未来世界で恋と仕事と冒険を

藍条森也

文字の大きさ
3 / 7
第一話 真朝の庭園

出ていって

しおりを挟む
 ――第一印象は最悪だったけど、打ち解ければ『実はいい人』なんてこともあるかも知れない。
 と、真朝まあさが少女マンガありがちな展開を期待したとしても、その願いが叶うことはなかった。
 立花たちばなリキの印象は最初からずっと最悪のまま、かわることはなかった。とにかく、態度がでかい。口が悪い。毎日まいにちメダル売り場にやってきては、買うわけでもないのにジロジロ眺め、手にとってはためつすがめつしていく。そして、あからさまな嫌味口調で言うのだ。
 「出来が悪い」
 「意匠いしょうが古くさい」
 「細工が稚拙ちせつだ」
 「仕上げが不充分だ」
 etc.etc.……。
 毎日まいにち聞かされるその言葉のシャワーに――。
 真朝まあさはキレた。
 ――なによ、これ! こんなのまるで、意地の悪い師匠が弟子の作品をけなすみたいじゃない! 師匠にされたって腹立つのに、えんもゆかりもない他人にそんなことを言われる筋合いはないわ!
 「ちょっと! 黙って聞いてれば毎日まいにち好き勝手言って! 失礼にもほどがあるでしょ!」
 「その台詞も毎日、聞いているな。いつ『黙って聞いて』いることがあった?」
 「うぐっ……」
 真朝まあさは言葉に詰まった。その通りなのでなにも言えない。
 ――こんな揚げ足取りをしてくるなんて、どこまでいやなやつ!
 思いっきり、そう思った。
 「だ、だいたい、わたしの作るメダルがそんなに気に入らないならいちいち来ることないでしょ。あなたのお眼鏡にかなう作り手のところに行けばいいじゃない」
 「どの店に行こうが客の勝手だ」
 「客って言うのはマナーを守った上で商品を買っていく人のことを言うのよ。あなたはマナーも守らない上、なにひとつ買っていかないじゃない」
 「そんな台詞は買う気になる商品を作ってから言え。そのために欠点を指摘してやってるんだ。ありがたく思え」
 「大きなお世話よ!」
 連日、この調子。真朝まあさは腹が立って、腹が立って、仕方がない。
 売り場だけではなく、夕食のときもそうだった。
 『真朝まあさの庭園』では、夕食は住人全員がそろって食べる決まりになっている。このあたりは『庭園』ごとにちがうのだが、『真朝まあさの庭園』では貴族の屋敷感を出すためにも各部屋ごとのキッチンはついていない。そのかわり、共同キッチンとしてなかなかに広い食堂が用意されている。
 この食堂は二四時間使用可能で、『庭園』で採れた作物が常時、用意されている。住人たちは自分で料理したくなったらいつでもこの食堂の設備と作物を使い、料理していい。設備のみならず、食材も共有なのだ。少人数分だけ料理しようとするとどうしても食材が余りがちになるので、それを防ぐための知恵である。
 それだけに、住人自身のマナーが重要になるし、トラブルも起きる。真朝まあさもその点では苦労させられている。しかし、この食堂は先代である祖母から受け継いだ大切な教えのひとつなのだ。
 「昔からこう言うのよ。『同じ釜の飯を食った仲』ってね。人と人は一緒に食事することで打ち解けあい、仲が深まる。せっかく、えんあって同じ場所で暮らすことになった仲間だもの。お互い、挨拶もせずにすれちがうだけ、なんてさびしすぎるわ。仲良くなって、お互いにいい思いが出来るよう、この食堂を用意したのよ。そのためなら、多少のトラブルなんてなんでもないわ」
 祖母はそう言って、毎日まいにち屋敷の住人たちのために夕食を作りつづけた。
 真朝まあさはその祖母の姿勢を尊敬している。大切に思っている。だから、自分もその思いを受け継ごうと祖母の方針をつづけている。
 夕食の時間は決まっており、この時間だけは屋敷の住人全員が集まって夕食をとる。真朝まあさもメイドだからと言って給仕役に徹したりはせず、一緒に食べる。作るのが真朝まあさとも限らない。ときには住人自身が作ることもあり、みんなで舌鼓したづつみを打つ。
 そんな、みんなの仲を深めるための大切な時間。その時間にもリキはさっそくやらかした。
 「まずい」
 一口食べて、そう言ったものである。
 もちろん、真朝まあさは眉を吊りあげた。
 「ちょっと! いきなり、失礼でしょ!」
 「失礼なのは、まずい料理を食わせる方だ」
 「なにがまずいって言うのよ⁉ これは、おばあちゃんから受け継いだ伝統の味なのよ!」
 「これで『受け継いだ』とは、ばあさんが泣くな。これでは遠く及ばない」
 「言ってくれるじゃない」
 真朝まあさは頬をふくらませた。完全に腹を立てていた。
 「そんなに言うなら自分で作ればいいじゃない。わたしの納得出来るものを作れるなら認めてあげるわ」
 「いいだろう」
 と、他の住人たちがハラハラしながら新入りとオーナーメイドのやり取りを見つめるなか、その傲岸ごうがん不遜ふそんな新入りは自分でキッチンに立った。そして、一時間ほどたって出来上がった料理の味は……。
 「……うそ」
 真朝まあさは思わず口元に手を当て、目を丸くして呟いていた。
 それは、祖母の味。
 真朝まあさが目指し、受け継ごうと日々、精進してきた祖母の味そのものだった。
 真朝まあさだけではなく、祖母の代から屋敷に住んでいる古株の住人もそれを認めた。リキの料理は真朝まあさの料理以上に、真朝まあさの祖母の味を再現していた。
 「な、なんで、あなたが、おばあちゃんの味を知ってるのよ?」
 「おれは一流の探索者だ。一流の探索者である以上、野外料理は当然の素養だ」
 ――そういう問題じゃないと思うけど……。
 真朝まあさはそう思ったが、祖母の味の再現度において負けているのは明らかだったのでなにも言えなかった。
 ――見てなさいよ。わたしにはおばあちゃんの残してくれたレシピノートがあるんだから。絶対、ギャフンと言わせてやる!
 なにも言えないかわり、心にそう誓う真朝まあさだった。

