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序章 月でピザを食うために
序の一
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「ここが、兄さんの新しい家……」
「そういうことだ」
目の前に立つ真新しい家を見上げながら、森也とさくらのきょうだいは呟いた。
森也の新しい家がついに完成した。そのお披露目パーティー。その場にいるのは、
同僚であり、自称・戦友の赤岩あきら。
先輩マンガ家、紫条トウノ。
その娘であり森也の『血のつながらない妹』紫条ひかる。
森也の兄貴分を名乗る茜工務店の若き社長、茜瀬奈。
森也によってスカウトされ、『亡き兄の遺志を継ぎ』各務彫刻を世界に広めることを望む若き彫刻家、青木つかさ。
そして、森也の『血のつながった妹』である緑山さくら。
いずれも森也と関係が深く、森也の目的にとってそれぞれに重要な意味をもつ六人である。
目の前にそびえる真新しい家は決してこじんまりとした家ではない。と言うより、かなり広い。
『売れないマンガ家』が建てるには豪華すぎる。
そう言ってもいいほどの家だ。
まず田畑が広がっている。その広さは一ヘクタールに及ぶ。家庭菜園としては大きすぎるほどの規模だ。その北側、南側に田畑を眺める位置に家が建っている。田畑はオプションではない。この田畑も含めて『家』なのだ。建物と田畑が有機的に結合し、完結するように設計されている。
田畑は単に作物を育てるだけではない。家で使う燃料を生み出す言わば『油田』であり、生活排水その他を処理するための『浄化槽』でもある。
まず、畑の一角に池が作られている。その池では浮き草が育てられ、バイオガスの原料となる。池の上には太陽電池の屋根がかけられており、電気を生み出す仕組みになっている。太陽電池の作った電気をそのまま使うのではない。それでは天候によって発電量がかわってしまうから安定しないし、そもそも夜は発電できない。
そこで、この太陽電池で作った電気で池の水を電気分解して水素を取り出す。その水素を使って燃料電池で発電するという二段構え。いったん、水素という形にかえて、そこから再び発電するのだから効率は悪くなる。燃料電池から生み出される電気の量は太陽電池が生み出す電気よりも少なくなる。
しかし、その分、電気の二倍とも言われる量の熱を生む。その熱を使って湯を供給できるし、風呂も沸かせる。さらに、燃料電池の重要な特性として『水を生む』という点がある。
燃料電池は水素と酸素を反応させて電気を得る。それは、電気によって水を、水素と酸素に分解するときの逆反応。水素と酸素が反応して電気を生み出すのだからその際、『副産物として』水を生み出す。充分な規模の燃料電池があれば水道なしでも水に困ることはない。むしろ、発電する限り延々と生み出されつづける水の使い道に困るほどだ。
さらに、この家の場合、下水道もつながっていない。生活排水は――トイレの汚水も含め――すべて敷地内で処理される。生活排水はすべていったん生物槽に溜められ、そこで排泄物や食品クズと言った余分なものが濾過される。濾過された水はさらに光触媒を使った水路を流れることで浄化される。その水は田畑に流れ込み農業用水として使われる。農業用水は太陽電池の屋根をかけられた池に流れ込み、そこで電気分解される。そして、燃料電池の燃料となって電気と熱と水を生み出し、そこで使われた水がまた……と、敷地内で完全に循環する仕組みになっている。
これはすべて森也が考案して瀬奈に伝え、作らせたものだ。
「注文通りに作るのは、なかなか大変だったんだぞ」
と、瀬奈が七面倒な依頼を受けたことに対する迷惑半分、やり遂げたことへの誇らしさ半分の表情で言った。
