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第四話 空の星 海の星(下)
ステージ18 空の星 海の星
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「すごいよ、なつみちゃん! お客さんたち、まだざわついている」
楽屋に飛び込んできた白葉が、喜びと感心を合わせて二を掛けたような表情でそう叫んだ。ステージを終えて楽屋に戻り、水分を補給して、シャワーを浴びて汗を流し、メイクも落とし、Tシャツとショートパンツという軽装に着替えたあとのことだった。観客席の反応を気にした白葉がひとり、楽屋を抜け出して様子を見に行ったのだ。そこで、白葉が見たものとは――。
ステージ後のディナータイムを家族で楽しみながら、なつみたちの舞について夢中で語る観客たちの姿だった。
「すごかったよ! おとなの人たちだけじゃなくて、小さな子供たちまで『あのお姉ちゃんたちの踊り、すごかった』なんて言ってるの! 『あたしもあんな風に踊ってみたい』なんて言ってる女の子もいたよ」
「そんなことまで聞こえるなんて、どこまで行ったの?」
めずらしく、常にマイペースな青葉が尋ねた。
「えっ?、そ、それはその……観客席の方まで」
「観客席? そんなところに行ったら気付かれちゃうでしょう」
と、黒葉が『お姉さん』と言うより『叱りつけるお母さん』といった口調で言った。
「うっ、それがその……」
白葉はそう言われて指先などをつつきながら答えた。
「あたしってほら……ステージでは印象、薄いから。誰にも気付かれなかった」
ああ~、と、『やっちまった』的な空気が一瞬、楽屋に流れた。
歌も、踊りも、外見も、すべてが平均以下の白葉である。ステージ上の姿を覚えているのは『ダメッ子ほど応援したい』筋金入りのヲタぐらいしかいない。
「で、でも! なつみちゃんの評判は本当にすごかったんだよ! みんな『感動した』、『泣いた』って、そんなことばっかり言ってたんだから」
「当然よ。なつみが全力で作りあげたステージなんだから」
「この赤葉さまが応援に駆けつけたんだから、大成功以外あり得ないって」
雪菜と赤葉が口々に答える。その場にいる全員の視線がなつみに集中する。なつみは自分の席に座ったまま、なにをするでもなく放心状態のままである。
ブルッ、と、その身が震えた。
「………た」
「えっ?」
「……踊れた。また、またステージに立って……大勢の人の前で……思いきり、踊れた」
そう呟く身が小刻みに震えている。ボロボロと涙がこぼれはじめた。とまらない。とめようともしない。ただただ涙を流し、もう二度とできないと思っていことが出来た喜びに震えている。そんななつみを――。
雪菜と赤葉がそろって抱きしめた。言葉はいらない。ただただその腕で力いっぱい抱きしめる。
そんな三人の姿をふぁいからりーふのメンバーたちも黙って見つめている。
黒葉はちょっと顔を背けぎみに。
青葉はいつもは無表情な顔に優しい笑みを浮かべて。
黄葉は『お母さん』らしく、手を合わせながら慈愛の表情を浮かべて。
そして、白葉は――。
思わず、もらい泣きしていた。
楽屋のなかに声のない時間がしばらく、過ぎた。
コンコン、と、ドアがノックされた。
「森也だ。入っても大丈夫か?」
「……あ、どうぞ」
白葉が涙を拭いながら、あわてて答えた。
ドアが開き、いつも通り、さくらを連れた森也が入ってきた。
「みんな、ご苦労さま。よくやってくれた。大成功と言っていい出来だ」
とりあえず、そう言ってからなつみに視線を向けた。なつみは相変わらず涙をあぶれさせて放心状態である。
「なつみ」
と、森也が声をかけた。
なつみはようやく気がついたように涙に濡れた顔をあげた。
「取材の申し込みが殺到している。行けるか?」
「……行く」
なつみは小さく言い切った。立ちあがった。顔を洗い、涙の跡を洗い流し、最低限のメイクをして身なりを整える。学生の正装として学校の制服に着替える。そして、颯爽とした立ち居振る舞いで記者たちが待ち受ける場へと向かった。
