべきことだ。己の身を己の力で守れないようでは、鬼部の族長たる資格などない」
と言うことなのだろう、おそらく。
「いや、しかし、なんともめでたいことよ。年に一度の大闘祭の時期に人生島の野人たちがやってくるとはな」
「大闘祭?」
「うむ。説明するより、見た方が早かろう。ちょうど、試合のはじまる時刻だしな」
挨拶もそこそこにアーデルハイドたちが連れて行かれたのは闘技場。
何万という鬼たちが見つめ、歓声をあげるなかで鬼と鬼が戦う舞台だった。
「わしら、鬼部にとっては強さこそが誉れ」
ジュウジャキは誇りを込めてそう言った。
「故に、常におのれを鍛え、闘技を磨くことを怠らん。そのなかでもとくに優れた格闘者たちが集まり、最強を決めるのが大闘祭。この大闘祭で優勝したものこそが、その部族における最強の格闘者というわけだ」
「つまり、大闘祭で優勝することこそが鬼部にとってなによりの名誉。そういうことですか」
「そういうことだ」
理解されたことが嬉しかったのだろう。ジュウジャキはご満悦の様子で答えた。
やがて、試合がはじまった。アーデルハイドたちは族長の隣という特等席をあてがわれ、観戦することとなった。
闘技場を舞台に行われる鬼と鬼の試合。
それはとてつもなく激しく、しかも、意外なものだった。
大地を揺るがす力と、目にもとまらぬ速さ。そのふたつが真っ向からぶつかりあい、世界を揺らす。しかも、単に力強く、速いと言うだけではない。制御され、洗練された力。鬼部のもつ天性の力と速さが『技』という要素によってさらに高みへと引きあげられている。
人の世を襲うかんなぎ部族の鬼たちとはまったくちがう。
人類が身体能力において遙かに上回る鬼部を相手に戦ってこられたのは装備品と技術の差による。かんなぎ部族の鬼たちは武器も、防具ももたず、技もない。ただただ生まれもった力にものを言わせて力押しする以外の戦い方を知らない。せっかくのその力を、より効率的に活かすための方法を知らない。だからこそ、人類は戦ってこられたのだ。
かんぜみ部族の戦鬼たちはちがう。
武器も、防具ももたず、その身ひとつで戦う。それは同じだ。しかし、敵を倒すことを目的として研究され、洗練されてきた高度な格闘技術を身につけている。
――勝てない。
アーデルハイドは痛切に思った。
アーデルハイド自身、一流と言っていい剣技の使い手。だから、わかる。かんぜみ部族の格闘者たちの力が。
人間を遙かに凌ぐ身体能力をもつ鬼がさらに、人間と同等かそれ以上に高度な技を身につけているのだ。勝負になるはずがない。例え、ジェイや、災厄の脳筋格闘王女サアヤであっても、この鬼と鬼の戦いの場に出れば紙切れのように引きちぎられてしまうだろう。まして、軍隊同士がぶつかりあったら……。
このかんぜみ部族の戦鬼たちであれば、ただ一鬼で百人の人間の兵を倒してお釣りがくるにちがいない。
文明化した鬼部。それは――。
『格闘技』という危険極まりない文化をも発達させた、最強の鬼たちだった。
――見に来てよかった。
アーデルハイドは心から思った。
――わたしたちは鬼部の本当の力を知らなかった。それを知らないまま戦いつづけ、このかんぜみ部族を敵にまわすことになっていれば……手も足も出ないままに滅ぼされていた。
かんぜみ部族を敵にまわすことだけは避けなくては。
そう思うアーデルハイドだった。
その間にも闘技場での試合は進んでいた。
試合は一方的な展開を見せはじめていた。劣勢に追い込まれた年かさの鬼がなんとか攻勢に出ようとするものの、対する若い鬼はその攻撃のことごとくを余裕でかわし、自身の拳を、蹴りを、的確に相手の急所に叩き込んでいく。
