我が家のベランダ菜園物語

藍条森也

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その六

ああ、ヨトウムシ

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 ヨトウムシ。
 漢字では夜盗虫。
 ヨトウガの幼虫であり、その名の通り、夜中に活動する。昼の間は土のなかに潜んでいて、夜になると這い出してきて葉っぱをむさぼり食うのだ。
 昼間、土のなかに隠れている、と言うだけでも充分やっかいなのに、ヨトウムシの何より面倒なのはほとんど何でも食べること。
 たいていの自然界の生き物というのは食べるものがある程度、決まっている。何でもかんでも食べる、と言う生き物はめったいない。だからこそ、広範囲に食害が広がると言うことは少ないし、『食われやすい野菜は植えない』という方法で対処もできる。ところが――。
 ヨトウムシこそはまさにその『めったにいない』何でもかんでも食べる悪食家なのだ。おかげで、何を植えてもヨトウムシの標的にされる。まさに、イモムシ界の人間。今年もスティックセニョール(茎立ちブロッコリー)の葉を豪勢に食い荒らしてくれた。おかげで成長点を残してすっかり丸裸。葉という葉をすべて失い、茎だけが残っている。
 もはや、野菜と言うより単なる棒。ヨトウムシが現れたときは葉っぱが食い荒らされているのに犯人らしき虫は何もいない、という状態なのですぐにわかるのだが、なにぶん、活動するのが夜なのでついつい対処を忘れがち。おかげで被害が拡大してしまうのだ(ちなみに、我が家のベランダ菜園では農薬の類いは一切、使っていない。たかの知れた収量しかないベランダ菜園で農薬など使っても仕方がない。こっちが危険になるだけだ)。ところで――。
 話は全然変わるのだが、ヨトウムシに関しては忘れられない思い出がある。それは私がまだ本格的にベランダ菜園をはじめる前のこと。コニファー(観賞用の針葉樹)の小さな苗を育てていた。
 ある日、そのコニファーの葉の間に豆粒ほどの大きさをした、青緑色で丸っこい、やけに柔らかい物体が付いているのに気がついた
 何だ、これは?
 私は思った。
 なんで、そんな者が付いているのか全然、見当が付かない。とりあえず放っておいた。すると、その丸っこい物体は毎日、少しずつ増えていった。
 何だ、これは。どうして、こんなものが付く? まさか、コニファーの種なのか?
 コニファーは針葉樹。花は咲かせない。しかし、もちろん、種は付ける。その種を付けたのか?
  しかし、まさか、いくら何でもこんな小さな鉢植えの苗が種など付けるはずが……。
 そうは思ったのだが、いかんせん、他に見当が付かなかった。なので、とりあえず、その青緑色の物体を手にとってポットに埋めておいた。それから数日……。
 夜中に偶然、そのコニファーを見てみると、そこにいたのは丸々と太った大きなヨトウムシ……。
 そう。
 ヨトウムシは野菜だけではなくコニファーの葉まで食べるのだ。
 そのヨトウムシが潜んでいて、夜な夜な葉を食べに現れていたのである。それを見た瞬間、私はすべてを悟った。私がコニファーの種かと思って土に埋めた青緑色の物体。それは――。
 ヨトウムシの糞だった。
                    終
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