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第四話 空の星 海の星(下)
ステージ15 ライバルとの再会
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「なつみ! 雪菜! なんであんたたちがここにいるの⁉」
赤葉は姿を現わすやいなや、まるで激怒したかのような勢いでそう叫んだ。その勢いのまま弾丸のようになつみと雪菜の下に走り寄る。
さくらはその勢いにさすがに驚いた。
――なに、なに、なんなの⁉
内心でそう慌てふためいた。
しかし、なつみと雪菜のふたりはもっと驚いていた。ただし、その理由はさくらとはちがうものだった。
なつみは目を丸くして機関車のように突っ込んでくる自称スーパーアイドルに尋ねた。
「ほのか⁉ あなたこそ、なんでここにいるの?」
「ほのか?」
森也が聞き慣れない名前に眉をひそめた。
「あ、あたしの本名。夏原ほのか」
赤葉はふたりの前で足を突っ張り『ズズズッ!』と音を立てて急停止すると、森也の疑問に答えた。後ろではふぁいからりーふの他のメンバーたちが、いったい何事かと目と口を大きく開けて成り行きを見つめている。
「なんだ。お前、そんな美少女っぽい名前だったのか」
「あたしはバリバリの美少女でしょうが!」
森也の言葉に――。
赤葉は両手を腰につけて叫んだ。というより、すごんだ。
――『美少女』って、自分でそこまで言い切っちゃうんだ。
さくらが内心で呟いた。赤葉の性格はすでに知っているつもりだったが、改めてその度胸にあきれた。
いやまあ、赤葉はたしかに明るく快活な美少女なのだが、雪菜の前ではさすがに……。
「と言うか、お前たち、知り合いだったのか?」
森也の問いに雪菜が答えた。
「小学校の頃はよくコンクールで顔を合わせていたわ。中学になってから見なくなったけど」
「ああ。そう言えば『強力すぎるふたりのライバルがいてバレエはあきらめた』って言ってたな。とすると、このふたりがそのライバルと言うわけか」
「うん、そう」
赤葉は森也の問いにうなずいた。
なつみが驚きの表情を作った。
「えっ? ほのか、あたしたちのせいでバレエ、やめたの?」
「あ、いや、それは……って、あたしのことはいいのよ。ってか、いまのあたしはスーパーアイドルの赤葉。ほのかじゃないから」
「アイドル?」
「そう!」
と、赤葉は雪菜の言葉に対し、右手で胸を叩いて得意満面の態度を取った。
「あたしこそは人気絶頂のスーパーアイドルユニットふぁいからりーふのエースにしてセンター、不世出のスーパーアイドル赤葉! サインと写真撮影は事務所を通して」
「地方のライブハウスが半分埋まる程度で『人気絶頂』って悲しくないか?」
「兄貴、うるさい!」
森也のツッコミを一刀両断にしておいて、赤葉はなつみたちに向き直った。
「あたしのことはいいんだって! それより、なつみ! あんた、いったい、どうしてたの? ウィーンで開催される若手ダンサーの登竜門に出場するって聞いてたのに出てなかったし、それどころか、この半年ぐらい、どこのコンクールにも出てなかったじゃない」
――いちいちチェックしてたんだ。
意外と友だち思いなの?