そこにはもう、喜びのあまり放心していた少女の姿はなかった。自分を演出することを知るプロの姿だった。
無数のフラッシュがたかれるなか、なつみは落ち着いた態度で笑顔を浮かべ、記者たちの質問に答えていく。あわてる様子も、戸惑う様子もまったくない。その姿はとても高校一年生とは思えない。むしろ、幾つもの修羅場をくぐり抜けてきたベテラン女優のような貫禄だった。
「……すごい」
その姿を陰から見つめているさくらが思わず呟いた。『すごい』と、呟いたその口以上にふたつの目が大きく見開かれている。
「あんな大勢の記者に囲まれているのに全然、動じてない。とても、同い年とは思えない態度だわ」
自分ならとてもああはいかないだろう。感心するのすら通り越して、もはや異星人を見ている気分である。
「なつみは慣れているのよ」
雪菜が説明するように言った。
「小学生の頃から『天才少女』として、記者に囲まれてきたから」
「小学生で記者に囲まれるって言う時点でとんでもないわよ」
――あたしなんて、小中と親に叱られないよう、優等生を演じるだけで精一杯だったのに。
やっぱり、『選ばれた人間』っているのね。
そう思うさくらであった。ここまで圧倒的な差を見せつけられると嫉妬する気にもなれはしない。ただただ『すごい』と、あきらめを含めて見上げるだけである。
「なつみは幼くして、自分の天分に出会えた幸運なタイプだからな」
その森也の言葉に――。
雪菜は『ムッ』と、険しい表情をした。
「ただ『運が良かった』みたいな言い方しないでよ。『天才少女』と呼ばれたのも、記者に囲まれてきたのも、なつみ自身が必死に努力してきた結果なんだから」
「それはわかっている。だが、まさか、『努力さえすれば誰でも同じことが出来る』なんて思っているわけではないだろう?」
「それは……そうだけど」
「衆に優れた天分をもって生まれたこと、その天分を活かせる道に出会えたこと。それはどちらも本人の努力を越えた幸運の結果だ。そのことを忘れ、『すべては努力の結果』なんて思っていたら、傲慢で鼻持ちならない、いやな奴になるだけだぞ」
「………」
森也にそう言われ――。
雪菜は『ムッ』とした表情のまま押し黙った。
『言っていることはわかるけど、あんたに説教なんてされたくない』
そう思っている表情だった。
なつみの記者会見を見守っている森也たちのもとに、菜の花が駆けてきた。泡を食った口調で叫んだ。
「ちょっと、森也! なにやってんの。あんたの出番よ!」
「出番? なんの? 公演は終わったし、打ち上げの仕切りは赤岩の役目だ。おれのやることなんてもうないだろう」
「なに言ってんの⁉ あんたにもインタビューしたいって依頼が殺到してるのよ」
「なんで、おれにインタビューの依頼が来るんだ。おれはただの裏方だぞ。インタビューを受けるべきは現場の人間だろう」
「ああ、もう! いつもいつもそうやって理屈をこねてばっかり! いいからさっさときなさい。お姉さまの命令!」
そう叫ぶ菜の花の言葉に――。
森也はじっと姉を見つめた。
「な、なによ、その目は……」
「要するに、お前が水舞について説明できなかったんだな?」
「う、うるさいわね……! とにかく、さっさときて。みんな、まっているんだから」
はっ、と、森也は小さく息を吐き出した。
「まっ、いいだろう。ちょうど、言っておきたいこともあるしな」
森也はそう言ってからさくらと雪菜のふたりを見た。
「さくら。雪菜。お前たちも来い」
「あたしたちも?」
森也の言葉の意味がわからず――。
目を丸くするさくらであった。
森也への質問はなつみの復活劇の舞台裏に関してのものだった。どうして、なつみの復活に手を貸すことになったのか。そもそも、水舞とはなんなのか。それらの質問が森也に浴びせかけられた。森也はその一つひとつに答えていった。
森也はなつみとちがって記者に囲まれることに慣れていたりはもちろん、しない。というより、こんなことは苦手だし、嫌い。
緊張する。
プレッシャーに押しつぶされる。