そのたびに観客席の鬼たちから歓声があがり、空気がゆれる。アーデルハイドの隣で試合を観戦している族長のジュウジャキも興奮しきりのようだ。
「うむうむ、さすがだな。相変わらず見事な戦い振り」
「名のある方なのですか?」
「おお、その通り。あの若い鬼は名をカラガと言ってな。今回の大闘祭の優勝候補筆頭だ。見るがいい、あの突きを、あの蹴りを。どれも力強く素早い。のみならず、正確で無駄がない。あれこそ格闘者というものだ」
そのことはアーデルハイドにもよくわかった。もし、このカラガと言う戦鬼が人の世にやってくれば……対鬼部用の切り札として編成された羅刹隊ですら、かの人ただ一鬼によって殲滅されてしまうかも知れない。
それほどに、底知れない強さを感じさせる鬼だった。
試合の終わるときが来た。
カラガの強烈な突きが相手の腹に決まった。年かさの鬼は体を『く』の字に折り曲げ、大量の胃液を吐いた。カラガはそのまま相手の体を持ちあげ、地面に叩きつけた。そして――。
足を振りあげ、相手の頭部をその踵で踏みつぶした。
アーデルハイドが、
カンナが、
チャップが、
その凄惨な光景に目を奪われ、絶句するなかで、闘技場は鬼たちの歓声に包まれた。
ジュウジャキもすっかり興奮して立ちあがり、腕を振りまわしてカラガの戦いを褒め称えている。
面目を施した若い鬼はジュウジャキに向かって一礼した。
会場の騒ぎはそこで最高潮に達した。
「殺すまでやるのですか?」
アーデルハイドが尋ねた。その言葉に責めるような響きがあるのは――。
人間としてはやむを得まい。
それでも、アーデルハイドはかなり自分を抑えていた。カンナとチャップは『やっぱり、こいつら、野蛮な鬼だ』と、露骨に嫌悪感を示している。
「もう勝負はついていたというのに。殺すまでやる必要はないはずです」
アーデルハイドのいかにも人間的な感想にジュウジャキは答えた。
「ふむ。人間にはそう思えるのかも知れんな。だが、これが鬼の性。鬼部の戦いというものだ」
そして、アーデルハイドたちにとって本当の衝撃はそのあとにやってきた。なんと――。
敗北した鬼の死体はその場で切り刻まれ、骨も、筋肉も、内臓も、脳味噌も、そのすべてが調理されて観客たちに振る舞われたのだ。
観客席の鬼たちは同胞の肉を食らい、騒ぎ立てていた……。
試合の終わったあと、アーデルハイドたちは族長の館に戻り、食事を振る舞われた。
しかし、カンナやチャップはもちろん、大胆不敵が服を着ているようなアーデルハイドでさえ、食事に手をつける気にはなれなかった。
同胞たちの肉を食らい、嬉しそうに騒ぎ立てる鬼たちの姿が頭からはなれない。目の前に並ぶご馳走の数々もああして試合で死んだ鬼たちの肉ではないか。
そんな疑いがはなれず、とても食べる気になれなかった。
そんなアーデルハイドたちの様子を見てジュウジャキは不思議そうに尋ねた。
「どうした? なぜ、食わぬ? 気分でも悪いのか?」
「……少々」
と、アーデルハイドが正直に答えたのはやはり、鬼たちの在り方に反発を感じたからだろう。
「正直に申しあげますと、死んだ仲間の肉を食べるというのは……」
その言葉に――。
ジュウジャキは眉をひそめた。しかし、その理由はアーデルハイドたちの予想とはまるでちがったものだった。
「なに? すると、おぬしたち野人は同胞に食われんのか?」
「当たり前でしょ!」
とうとうたまりかねてカンナが叫んだ。
『族長』相手とは言えとても礼を尽くす気にはなれず、市井の言葉遣いになっている。
「死んだ仲間の肉を食べるなんて……人間はそんなことはしないわよ!」
「同胞に食われぬとは。ならば、誰に食われるのだ?」
