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第四話 空の星 海の星(下)
ステージ16 ふぁいから参戦!
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「兄貴! 一生のお願い!」
森也は突然、現れてそう叫んだ赤葉の態度に目を丸くした。『一生のお願い!』などと言うものは生涯に何度もある上に、たいていろくでもない内容だと相場か決まっているが、
りーふも、なつみの公演に参加させて!」
「なつみの公演に?」
「そう! バレエはやめたけど、あたしはいまでもなつみと雪菜を人生のライバルで、親友だと思ってる! その親友が再起不能と言われた怪我を乗り越えて新しい道を進もうとしてるのよ。ここで応援しなくちゃ女が廃る! だから、なつみと同じ舞台に立って、一緒に復活公演を成功させたの。お願い、あたしたちも参加させて!」
森也はじっと赤葉の目を見た。赤葉の目は真剣そのもの、というより、必死そのものと言った印象で、見ているだけで気持ちが伝わってくる。もともと、野心的な熱血タイプ。良くも悪くも燃えやすいタイプではあるが、ここまで真剣な表情を見るのははじめてだ。
「……なるほど。その気持ちはわかるし、歓迎する」
「それじゃ……!」
赤葉の顔がパアッと明るくなる。
森也はその顔目がけて言葉の冷水をぶっかけた。
「あわてるな。お前が許可を得るべきはおれではないだろ」
そう言われて――。
赤葉は『あっ』という表情になった。一言言い残す間もなく身をひるがえし、駆け出していく。その背に向かって森也が声をかけた。
「まて! どこに行く気だ?」
「えっ? 社長のところ。社長の許可をとってこいってことでしょ?」
「おれが言った『許可を得る相手』というのはふぁいからのメンバーのことだ」
「えっ?」
森也にそう言われたときの赤葉の声と表情。それは『ふぁいからメンバーの許可を得る必要がある』という発想がまるでなかったことを告げていた。
「ふぁいからは五人組ユニット。お前ひとりでやっているわけじゃないんだ。公演に参加したいなら他の四人の許可もちゃんともらってこい。それもできないようなら富士幕府には必要ない」
「なんで、わたしたちがそんな公演に参加しなくちゃいけないの」
赤葉が公演への参加をふぁいからメンバーに頼み込んだとき、黒葉の反応ははなはだ冷淡なものだった。
「そのなつみっていう子があなたにとってどんなに大切な友だちか知らないけど、わたしたちにとっては赤の他人よ。なんで、その赤の他人のために仕事でもない公演に参加しなくちゃならないの。おかしいでしょう」
「わかってるわよ! だから、頼んでるんじゃない。『協力して』って。あたしはどうしてもなつみを応援してあげたいの。だから、協力して。お願い!」
赤葉は手を合わせて頼み込んだ。良くも悪くもまっすぐで一本気な性格なだけに、人にものを頼むとなれば頭もさげるし、手も合わせる。その点では決して礼儀知らずというわけではない赤葉である。
「あたしはやってもかまわないけど」
いつもマイペースな青葉がこれまたマイペースな口調でそう言った。すると、黄葉がいつものおっとり口調で言った。
「でもお~。赤葉ちゃん、いままでずっと、わたしたちのことを邪魔者扱いしてソロ活動したがってたよねえ。それなのに、都合のいいときだけ『協力して』はないんじゃないかなあ」
「うっ、それは……」
『みんなのお母さん』黄葉におっとり口調で手厳しく指摘され、赤葉はさすがに怯んだ。我が身を振り返れば、そう言われても仕方のない言動にはいくらでも覚えがある。
「みんな、やろう」
『返す言葉もない』状態の赤葉にかわり、みんなにそう呼びかけたのは意外なことに白葉だった。
「白葉、あんた……」
赤葉はあまりの意外さにマジマジと白葉を見つめた。『勝手なことを言わないで』という思いを抱くものがいるとすれば、それは白葉が第一のはずだった。なにしろ、いままで、事あるごとに白葉の出来の悪さを責め、嫌ってきたのだから。
しかし、白葉の熱心な様子で他の三人に呼びかけた。
「あたしたちはふぁいからりーふ。五人で一組のユニット。だったら、メンバーの誰かが真剣に頼んでくるなら協力しあうのが筋たと思う。それに……」
白葉はいったん、言葉を切った。大きく深呼吸した。気持ちを落ち着かせるためと言うより、言うべきことを整理するための間であるように見えた。
「あたしたちにとってもチャンスだと思う。そのなつみちゃんって『世界を狙える』って言われていたバレエダンサーだったんでしょう? そんな人が再起不能と言われた怪我をして、そこから復活する。注目を浴びるはずだし、富士幕府としてもお客さまを集めるために全力で宣伝している。その公演に参加したとなればあたしたちだって名前を売れるし、なにより、『大切な友だちのために参加した』って言うことになれば注目も浴びると思う。思い出して。あたしたちはいま『グラミー賞を取る』って言う目的のために行動してるんだよ。だったら、少しでも名前を売るチャンスがあるならものにしなくちゃ。それに、一緒に公演に参加していれば、なつみちゃんが評判通りに世界的なダンサーになったとき、あたしたちも一緒に注目される。本気でグラミー賞を取るつもりならこれは外せないよ」
一語いちご考え込むようにして話しているために口調はたどたどしく、決してなめらかにそれだけのことを言ったわけではない。それでも――。
――これが、あの白葉?