やりたくない。
そう思う人間である。しかし、いざその場に立つとなぜか、度胸が据わってしまうタイプでもあった。なので、記者の質問に対しても戸惑うことなく平然と答えていく。
「見事な復活を遂げた南沢さんに、どんな言葉をかけたいですか?」
記者のひとりがそう質問した。
森也が答えた。
「私が声をかけたいのは北條雪菜と緑山さくら。そのふたりです」
「はっ?」
思い掛けない名前に記者は目を丸くしたが、それ以上に目を丸くして驚いたのが陰から聞いていたさくらと雪菜である。
森也はふたりに近づいた。なにも言わずに腕を引いて記者たちの前に引っ張り出した。戸惑うふたりを自分の前に立たせ、ふたりの肩に手を置きながら森也は語った。
「北條雪菜の存在なしにこの舞台の成功はあり得ませんでした。かの人はどこも故障しているわけではない。いままで通り、バレエの世界で頂点を狙うことができた。それにもかかわらず、親友でありライバルでもある南沢なつみのためにバレエをすて、水舞の踊り手になることを決意した。また、このふたり、北條雪菜と南沢なつみを私に引き合わせてくれたのは、この緑山さくらです。このふたりがいなければ私には何もできなかった。だからこそ、私はまずこのふたりに声をかけます。ありがとう。心から感謝している」
記者会見が終わった。
記者たちが去ったあと、森也、さくら、雪菜の三人が残された。雪菜は腕組みして敵意むき出しの表情で森也を睨み付けている。
「なんのつもり?」
そう問いかける口調も『喧嘩を売ってる』としか思えないようなものだった。
「なんのつもり、とは?」
「とぼけないで。なんで、わざわざわたしのことを持ち出したの。記者の質問は『なつみになんと声をかけたいか』と言うことでしょう」
「だから、だ」
「どういうこと?」
「事実として、お前の存在なしには今回の成功はあり得なかった。それなのに、誰も彼もがなつみにばかり注目する。それは良い。なつみは世間から注目されるに値するだけのことをした。だがな。主役だけではこの世は成り立たない。脇役も必要だし、裏方だって必要なんだ。それなのに、主役ばかりがもてはやされるのは不公平というものだ。だからこそ、おれは脇役や裏方に目を向ける。主役をもてはやすのは世間に任せておけばいい。それに……」
「それに?」
「実際、お前には感謝している。本当によく水舞の踊り手になってくれた。心から礼を言う。ありがとう」
森也はそう言うと、まっすぐに雪菜を見つめ、頭をさげた。
雪菜はたちまち真っ赤になった。怒ったような表情でそっぽを向いた。怒り口調そのままに言い放った。
「……本当。さくらの言っていたとおりだわ」
「? さくらがなにを言ったんだ?」
「あんたは卑怯で、メチャクチャ質が悪いってこと!」
雪菜はそう叫び捨てると――。
そのまま振り返りもせずに駆け出していった。
森也はその後ろ姿を見送って肩をすくめた。
「あいつもけっこう、面倒くさい性格してるな」
あはは、と、さくらは笑って見せた。
「でも、兄さん。あたし、嬉しかった。兄さんはあたしのことをちゃんと認めてくれるんだってわかって」
「当たり前だ。かあらも、赤葉たちも、なつみと雪菜も、みんな、お前がおれのもとに連れてきてくれた。おかげで、おれはおれの目的に向けて動き出すことが出来た。おれにできるのは計画を立てることだけ。その計画を実現させるには現場の人間が必要なんだからな。そんな人間たちを連れてきてくれたお前には本当に感謝している。ありがとう。これからもよろしく」
森也はそう言うとやさしい笑顔を浮かべ、妹の頭に『ポン』と、手を置いた。
そうされてさくらは――。
心からの喜びの笑顔を浮かべた。
記者会見が終わり、打ち上げとなった。
赤岩あきら自らが仕切る打ち上げは『大げさすぎる』という声が出るほどのものだった。しかし、なつみの気持ちを思えば決してやり過ぎと言うことはないだろう。
そして、すべてが終わったあと――。
なつみはひとり、空っぽになったステージに戻ってきていた。そのなつみのもとに雪菜と赤葉がやってきた。
