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最終話 歴史の決着
九章 総力戦
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鬼界島。
細い陸峡を通じて人世の大陸とつながるその大地に、無数とも言っていい鬼部が集結していた。その威容はまさに地獄の様相。子どもであれば一目見ただけで泣き出してしまうだろう。
もちろん、エンカウンの町に集結し、その鬼部を迎え撃とうとするもののなかには泣き出すものなどひとりもいない。いや、正確には泣きそうな顔をしているものがひとりいた。一騎当千を率いるジャイボスの腰巾着、もとい、参謀格のスタムである。
「おい、なに泣きそうになってんだ。しっかりしろ!」
バン! と、ジャイボスに威勢良く背中を叩かれ、スタムは前のめりに倒れそうになりながら『う、うん……』と曖昧に答えた。
「……しかし、すごい数ですね」
総将ジェイの補佐官であるアステスが緊張を含んだ声で言った。
「かんなぎ部族とやらの全戦力。加えて、従属関係にあるすべての部族からも最大限の兵力が提供されている。そう聞いた時点でよほどの大軍勢と覚悟はしていましたが……これは予想以上です」
「たしかに」
ジェイもうなずいた。引き締まった表情にはこの戦いに懸ける断固とした覚悟がみなぎっている。
「数ならこちらより確実に上だな。身体能力ではるかに勝る相手が多数。普通なら厳しいなんてものじゃない。だが、幸い、鬼部は船をもたない。水に入ることもない。細い陸峡を伝ってくるだけ。それならばいくらでも戦いようはある」
ジェイは隣にたたずむ獰猛な気を放つ巨漢に視線を向けた。
「アルノス将軍」
北の雄国オグルの烈将アルノスは重々しくうなずいた。
「任せろ。我らオグル兵が壁となってやつらを押さえる。我らの前は何人たりとも通さん」
「我らもいるしな」
アンドレアが弾むような口調で言った。
仮とは言え、一国の王たる身でありながら、当たり前のように最前線に出る気でいるアンドレアだった。
「我が闘戦母は守りにかけては誰にも負けん。なにしろ、子を守ろうとする母の軍団なのだからな。鬼部の侵攻は我らが防ぐ。ジェイ総将は攻撃に徹してくれ」
「御意」
国王に対する礼儀を示してから今度は遊牧民の衣服に身を包んだ女性に視線を向けた。
「バブラク将軍」
「わかっている。飛び出してきた鬼部には我らポリエバトルの弓をたっぷりとお見舞いしてやる」
次いで、この場にいるのはあまりにも似つかわしくない快活そうな少女に声をかけた。
「サアヤ殿下」
「任せて! すばしっこさがボクの取り柄だからね。遊撃隊の任務は見事、果たしてみせるよ」
「サアヤさま……」
隣にたたずむ少女が不安そうな声をあげた。サアヤはかの人を見るとニッコリと微笑んだ。力いっぱい抱きしめた。
「だいじょうぶだよ、カナエ。ボクは絶対、カナエのもとに帰ってくるからね」
「モーゼズ将軍。エイハブどの」
「うむ。海上からの攻撃は我らに任せておけ」
「ゲンナディ内海育ちの操船術、とくと見せてやらあ」
その言葉に――。
ジェイは深くうなずいた。左腕を突き出し、号令をかけた。
「陣容は計画通り。総員、配置につけ!」
総将の命令に全員が一斉に動きはじめる。最後までジェイの側に残っていたアステスが悔しそうに声に出した。
「……結局、わたしは最後まであなたと肩を並べて戦うことは出来ませんでしたね。情けない限りです」
アステスは組織運営や武器改良の才には優れているが戦闘力は低い。対鬼部用の訓練を受けているわけでもない。この一大決戦において前線に出ている余裕はない。
かの人は医療班を率いて支援に当たることになっていた。ジェイはそんなアステスに微笑んで見せた。