「太陽電池はまあ、いまどきのはやりと言ってもいいからわかるけど、まさか、生活排水の処理まで敷地内でするとは思わなかったぞ」
「いまどきの日本の生活インフラなんぞ信用できるか」
それが、森也の答えだった。
「いまの日本の生活インフラなんてどれもこれもボロボロだ。上下水道だって老朽化でいつ機能しなくなるかわからない。と言って、一から直している金もなければ時間もない。そんな状況では社会インフラに頼らず、自前ですべて処理するしかないからな」
それに、と、森也は付け加えた。
「茜工務店とっても利益になるだろう。これだけの家を建てたとなれば茜工務店の技術に対する評価は上がる。この家が話題になって自己完結型の住居が注目されるようになればパイオニアだ。たちまち業界トップクラスの存在となる。それは望むところだろう」
「まあな」と、瀬奈は決して豊かとは言えない胸を反らして見せた。
「あたしも頑張った!」
瀬奈と張り合うように力説したのは若き彫刻家、青木つかさだった。
「内装とか、表札とか、全部あたしが彫ったんだから」
「わかってる。よくやってくれた。ありがとう」
森也に柔和な笑顔で礼を言われ、つかさは『へへっー』と、自慢そうな表情をして見せた。
家は一階、二階共に南側は一面ガラス張りになっている。屋内から南に広がる田畑が一望できる仕組みだ。季節に応じた豊かな実りをその目で味わえるわけだ。
一階部分のガラス戸は地面とフラットになっており、大きく開け放つことで車椅子や寝台などが簡単に出入りできるようになっている。歳をとったときのことを考えての構造だ。
掃除しやすさを考えて角をなくした超楕円の形。戸袋や屋根裏など、埃が溜まって破損の原因になったり、野性動物が住み着いてしまうような場所を徹底的に排除した構造。これもすべて、森也の指示で設計されたものだ。
屋根は平屋根で、温室があり、冬場の苗作りなどに使われる。
室内はだだっ広いフラットな空間。『部屋のない家』というコンセプトそのままの作り。一階の中央には古式ゆかしい囲炉裏が設えられており、コンテナを思わせるユニット型の個室が二個、置いてある。森也の分と、さくらの分だ。人がふえればそれに応じて個室を増やすことが出来るし、逆に少なくなれば取り除いて空間を広く使うことが出来る。
家族というスケールの変化に対応しやすくするため。
というコンセプトで作られた『部屋のない家』の特徴だ。
そして、二階。
そこには巨大なテントが張られていた。
五~六人が余裕で入れる大型テントだ。そのなかには豪華なテーブルとソファが置かれている。まるでグランピング会場に来た気分。テントの両脇に置かれたいい感じに枝の伸びた二本の木がなおさら、その雰囲気を醸し出している。
木の枝にはフクロウ型の時計をはじめ、何羽ものフクロウが止まっている。
「フクロウがずいぶん多いのね」と、さくら。
「フクロウはお兄ちゃんのトーテムだものね」
自分こそ『森也お兄ちゃんの最愛の妹』を自認するひかるが、さくらに対してマウントをとるかのように言ってのけた。さくらはそんなひかるを反射的に睨み付ける。
そんな『妹同士』の争いを知ってか知らずか、森也は平然たる様子でうなずいた。
「そういうことだ」
「お前のトーテムはヘビだろう」
そう言ったのはあきらである。
同僚として森也とことのほか関係の深いあきらは、森也が『竜蛇信仰』に対して並々ならぬ関心を抱いていることを知っている。富士幕府の紋を北条家の三つ鱗にしたのも、その三つ鱗が『大蛇が落とした鱗』がもとになっているという伝説からだ。
あきらの言葉に森也は答えた。
「ヘビは母方のトーテムでフクロウは父方のトーテムだ」
「そんなのありか⁉」
「かまわんだろう。どうせ、トーテム自体、どこかで誰かが考えついたものだ。だったら、おれなりのトーテムを作ったって悪くはない」