「あ~、やっぱり、ここに居たのね」
赤葉が声をかけた。なつみは振り返った。赤葉を見た。その表情にははっきりとした決意が込められていた。
「赤葉。あなたたち、唄っていたよね。『誰も気付かない海の底。希望の星はそこにある』って」
「ああ、うん。あの歌の作詞作曲をしたのは青葉だけどね」
「雪菜。赤葉。あたし、決めた。水舞をきわめて、世界一の海の星になる!」
「なつみ……」
「あたしはずっとエトワールを、空の星を目指してきた。だけど、膝を故障して空の星にはなれなくなった。一度は死にたいぐらいの気持ちだった。でも、あたしは知った。教えてもらった。空の星以外にもなれる星はあるんだって。だから、あたしは海の星になる! そうなることで世界中の、目的を見失った人たちに『希望はある』って伝える! だから、雪菜。あなたとはこれまでずっとライバルとして生きてきたけど、これからはあたしのパートナーとして生きて。あたしと一緒に水舞を完成させて。お願い」
「お願いされる筋合いなんてないわ」
それが、雪菜の答えだった。
「わたしは、わたし自身のために水舞の踊り手になったんだから。あなたのためになったわけじゃない。あなたに言われなくても、水舞は完成させる。でも、覚悟しておきなさい。このわたしが水舞の踊り手としている以上、あなたは決して世界一の海の星にはなれない。世界一のなるのはこのわたしなんだから」
その言葉に――。
なつみは破顔した。
「望むところ! あたしだって絶対、負けない。これからはパートナーとして、そして、ライバルとして生きていくことになるわけね」
「うんうん。これぞ青春。いい感じね」
と、熱血大好きの赤葉が嬉しそうに言った。
「ふたりとも、その言葉、忘れるんじゃないわよ。あたしはアイドルとして世界のトップに立つ。グラミー賞を取って、歌の世界での一番になる。だから、あんたたちは必ず水舞で世界一になりなさい。水舞を完成させて、ダンスの世界での一番になるの。いいわね?」
「もちろん!」
「言われるまでもないわ」
このとき――。
三人の少女による誓約がかわされたのだった。
第四話完。
最終話につづく。
楽屋に飛び込んできた白葉が、喜びと感心を合わせて二を掛けたような表情でそう叫んだ。ステージを終えて楽屋に戻り、水分を補給して、シャワーを浴びて汗を流し、メイクも落とし、Tシャツとショートパンツという軽装に着替えたあとのことだった。観客席の反応を気にした白葉がひとり、楽屋を抜け出して様子を見に行ったのだ。そこで、白葉が見たものとは――。
ステージ後のディナータイムを家族で楽しみながら、なつみたちの舞について夢中で語る観客たちの姿だった。
「すごかったよ! おとなの人たちだけじゃなくて、小さな子供たちまで『あのお姉ちゃんたちの踊り、すごかった』なんて言ってるの! 『あたしもあんな風に踊ってみたい』なんて言ってる女の子もいたよ」
「そんなことまで聞こえるなんて、どこまで行ったの?」
めずらしく、常にマイペースな青葉が尋ねた。
「えっ?、そ、それはその……観客席の方まで」
「観客席? そんなところに行ったら気付かれちゃうでしょう」
と、黒葉が『お姉さん』と言うより『叱りつけるお母さん』といった口調で言った。
「うっ、それがその……」
白葉はそう言われて指先などをつつきながら答えた。
「あたしってほら……ステージでは印象、薄いから。誰にも気付かれなかった」
ああ~、と、『やっちまった』的な空気が一瞬、楽屋に流れた。
歌も、踊りも、外見も、すべてが平均以下の白葉である。ステージ上の姿を覚えているのは『ダメッ子ほど応援したい』筋金入りのヲタぐらいしかいない。
「で、でも! なつみちゃんの評判は本当にすごかったんだよ! みんな『感動した』、『泣いた』って、そんなことばっかり言ってたんだから」
「当然よ。なつみが全力で作りあげたステージなんだから」
「この赤葉さまが応援に駆けつけたんだから、大成功以外あり得ないって」