全員がそう思い、目を丸くして白葉を見つめていた。
以前の白葉はこんなことを言えるような人間ではなかった。自分ひとりの意見さえまともに言えず、つっかえてばかりのダメッ子だったはずだ。それが、こんなにも筋の通った理屈を展開して説得しようとするなんて……。
「でも……」
黒葉が戸惑いを隠しきれない様子で言った。
「白葉。あなた、それでいいの? 赤葉にはあなたが一番……」
白葉は最後まで言わせなかった。にっこり微笑むと黒葉の言葉を遮った。
「赤葉ちゃんはふぁいからりーふの仲間だよ。協力するの当たり前だよ」
「白葉……」
赤葉が呟いた。
「ま、まあ、あなたがそう言うなら……」
黒葉が戸惑いながらもそう認めた。
「あたしは最初からやってもよかったから」
青葉が言った。
「そうねえ。たしかに、みんなのためになるならお母さんとしても賛成すべきよねえ」
黄葉がおっとり口調でうなずいた。
「じゃあ、決まりね! みんなで公演を成功させよう」
そう言ってメンバーを鼓舞したのはやはり意外なことに熱血ヒロインの赤葉ではなく、ダメッ子(であるはずの)白葉だった。
それから、ふぁいからりーふの五人全員で所属プロの社長である倉田葵のもとに向かい、公演参加を許可してくれるよう直談判した。ここでもやはり、中心となったのは白葉。皆に話したのと同じ理屈で葵を説得し、許可を勝ち取った。ミッションをクリアして誇らしげに小さな胸を張るその姿には、以前には欠片も見られなかった貫禄めいたものまであった。
赤葉は白葉とふたりきりになれるタイミングを見計らい、礼を言った。
「ありがとう、白葉。正直言って、あんたがあたしに協力してくれるとは思わなかったわ」
そう言われて――。
白葉はにっこりと微笑んだ。
「いいよ。あたしはふぁいからりーふのリーダーなんだから。『リーダーの一番の役目は、メンバー全員に共通の目的をもたせてまとめあげることだ』って兄貴さんにいっぱい教わったから」
「兄貴……」
「赤葉ちゃん。こういう役目はあたしに任せて。あたしはステージの上では一番の役立たずなんだから、みんなのまとめ役として頑張るよ。赤葉ちゃんはふぁいからりーふのエースとして、センターとして、その役割に集中して。ふぁいからりーふが売れるかどうかは赤葉ちゃん次第なんだから。赤葉ちゃんにはいつも、最高のステージを披露してもらわないとね」
そう言ってにこやかに笑う白葉にたしかに、以前とはちがう『なにか』があった。
言葉の内容は確かに自虐的ではある。しかし、そこには自分の限界を認めた上で、自分の役割を忠実に果たそうとする誇りがあった。以前のように、ただただ卑屈にふるまって他人を苛々させるダメッ子白葉の姿はそこにはなかった。
その姿を見て赤葉は思いだした。白葉はふぁいからりーふのリーダーたるべく、メンバーの誰よりも長い時間、藍条森也その人から教えを受けているのだと言うことを。
――そうか。白葉も兄貴に鍛えられて成長してるんだ。
そう思い――。
赤葉はニイッと笑った。
「よおし、そうとなったら、あたしも負けてられないわ。最高のステージを見せつけて公演を大成功させてみせる!」
「うん、がんばれ、赤葉ちゃん!」
公演の準備は急速に進んだ。
なつみと雪菜はふたりで水舞の手順を作りあげていったし、赤葉たちふぁいからりーふも歌に、踊りに、熱心に取り組んだ。森也主導で会場の設備や演出も進められた。
一日、森也は会場の演出についてなつみと雪菜に説明した。
「ふぁいからりーふが参加することになったからな。舞台に奥行きをもたせて後方で唄い、踊ってもらうことにした」
「赤葉たちがバックコーラスを務めるって言うこと?」
「そういうことだ。と言うわけで、これからは呼吸を合わせるためにふぁいからりーふとの合同の練習になる。日数に余裕があるわけではないからかなりの密度になるが……」
「だいじょうぶ」
と、なつみは拳を握りしめて請け合った。
「コンクール前の追い込みなんていつものことだったもの。直前になって予定が変更して、徹夜で取り組んだこともある。どんなに密度の濃いリハーサルになってもだいじょうぶ。やってみせる」
「膝のことを忘れないで。練習で張り切りすぎで本番で膝がもたない、なんて言うことになったら、いい嗤いものよ」
雪菜が冷静に釘を刺した。それが自分の役目であることを雪菜は決して忘れない。