「誰にも食べさせないってば! 人間は死んだら火で焼いて、お墓に埋めるの!」
その叫びに――。
ジュウジャキはおぞましそうに顔をゆがめた。
「誰にも食われないだと? なんと野蛮な!」
「なっ……」
ジュウジャキのその反応にカンナもさすがに絶句した。チャップも目を見張って言葉を失っているし、アーデルハイドでさえ一言もないようだった。
そんな人間たちを相手にジュウジャキはつづけた。その声にははっきりと非難の色があった。
「あらゆる生き物は他の生き物に食われてその糧となる。それこそ、自然の掟。生き物としての義務ではないか。その義務を守るからこそ、他の生き物を食う権利をもてる。それなのに、他の生き物を食いながら、自分は食われたくないとは……なんという身勝手。野人とはそのようなおぞましい暮らしをしているのか」
「では」と、アーデルハイド。
「あなたたちは、他の生き物に食べられるのですか?」
「むろんだ」
と、ジュウジャキは明言した。そう答える姿には限りない誇りが満ちていた。
「わしらは生涯の最後に他の生き物に食われることで、生き物としての義務を果たす。闘技場に果てた格闘者たちはああして他の鬼たちに食われることとで自らの力を他の鬼に分け与える。一般の鬼は自分の死期を悟るとひとり、荒野に旅立つ。そこで、他の生き物に食われるためだ。他の生き物に食われることで、それまで多くの生き物を食ってきた罪を償い、自然の掟を果たす。
このわしとて、いずれは自ら荒野に出、他の生き物に食われることとなる。もし、それを拒むものがいれば皆で追い出し、生き物の義務を果たさせる。その点では我らかんぜみ部族も、かんなぎ部族をはじめとする文明化していない部族もかわりはない。生き物として、それが当たり前ではないか。
それなのに、食うばかりで、誰にも食われないとは……同じ人間でありながらこうもおぞましい生き方をしているとはな。家人たちを見習ったらどうだ」
「家人たちを……では、やはり、あなたたちは家人を食べるのですか?」
「当たり前だ。我らは鬼なのだからな。鬼は人を食うもの。食うためにこそ家人を飼っているのではないか。いまさら、なにを言っている」
「なっ……」
カンナとチャップがそろって絶句した。
スモオのクレタたちを慈しむその態度から『もしかしたら、この鬼たちは人間を食べないのかも……』と、淡い期待を抱いていた。その期待が打ち砕かれた。期待を抱いていたからこそ、それが叩きつぶされたときの衝撃は大きかった。
「大闘祭の優勝者にも家人が振る舞われる。それは、全集落のなかから選び抜かれた最も優れた家人だ」
「最も優れた家人?」
「そうだ。おぬしたちも会ったらしいではないか。スモオの集落のクレタだ」
鬼部かんぜみ部族の族長ジュウジャキは、まさに『豪放磊落』というのがふさわしい態度でアーデルハイドたちを出迎えた。
族長という立場のある身でありながら、はじめての相手と出会うというのに警戒ひとつしていない。まわりには護衛の兵ひとりいないのだ。
それは、自分の強さに対する自信から来るのだろう。それだけの自信をもつのにふさわしく、その肉体はスモオよりもさらに大きく、たくましく、巨大なヘビが何匹もひしめいているようなすさまじい筋肉の束に覆われている。皮膚はいたるところ入れ墨に覆われ、やはり、金と銀の装身具を全身にかけている。
アーデルハイドたちも鬼部が衣服を身につけないことにはすでに慣れている。しかし、金と銀の飾りをたらした男性器がそそり立っているその様は、アーデルハイドはともかく、カンナとチャップには目の毒過ぎた。ふたりとも、まともに目を向けることが出来ず、カンナは怒ったように、チャップは気まずそうに顔をそらしている。