雪菜と赤葉が口々に答える。その場にいる全員の視線がなつみに集中する。なつみは自分の席に座ったまま、なにをするでもなく放心状態のままである。
ブルッ、と、その身が震えた。
「………た」
「えっ?」
「……踊れた。また、またステージに立って……大勢の人の前で……思いきり、踊れた」
そう呟く身が小刻みに震えている。ボロボロと涙がこぼれはじめた。とまらない。とめようともしない。ただただ涙を流し、もう二度とできないと思っていことが出来た喜びに震えている。そんななつみを――。
雪菜と赤葉がそろって抱きしめた。言葉はいらない。ただただその腕で力いっぱい抱きしめる。
そんな三人の姿をふぁいからりーふのメンバーたちも黙って見つめている。
黒葉はちょっと顔を背けぎみに。
青葉はいつもは無表情な顔に優しい笑みを浮かべて。
黄葉は『お母さん』らしく、手を合わせながら慈愛の表情を浮かべて。
そして、白葉は――。
思わず、もらい泣きしていた。
楽屋のなかに声のない時間がしばらく、過ぎた。
コンコン、と、ドアがノックされた。
「森也だ。入っても大丈夫か?」
「……あ、どうぞ」
白葉が涙を拭いながら、あわてて答えた。
ドアが開き、いつも通り、さくらを連れた森也が入ってきた。
「みんな、ご苦労さま。よくやってくれた。大成功と言っていい出来だ」
とりあえず、そう言ってからなつみに視線を向けた。なつみは相変わらず涙をあぶれさせて放心状態である。
「なつみ」
と、森也が声をかけた。
なつみはようやく気がついたように涙に濡れた顔をあげた。
「取材の申し込みが殺到している。行けるか?」
「……行く」
なつみは小さく言い切った。立ちあがった。顔を洗い、涙の跡を洗い流し、最低限のメイクをして身なりを整える。学生の正装として学校の制服に着替える。そして、颯爽とした立ち居振る舞いで記者たちが待ち受ける場へと向かった。
そこにはもう、喜びのあまり放心していた少女の姿はなかった。自分を演出することを知るプロの姿だった。
無数のフラッシュがたかれるなか、なつみは落ち着いた態度で笑顔を浮かべ、記者たちの質問に答えていく。あわてる様子も、戸惑う様子もまったくない。その姿はとても高校一年生とは思えない。むしろ、幾つもの修羅場をくぐり抜けてきたベテラン女優のような貫禄だった。
「……すごい」
その姿を陰から見つめているさくらが思わず呟いた。『すごい』と、呟いたその口以上にふたつの目が大きく見開かれている。
「あんな大勢の記者に囲まれているのに全然、動じてない。とても、同い年とは思えない態度だわ」
自分ならとてもああはいかないだろう。感心するのすら通り越して、もはや異星人を見ている気分である。
「なつみは慣れているのよ」
雪菜が説明するように言った。
「小学生の頃から『天才少女』として、記者に囲まれてきたから」
「小学生で記者に囲まれるって言う時点でとんでもないわよ」
――あたしなんて、小中と親に叱られないよう、優等生を演じるだけで精一杯だったのに。
やっぱり、『選ばれた人間』っているのね。
そう思うさくらであった。ここまで圧倒的な差を見せつけられると嫉妬する気にもなれはしない。ただただ『すごい』と、あきらめを含めて見上げるだけである。
「なつみは幼くして、自分の天分に出会えた幸運なタイプだからな」
その森也の言葉に――。
雪菜は『ムッ』と、険しい表情をした。
「ただ『運が良かった』みたいな言い方しないでよ。『天才少女』と呼ばれたのも、記者に囲まれてきたのも、なつみ自身が必死に努力してきた結果なんだから」
「それはわかっている。だが、まさか、『努力さえすれば誰でも同じことが出来る』なんて思っているわけではないだろう?」
「それは……そうだけど」
「衆に優れた天分をもって生まれたこと、その天分を活かせる道に出会えたこと。それはどちらも本人の努力を越えた幸運の結果だ。そのことを忘れ、『すべては努力の結果』なんて思っていたら、傲慢で鼻持ちならない、いやな奴になるだけだぞ」
「………」
森也にそう言われ――。
雪菜は『ムッ』とした表情のまま押し黙った。