「なにを言っている。お前が医療班を率いてくれるからおれたちは安心して戦える。お前になら生命を預けられる。支援は任せたぞ」
「はい」
アステスは短く、しかし、断固として答えた後、少々意味ありげな口調になってつづけた。
「あなたは、なにがなんでも死ねませんからね。なにしろ、愛するハリエット陛下がおいでなんですから」
そう言われてジェイはたちまち真っ赤になった。
「な、なんだ、いきなり! こんなときに言うことじゃないだろう。なんのつもりだ」
「べーつーに」
と、ぷいっと横を向くアステスであった。
「死ねない理由があるのは、ないよりもいいに決まっている。それだけのことですよ」
「……ああ、その通りだ。行くぞ。おれたちは死なない。滅びない。必ず、人類の歴史を勝利させる」
「はい!」
大地を揺らし、砂煙をあげて、鬼部の大群が陸峡を走ってくる。突撃してくる。戦術などない。まして、戦略などどこにもない。ただただ身体能力にものを言わせて走ってくる。
それは、軍隊の突撃などではなく、野生の獣の奔走だった。だからこそ、人の世の常識では計れない破壊力をもっている。
その奔走をアルノス率いるオグル兵たちが峻険な山に鍛えられた肉体にものを言わせて受けとめる。
野性の奔走と生きた壁の激突。
鼓膜の破れる音が響いたかと思うような激しい衝突だった。
オグル人の壁の隙間をついて鬼部が突入する。そこを、ジェイ率いる羅刹隊が襲いかかる。四年前、エンカウン領主として町を守っていた頃から使っている三位一体の戦法。羅刹隊にも徹底させたその戦法によって侵入してきた鬼部を一体、また一体と倒していく。
陸峡の左右にはモーゼズとエイハブに率いられた船団が浮かんでいる。その船の上にはジャイボス率いる一騎当千が並んでいた。
「撃て、撃て、撃てえっー! いまこそ弱虫ボッツの威力、思い知らせるんだ!」
『永遠のガキ大将』ジャイボスは楽しそうに指示を下す。一騎当千の肩に担がれた弱虫ボッツが轟音を立てて鉄の球を撃ちだし、陸峡を渡る鬼部の群れを側面からなぎ倒す。
さらに、別の船団が鬼界島の浜辺につける。海に対して興味を示さない鬼部の隙をついてサアヤ率いる遊撃隊が上陸する。
「さあ、ボクたちの大切な人を守るために……突撃だ!」
サアヤ率いる遊撃隊が機動力にものを言わせて突撃と離脱を繰り返し、鬼部の後方を攪乱し、陸峡に進んだ群れと後方の本体とを分断する。
状況を見れば鬼部に勝ち目などないはずだった。得意の奔走を受けとめられ、左右の海上から一方的に砲撃され、さらには後方を攪乱されているのだ。勝ち目などあるはずがない。しかし――。
それほどの不利さえ覆すのが鬼の強さ。そして、戦意。やられても、やられても、鬼部は怯むことなく奔走をつづける。オグル兵と組み合う仲間の背を蹴って飛びあがり、一気に人類軍の後方に飛び込もうとする。
「撃てっ!」
鋭い声があがり、豪雨のような音を立てて矢が放たれ、鬼部の体を空中にいるまま串刺しにする。雌豹将軍バブラク率いるポリエバトル弓騎兵による斉射だった。
「よし、我々の出番だ!」
アンドレアが威勢良く叫んだ。配下の闘戦母を率いて前線に向かう。
「アルノス将軍、交代だ。いまは我々に任せて治療と回復に努めよ」
「承知」
アルノスは短く答えた。
もちろん、この程度の戦いで疲れるようなアルノスではない。まだまだいくらでも戦える。鬼部を倒せる。しかし、部下の疲れと消耗を考慮し、適切に休ませるのが将軍たるものの役目。それを知らないアルノスではない。前線の壁役をアンドレアと闘戦母に任せていったん、後方に退く。
軍の後方ではアステス率いる医療班が必死の働きで負傷者を運び出し、治療を施している。