と、考えようによっては失礼なことを思うさくらなのだった。
「それが……」
なつみは表情を曇らせた。伏し目がちに説明した。その説明を聞いた赤葉の顔が見るみるこわばる。
「膝の故障⁉ 再起不能⁉ 本当なの、それ⁉」
『⁉』マークを連発させて叫びつつ、なつみの両肩に手を置いてガクガク揺さぶる。おかげで、なつみの体は大地震に見舞われた家屋のように激しく揺れる。森也が赤葉の両腕をつかんで人工地震の発生を押さえ込んだ。
「やめろ。そんなに揺らしたら膝に衝撃が走る」
森也はさすがに手厳しい口調になって言った。赤葉はハッとした表情になった。
「あ、ごめん」
そう言いつつ、パッと手を離した。
「でも、それ、本当なの? ちゃんと医者には診せた? セカンドオピニオンは? ひとりやふたりの医者に診せただけなら誤診ってこともあり得るじゃん」
と、すぐに勢いを取り戻してたたみかけるように問いかけるのが赤葉らしいところ。それでも、今度は手をかけなかった分、自重している。
雪菜はそんな赤葉を見て、なんとも気まずそうな表情をしている。自分が言ったのとまったく同じことを赤葉が口にしているのを見て『わたしもこんな感じだったの?』と、恥ずかしくなったのだ。
「ってか、スポーツマンガだと『かかった医者は実はモグリで、でたらめな診療でした』ってのがお約束じゃない。あんたの膝もそうなんじゃないの?」
と、そんなことまで付け加えるのが雪菜とはちがうところ。良くも悪くも勢いがありすぎるのが赤葉なのだった。
「そんな都合良くはいかないよ」
そうだったら、どんなに良かったか。
その思いを苦い表情に乗せて、なつみは答えた。
「ちゃんと幾つもの病院で診てもらったよ。アメリカの大病院にも行った。それでも、すべての病院で言われたよ。『この膝は治らない。バレエはもう無理だ』って」
「そんな……」
赤葉はなつみ以上に途方に暮れた様子だった。全身から力が抜け、いまにも崩れ落ちそう。赤葉に対して決して好意的とは言えないさくらでさえ、思わず支えてあげたくなったぐらい弱々しい姿だった。
「なに、膝の故障?」
突然――。
ふぁいからりーふを部屋えもんに乗せて戻ってきたかあらが口をはさんだ。
「それは良い。すぐにわたしが切り落として立派な機械の足に……」
「ああ、はいはい。かあらはこっちに来ていて。話がややこしくなるから」
「なにをする、せっかくの好機を。まずはサイボーク化して、いずれは立派な巨大ロボットに……」
そう言い立てるかあらを、さくらは無理やり引きずっていく。身長はかあらの方が高いが、不規則な生活と研究三昧の暮らしのせいで体力は低い。元陸上部員でいまでは森也とふたり、トレイルランに精を出しているさくらにとっては引っ張っていくのは難しくない。
「……なに、あれ?」
なつみと雪菜が珍獣を見る目でかあらを見送りつつ、同時に言った。
森也が答えた。
「とりあえず、気にしなくていい。それより、その先を説明した方がいいんじゃないか? 赤葉が崩壊寸前だぞ」
「あ、ごめん」
なつみがあわてて言った。
「だいじょうぶだよ、ほのか。バレエは出来なくなったけど、お兄さん……藍条さんがが水舞の踊り手に取り立ててくれたから」
「水舞?」
眉をひそめる赤葉に対し、なつみは事情を説明した。
その間に白葉が森也に近づいた。
「赤葉ちゃんがあんなに必死になるなんて……あの人、よっぽど大切な友だちなんですか?」
「バレエ時代のライバルだそうだ。聞いたことはないのか?」
「……ありません。赤葉ちゃん、あたしとは口も効きたくないっていう感じだったから」
白葉は情けなさそうに言った。
『グラミー賞を取る!』という共通の目的をもったことでかわったとは言え、『赤葉、白葉のことガチ嫌ってる』というのは業界では有名だった。
