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第二部 北の王国篇
二〇の扉 巨人との婚姻
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かくして、ラベルナとウルグズの婚姻は執り行われた。
ラベルナに否やはなかった。ラベルナにもユーマにもこの過酷なる極北の地で生きていくだけの知識も技能もない。ふたりだけで荒野に放り出されれば死ぬしかない。生き延びるためにはどうあっても現地人の庇護者が必要なのだ。それが、巨人族のなかでも有力な部族の族長とあれば申し分ない。
もとより、アルフォンスとの婚姻も純粋に政略上のものだった。アルフォンスのことを愛していたわけではないし、愛されていたわけでもない。完全に義務感で『未来の妻』として振る舞っていただけのこと。
その政略結婚の相手がかわったところで、ラベルナにとっては同じことだった。いや、あの気も弱ければ意志も弱いアルフォンスに比べれば、自分のために父さえ殺すほどに精悍で剛強なウルグズの方がよほど良いと言える。
――すべては、いつかカーディナルの血をフィールナルの大地に戻す。そのため。
その目的のためならばラベルナに不満などなかった。
婚姻は盛大なものだった。
ボルフゥクランのものたちがこぞって参加したのはもちろん、他の部族からも有力者が続々とやってきた。
驚いたのはウルグズの気前の良さだった。
自分のまわりに父カンデズの蓄えてきたありったけの財貨を積みあげ、訪れるひとすべてにどんどんくれてやったのだ。まわりの財貨がなくなると巨大な天幕から意匠やら飾りやらをすべてをはぎ取り、分け与えた。ついには天幕そのものさえ渡してしまった。おかげで、ラベルナは王宮のような大天幕ではなく、ごく普通の天幕――それでも、フィールナル人にとっては充分に大きいが――に住むことになったが、
――ウルグズは父を殺して族長になった。そのために、懐柔の手段として必要なの?
ラベルナはそう思ったが、そうではなかった。
くわしく聞いてみると巨人族の間ではこれが普通らしい。
巨人族にとって族長の資格はなによりもまず『気前が良い』こと。自分の持ち物はすべて部族のものに分け与える。それは単に財貨に限られるわけではない。自分の知識、自分の技術、自分の戦闘力……そのすべてを求めに応じて部族のものに分け与えることが出来るもの。
それこそが巨人族の族長。我と我が財を惜しみ、部族のものに分け与えることが出来ないものは決して族長としては認められず、その座を追われることになる。
カンデズが一際大きく、豪奢な飾りの付いた天幕に住んでいたのも自分の財を誇示するためではなかった。
『自分にはこれほどに分け与えるものがある』
そう示し、必要に応じて実際に分け与えるためだった。
その父の財は今回の婚姻で使い切った。今後はウルグズ自らが部族のものに分け与える財貨を手に入れなければならない。それができなければ『族長の資格なし』として追放されるか、殺されるか。
そのいずれかしかない。
フィールナルとは比較にもならないほどに環境の厳しい極北の地。その地に住まう巨人族である。長たるものに求めるものへの厳しさはフィールナルとは次元がちがった。
「ですが、これは素晴らしいことだと思います」
婚礼の最中、ユーマがラベルナに言った。
そう語る表情は幼いながらに『将来のために政を学ぶ王子』と言ってもいいほどに真剣だった。
それは、そうまちがってもいない。姉であるラベルナが族長ウルグズと結婚した以上、ユーマも族長の弟。
れっきとした王族である。
とは言え、この極北の地では、フィールナルのように地位が立場を保証してくれるわけではない。高い地位にいるからこそ、その地位にふさわしい存在であることを要求される。
それが巨人族の掟。
自分が気前の良い人間であることを、つまりは、部族のものに対して分け与える財をもち、実際に分け与えるこのできる人間であることを証明しつづけなくてはならない。そうでなければ、その地位に居続けることは出来ない。
「上のものが下のものに分け与える。地域や種族を問わず、それが本来の姿なのだと思います」
「ええ。たしかにそうね」
ラベルナもうなずいた。
フィールナルはその反対だった。上のものが下のものから搾り取れるだけ搾り取る。王族だの、貴族だのと威張っていても、その実体は民衆に養われるだけの寄生虫に過ぎなかった。
巨人族はちがう。
下のものを養えるからこそ、『上のもの』として認められるのだ。
そして、常にその責任を果たしつづけることを要求される。その要求に応えられなければ――。
その地位にはいられない。
――フィールナルにもこのような厳しさがあれば、きっと……。
民衆が怒りに駆られ、王宮に押しかけるようなことにはならなかっただろう。
もし、フィールナルの地に戻ることが出来たなら……。
もし、戻ることが出来たなら?