自分の姿が人間の娘には刺激が強すぎることを自覚しているのか、それとも単にそんなことを気にかけるほど細やかな神経を持ち合わせてはいないのか、ジュウジャキはそんなふたりの態度を気にする様子もなかった。
ともあれ、アーデルハイドたちは族長の館に招かれた。
『館』と言ってもそこはやはり壁もなければ、天井もない。端から端まで見渡すことも出来ないほど広大な皿巣があるだけだ。
ただ、その皿巣のなかにはグラグラと煮えたぎる真っ赤な熱湯の池や、巨大な針で覆われた小山などが配置されていた。話によると鬼部の族長たるもの常に強く、雄々しくなければならず、これらの池や山は身を鍛えるためのものだという。
言われてみればなるほど、いかにも鬼部らしくて納得できる話ではある。族長のまわりに護衛ひとりいないのも、
「護衛をつけるなど弱さの証。恥ずべきことだ。己の身を己の力で守れないようでは、鬼部の族長たる資格などない」
と言うことなのだろう、おそらく。
「いや、しかし、なんともめでたいことよ。年に一度の大闘祭の時期に人生島の野人たちがやってくるとはな」
「大闘祭?」
「うむ。説明するより、見た方が早かろう。ちょうど、試合のはじまる時刻だしな」
挨拶もそこそこにアーデルハイドたちが連れて行かれたのは闘技場。
何万という鬼たちが見つめ、歓声をあげるなかで鬼と鬼が戦う舞台だった。
「わしら、鬼部にとっては強さこそが誉れ」
ジュウジャキは誇りを込めてそう言った。
「故に、常におのれを鍛え、闘技を磨くことを怠らん。そのなかでもとくに優れた格闘者たちが集まり、最強を決めるのが大闘祭。この大闘祭で優勝したものこそが、その部族における最強の格闘者というわけだ」
「つまり、大闘祭で優勝することこそが鬼部にとってなによりの名誉。そういうことですか」
「そういうことだ」
理解されたことが嬉しかったのだろう。ジュウジャキはご満悦の様子で答えた。
やがて、試合がはじまった。アーデルハイドたちは族長の隣という特等席をあてがわれ、観戦することとなった。
闘技場を舞台に行われる鬼と鬼の試合。
それはとてつもなく激しく、しかも、意外なものだった。
大地を揺るがす力と、目にもとまらぬ速さ。そのふたつが真っ向からぶつかりあい、世界を揺らす。しかも、単に力強く、速いと言うだけではない。制御され、洗練された力。鬼部のもつ天性の力と速さが『技』という要素によってさらに高みへと引きあげられている。
人の世を襲うかんなぎ部族の鬼たちとはまったくちがう。
人類が身体能力において遙かに上回る鬼部を相手に戦ってこられたのは装備品と技術の差による。かんなぎ部族の鬼たちは武器も、防具ももたず、技もない。ただただ生まれもった力にものを言わせて力押しする以外の戦い方を知らない。せっかくのその力を、より効率的に活かすための方法を知らない。だからこそ、人類は戦ってこられたのだ。
かんぜみ部族の戦鬼たちはちがう。
武器も、防具ももたず、その身ひとつで戦う。それは同じだ。しかし、敵を倒すことを目的として研究され、洗練されてきた高度な格闘技術を身につけている。
――勝てない。
アーデルハイドは痛切に思った。
アーデルハイド自身、一流と言っていい剣技の使い手。だから、わかる。かんぜみ部族の格闘者たちの力が。
人間を遙かに凌ぐ身体能力をもつ鬼がさらに、人間と同等かそれ以上に高度な技を身につけているのだ。勝負になるはずがない。例え、ジェイや、災厄の脳筋格闘王女サアヤであっても、この鬼と鬼の戦いの場に出れば紙切れのように引きちぎられてしまうだろう。まして、軍隊同士がぶつかりあったら……。