赤葉はなつみの説明を腕組みしながら『うんうん』と聞いている。その表情がパアッと明るくなった。
「なるほど、水舞。水の浮力を使った踊り。それなら、壊れた膝でも出来るってわけね」
「うん。それに、補助用の器具も作ってもらったから。初公演に備えて雪菜と練習しているところだよ」
「さっすが兄貴!」
と、赤葉は満面の笑顔で、威勢良く森也を叩いた。
「やるじゃん! 悲劇に見舞われた天才少女を救うなんて。さすが、地球進化史上最強の知性!」
「事実を言っても世辞にはならん」
「うんうん、そうだよね。あたしのことを『世界一のスーパーアイドル!』って呼んでもお世辞にならないのと一緒」
「それは、完全な世辞だ」
森也のツッコミを見事なまでに無視しておいて、赤葉は今度は雪菜に向き直った。
「それにしても、なつみに付き合って水舞に転向するなんて雪菜らしいわ。さすが、なつみのこと大好き娘」
「な、なに言ってるのよ、急に……」
雪菜はたちまち真っ赤になる。赤葉はパタパタと手など振って見せた。
「隠さない、隠さない。あんたがなつみに恋しているのは、まわりはみんな知ってたって」
「そ、そうなの……⁉」
赤葉の言葉に――。
雪菜は『絶世の』と言ってもお世辞にならない美貌を耳まで真っ赤に染めた。
「恋?」
なつみがキョトンとした表情で雪菜を見た。雪菜はますます真っ赤になって、かの人らしくもなく慌てふためいた。
「なんでもない! なんでもないから……」
「はあ……」
「ま、とにかく」
と、赤葉が勝手に場を仕切った。
「話はわかったわ。そういうことなら、なんとしても水舞をきわめて世界一になりなさい。これは、あたしとあんたたちとの約束よ。あたしはアイドルとして世界一になる。あんたたちは水舞で世界一の踊り手になる。いいわね?」
「うん。約束するよ、ほのか……じゃなくて、赤葉。絶対に世界一になる」
「そうこなくっちゃ!」
ふたりはガッシリと腕を組み合わせた。まさに、王道のスポーツマンガの世界がそこにあった。
「そういうシーンは感動的で、実に見応えがあっていいんだがな」
森也が口をはさんだ。
「なつみと雪菜はまだ練習中だし、赤葉。お前たちふぁいからりーふはこれからツアーの反省会だろう。やるべきことをやらずにいたらプロとは言えないぞ」
「あ、いっけね」
赤葉は森也に言われて自分の立場を思い出した。
「あたしはふぁいからりーふのセンターにしてエースだからね。みんなをリードして場を取り仕切らなくちゃいけないの。じゃあ、ふたりとも。練習しっかりね」
「うん」
「ほのか……赤葉こそね」
そして、なつみと雪菜は練習に戻り、赤葉はふぁいからりーふのメンバーと一緒に事務所に向かった。と、赤葉が急に立ちどまった。回れ右して走り出し、猪のごとき勢いで森也の眼前にやってきた。
「兄貴!」
そう叫びかける姿がいつになく真剣だった。
「どうした?」
「あの……ありがとう!」
「はっ?」
「本当にありがとう、なつみを救ってくれて。今回ばかりはシャレも、冗談もなしで、本気で感謝するわ。本当にありがとう。一生、恩に着るわ」
真剣そのものの表情でそう言われて――。
森也はなにかを言おうとした。それが途中でとまった。視線が宙に舞い、なにやら考え込む様子になった。
「?」
『?』マークを頭のまわりに飛ばして見つめる赤葉の前で、森也は何度か視線を巡らせ、考え込んだ。それから、ようやく言った。
「ああ、ありがとう」
「? なんで、兄貴が『ありがとう』なんて言うわけ? それ、あたしの台詞でしょ」