鬼部の奔走はとまらない。むしろ、激しさを増すばかり。戦いは――。
はじまったばかりだった。
細い陸峡を通じて人世の大陸とつながるその大地に、無数とも言っていい鬼部が集結していた。その威容はまさに地獄の様相。子どもであれば一目見ただけで泣き出してしまうだろう。
もちろん、エンカウンの町に集結し、その鬼部を迎え撃とうとするもののなかには泣き出すものなどひとりもいない。いや、正確には泣きそうな顔をしているものがひとりいた。一騎当千を率いるジャイボスの腰巾着、もとい、参謀格のスタムである。
「おい、なに泣きそうになってんだ。しっかりしろ!」
バン! と、ジャイボスに威勢良く背中を叩かれ、スタムは前のめりに倒れそうになりながら『う、うん……』と曖昧に答えた。
「……しかし、すごい数ですね」
総将ジェイの補佐官であるアステスが緊張を含んだ声で言った。
「かんなぎ部族とやらの全戦力。加えて、従属関係にあるすべての部族からも最大限の兵力が提供されている。そう聞いた時点でよほどの大軍勢と覚悟はしていましたが……これは予想以上です」
「たしかに」
ジェイもうなずいた。引き締まった表情にはこの戦いに懸ける断固とした覚悟がみなぎっている。
「数ならこちらより確実に上だな。身体能力ではるかに勝る相手が多数。普通なら厳しいなんてものじゃない。だが、幸い、鬼部は船をもたない。水に入ることもない。細い陸峡を伝ってくるだけ。それならばいくらでも戦いようはある」
ジェイは隣にたたずむ獰猛な気を放つ巨漢に視線を向けた。
「アルノス将軍」
北の雄国オグルの烈将アルノスは重々しくうなずいた。
「任せろ。我らオグル兵が壁となってやつらを押さえる。我らの前は何人たりとも通さん」
「我らもいるしな」
アンドレアが弾むような口調で言った。
仮とは言え、一国の王たる身でありながら、当たり前のように最前線に出る気でいるアンドレアだった。
「我が闘戦母は守りにかけては誰にも負けん。なにしろ、子を守ろうとする母の軍団なのだからな。鬼部の侵攻は我らが防ぐ。ジェイ総将は攻撃に徹してくれ」
「御意」
国王に対する礼儀を示してから今度は遊牧民の衣服に身を包んだ女性に視線を向けた。
「バブラク将軍」
「わかっている。飛び出してきた鬼部には我らポリエバトルの弓をたっぷりとお見舞いしてやる」
次いで、この場にいるのはあまりにも似つかわしくない快活そうな少女に声をかけた。
「サアヤ殿下」
「任せて! すばしっこさがボクの取り柄だからね。遊撃隊の任務は見事、果たしてみせるよ」
「サアヤさま……」
隣にたたずむ少女が不安そうな声をあげた。サアヤはかの人を見るとニッコリと微笑んだ。力いっぱい抱きしめた。
「だいじょうぶだよ、カナエ。ボクは絶対、カナエのもとに帰ってくるからね」
「モーゼズ将軍。エイハブどの」
「うむ。海上からの攻撃は我らに任せておけ」
「ゲンナディ内海育ちの操船術、とくと見せてやらあ」
その言葉に――。
ジェイは深くうなずいた。左腕を突き出し、号令をかけた。
「陣容は計画通り。総員、配置につけ!」
総将の命令に全員が一斉に動きはじめる。最後までジェイの側に残っていたアステスが悔しそうに声に出した。
「……結局、わたしは最後まであなたと肩を並べて戦うことは出来ませんでしたね。情けない限りです」
アステスは組織運営や武器改良の才には優れているが戦闘力は低い。対鬼部用の訓練を受けているわけでもない。この一大決戦において前線に出ている余裕はない。
かの人は医療班を率いて支援に当たることになっていた。ジェイはそんなアステスに微笑んで見せた。
「なにを言っている。お前が医療班を率いてくれるからおれたちは安心して戦える。お前になら生命を預けられる。支援は任せたぞ」
「はい」