「それから、舞台全体の構成だが……」
森也が話を先に進めた。
「イメージとしては海のなかから水面を見上げるという印象で作りあげる。そのために、舞台の上で魚の模型を回遊させ、天井全体を光で包んで、光の差し込む水面を水中から見上げているようなイメージとする」
「魚の模型?」
雪菜が眉をひそめた。
「不満か?」
「そんな、子供相手にするようなこと、バレエの世界ではあり得ないし……」
「雪菜。これは水舞の舞台だよ。バレエをしたいなら参加する場所がちがうよ」
「そ、それはそうだけど……」
なつみに手厳しく指摘され――。
さすがに、怯んだ様子の雪菜だった。
森也はなつみの言葉にうなずいた。
「そういうことだ。それに……」
「それに?」
「もうひとつ重要な点がある。雪菜。お前は『子供相手にするような』と言った。では、子供は見に来なくていいのか?」
「そ、そうは言わないけど……でも、ダンスってそもそも子供が見るようなものじゃないと思うし」
「そうだな。おれもそう思う。多分、たいていの子供はダンスを見てもおもしろいとは思わないだろう。まして、何十分もじっと見続けているはずがない。しかし、それはどういうことだ? 『小さな子供をもつ親はダンスを見に来られない』と言うことだ。例え、本人がどんなにダンス好きでもな。それでは、つまらんだろう。子供をもったばかりに好きなことも楽しめない、なんてことになってはな。だから、子供も楽しめる要素を組み込む。というより、各年代が楽しめるよう演出する。親子三代がそろってやってきて、それぞれに自分の楽しみを見つけて満足して帰って行く。そうできる舞台を作りあげる」
「それって、ダンスに興味のない人もくるってこと?」
雪菜が再び眉をひそめた。
すると、なつみが指を振りながら言った。
「いいじゃない。ダンスに興味がない人が来てくれるって言うことは、普通ならダンスを見たりしない人が見てくれるってことだよ。そこで、あたしたちが魅力的なダンスを披露してダンス好きにすることができれば、新しいお客を開拓できるんだから」
「そ、それは、そうだけど……」
「そういうことだ。もとからのダンス好きだけを相手にしていたのではファンは増えていかない。ファンを増やすためには興味のない人間をダンス好きにする必要がある。そのためにはダンス以外の理由で来てもらわないといけない。別の目的でやってきた人間をダンス好きにしてリピーターに出来るかどうか。そこはお前たちの腕次第だ」
「……わかった」
雪菜は森也の言葉にうなずいた。
「でも、これだけは言っておくわ。ファンを増やすためにダンスに興味のない人を呼ぼうとして、ダンス以外の要素の方が強くなってしまっては本末転倒。主役はあくまでダンス。水舞そのもの。その点は徹底してもらうわ」
「それはたしかに」
なつみも雪菜の言葉にうなずいた。
「わかっている。その点はこちらも気をつけるし、お前たちを無視して勝手に進めたりはしない。きちんと事前に相談する」
「いいわ。信じましょう」
雪菜が言った。凜々しい美貌が一層引き締まり、一種の凄みさえ漂わせている。『約束を破ったらタダではすまない』と、そう思わせる姿だった。
「納得してもらえたならなによりだ。では、今後の練習にかんしてはふぁいからりーふと相談して進めてくれ」
「うん」
「ええ」
そして、残された日々はあっという間に過ぎ去り、公演の日がやってきた。
森也は突然、現れてそう叫んだ赤葉の態度に目を丸くした。『一生のお願い!』などと言うものは生涯に何度もある上に、たいていろくでもない内容だと相場か決まっているが、
りーふも、なつみの公演に参加させて!」
「なつみの公演に?」
「そう! バレエはやめたけど、あたしはいまでもなつみと雪菜を人生のライバルで、親友だと思ってる! その親友が再起不能と言われた怪我を乗り越えて新しい道を進もうとしてるのよ。ここで応援しなくちゃ女が廃る! だから、なつみと同じ舞台に立って、一緒に復活公演を成功させたの。お願い、あたしたちも参加させて!」
森也はじっと赤葉の目を見た。赤葉の目は真剣そのもの、というより、必死そのものと言った印象で、見ているだけで気持ちが伝わってくる。もともと、野心的な熱血タイプ。良くも悪くも燃えやすいタイプではあるが、ここまで真剣な表情を見るのははじめてだ。