「いや、ちょっと気になってな。最初は反射的に『礼はいらない』と言おうとしたんだ。『ちょうど、水舞の踊り手を探しているところだったからこっちにとっても都合が良かった』ってな。しかし、せっかく、感謝してくれているのにそれでは愛想がないかと思った。と言って『どういたしまして』というのも簡単すぎる。では、どうするか。そう思ったところ、感謝に対しては、こちらも礼で返すのがいいんじゃないかと思ったわけだ。『自分のしたことを認めてくれて感謝する』と言うことだな。だから『ありがとう』だ」
そう言われて――。
赤葉はしばしの間、森也をマジマジと見つめた。やがて――。
「あははははっ! 理屈っぽいなあ、兄貴らしいわ」
赤葉は大笑いしながら勢いよく森也の身を叩きまくった。ステージの上で唄って、踊るために日々のトレーニングを欠かさない相手に遠慮なしに叩かれたのだ。実はかなり痛い。
「でも、ほんと、感謝するわ。お礼に兄貴の嫁になってあげるからね」
「それはいらん」
赤葉は姿を現わすやいなや、まるで激怒したかのような勢いでそう叫んだ。その勢いのまま弾丸のようになつみと雪菜の下に走り寄る。
さくらはその勢いにさすがに驚いた。
――なに、なに、なんなの⁉
内心でそう慌てふためいた。
しかし、なつみと雪菜のふたりはもっと驚いていた。ただし、その理由はさくらとはちがうものだった。
なつみは目を丸くして機関車のように突っ込んでくる自称スーパーアイドルに尋ねた。
「ほのか⁉ あなたこそ、なんでここにいるの?」
「ほのか?」
森也が聞き慣れない名前に眉をひそめた。
「あ、あたしの本名。夏原ほのか」
赤葉はふたりの前で足を突っ張り『ズズズッ!』と音を立てて急停止すると、森也の疑問に答えた。後ろではふぁいからりーふの他のメンバーたちが、いったい何事かと目と口を大きく開けて成り行きを見つめている。
「なんだ。お前、そんな美少女っぽい名前だったのか」
「あたしはバリバリの美少女でしょうが!」
森也の言葉に――。
赤葉は両手を腰につけて叫んだ。というより、すごんだ。
――『美少女』って、自分でそこまで言い切っちゃうんだ。
さくらが内心で呟いた。赤葉の性格はすでに知っているつもりだったが、改めてその度胸にあきれた。
いやまあ、赤葉はたしかに明るく快活な美少女なのだが、雪菜の前ではさすがに……。
「と言うか、お前たち、知り合いだったのか?」
森也の問いに雪菜が答えた。
「小学校の頃はよくコンクールで顔を合わせていたわ。中学になってから見なくなったけど」
「ああ。そう言えば『強力すぎるふたりのライバルがいてバレエはあきらめた』って言ってたな。とすると、このふたりがそのライバルと言うわけか」
「うん、そう」
赤葉は森也の問いにうなずいた。
なつみが驚きの表情を作った。
「えっ? ほのか、あたしたちのせいでバレエ、やめたの?」
「あ、いや、それは……って、あたしのことはいいのよ。ってか、いまのあたしはスーパーアイドルの赤葉。ほのかじゃないから」
「アイドル?」
「そう!」
と、赤葉は雪菜の言葉に対し、右手で胸を叩いて得意満面の態度を取った。
「あたしこそは人気絶頂のスーパーアイドルユニットふぁいからりーふのエースにしてセンター、不世出のスーパーアイドル赤葉! サインと写真撮影は事務所を通して」
「地方のライブハウスが半分埋まる程度で『人気絶頂』って悲しくないか?」
「兄貴、うるさい!」
森也のツッコミを一刀両断にしておいて、赤葉はなつみたちに向き直った。
「あたしのことはいいんだって! それより、なつみ! あんた、いったい、どうしてたの? ウィーンで開催される若手ダンサーの登竜門に出場するって聞いてたのに出てなかったし、それどころか、この半年ぐらい、どこのコンクールにも出てなかったじゃない」
――いちいちチェックしてたんだ。
意外と友だち思いなの?