『言っていることはわかるけど、あんたに説教なんてされたくない』
そう思っている表情だった。
なつみの記者会見を見守っている森也たちのもとに、菜の花が駆けてきた。泡を食った口調で叫んだ。
「ちょっと、森也! なにやってんの。あんたの出番よ!」
「出番? なんの? 公演は終わったし、打ち上げの仕切りは赤岩の役目だ。おれのやることなんてもうないだろう」
「なに言ってんの⁉ あんたにもインタビューしたいって依頼が殺到してるのよ」
「なんで、おれにインタビューの依頼が来るんだ。おれはただの裏方だぞ。インタビューを受けるべきは現場の人間だろう」
「ああ、もう! いつもいつもそうやって理屈をこねてばっかり! いいからさっさときなさい。お姉さまの命令!」
そう叫ぶ菜の花の言葉に――。
森也はじっと姉を見つめた。
「な、なによ、その目は……」
「要するに、お前が水舞について説明できなかったんだな?」
「う、うるさいわね……! とにかく、さっさときて。みんな、まっているんだから」
はっ、と、森也は小さく息を吐き出した。
「まっ、いいだろう。ちょうど、言っておきたいこともあるしな」
森也はそう言ってからさくらと雪菜のふたりを見た。
「さくら。雪菜。お前たちも来い」
「あたしたちも?」
森也の言葉の意味がわからず――。
目を丸くするさくらであった。
森也への質問はなつみの復活劇の舞台裏に関してのものだった。どうして、なつみの復活に手を貸すことになったのか。そもそも、水舞とはなんなのか。それらの質問が森也に浴びせかけられた。森也はその一つひとつに答えていった。
森也はなつみとちがって記者に囲まれることに慣れていたりはもちろん、しない。というより、こんなことは苦手だし、嫌い。
緊張する。
プレッシャーに押しつぶされる。
やりたくない。
そう思う人間である。しかし、いざその場に立つとなぜか、度胸が据わってしまうタイプでもあった。なので、記者の質問に対しても戸惑うことなく平然と答えていく。
「見事な復活を遂げた南沢さんに、どんな言葉をかけたいですか?」
記者のひとりがそう質問した。
森也が答えた。
「私が声をかけたいのは北條雪菜と緑山さくら。そのふたりです」
「はっ?」
思い掛けない名前に記者は目を丸くしたが、それ以上に目を丸くして驚いたのが陰から聞いていたさくらと雪菜である。
森也はふたりに近づいた。なにも言わずに腕を引いて記者たちの前に引っ張り出した。戸惑うふたりを自分の前に立たせ、ふたりの肩に手を置きながら森也は語った。
「北條雪菜の存在なしにこの舞台の成功はあり得ませんでした。かの人はどこも故障しているわけではない。いままで通り、バレエの世界で頂点を狙うことができた。それにもかかわらず、親友でありライバルでもある南沢なつみのためにバレエをすて、水舞の踊り手になることを決意した。また、このふたり、北條雪菜と南沢なつみを私に引き合わせてくれたのは、この緑山さくらです。このふたりがいなければ私には何もできなかった。だからこそ、私はまずこのふたりに声をかけます。ありがとう。心から感謝している」
記者会見が終わった。
記者たちが去ったあと、森也、さくら、雪菜の三人が残された。雪菜は腕組みして敵意むき出しの表情で森也を睨み付けている。
「なんのつもり?」
そう問いかける口調も『喧嘩を売ってる』としか思えないようなものだった。
「なんのつもり、とは?」
「とぼけないで。なんで、わざわざわたしのことを持ち出したの。記者の質問は『なつみになんと声をかけたいか』と言うことでしょう」
「だから、だ」
「どういうこと?」
「事実として、お前の存在なしには今回の成功はあり得なかった。それなのに、誰も彼もがなつみにばかり注目する。それは良い。なつみは世間から注目されるに値するだけのことをした。だがな。主役だけではこの世は成り立たない。脇役も必要だし、裏方だって必要なんだ。それなのに、主役ばかりがもてはやされるのは不公平というものだ。だからこそ、おれは脇役や裏方に目を向ける。主役をもてはやすのは世間に任せておけばいい。それに……」