そう思ってラベルナはかぶりを振った。ちがう。そうじゃない。『もし』じゃない。もしではなく、『必ず』だ。カーディナルの血はいつか必ずフィールナルに戻る。そして、そのときは――。
――巨人族の在り方から学び、よりよい国にしてみせる。
ラベルナはそう決意した。
そのためにも巨人族のことをもっともっと学ばなくてはならなかった。
ラベルナはユーマと協力し、薬師としての活動もつづけていた。
それは『家のなかに閉じこもっていたくない』などと言う、生温い理由からではなかった。ラベルナとユーマにとっては薬師として人を治療すること、それこそが『分け与える』ものであり、そうすることではじめて、族長の一族という地位にいることを認められる。まさに『貴族の義務』としての行いだった。
もし、フィールナルの貴族令嬢のように『自分は高貴な身の上なのだから養われて当然」』などと言う態度で、他人になにも与えず、与えられるばかりの怠惰な生活をしていたらすぐに放り出される。
ラベルナにとってはまさに、望むところだった。産まれたときからカーディナル家の一員としての誇りをもち、義務感と使命感とを三つ子のきょうだいとして育ってきたラベルナである。薬師として働くことで自らの存在意義を証明することは、なによりの喜びだった。
天幕のひとつをもらい、そこを診療所とした。
薬草を使うことは知っていても、利用法はまだまだ未熟で雑な巨人族。怪我や病気に対する対処は不充分なものであり、軽い怪我や病気でもすぐに悪化させてしまい、死に至ることは少なくなかった。
それに比べればラベルナの処方する薬は魔法と思うほどに効果的だった。
さらに、ラベルナはサウナも作った。
巨人族には『風呂に入る』という習慣がなく、そのことが皮膚病の原因になっていた。それを知ったラベルナはさっそく改善に乗り出したのだ。
とは言え、風呂を作る、と言うわけにはいかない。
季節ごとに移動を繰り返す巨人族である。風呂のような固定された設備を作ることは出来ない。そもそも、燃料に乏しく寒気の厳しいこの極北の地では、湯船につかれるほどの大量の水を湯にすることはできない。そんなことのために燃料を使っていては冬の間に燃料が途切れ、凍死することになる。
しかし、サウナなら。
サウナであれば風呂ほど大量の燃料は必要ない。乾燥させた畜糞を燃やして石を焼き、真っ赤になった石に水をかける。すると、たちまち天幕内に蒸気が満たされ、即席のサウナとなる。そうして全身を清めれば皮膚病になる危険もずっと減る。
ラベルナの登場によってボルフゥクランの死亡率は急激に減っていった。評判を聞いた他の部族からも怪我人や病人が治療のために訪れるようになった。そんな人々はラベルナの治療の効果的なことに驚き、讃え、その噂を自らの部族に持ち帰った。
いつかラベルナは『ボルフゥクランの治癒の魔法使い』として近隣全体に知られ、崇められる存在となっていた。
そのラベルナの診療所である天幕にはカーディナル家の旗が誇り高く掲げられていた。カーディナル家はこの極北の地に蘇ったのだ。
天幕のなかでラベルナは夫となったウルグズの激しい愛にさらされていた。
フィールナル人と巨人族。同じ人間とはいえ、その体格、重量の差は大きすぎる。それはまるで獅子の雄と猫の雌とが交尾するようなもの。それだけでも、フィールナルの女にとっては負担が大きい。
それに加え、巨人族の愛の行為は激しい。
フィールナル人にとっては激しすぎるほどに。
――巨人族にさらわれたフィールナル人の女はその過酷な環境と男たちの激しさに耐えきれず、生命を落とす。