と、考えようによっては失礼なことを思うさくらなのだった。
「それが……」
なつみは表情を曇らせた。伏し目がちに説明した。その説明を聞いた赤葉の顔が見るみるこわばる。
「膝の故障⁉ 再起不能⁉ 本当なの、それ⁉」
『⁉』マークを連発させて叫びつつ、なつみの両肩に手を置いてガクガク揺さぶる。おかげで、なつみの体は大地震に見舞われた家屋のように激しく揺れる。森也が赤葉の両腕をつかんで人工地震の発生を押さえ込んだ。
「やめろ。そんなに揺らしたら膝に衝撃が走る」
森也はさすがに手厳しい口調になって言った。赤葉はハッとした表情になった。
「あ、ごめん」
そう言いつつ、パッと手を離した。
「でも、それ、本当なの? ちゃんと医者には診せた? セカンドオピニオンは? ひとりやふたりの医者に診せただけなら誤診ってこともあり得るじゃん」
と、すぐに勢いを取り戻してたたみかけるように問いかけるのが赤葉らしいところ。それでも、今度は手をかけなかった分、自重している。
雪菜はそんな赤葉を見て、なんとも気まずそうな表情をしている。自分が言ったのとまったく同じことを赤葉が口にしているのを見て『わたしもこんな感じだったの?』と、恥ずかしくなったのだ。
「ってか、スポーツマンガだと『かかった医者は実はモグリで、でたらめな診療でした』ってのがお約束じゃない。あんたの膝もそうなんじゃないの?」
と、そんなことまで付け加えるのが雪菜とはちがうところ。良くも悪くも勢いがありすぎるのが赤葉なのだった。
「そんな都合良くはいかないよ」
そうだったら、どんなに良かったか。
その思いを苦い表情に乗せて、なつみは答えた。
「ちゃんと幾つもの病院で診てもらったよ。アメリカの大病院にも行った。それでも、すべての病院で言われたよ。『この膝は治らない。バレエはもう無理だ』って」
「そんな……」
赤葉はなつみ以上に途方に暮れた様子だった。全身から力が抜け、いまにも崩れ落ちそう。赤葉に対して決して好意的とは言えないさくらでさえ、思わず支えてあげたくなったぐらい弱々しい姿だった。
「なに、膝の故障?」
突然――。
ふぁいからりーふを部屋えもんに乗せて戻ってきたかあらが口をはさんだ。
「それは良い。すぐにわたしが切り落として立派な機械の足に……」
「ああ、はいはい。かあらはこっちに来ていて。話がややこしくなるから」
「なにをする、せっかくの好機を。まずはサイボーク化して、いずれは立派な巨大ロボットに……」
そう言い立てるかあらを、さくらは無理やり引きずっていく。身長はかあらの方が高いが、不規則な生活と研究三昧の暮らしのせいで体力は低い。元陸上部員でいまでは森也とふたり、トレイルランに精を出しているさくらにとっては引っ張っていくのは難しくない。
「……なに、あれ?」
なつみと雪菜が珍獣を見る目でかあらを見送りつつ、同時に言った。
森也が答えた。
「とりあえず、気にしなくていい。それより、その先を説明した方がいいんじゃないか? 赤葉が崩壊寸前だぞ」
「あ、ごめん」
なつみがあわてて言った。
「だいじょうぶだよ、ほのか。バレエは出来なくなったけど、お兄さん……藍条さんがが水舞の踊り手に取り立ててくれたから」
「水舞?」
眉をひそめる赤葉に対し、なつみは事情を説明した。
その間に白葉が森也に近づいた。
「赤葉ちゃんがあんなに必死になるなんて……あの人、よっぽど大切な友だちなんですか?」
「バレエ時代のライバルだそうだ。聞いたことはないのか?」
「……ありません。赤葉ちゃん、あたしとは口も効きたくないっていう感じだったから」
白葉は情けなさそうに言った。
『グラミー賞を取る!』という共通の目的をもったことでかわったとは言え、『赤葉、白葉のことガチ嫌ってる』というのは業界では有名だった。
赤葉はなつみの説明を腕組みしながら『うんうん』と聞いている。その表情がパアッと明るくなった。
「なるほど、水舞。水の浮力を使った踊り。それなら、壊れた膝でも出来るってわけね」
「うん。それに、補助用の器具も作ってもらったから。初公演に備えて雪菜と練習しているところだよ」
「さっすが兄貴!」
と、赤葉は満面の笑顔で、威勢良く森也を叩いた。