「……なるほど。その気持ちはわかるし、歓迎する」
「それじゃ……!」
赤葉の顔がパアッと明るくなる。
森也はその顔目がけて言葉の冷水をぶっかけた。
「あわてるな。お前が許可を得るべきはおれではないだろ」
そう言われて――。
赤葉は『あっ』という表情になった。一言言い残す間もなく身をひるがえし、駆け出していく。その背に向かって森也が声をかけた。
「まて! どこに行く気だ?」
「えっ? 社長のところ。社長の許可をとってこいってことでしょ?」
「おれが言った『許可を得る相手』というのはふぁいからのメンバーのことだ」
「えっ?」
森也にそう言われたときの赤葉の声と表情。それは『ふぁいからメンバーの許可を得る必要がある』という発想がまるでなかったことを告げていた。
「ふぁいからは五人組ユニット。お前ひとりでやっているわけじゃないんだ。公演に参加したいなら他の四人の許可もちゃんともらってこい。それもできないようなら富士幕府には必要ない」
「なんで、わたしたちがそんな公演に参加しなくちゃいけないの」
赤葉が公演への参加をふぁいからメンバーに頼み込んだとき、黒葉の反応ははなはだ冷淡なものだった。
「そのなつみっていう子があなたにとってどんなに大切な友だちか知らないけど、わたしたちにとっては赤の他人よ。なんで、その赤の他人のために仕事でもない公演に参加しなくちゃならないの。おかしいでしょう」
「わかってるわよ! だから、頼んでるんじゃない。『協力して』って。あたしはどうしてもなつみを応援してあげたいの。だから、協力して。お願い!」
赤葉は手を合わせて頼み込んだ。良くも悪くもまっすぐで一本気な性格なだけに、人にものを頼むとなれば頭もさげるし、手も合わせる。その点では決して礼儀知らずというわけではない赤葉である。
「あたしはやってもかまわないけど」
いつもマイペースな青葉がこれまたマイペースな口調でそう言った。すると、黄葉がいつものおっとり口調で言った。
「でもお~。赤葉ちゃん、いままでずっと、わたしたちのことを邪魔者扱いしてソロ活動したがってたよねえ。それなのに、都合のいいときだけ『協力して』はないんじゃないかなあ」
「うっ、それは……」
『みんなのお母さん』黄葉におっとり口調で手厳しく指摘され、赤葉はさすがに怯んだ。我が身を振り返れば、そう言われても仕方のない言動にはいくらでも覚えがある。
「みんな、やろう」
『返す言葉もない』状態の赤葉にかわり、みんなにそう呼びかけたのは意外なことに白葉だった。
「白葉、あんた……」
赤葉はあまりの意外さにマジマジと白葉を見つめた。『勝手なことを言わないで』という思いを抱くものがいるとすれば、それは白葉が第一のはずだった。なにしろ、いままで、事あるごとに白葉の出来の悪さを責め、嫌ってきたのだから。
しかし、白葉の熱心な様子で他の三人に呼びかけた。
「あたしたちはふぁいからりーふ。五人で一組のユニット。だったら、メンバーの誰かが真剣に頼んでくるなら協力しあうのが筋たと思う。それに……」
白葉はいったん、言葉を切った。大きく深呼吸した。気持ちを落ち着かせるためと言うより、言うべきことを整理するための間であるように見えた。
「あたしたちにとってもチャンスだと思う。そのなつみちゃんって『世界を狙える』って言われていたバレエダンサーだったんでしょう? そんな人が再起不能と言われた怪我をして、そこから復活する。注目を浴びるはずだし、富士幕府としてもお客さまを集めるために全力で宣伝している。その公演に参加したとなればあたしたちだって名前を売れるし、なにより、『大切な友だちのために参加した』って言うことになれば注目も浴びると思う。思い出して。あたしたちはいま『グラミー賞を取る』って言う目的のために行動してるんだよ。だったら、少しでも名前を売るチャンスがあるならものにしなくちゃ。それに、一緒に公演に参加していれば、なつみちゃんが評判通りに世界的なダンサーになったとき、あたしたちも一緒に注目される。本気でグラミー賞を取るつもりならこれは外せないよ」
一語いちご考え込むようにして話しているために口調はたどたどしく、決してなめらかにそれだけのことを言ったわけではない。それでも――。
――これが、あの白葉?