それが森也の答えだった。
「ねえねえ、そんなことよりさあ。早くパーティーはじめようよ。せっかく、こんな素敵なテントがあるんだもん。使わないともったいないって」
と、この場で唯一の三〇代であり、子持ち。一同のなかで最年長である『お母さん』のトウノが、一番、幼い口調で言った。
さんせ~い、と、声がつづく。
やはり、みんな、『家のなかでのグランピング』というシチュエーションには逆らえない。
テーブルの上に英国式の三段スタンドがセットされ、やはり、伝統的なサンドイッチ、ケーキ、クッキーが並べられる。紅茶セットが置かれ、香しい芳香を漂わせる。
七人いるなかで男は森也ひとりだが、ケーキやサンドイッチを作ったのは森也。給仕するのも森也である。それをふたりの妹、『血のつながった妹』であるさくらと『血のつながらない妹』であるひかるが手伝っている。他のメンバーたちはすでに席について盛りあがっている。
やがて、準備が完了した。全員が席について乾杯した。と言っても全員、紅茶であるが。主催者である森也が酒を飲まないお茶大好き人間なのでこういうことになる。
それぞれに菓子を食べ、お茶を飲み、盛りあがる。紫条親子が一応の礼儀としてピザを差し入れしてきたのでそれもテーブルの上に広げられている。ふと、話題がピザのことになった。
「一枚二億円のピザ⁉ そんなものがあるのか⁉」
あきらが素っ頓狂な声をあげた。
「あると言うか、出来る予定と言うか」
と、森也は妙に曖昧な表現を使った。
「何だ、それ。ダイヤモンド入りのピザとか?」
瀬奈が尋ねる。
森也は首を横に振った。
「そう言うものじゃなくてな。月で食べるピザのことだ」
「月で⁉」
と、全員が目を丸くした。
森也は説明した。
「『おれたちに不可能はない!』という本に載っていたんだけどな。とあるピザ店が大真面目に、とある建設会社に月面店舗を出す場合の見積もりを依頼したんだ。依頼された方も大真面目に検討して見積もりを作りあげた」
いい話だろう。こういう大馬鹿者どもがいる限り、おれは人類を愛せる。
森也はそう付け加えた。
「その建設費用が、しめて一兆六七〇〇億円」
「一兆⁉」
と、またもや女性陣の声がそろう。
「まあ、月に店を出そうと言うんだ。そのぐらいはするさ。月に資材を運ぶためのロケット代だけでとんでもないことになるからな。でっ、その店で出すピザの値段なんだが、一枚二億円以上にしないと採算が取れないそうだ」
「……そんなピザ、誰が食べるの?」
さくらが眉をひそめた。いたって常識人であるかの人にして見れば『一枚二億円のピザ』なんて悪い冗談としか思えない。
しかし、世の中にはその手の『悪い冗談』が通じすぎる人間がいる。
赤岩あきらである。
「わたしが食べる!」
見た目だけなら『生きたお人形』と言いたくなるような小柄で愛らしい姿をしたあきらが、ふんぞり返りながら宣言した。
「一枚二億円だろうが、二〇億円だろうが、『月でピザを食べた最初の地球人』になれるなら安いものだ。必ず食べるぞ!」
売れっ子マンガ家の財力をもってすれば不可能な数字ではないだけになかなか怖い。
「その店の建築、うちで請け負いたい!」
瀬奈が叫んだ。
「人類史上最初の月面ピザ店の建築! まさに、漢の浪漫! 何がなんでもやりたい。ぜひ、うちに発注してくれ!」
「あたしはその店の内装を各務彫刻で埋め尽くす!」と、つかさ。
「各務彫刻が宇宙に進出した人類最初の彫刻になる。あたしがそうする!」
「ズルい! だったら、あたしはパンフレットを作る。地球中、あたしの作ったパンフレットで埋め尽くしてやるんだから!」
と、若いふたりに張り合うようにトウノも叫んだ。
盛りあがる『夢見る乙女』たちを前に、いたって常識人であるさくらは『正気?』と言いたげな表情をしている。しかし、さくらは常識人であっても、その兄はある意味、この世でもっとも『常識』という概念と縁のない人間であった。