このかんぜみ部族の戦鬼たちであれば、ただ一鬼で百人の人間の兵を倒してお釣りがくるにちがいない。
文明化した鬼部。それは――。
『格闘技』という危険極まりない文化をも発達させた、最強の鬼たちだった。
――見に来てよかった。
アーデルハイドは心から思った。
――わたしたちは鬼部の本当の力を知らなかった。それを知らないまま戦いつづけ、このかんぜみ部族を敵にまわすことになっていれば……手も足も出ないままに滅ぼされていた。
かんぜみ部族を敵にまわすことだけは避けなくては。
そう思うアーデルハイドだった。
その間にも闘技場での試合は進んでいた。
試合は一方的な展開を見せはじめていた。劣勢に追い込まれた年かさの鬼がなんとか攻勢に出ようとするものの、対する若い鬼はその攻撃のことごとくを余裕でかわし、自身の拳を、蹴りを、的確に相手の急所に叩き込んでいく。
そのたびに観客席の鬼たちから歓声があがり、空気がゆれる。アーデルハイドの隣で試合を観戦している族長のジュウジャキも興奮しきりのようだ。
「うむうむ、さすがだな。相変わらず見事な戦い振り」
「名のある方なのですか?」
「おお、その通り。あの若い鬼は名をカラガと言ってな。今回の大闘祭の優勝候補筆頭だ。見るがいい、あの突きを、あの蹴りを。どれも力強く素早い。のみならず、正確で無駄がない。あれこそ格闘者というものだ」
そのことはアーデルハイドにもよくわかった。もし、このカラガと言う戦鬼が人の世にやってくれば……対鬼部用の切り札として編成された羅刹隊ですら、かの人ただ一鬼によって殲滅されてしまうかも知れない。
それほどに、底知れない強さを感じさせる鬼だった。
試合の終わるときが来た。
カラガの強烈な突きが相手の腹に決まった。年かさの鬼は体を『く』の字に折り曲げ、大量の胃液を吐いた。カラガはそのまま相手の体を持ちあげ、地面に叩きつけた。そして――。
足を振りあげ、相手の頭部をその踵で踏みつぶした。
アーデルハイドが、
カンナが、
チャップが、
その凄惨な光景に目を奪われ、絶句するなかで、闘技場は鬼たちの歓声に包まれた。
ジュウジャキもすっかり興奮して立ちあがり、腕を振りまわしてカラガの戦いを褒め称えている。
面目を施した若い鬼はジュウジャキに向かって一礼した。
会場の騒ぎはそこで最高潮に達した。
「殺すまでやるのですか?」
アーデルハイドが尋ねた。その言葉に責めるような響きがあるのは――。
人間としてはやむを得まい。
それでも、アーデルハイドはかなり自分を抑えていた。カンナとチャップは『やっぱり、こいつら、野蛮な鬼だ』と、露骨に嫌悪感を示している。
「もう勝負はついていたというのに。殺すまでやる必要はないはずです」
アーデルハイドのいかにも人間的な感想にジュウジャキは答えた。
「ふむ。人間にはそう思えるのかも知れんな。だが、これが鬼の性。鬼部の戦いというものだ」
そして、アーデルハイドたちにとって本当の衝撃はそのあとにやってきた。なんと――。
敗北した鬼の死体はその場で切り刻まれ、骨も、筋肉も、内臓も、脳味噌も、そのすべてが調理されて観客たちに振る舞われたのだ。
観客席の鬼たちは同胞の肉を食らい、騒ぎ立てていた……。
試合の終わったあと、アーデルハイドたちは族長の館に戻り、食事を振る舞われた。
しかし、カンナやチャップはもちろん、大胆不敵が服を着ているようなアーデルハイドでさえ、食事に手をつける気にはなれなかった。
同胞たちの肉を食らい、嬉しそうに騒ぎ立てる鬼たちの姿が頭からはなれない。目の前に並ぶご馳走の数々もああして試合で死んだ鬼たちの肉ではないか。