全員がそう思い、目を丸くして白葉を見つめていた。
以前の白葉はこんなことを言えるような人間ではなかった。自分ひとりの意見さえまともに言えず、つっかえてばかりのダメッ子だったはずだ。それが、こんなにも筋の通った理屈を展開して説得しようとするなんて……。
「でも……」
黒葉が戸惑いを隠しきれない様子で言った。
「白葉。あなた、それでいいの? 赤葉にはあなたが一番……」
白葉は最後まで言わせなかった。にっこり微笑むと黒葉の言葉を遮った。
「赤葉ちゃんはふぁいからりーふの仲間だよ。協力するの当たり前だよ」
「白葉……」
赤葉が呟いた。
「ま、まあ、あなたがそう言うなら……」
黒葉が戸惑いながらもそう認めた。
「あたしは最初からやってもよかったから」
青葉が言った。
「そうねえ。たしかに、みんなのためになるならお母さんとしても賛成すべきよねえ」
黄葉がおっとり口調でうなずいた。
「じゃあ、決まりね! みんなで公演を成功させよう」
そう言ってメンバーを鼓舞したのはやはり意外なことに熱血ヒロインの赤葉ではなく、ダメッ子(であるはずの)白葉だった。
それから、ふぁいからりーふの五人全員で所属プロの社長である倉田葵のもとに向かい、公演参加を許可してくれるよう直談判した。ここでもやはり、中心となったのは白葉。皆に話したのと同じ理屈で葵を説得し、許可を勝ち取った。ミッションをクリアして誇らしげに小さな胸を張るその姿には、以前には欠片も見られなかった貫禄めいたものまであった。
赤葉は白葉とふたりきりになれるタイミングを見計らい、礼を言った。
「ありがとう、白葉。正直言って、あんたがあたしに協力してくれるとは思わなかったわ」
そう言われて――。
白葉はにっこりと微笑んだ。
「いいよ。あたしはふぁいからりーふのリーダーなんだから。『リーダーの一番の役目は、メンバー全員に共通の目的をもたせてまとめあげることだ』って兄貴さんにいっぱい教わったから」
「兄貴……」
「赤葉ちゃん。こういう役目はあたしに任せて。あたしはステージの上では一番の役立たずなんだから、みんなのまとめ役として頑張るよ。赤葉ちゃんはふぁいからりーふのエースとして、センターとして、その役割に集中して。ふぁいからりーふが売れるかどうかは赤葉ちゃん次第なんだから。赤葉ちゃんにはいつも、最高のステージを披露してもらわないとね」
そう言ってにこやかに笑う白葉にたしかに、以前とはちがう『なにか』があった。
言葉の内容は確かに自虐的ではある。しかし、そこには自分の限界を認めた上で、自分の役割を忠実に果たそうとする誇りがあった。以前のように、ただただ卑屈にふるまって他人を苛々させるダメッ子白葉の姿はそこにはなかった。
その姿を見て赤葉は思いだした。白葉はふぁいからりーふのリーダーたるべく、メンバーの誰よりも長い時間、藍条森也その人から教えを受けているのだと言うことを。
――そうか。白葉も兄貴に鍛えられて成長してるんだ。
そう思い――。
赤葉はニイッと笑った。
「よおし、そうとなったら、あたしも負けてられないわ。最高のステージを見せつけて公演を大成功させてみせる!」
「うん、がんばれ、赤葉ちゃん!」
公演の準備は急速に進んだ。
なつみと雪菜はふたりで水舞の手順を作りあげていったし、赤葉たちふぁいからりーふも歌に、踊りに、熱心に取り組んだ。森也主導で会場の設備や演出も進められた。
一日、森也は会場の演出についてなつみと雪菜に説明した。
「ふぁいからりーふが参加することになったからな。舞台に奥行きをもたせて後方で唄い、踊ってもらうことにした」
「赤葉たちがバックコーラスを務めるって言うこと?」
「そういうことだ。と言うわけで、これからは呼吸を合わせるためにふぁいからりーふとの合同の練習になる。日数に余裕があるわけではないからかなりの密度になるが……」
「だいじょうぶ」
と、なつみは拳を握りしめて請け合った。