アステスは短く、しかし、断固として答えた後、少々意味ありげな口調になってつづけた。
「あなたは、なにがなんでも死ねませんからね。なにしろ、愛するハリエット陛下がおいでなんですから」
そう言われてジェイはたちまち真っ赤になった。
「な、なんだ、いきなり! こんなときに言うことじゃないだろう。なんのつもりだ」
「べーつーに」
と、ぷいっと横を向くアステスであった。
「死ねない理由があるのは、ないよりもいいに決まっている。それだけのことですよ」
「……ああ、その通りだ。行くぞ。おれたちは死なない。滅びない。必ず、人類の歴史を勝利させる」
「はい!」
大地を揺らし、砂煙をあげて、鬼部の大群が陸峡を走ってくる。突撃してくる。戦術などない。まして、戦略などどこにもない。ただただ身体能力にものを言わせて走ってくる。
それは、軍隊の突撃などではなく、野生の獣の奔走だった。だからこそ、人の世の常識では計れない破壊力をもっている。
その奔走をアルノス率いるオグル兵たちが峻険な山に鍛えられた肉体にものを言わせて受けとめる。
野性の奔走と生きた壁の激突。
鼓膜の破れる音が響いたかと思うような激しい衝突だった。
オグル人の壁の隙間をついて鬼部が突入する。そこを、ジェイ率いる羅刹隊が襲いかかる。四年前、エンカウン領主として町を守っていた頃から使っている三位一体の戦法。羅刹隊にも徹底させたその戦法によって侵入してきた鬼部を一体、また一体と倒していく。
陸峡の左右にはモーゼズとエイハブに率いられた船団が浮かんでいる。その船の上にはジャイボス率いる一騎当千が並んでいた。
「撃て、撃て、撃てえっー! いまこそ弱虫ボッツの威力、思い知らせるんだ!」
『永遠のガキ大将』ジャイボスは楽しそうに指示を下す。一騎当千の肩に担がれた弱虫ボッツが轟音を立てて鉄の球を撃ちだし、陸峡を渡る鬼部の群れを側面からなぎ倒す。
さらに、別の船団が鬼界島の浜辺につける。海に対して興味を示さない鬼部の隙をついてサアヤ率いる遊撃隊が上陸する。
「さあ、ボクたちの大切な人を守るために……突撃だ!」
サアヤ率いる遊撃隊が機動力にものを言わせて突撃と離脱を繰り返し、鬼部の後方を攪乱し、陸峡に進んだ群れと後方の本体とを分断する。
状況を見れば鬼部に勝ち目などないはずだった。得意の奔走を受けとめられ、左右の海上から一方的に砲撃され、さらには後方を攪乱されているのだ。勝ち目などあるはずがない。しかし――。
それほどの不利さえ覆すのが鬼の強さ。そして、戦意。やられても、やられても、鬼部は怯むことなく奔走をつづける。オグル兵と組み合う仲間の背を蹴って飛びあがり、一気に人類軍の後方に飛び込もうとする。
「撃てっ!」
鋭い声があがり、豪雨のような音を立てて矢が放たれ、鬼部の体を空中にいるまま串刺しにする。雌豹将軍バブラク率いるポリエバトル弓騎兵による斉射だった。
「よし、我々の出番だ!」
アンドレアが威勢良く叫んだ。配下の闘戦母を率いて前線に向かう。
「アルノス将軍、交代だ。いまは我々に任せて治療と回復に努めよ」
「承知」
アルノスは短く答えた。
もちろん、この程度の戦いで疲れるようなアルノスではない。まだまだいくらでも戦える。鬼部を倒せる。しかし、部下の疲れと消耗を考慮し、適切に休ませるのが将軍たるものの役目。それを知らないアルノスではない。前線の壁役をアンドレアと闘戦母に任せていったん、後方に退く。
軍の後方ではアステス率いる医療班が必死の働きで負傷者を運び出し、治療を施している。
鬼部の奔走はとまらない。むしろ、激しさを増すばかり。戦いは――。
はじまったばかりだった。
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