「やりたいのはわかるが、地球上でドンパチやってるうちは無理な話だな。まずは地球上の問題を解決しないと本格的な宇宙開発なんてやってられない」
「よし、わかった。藍条! 富士幕府将軍としてお前に命令する。何とかしろ」
「何とかしよう」
「できるの⁉」
あまりと言えばあまりな森也の安請け合いに、常識人であるさくらは驚きの声をあげた。
「お兄ちゃんならできるよね」
と、こちらは、常識人にはちがいないが森也に対する無邪気な信頼が勝るひかるが力説した。そんなひかるを前に、さくらはまたも『ムッ』とした表情で睨み付けた。
森也は『妹』の信頼に応えるかのように、こともなげに言ってのけた。それこそ、その日のおやつのメニューを決めるかのように。
「別に難しいことではないさ。人類はたしかにこれまで『よく飽きないな』と思うぐらい、戦争を繰り返して来た。しかし、その理由なんてふたつしかない」
「ふたつ?」
「ひとつは金。ひとつは文化だ」
「金? 文化?」
「金と言うのはわかりやすいな。資源を奪うため、生産性のある土地を奪うため。労働力である人間を奪うため。つまりは、自分が経済的に豊かになることを目的とした戦争だ。
だが、実は『金のための戦争』は事実上、根絶されている。経済の発展によって戦争するより友好的に交易した方が金になる世の中になったからな。いま行われているのはもうひとつの方。『文化を巡る戦争』だ」
「文化を巡る戦争?」
「自分の望む世界を作りあげるための戦争、と言ってもいいな。人間というものは多かれ少なかれ、自分の理想とする世界というものがあって、それを実現させたいと思っている。その実現のための手段として戦争が使われる。と言うことはだ。争いをなくすためには争い以外の方法で各自が望む世界を実現できるシステムを作ればいい。そして――」
森也はやはり、こともなげに言った。
「それはたった四つの手順で出来ることだ」
※参考文献『おれたちに不可能はない!』ドリームファクトリー研究会編 中経出版
「そういうことだ」
目の前に立つ真新しい家を見上げながら、森也とさくらのきょうだいは呟いた。
森也の新しい家がついに完成した。そのお披露目パーティー。その場にいるのは、
同僚であり、自称・戦友の赤岩あきら。
先輩マンガ家、紫条トウノ。
その娘であり森也の『血のつながらない妹』紫条ひかる。
森也の兄貴分を名乗る茜工務店の若き社長、茜瀬奈。
森也によってスカウトされ、『亡き兄の遺志を継ぎ』各務彫刻を世界に広めることを望む若き彫刻家、青木つかさ。
そして、森也の『血のつながった妹』である緑山さくら。
いずれも森也と関係が深く、森也の目的にとってそれぞれに重要な意味をもつ六人である。
目の前にそびえる真新しい家は決してこじんまりとした家ではない。と言うより、かなり広い。
『売れないマンガ家』が建てるには豪華すぎる。
そう言ってもいいほどの家だ。
まず田畑が広がっている。その広さは一ヘクタールに及ぶ。家庭菜園としては大きすぎるほどの規模だ。その北側、南側に田畑を眺める位置に家が建っている。田畑はオプションではない。この田畑も含めて『家』なのだ。建物と田畑が有機的に結合し、完結するように設計されている。
田畑は単に作物を育てるだけではない。家で使う燃料を生み出す言わば『油田』であり、生活排水その他を処理するための『浄化槽』でもある。
まず、畑の一角に池が作られている。その池では浮き草が育てられ、バイオガスの原料となる。池の上には太陽電池の屋根がかけられており、電気を生み出す仕組みになっている。太陽電池の作った電気をそのまま使うのではない。それでは天候によって発電量がかわってしまうから安定しないし、そもそも夜は発電できない。