「それに?」
「実際、お前には感謝している。本当によく水舞の踊り手になってくれた。心から礼を言う。ありがとう」
森也はそう言うと、まっすぐに雪菜を見つめ、頭をさげた。
雪菜はたちまち真っ赤になった。怒ったような表情でそっぽを向いた。怒り口調そのままに言い放った。
「……本当。さくらの言っていたとおりだわ」
「? さくらがなにを言ったんだ?」
「あんたは卑怯で、メチャクチャ質が悪いってこと!」
雪菜はそう叫び捨てると――。
そのまま振り返りもせずに駆け出していった。
森也はその後ろ姿を見送って肩をすくめた。
「あいつもけっこう、面倒くさい性格してるな」
あはは、と、さくらは笑って見せた。
「でも、兄さん。あたし、嬉しかった。兄さんはあたしのことをちゃんと認めてくれるんだってわかって」
「当たり前だ。かあらも、赤葉たちも、なつみと雪菜も、みんな、お前がおれのもとに連れてきてくれた。おかげで、おれはおれの目的に向けて動き出すことが出来た。おれにできるのは計画を立てることだけ。その計画を実現させるには現場の人間が必要なんだからな。そんな人間たちを連れてきてくれたお前には本当に感謝している。ありがとう。これからもよろしく」
森也はそう言うとやさしい笑顔を浮かべ、妹の頭に『ポン』と、手を置いた。
そうされてさくらは――。
心からの喜びの笑顔を浮かべた。
記者会見が終わり、打ち上げとなった。
赤岩あきら自らが仕切る打ち上げは『大げさすぎる』という声が出るほどのものだった。しかし、なつみの気持ちを思えば決してやり過ぎと言うことはないだろう。
そして、すべてが終わったあと――。
なつみはひとり、空っぽになったステージに戻ってきていた。そのなつみのもとに雪菜と赤葉がやってきた。
「あ~、やっぱり、ここに居たのね」
赤葉が声をかけた。なつみは振り返った。赤葉を見た。その表情にははっきりとした決意が込められていた。
「赤葉。あなたたち、唄っていたよね。『誰も気付かない海の底。希望の星はそこにある』って」
「ああ、うん。あの歌の作詞作曲をしたのは青葉だけどね」
「雪菜。赤葉。あたし、決めた。水舞をきわめて、世界一の海の星になる!」
「なつみ……」
「あたしはずっとエトワールを、空の星を目指してきた。だけど、膝を故障して空の星にはなれなくなった。一度は死にたいぐらいの気持ちだった。でも、あたしは知った。教えてもらった。空の星以外にもなれる星はあるんだって。だから、あたしは海の星になる! そうなることで世界中の、目的を見失った人たちに『希望はある』って伝える! だから、雪菜。あなたとはこれまでずっとライバルとして生きてきたけど、これからはあたしのパートナーとして生きて。あたしと一緒に水舞を完成させて。お願い」
「お願いされる筋合いなんてないわ」
それが、雪菜の答えだった。
「わたしは、わたし自身のために水舞の踊り手になったんだから。あなたのためになったわけじゃない。あなたに言われなくても、水舞は完成させる。でも、覚悟しておきなさい。このわたしが水舞の踊り手としている以上、あなたは決して世界一の海の星にはなれない。世界一のなるのはこのわたしなんだから」
その言葉に――。
なつみは破顔した。
「望むところ! あたしだって絶対、負けない。これからはパートナーとして、そして、ライバルとして生きていくことになるわけね」
「うんうん。これぞ青春。いい感じね」
と、熱血大好きの赤葉が嬉しそうに言った。
「ふたりとも、その言葉、忘れるんじゃないわよ。あたしはアイドルとして世界のトップに立つ。グラミー賞を取って、歌の世界での一番になる。だから、あんたたちは必ず水舞で世界一になりなさい。水舞を完成させて、ダンスの世界での一番になるの。いいわね?」
「もちろん!」
「言われるまでもないわ」
このとき――。
三人の少女による誓約がかわされたのだった。
第四話完。
最終話につづく。
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