それが単なる伝説などではなく事実であることをラベルナは思い知っていた。
「ラベルナ。おれはお前をはなさんぞ」
ウルグズはラベルナを愛しながらそうささやく。
「お前は役に立つ。お前は賢い。お前は人々を救う。お前は天が我らに使わした贈り物だ。おれは決して、お前を他の誰にも渡さん。おれからお前を奪おうとするものがあれば、殺す。それが誰であってもだ」
ラベルナを自分の妻とするために、ためらうことなく父を殺したウルグズだ。その言葉にわずかでも嘘や偽り、誇張が含まれているはずもなかった。
ささやくほどにウルグズの行為は深く、激しく、重くなる。全身の骨がバラバラになりそうな力で抱きしめられる。
そのすべてにラベルナは必死に耐えた。
死ねない。
絶対に死ねない。
わたしは、カーディナルの血は必ずフィールナルへと戻るのだから……。
「わかっております」
全身の骨がきしむような負担に耐えながら、ラベルナは答えた。
「わたしはあなたのもの、あなただけのものです」
そう。
そうならなければならない。
そして、そうなることでウルグズを自分だけのものとするのだ。この極北の地に根を張って生き延び、いつか必ずフィールナルの地に戻る。そのために。
「……姉上」
ウルグズとの行為を終えて診療所に戻ったラベルナをユーマが出迎えた。幼いその表情が不安と心配に揺れている。
まだ一〇歳のユーマは男女の行為について知っているわけではない。それでも、こうしていつも疲れ切って戻ってくるラベルナの姿を見れば心配にはなる。なにが行われているか実際には知らないからこそよけい、不安にもなる。
そんなユーマの肩をラベルナはしっかりとつかんだ。幼いが、強靱な意思を込めた瞳をのぞき込んだ。
「……いい、ユーマ。わたしたちは、わたしたちの血は必ずフィールナルの大地に戻る。そして、失われた名誉を回復する。そのためならなんでもする。どんな手段でも。わかっているわね?」
「……はい。姉上」
ラベルナに否やはなかった。ラベルナにもユーマにもこの過酷なる極北の地で生きていくだけの知識も技能もない。ふたりだけで荒野に放り出されれば死ぬしかない。生き延びるためにはどうあっても現地人の庇護者が必要なのだ。それが、巨人族のなかでも有力な部族の族長とあれば申し分ない。
もとより、アルフォンスとの婚姻も純粋に政略上のものだった。アルフォンスのことを愛していたわけではないし、愛されていたわけでもない。完全に義務感で『未来の妻』として振る舞っていただけのこと。
その政略結婚の相手がかわったところで、ラベルナにとっては同じことだった。いや、あの気も弱ければ意志も弱いアルフォンスに比べれば、自分のために父さえ殺すほどに精悍で剛強なウルグズの方がよほど良いと言える。
――すべては、いつかカーディナルの血をフィールナルの大地に戻す。そのため。
その目的のためならばラベルナに不満などなかった。
婚姻は盛大なものだった。
ボルフゥクランのものたちがこぞって参加したのはもちろん、他の部族からも有力者が続々とやってきた。
驚いたのはウルグズの気前の良さだった。
自分のまわりに父カンデズの蓄えてきたありったけの財貨を積みあげ、訪れるひとすべてにどんどんくれてやったのだ。まわりの財貨がなくなると巨大な天幕から意匠やら飾りやらをすべてをはぎ取り、分け与えた。ついには天幕そのものさえ渡してしまった。おかげで、ラベルナは王宮のような大天幕ではなく、ごく普通の天幕――それでも、フィールナル人にとっては充分に大きいが――に住むことになったが、
――ウルグズは父を殺して族長になった。そのために、懐柔の手段として必要なの?