「やるじゃん! 悲劇に見舞われた天才少女を救うなんて。さすが、地球進化史上最強の知性!」
「事実を言っても世辞にはならん」
「うんうん、そうだよね。あたしのことを『世界一のスーパーアイドル!』って呼んでもお世辞にならないのと一緒」
「それは、完全な世辞だ」
森也のツッコミを見事なまでに無視しておいて、赤葉は今度は雪菜に向き直った。
「それにしても、なつみに付き合って水舞に転向するなんて雪菜らしいわ。さすが、なつみのこと大好き娘」
「な、なに言ってるのよ、急に……」
雪菜はたちまち真っ赤になる。赤葉はパタパタと手など振って見せた。
「隠さない、隠さない。あんたがなつみに恋しているのは、まわりはみんな知ってたって」
「そ、そうなの……⁉」
赤葉の言葉に――。
雪菜は『絶世の』と言ってもお世辞にならない美貌を耳まで真っ赤に染めた。
「恋?」
なつみがキョトンとした表情で雪菜を見た。雪菜はますます真っ赤になって、かの人らしくもなく慌てふためいた。
「なんでもない! なんでもないから……」
「はあ……」
「ま、とにかく」
と、赤葉が勝手に場を仕切った。
「話はわかったわ。そういうことなら、なんとしても水舞をきわめて世界一になりなさい。これは、あたしとあんたたちとの約束よ。あたしはアイドルとして世界一になる。あんたたちは水舞で世界一の踊り手になる。いいわね?」
「うん。約束するよ、ほのか……じゃなくて、赤葉。絶対に世界一になる」
「そうこなくっちゃ!」
ふたりはガッシリと腕を組み合わせた。まさに、王道のスポーツマンガの世界がそこにあった。
「そういうシーンは感動的で、実に見応えがあっていいんだがな」
森也が口をはさんだ。
「なつみと雪菜はまだ練習中だし、赤葉。お前たちふぁいからりーふはこれからツアーの反省会だろう。やるべきことをやらずにいたらプロとは言えないぞ」
「あ、いっけね」
赤葉は森也に言われて自分の立場を思い出した。
「あたしはふぁいからりーふのセンターにしてエースだからね。みんなをリードして場を取り仕切らなくちゃいけないの。じゃあ、ふたりとも。練習しっかりね」
「うん」
「ほのか……赤葉こそね」
そして、なつみと雪菜は練習に戻り、赤葉はふぁいからりーふのメンバーと一緒に事務所に向かった。と、赤葉が急に立ちどまった。回れ右して走り出し、猪のごとき勢いで森也の眼前にやってきた。
「兄貴!」
そう叫びかける姿がいつになく真剣だった。
「どうした?」
「あの……ありがとう!」
「はっ?」
「本当にありがとう、なつみを救ってくれて。今回ばかりはシャレも、冗談もなしで、本気で感謝するわ。本当にありがとう。一生、恩に着るわ」
真剣そのものの表情でそう言われて――。
森也はなにかを言おうとした。それが途中でとまった。視線が宙に舞い、なにやら考え込む様子になった。
「?」
『?』マークを頭のまわりに飛ばして見つめる赤葉の前で、森也は何度か視線を巡らせ、考え込んだ。それから、ようやく言った。
「ああ、ありがとう」
「? なんで、兄貴が『ありがとう』なんて言うわけ? それ、あたしの台詞でしょ」
「いや、ちょっと気になってな。最初は反射的に『礼はいらない』と言おうとしたんだ。『ちょうど、水舞の踊り手を探しているところだったからこっちにとっても都合が良かった』ってな。しかし、せっかく、感謝してくれているのにそれでは愛想がないかと思った。と言って『どういたしまして』というのも簡単すぎる。では、どうするか。そう思ったところ、感謝に対しては、こちらも礼で返すのがいいんじゃないかと思ったわけだ。『自分のしたことを認めてくれて感謝する』と言うことだな。だから『ありがとう』だ」
そう言われて――。
赤葉はしばしの間、森也をマジマジと見つめた。やがて――。
「あははははっ! 理屈っぽいなあ、兄貴らしいわ」
赤葉は大笑いしながら勢いよく森也の身を叩きまくった。ステージの上で唄って、踊るために日々のトレーニングを欠かさない相手に遠慮なしに叩かれたのだ。実はかなり痛い。
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