そこで、この太陽電池で作った電気で池の水を電気分解して水素を取り出す。その水素を使って燃料電池で発電するという二段構え。いったん、水素という形にかえて、そこから再び発電するのだから効率は悪くなる。燃料電池から生み出される電気の量は太陽電池が生み出す電気よりも少なくなる。
しかし、その分、電気の二倍とも言われる量の熱を生む。その熱を使って湯を供給できるし、風呂も沸かせる。さらに、燃料電池の重要な特性として『水を生む』という点がある。
燃料電池は水素と酸素を反応させて電気を得る。それは、電気によって水を、水素と酸素に分解するときの逆反応。水素と酸素が反応して電気を生み出すのだからその際、『副産物として』水を生み出す。充分な規模の燃料電池があれば水道なしでも水に困ることはない。むしろ、発電する限り延々と生み出されつづける水の使い道に困るほどだ。
さらに、この家の場合、下水道もつながっていない。生活排水は――トイレの汚水も含め――すべて敷地内で処理される。生活排水はすべていったん生物槽に溜められ、そこで排泄物や食品クズと言った余分なものが濾過される。濾過された水はさらに光触媒を使った水路を流れることで浄化される。その水は田畑に流れ込み農業用水として使われる。農業用水は太陽電池の屋根をかけられた池に流れ込み、そこで電気分解される。そして、燃料電池の燃料となって電気と熱と水を生み出し、そこで使われた水がまた……と、敷地内で完全に循環する仕組みになっている。
これはすべて森也が考案して瀬奈に伝え、作らせたものだ。
「注文通りに作るのは、なかなか大変だったんだぞ」
と、瀬奈が七面倒な依頼を受けたことに対する迷惑半分、やり遂げたことへの誇らしさ半分の表情で言った。
「太陽電池はまあ、いまどきのはやりと言ってもいいからわかるけど、まさか、生活排水の処理まで敷地内でするとは思わなかったぞ」
「いまどきの日本の生活インフラなんぞ信用できるか」
それが、森也の答えだった。
「いまの日本の生活インフラなんてどれもこれもボロボロだ。上下水道だって老朽化でいつ機能しなくなるかわからない。と言って、一から直している金もなければ時間もない。そんな状況では社会インフラに頼らず、自前ですべて処理するしかないからな」
それに、と、森也は付け加えた。
「茜工務店とっても利益になるだろう。これだけの家を建てたとなれば茜工務店の技術に対する評価は上がる。この家が話題になって自己完結型の住居が注目されるようになればパイオニアだ。たちまち業界トップクラスの存在となる。それは望むところだろう」
「まあな」と、瀬奈は決して豊かとは言えない胸を反らして見せた。
「あたしも頑張った!」
瀬奈と張り合うように力説したのは若き彫刻家、青木つかさだった。
「内装とか、表札とか、全部あたしが彫ったんだから」
「わかってる。よくやってくれた。ありがとう」
森也に柔和な笑顔で礼を言われ、つかさは『へへっー』と、自慢そうな表情をして見せた。
家は一階、二階共に南側は一面ガラス張りになっている。屋内から南に広がる田畑が一望できる仕組みだ。季節に応じた豊かな実りをその目で味わえるわけだ。
一階部分のガラス戸は地面とフラットになっており、大きく開け放つことで車椅子や寝台などが簡単に出入りできるようになっている。歳をとったときのことを考えての構造だ。
掃除しやすさを考えて角をなくした超楕円の形。戸袋や屋根裏など、埃が溜まって破損の原因になったり、野性動物が住み着いてしまうような場所を徹底的に排除した構造。これもすべて、森也の指示で設計されたものだ。
屋根は平屋根で、温室があり、冬場の苗作りなどに使われる。