ラベルナはそう思ったが、そうではなかった。
くわしく聞いてみると巨人族の間ではこれが普通らしい。
巨人族にとって族長の資格はなによりもまず『気前が良い』こと。自分の持ち物はすべて部族のものに分け与える。それは単に財貨に限られるわけではない。自分の知識、自分の技術、自分の戦闘力……そのすべてを求めに応じて部族のものに分け与えることが出来るもの。
それこそが巨人族の族長。我と我が財を惜しみ、部族のものに分け与えることが出来ないものは決して族長としては認められず、その座を追われることになる。
カンデズが一際大きく、豪奢な飾りの付いた天幕に住んでいたのも自分の財を誇示するためではなかった。
『自分にはこれほどに分け与えるものがある』
そう示し、必要に応じて実際に分け与えるためだった。
その父の財は今回の婚姻で使い切った。今後はウルグズ自らが部族のものに分け与える財貨を手に入れなければならない。それができなければ『族長の資格なし』として追放されるか、殺されるか。
そのいずれかしかない。
フィールナルとは比較にもならないほどに環境の厳しい極北の地。その地に住まう巨人族である。長たるものに求めるものへの厳しさはフィールナルとは次元がちがった。
「ですが、これは素晴らしいことだと思います」
婚礼の最中、ユーマがラベルナに言った。
そう語る表情は幼いながらに『将来のために政を学ぶ王子』と言ってもいいほどに真剣だった。
それは、そうまちがってもいない。姉であるラベルナが族長ウルグズと結婚した以上、ユーマも族長の弟。
れっきとした王族である。
とは言え、この極北の地では、フィールナルのように地位が立場を保証してくれるわけではない。高い地位にいるからこそ、その地位にふさわしい存在であることを要求される。
それが巨人族の掟。
自分が気前の良い人間であることを、つまりは、部族のものに対して分け与える財をもち、実際に分け与えるこのできる人間であることを証明しつづけなくてはならない。そうでなければ、その地位に居続けることは出来ない。
「上のものが下のものに分け与える。地域や種族を問わず、それが本来の姿なのだと思います」
「ええ。たしかにそうね」
ラベルナもうなずいた。
フィールナルはその反対だった。上のものが下のものから搾り取れるだけ搾り取る。王族だの、貴族だのと威張っていても、その実体は民衆に養われるだけの寄生虫に過ぎなかった。
巨人族はちがう。
下のものを養えるからこそ、『上のもの』として認められるのだ。
そして、常にその責任を果たしつづけることを要求される。その要求に応えられなければ――。
その地位にはいられない。
――フィールナルにもこのような厳しさがあれば、きっと……。
民衆が怒りに駆られ、王宮に押しかけるようなことにはならなかっただろう。
もし、フィールナルの地に戻ることが出来たなら……。
もし、戻ることが出来たなら?
そう思ってラベルナはかぶりを振った。ちがう。そうじゃない。『もし』じゃない。もしではなく、『必ず』だ。カーディナルの血はいつか必ずフィールナルに戻る。そして、そのときは――。
――巨人族の在り方から学び、よりよい国にしてみせる。
ラベルナはそう決意した。
そのためにも巨人族のことをもっともっと学ばなくてはならなかった。
ラベルナはユーマと協力し、薬師としての活動もつづけていた。
それは『家のなかに閉じこもっていたくない』などと言う、生温い理由からではなかった。ラベルナとユーマにとっては薬師として人を治療すること、それこそが『分け与える』ものであり、そうすることではじめて、族長の一族という地位にいることを認められる。まさに『貴族の義務』としての行いだった。
もし、フィールナルの貴族令嬢のように『自分は高貴な身の上なのだから養われて当然」』などと言う態度で、他人になにも与えず、与えられるばかりの怠惰な生活をしていたらすぐに放り出される。
ラベルナにとってはまさに、望むところだった。産まれたときからカーディナル家の一員としての誇りをもち、義務感と使命感とを三つ子のきょうだいとして育ってきたラベルナである。薬師として働くことで自らの存在意義を証明することは、なによりの喜びだった。
天幕のひとつをもらい、そこを診療所とした。
