我が家のベランダ菜園物語

藍条森也

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その五四

クワの木よ、ああ、クワの木よ

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 クワの木の調子がいまひとつである。
 生育そのものは悪くない。なにかと気の早いこのクワは、今年もまだまだ寒さの厳しい一月の間に新芽を伸ばしはじめてしまった。しかし、寒さにも負けず、その後の雪にも負けず、緑の葉をしっかり伸ばしつづけている。実もビッシリとつけている。しかし――。
 この実が小さい。ベリー類だから小さいのは当たり前なのだが、それにしても小さい。最初の実はともかく、後についた実などその何分の一の大きさしかない。
 これはあれか?
 実のつけすぎか?
 果樹というのは前年度に蓄えた栄養を使ってその年の花を咲かせ、実をつける。とくにクワは葉を伸ばすのとほとんど同時に実(花)もつけるので、その傾向は強いだろう。
 となると、やたらと小さな実しかつかないと言うことは昨年、充分な栄養を木のなかに蓄えられなかったと言うことか。
 なにぶん、うちのベランダは西向きだから午後の数時間しか直接、日が当たらない。しかも、その日差しは植物に毒な強烈な西日……。
 だから、充分な栄養を蓄えられなくても仕方がないと言えば仕方がないのだが……。
 そして、大きさ以外にも問題がひとつ。
 実に汁気がない。
 瑞々しさが足りず、食べてみてもやけにモソモソしている。
 どうやら、土のなかの水分が足りていないらしい。まあ、このクワの木ももう何年も育てているから根がプランターのなかにまわりきっていても不思議はない。ものの本には数年ごとに根を掘り出して、整理して、一回り大きなプランターに植え替える……と、あるのだが――。
 なにしろ、小さなベランダ菜園。いちいち大きなプランターに植え替えるなど出来はしない。場所も足りないし、背丈が伸びれば屋根を突き破ってしまう。なにより、あまりにも大型プランターを並べて重くなると、ベランダそのものが落ちる危険が……。
 「なにを大袈裟なことを」?
 いやいや、大袈裟ではない。現に以前、新聞かなにかで『隣のベランダか落ちたのを見て、あわててすべて片付けた』というベランダ園芸家の記事を読んだことがある。いくらなんでも、そこまでのリスクは冒せない。ベランダ菜園は身近で手軽に楽しめるが、こう言う制約もあるのである(注意! 園芸用土を買うときは慎重に! 以前、『軽さが売り』」という土を試してみたことがあるが、これがまあ、なにひとつ育たない。他の土を混ぜてようやく育ちはじめるという代物だった。やはり、頼りになるのは信頼と実績のロングセラーである)。
 と言うわけで、プランターは大きくできない。
 となれば、根の更新は本にあるもうひとつの方法で行うしかない。
 土に穴を開け、そこに新しい土を入れる。
 これでも一応、植え替えと同じぐらいの効果はあるらしい。少なくとも、読んだ本にはそう書いてあった。ちなみに、ブドウの木は冬の間にこの方法で根の更新を行った。その成果かどうか、ブドウは今年も順調に枝を伸ばしている。
 ただし、肝心の房の方はついていることが確認できたのは現在、一枝だけ。ブドウの房はわりと早くから確認できるから、ここまで一枝しか確認できていないとなると、今年はあまり実らないかも知れない。となると、根の更新は失敗したと言うことになるわけだが……。
 あるいは、日頃『ブドウはあまり好きではない』と公言しているので、
 「だったら、実をつけずにいてやるよ」
 と、ヘソを曲げたのかも知れないが。
 ……いや、実をつけてくれることには感謝してるんだよ、ほんと。
 それはともかく、クワの木である。
 成長期のいまになって根をいじるわけにもいかないので、今年のところはこまめな水やりでしのいで、冬になったら土に穴を開けて、新しい土を入れるとしよう。しかし――。
 つくづく思うが、人間というのは勝手なものだ。
 本来であれば広々とした大地のなかに伸び伸びと根を広げ、いまよりずっと大きくなれるのに、小さなコンテナに押し込み、成長を制限し、それでいて、実だけは得ようというのだから。
 そりゃ、自然も怒るわな、うん。
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