室内はだだっ広いフラットな空間。『部屋のない家』というコンセプトそのままの作り。一階の中央には古式ゆかしい囲炉裏が設えられており、コンテナを思わせるユニット型の個室が二個、置いてある。森也の分と、さくらの分だ。人がふえればそれに応じて個室を増やすことが出来るし、逆に少なくなれば取り除いて空間を広く使うことが出来る。
家族というスケールの変化に対応しやすくするため。
というコンセプトで作られた『部屋のない家』の特徴だ。
そして、二階。
そこには巨大なテントが張られていた。
五~六人が余裕で入れる大型テントだ。そのなかには豪華なテーブルとソファが置かれている。まるでグランピング会場に来た気分。テントの両脇に置かれたいい感じに枝の伸びた二本の木がなおさら、その雰囲気を醸し出している。
木の枝にはフクロウ型の時計をはじめ、何羽ものフクロウが止まっている。
「フクロウがずいぶん多いのね」と、さくら。
「フクロウはお兄ちゃんのトーテムだものね」
自分こそ『森也お兄ちゃんの最愛の妹』を自認するひかるが、さくらに対してマウントをとるかのように言ってのけた。さくらはそんなひかるを反射的に睨み付ける。
そんな『妹同士』の争いを知ってか知らずか、森也は平然たる様子でうなずいた。
「そういうことだ」
「お前のトーテムはヘビだろう」
そう言ったのはあきらである。
同僚として森也とことのほか関係の深いあきらは、森也が『竜蛇信仰』に対して並々ならぬ関心を抱いていることを知っている。富士幕府の紋を北条家の三つ鱗にしたのも、その三つ鱗が『大蛇が落とした鱗』がもとになっているという伝説からだ。
あきらの言葉に森也は答えた。
「ヘビは母方のトーテムでフクロウは父方のトーテムだ」
「そんなのありか⁉」
「かまわんだろう。どうせ、トーテム自体、どこかで誰かが考えついたものだ。だったら、おれなりのトーテムを作ったって悪くはない」
それが森也の答えだった。
「ねえねえ、そんなことよりさあ。早くパーティーはじめようよ。せっかく、こんな素敵なテントがあるんだもん。使わないともったいないって」
と、この場で唯一の三〇代であり、子持ち。一同のなかで最年長である『お母さん』のトウノが、一番、幼い口調で言った。
さんせ~い、と、声がつづく。
やはり、みんな、『家のなかでのグランピング』というシチュエーションには逆らえない。
テーブルの上に英国式の三段スタンドがセットされ、やはり、伝統的なサンドイッチ、ケーキ、クッキーが並べられる。紅茶セットが置かれ、香しい芳香を漂わせる。
七人いるなかで男は森也ひとりだが、ケーキやサンドイッチを作ったのは森也。給仕するのも森也である。それをふたりの妹、『血のつながった妹』であるさくらと『血のつながらない妹』であるひかるが手伝っている。他のメンバーたちはすでに席について盛りあがっている。
やがて、準備が完了した。全員が席について乾杯した。と言っても全員、紅茶であるが。主催者である森也が酒を飲まないお茶大好き人間なのでこういうことになる。
それぞれに菓子を食べ、お茶を飲み、盛りあがる。紫条親子が一応の礼儀としてピザを差し入れしてきたのでそれもテーブルの上に広げられている。ふと、話題がピザのことになった。
「一枚二億円のピザ⁉ そんなものがあるのか⁉」
あきらが素っ頓狂な声をあげた。
「あると言うか、出来る予定と言うか」
と、森也は妙に曖昧な表現を使った。
「何だ、それ。ダイヤモンド入りのピザとか?」
瀬奈が尋ねる。
森也は首を横に振った。
「そう言うものじゃなくてな。月で食べるピザのことだ」
「月で⁉」
と、全員が目を丸くした。
森也は説明した。
「『おれたちに不可能はない!』という本に載っていたんだけどな。とあるピザ店が大真面目に、とある建設会社に月面店舗を出す場合の見積もりを依頼したんだ。依頼された方も大真面目に検討して見積もりを作りあげた」
いい話だろう。こういう大馬鹿者どもがいる限り、おれは人類を愛せる。
森也はそう付け加えた。