そんな疑いがはなれず、とても食べる気になれなかった。
そんなアーデルハイドたちの様子を見てジュウジャキは不思議そうに尋ねた。
「どうした? なぜ、食わぬ? 気分でも悪いのか?」
「……少々」
と、アーデルハイドが正直に答えたのはやはり、鬼たちの在り方に反発を感じたからだろう。
「正直に申しあげますと、死んだ仲間の肉を食べるというのは……」
その言葉に――。
ジュウジャキは眉をひそめた。しかし、その理由はアーデルハイドたちの予想とはまるでちがったものだった。
「なに? すると、おぬしたち野人は同胞に食われんのか?」
「当たり前でしょ!」
とうとうたまりかねてカンナが叫んだ。
『族長』相手とは言えとても礼を尽くす気にはなれず、市井の言葉遣いになっている。
「死んだ仲間の肉を食べるなんて……人間はそんなことはしないわよ!」
「同胞に食われぬとは。ならば、誰に食われるのだ?」
「誰にも食べさせないってば! 人間は死んだら火で焼いて、お墓に埋めるの!」
その叫びに――。
ジュウジャキはおぞましそうに顔をゆがめた。
「誰にも食われないだと? なんと野蛮な!」
「なっ……」
ジュウジャキのその反応にカンナもさすがに絶句した。チャップも目を見張って言葉を失っているし、アーデルハイドでさえ一言もないようだった。
そんな人間たちを相手にジュウジャキはつづけた。その声にははっきりと非難の色があった。
「あらゆる生き物は他の生き物に食われてその糧となる。それこそ、自然の掟。生き物としての義務ではないか。その義務を守るからこそ、他の生き物を食う権利をもてる。それなのに、他の生き物を食いながら、自分は食われたくないとは……なんという身勝手。野人とはそのようなおぞましい暮らしをしているのか」
「では」と、アーデルハイド。
「あなたたちは、他の生き物に食べられるのですか?」
「むろんだ」
と、ジュウジャキは明言した。そう答える姿には限りない誇りが満ちていた。
「わしらは生涯の最後に他の生き物に食われることで、生き物としての義務を果たす。闘技場に果てた格闘者たちはああして他の鬼たちに食われることとで自らの力を他の鬼に分け与える。一般の鬼は自分の死期を悟るとひとり、荒野に旅立つ。そこで、他の生き物に食われるためだ。他の生き物に食われることで、それまで多くの生き物を食ってきた罪を償い、自然の掟を果たす。
このわしとて、いずれは自ら荒野に出、他の生き物に食われることとなる。もし、それを拒むものがいれば皆で追い出し、生き物の義務を果たさせる。その点では我らかんぜみ部族も、かんなぎ部族をはじめとする文明化していない部族もかわりはない。生き物として、それが当たり前ではないか。
それなのに、食うばかりで、誰にも食われないとは……同じ人間でありながらこうもおぞましい生き方をしているとはな。家人たちを見習ったらどうだ」
「家人たちを……では、やはり、あなたたちは家人を食べるのですか?」
「当たり前だ。我らは鬼なのだからな。鬼は人を食うもの。食うためにこそ家人を飼っているのではないか。いまさら、なにを言っている」
「なっ……」
カンナとチャップがそろって絶句した。
スモオのクレタたちを慈しむその態度から『もしかしたら、この鬼たちは人間を食べないのかも……』と、淡い期待を抱いていた。その期待が打ち砕かれた。期待を抱いていたからこそ、それが叩きつぶされたときの衝撃は大きかった。
「大闘祭の優勝者にも家人が振る舞われる。それは、全集落のなかから選び抜かれた最も優れた家人だ」
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