逆襲の悪役令嬢物語 ~家門の矜持、守るためなら鬼となります〜

藍条森也

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第三部 血の帰還篇

二六の扉 『与えるもの』の勝利

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 一〇〇年に及び、フィールナル王国をむしばんできた数々の汚濁おだく一掃いっそうされた。
 民に寄生するばかりで何ひとつ還元しようとしない王族。
 それをいいことに私腹を肥やす官僚たち。
 そこに取り入り、甘い汁を吸う御用商人。
 そのすべてがクイルナーンの剣によって首をねられ、消し去られた。
 大掃除。
 まさに、そう呼ぶにふさわしい出来事だった。
 旧来の法は廃止され、新しい法が発布はっぷされた。その内容は犯罪者たちを震えあがらせるに充分なものだった。文言だけではなく、忠実に実行されることによって、もはや『震えあがる』ことさえ出来なくなった。
 犯罪の温床となっていた貧民街、手近の森、下水網に至るまで、犯罪者の潜んでいるありとあらゆる場所に巨人族の兵士たちが派遣され、その戦闘力にものを言わせて犯罪集団を叩きのめした。そのありさまはあたかも、狼のいない森のなかで我が物顔に振る舞っていた小狡こずるい狐たちが、狼の帰還によって『王』に対する礼儀を叩き込まれたかのような姿だった。
 それはまさに王都の住人たちが待ち望んでいたことで、人々は一斉に歓呼の声をあげた。
 新しき王の統治は徹底していた。その厳格げんかくさたるや、下水道を根城にしていた一〇歳のこそ泥までも首を刎ね、処刑するほどだった。これには、さすがに王都の住人たちも鼻白はなしらんだ。
 「……なにも、そんな子供まで死刑にしなくても」
 そんなささやきがあちこちで聞こえてきた。
 わずか一〇歳の子供をこそ泥にしたのは誰なのか。
 人々の暮らしを守ることが出来ず、野蛮な世界を生み出した無能な国家こそが元凶。
 こそ泥の子供もまた被害者のひとり。
 そのことを知るだけに、新しき王の容赦ようしゃなさに反発を覚えるものも少なからずいた。
 とは言え、その厳格さによって以前とは比べものにならないほどに治安が良くなったのは確かなので、反発の声が大きくなることはなかった。
 巨人族の掟をもとにした新しき王の法体系はたしかに過酷で厳しいものだった。しかし、理不尽りふじんでもなければ、不条理ふじょうりでもなかった。刑の重さはともかくとして、罪とされる理由は充分に納得の行くものばかりだったし、法さえ守っていれば身命しんめいの安全は保証されるのだから『いつ、どこで、誰に襲われて生命を落とすかわからない』という状況だった以前よりはずっといい。この容赦のない厳格さは将来、国が安定し、落ち着きを取り戻した暁には問題ともされるだろう。しかし、いまの時点では適切なのは疑いなかった。反発の声はたしかにあったが、支持する声はそれよりはるかに大きかったのだ。
 そして、もうひとつ、秩序と共に新しき王がもたらしたものがあった。
 布施ふせの精神である。
 自分の持ち物を惜しむことなく他人に分け与えるもの。
 それこそが族長。
 その精神はフィールナルにおいても遺憾いかんなく発揮された。
 クイルナーンは王宮を制圧するとまず、自らの膨大な富を運び込ませた。さらに、王宮中の財貨をひとつ残らず、かき集めた。そのなかにはもちろん、自ら首を刎ねた数多くの王族、官僚、御用商人たちの財産も含まれていた。
 クイルナーンは、そのなかから王家伝来の儀式用の王冠や錫杖しゃくじょうなどをのぞいたすべての財を現金と食にかえ、民に分配した。飢えと貧しさに苦しんでいた人々はこの処置に狂喜乱舞した。新しき王に対する支持を絶対のものとした。
 族長とは民に冨を分け与えるもの。
 それを常識として育った巨人族やクイルナーンにとっては、なぜ、で人々が喜び、忠誠を誓うのか、わからないぐらいのものだったが。
 以前とは比べものにならないぐらい良くなった治安。
 惜しみなく行われる布施。
 それらを目当てに王都を脱出し、行くあてもない流民となっていた人々が戻ってきた。その人々を目当てに店が集まり、その店を目当てにさらに人が集まり、それがまた新しい店を集め……王都は急速に、かつての賑わいを取り戻していった。
 クイルナーンこそはフィールナルの新しき王。
 もはや、その権勢を覆せるものはどこにもいない。
 そのことは誰の目にも明らかだった。とは言え――。
 フィールナルはやはり広く、巨人族とフィールナル人では風習もなにもちがいすぎる。クイルナーンが全土を制圧し、フィールナルを再統一し、流血を終わらせるまでさらに一〇年の月日がかかった。それでも――。
 フィールナルはたしかに蘇った。
 遙か北の地から帰還したカーディナルの血がフィールナルを再興させたのだ。
 いま、フィールナルの王城にかつての王家の旗はなく、ひるがえるはカーディナルの旗、ただひとつ。その旗を前にクイルナーン、そして、メリッサが、寄り添うようして佇んでいる。
 クイルナーンはカーディナルの旗に向かって、いや、その旗が象徴する魂に向かって語りかけた。
 「始祖しそラベルナ。どうか、ご覧ください。いまや、フィールナルのすべての民がカーディナルの旗を支持し、忠誠を誓っております。あなたの悲願は、あなたのひ孫の手によって達成されました。カーディナルこそ正義。そのことが認められたのです」

 これは一〇〇年に及ぶ逆襲の物語。

 フィールナル王国カーディナル王朝がここにはじまる。
                  完
 
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