「コンクール前の追い込みなんていつものことだったもの。直前になって予定が変更して、徹夜で取り組んだこともある。どんなに密度の濃いリハーサルになってもだいじょうぶ。やってみせる」
「膝のことを忘れないで。練習で張り切りすぎで本番で膝がもたない、なんて言うことになったら、いい嗤いものよ」
雪菜が冷静に釘を刺した。それが自分の役目であることを雪菜は決して忘れない。
「それから、舞台全体の構成だが……」
森也が話を先に進めた。
「イメージとしては海のなかから水面を見上げるという印象で作りあげる。そのために、舞台の上で魚の模型を回遊させ、天井全体を光で包んで、光の差し込む水面を水中から見上げているようなイメージとする」
「魚の模型?」
雪菜が眉をひそめた。
「不満か?」
「そんな、子供相手にするようなこと、バレエの世界ではあり得ないし……」
「雪菜。これは水舞の舞台だよ。バレエをしたいなら参加する場所がちがうよ」
「そ、それはそうだけど……」
なつみに手厳しく指摘され――。
さすがに、怯んだ様子の雪菜だった。
森也はなつみの言葉にうなずいた。
「そういうことだ。それに……」
「それに?」
「もうひとつ重要な点がある。雪菜。お前は『子供相手にするような』と言った。では、子供は見に来なくていいのか?」
「そ、そうは言わないけど……でも、ダンスってそもそも子供が見るようなものじゃないと思うし」
「そうだな。おれもそう思う。多分、たいていの子供はダンスを見てもおもしろいとは思わないだろう。まして、何十分もじっと見続けているはずがない。しかし、それはどういうことだ? 『小さな子供をもつ親はダンスを見に来られない』と言うことだ。例え、本人がどんなにダンス好きでもな。それでは、つまらんだろう。子供をもったばかりに好きなことも楽しめない、なんてことになってはな。だから、子供も楽しめる要素を組み込む。というより、各年代が楽しめるよう演出する。親子三代がそろってやってきて、それぞれに自分の楽しみを見つけて満足して帰って行く。そうできる舞台を作りあげる」
「それって、ダンスに興味のない人もくるってこと?」
雪菜が再び眉をひそめた。
すると、なつみが指を振りながら言った。
「いいじゃない。ダンスに興味がない人が来てくれるって言うことは、普通ならダンスを見たりしない人が見てくれるってことだよ。そこで、あたしたちが魅力的なダンスを披露してダンス好きにすることができれば、新しいお客を開拓できるんだから」
「そ、それは、そうだけど……」
「そういうことだ。もとからのダンス好きだけを相手にしていたのではファンは増えていかない。ファンを増やすためには興味のない人間をダンス好きにする必要がある。そのためにはダンス以外の理由で来てもらわないといけない。別の目的でやってきた人間をダンス好きにしてリピーターに出来るかどうか。そこはお前たちの腕次第だ」
「……わかった」
雪菜は森也の言葉にうなずいた。
「でも、これだけは言っておくわ。ファンを増やすためにダンスに興味のない人を呼ぼうとして、ダンス以外の要素の方が強くなってしまっては本末転倒。主役はあくまでダンス。水舞そのもの。その点は徹底してもらうわ」
「それはたしかに」
なつみも雪菜の言葉にうなずいた。
「わかっている。その点はこちらも気をつけるし、お前たちを無視して勝手に進めたりはしない。きちんと事前に相談する」
「いいわ。信じましょう」
雪菜が言った。凜々しい美貌が一層引き締まり、一種の凄みさえ漂わせている。『約束を破ったらタダではすまない』と、そう思わせる姿だった。
「納得してもらえたならなによりだ。では、今後の練習にかんしてはふぁいからりーふと相談して進めてくれ」
「うん」
「ええ」
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