薬草を使うことは知っていても、利用法はまだまだ未熟で雑な巨人族。怪我や病気に対する対処は不充分なものであり、軽い怪我や病気でもすぐに悪化させてしまい、死に至ることは少なくなかった。
それに比べればラベルナの処方する薬は魔法と思うほどに効果的だった。
さらに、ラベルナはサウナも作った。
巨人族には『風呂に入る』という習慣がなく、そのことが皮膚病の原因になっていた。それを知ったラベルナはさっそく改善に乗り出したのだ。
とは言え、風呂を作る、と言うわけにはいかない。
季節ごとに移動を繰り返す巨人族である。風呂のような固定された設備を作ることは出来ない。そもそも、燃料に乏しく寒気の厳しいこの極北の地では、湯船につかれるほどの大量の水を湯にすることはできない。そんなことのために燃料を使っていては冬の間に燃料が途切れ、凍死することになる。
しかし、サウナなら。
サウナであれば風呂ほど大量の燃料は必要ない。乾燥させた畜糞を燃やして石を焼き、真っ赤になった石に水をかける。すると、たちまち天幕内に蒸気が満たされ、即席のサウナとなる。そうして全身を清めれば皮膚病になる危険もずっと減る。
ラベルナの登場によってボルフゥクランの死亡率は急激に減っていった。評判を聞いた他の部族からも怪我人や病人が治療のために訪れるようになった。そんな人々はラベルナの治療の効果的なことに驚き、讃え、その噂を自らの部族に持ち帰った。
いつかラベルナは『ボルフゥクランの治癒の魔法使い』として近隣全体に知られ、崇められる存在となっていた。
そのラベルナの診療所である天幕にはカーディナル家の旗が誇り高く掲げられていた。カーディナル家はこの極北の地に蘇ったのだ。
天幕のなかでラベルナは夫となったウルグズの激しい愛にさらされていた。
フィールナル人と巨人族。同じ人間とはいえ、その体格、重量の差は大きすぎる。それはまるで獅子の雄と猫の雌とが交尾するようなもの。それだけでも、フィールナルの女にとっては負担が大きい。
それに加え、巨人族の愛の行為は激しい。
フィールナル人にとっては激しすぎるほどに。
――巨人族にさらわれたフィールナル人の女はその過酷な環境と男たちの激しさに耐えきれず、生命を落とす。
それが単なる伝説などではなく事実であることをラベルナは思い知っていた。
「ラベルナ。おれはお前をはなさんぞ」
ウルグズはラベルナを愛しながらそうささやく。
「お前は役に立つ。お前は賢い。お前は人々を救う。お前は天が我らに使わした贈り物だ。おれは決して、お前を他の誰にも渡さん。おれからお前を奪おうとするものがあれば、殺す。それが誰であってもだ」
ラベルナを自分の妻とするために、ためらうことなく父を殺したウルグズだ。その言葉にわずかでも嘘や偽り、誇張が含まれているはずもなかった。
ささやくほどにウルグズの行為は深く、激しく、重くなる。全身の骨がバラバラになりそうな力で抱きしめられる。
そのすべてにラベルナは必死に耐えた。
死ねない。
絶対に死ねない。
わたしは、カーディナルの血は必ずフィールナルへと戻るのだから……。
「わかっております」
全身の骨がきしむような負担に耐えながら、ラベルナは答えた。
「わたしはあなたのもの、あなただけのものです」
そう。
そうならなければならない。
そして、そうなることでウルグズを自分だけのものとするのだ。この極北の地に根を張って生き延び、いつか必ずフィールナルの地に戻る。そのために。
「……姉上」
ウルグズとの行為を終えて診療所に戻ったラベルナをユーマが出迎えた。幼いその表情が不安と心配に揺れている。
まだ一〇歳のユーマは男女の行為について知っているわけではない。それでも、こうしていつも疲れ切って戻ってくるラベルナの姿を見れば心配にはなる。なにが行われているか実際には知らないからこそよけい、不安にもなる。
そんなユーマの肩をラベルナはしっかりとつかんだ。幼いが、強靱な意思を込めた瞳をのぞき込んだ。
「……いい、ユーマ。わたしたちは、わたしたちの血は必ずフィールナルの大地に戻る。そして、失われた名誉を回復する。そのためならなんでもする。どんな手段でも。わかっているわね?」
「……はい。姉上」
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