「その建設費用が、しめて一兆六七〇〇億円」
「一兆⁉」
と、またもや女性陣の声がそろう。
「まあ、月に店を出そうと言うんだ。そのぐらいはするさ。月に資材を運ぶためのロケット代だけでとんでもないことになるからな。でっ、その店で出すピザの値段なんだが、一枚二億円以上にしないと採算が取れないそうだ」
「……そんなピザ、誰が食べるの?」
さくらが眉をひそめた。いたって常識人であるかの人にして見れば『一枚二億円のピザ』なんて悪い冗談としか思えない。
しかし、世の中にはその手の『悪い冗談』が通じすぎる人間がいる。
赤岩あきらである。
「わたしが食べる!」
見た目だけなら『生きたお人形』と言いたくなるような小柄で愛らしい姿をしたあきらが、ふんぞり返りながら宣言した。
「一枚二億円だろうが、二〇億円だろうが、『月でピザを食べた最初の地球人』になれるなら安いものだ。必ず食べるぞ!」
売れっ子マンガ家の財力をもってすれば不可能な数字ではないだけになかなか怖い。
「その店の建築、うちで請け負いたい!」
瀬奈が叫んだ。
「人類史上最初の月面ピザ店の建築! まさに、漢の浪漫! 何がなんでもやりたい。ぜひ、うちに発注してくれ!」
「あたしはその店の内装を各務彫刻で埋め尽くす!」と、つかさ。
「各務彫刻が宇宙に進出した人類最初の彫刻になる。あたしがそうする!」
「ズルい! だったら、あたしはパンフレットを作る。地球中、あたしの作ったパンフレットで埋め尽くしてやるんだから!」
と、若いふたりに張り合うようにトウノも叫んだ。
盛りあがる『夢見る乙女』たちを前に、いたって常識人であるさくらは『正気?』と言いたげな表情をしている。しかし、さくらは常識人であっても、その兄はある意味、この世でもっとも『常識』という概念と縁のない人間であった。
「やりたいのはわかるが、地球上でドンパチやってるうちは無理な話だな。まずは地球上の問題を解決しないと本格的な宇宙開発なんてやってられない」
「よし、わかった。藍条! 富士幕府将軍としてお前に命令する。何とかしろ」
「何とかしよう」
「できるの⁉」
あまりと言えばあまりな森也の安請け合いに、常識人であるさくらは驚きの声をあげた。
「お兄ちゃんならできるよね」
と、こちらは、常識人にはちがいないが森也に対する無邪気な信頼が勝るひかるが力説した。そんなひかるを前に、さくらはまたも『ムッ』とした表情で睨み付けた。
森也は『妹』の信頼に応えるかのように、こともなげに言ってのけた。それこそ、その日のおやつのメニューを決めるかのように。
「別に難しいことではないさ。人類はたしかにこれまで『よく飽きないな』と思うぐらい、戦争を繰り返して来た。しかし、その理由なんてふたつしかない」
「ふたつ?」
「ひとつは金。ひとつは文化だ」
「金? 文化?」
「金と言うのはわかりやすいな。資源を奪うため、生産性のある土地を奪うため。労働力である人間を奪うため。つまりは、自分が経済的に豊かになることを目的とした戦争だ。
だが、実は『金のための戦争』は事実上、根絶されている。経済の発展によって戦争するより友好的に交易した方が金になる世の中になったからな。いま行われているのはもうひとつの方。『文化を巡る戦争』だ」
「文化を巡る戦争?」
「自分の望む世界を作りあげるための戦争、と言ってもいいな。人間というものは多かれ少なかれ、自分の理想とする世界というものがあって、それを実現させたいと思っている。その実現のための手段として戦争が使われる。と言うことはだ。争いをなくすためには争い以外の方法で各自が望む世界を実現できるシステムを作ればいい。そして――」
森也はやはり、こともなげに言った。
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