 ある夜。
 真朝まあさはふと思い立って、自宅の風呂ではなく『庭園』の温泉を使うことにした。
 水草が浮き、魚たちが泳ぐそこは『温泉』と言うよりもさながらジャングルの池。そのなかを思いきり泳げば気も晴れるだろう。
 そう思い、温泉に行くと、そこにはすでに先客がいた。
 ――誰?
 目をこらしてよく見るとそれは、よりによって立花たちばなリキだった。
 「な、なんで、あなたがここにいるのよ」
 真朝まあさは思わず体を隠しながら叫んだ。
 リキは平然として答えた。
 「ここは住人みんなに解放されたプールであり、温泉だろう。いつ、入ってもかまわないはずだ」
 「そ、それは、そうなんだけど……」
 真朝まあさは口ごもった。
 リキの言うことはまったくもってその通りなので『出て行け!』などと言うわけにはいかない。
 もちろん、真朝まあさの方が回れ右して帰ることは出来た。しかし、それはなんともしゃくにさわる。一八歳の、五つも年下の『子ども』相手に逃げ出すなんて年上の矜持きょうじが許さない!
 真朝まあさは意地を通して湯のなかに入った。
 そもそも、いつでも使えるようほのかな明りこそついているものの、大した光度ではない。湯のなかに入ってしまえば体を見られる心配はまずないのだ。
 体のまわりを魚たちが泳いでいく感触が伝わった。しばらくの間、ふたりは黙って湯のなかに身を沈めていた。最初は気付かなかったが、段々わかってきた。リキは決してこちらを見ようとしない。身動きひとつしないが顔はずっとそらしている。
 ――なに? もしかしてこいつ、けっこう緊張してるの?
 どうやら、平静を装っているのは必死の虚勢きょせいであって、内心はけっこうドギマギしているらしい。
 ――なんだ。かわいいところもあるじゃない。しょせん、一八歳の男の子ってことね。
 そう思い、ちょっと心に余裕の出来る真朝まあさだった。
 「……ねえ」
 「……なんだ?」
 真朝まあさの声に、リキが答えた。
 相変わらず顔をそらしたままである。
 「あなたって、なんでいつもあんなにギスギスしてるの? それも、他の住人の人たちにはそんな態度、とらないみたいじゃない。『愛想はないけど、礼儀はわきまえてる』ってみんな、言ってるわ。それなのに、わたしにだけあの態度。わたしになにか含むところでもあるわけ?」
 「………」
 「ダンマリ? まあね。その若さで名の知れた探索者。となれば、プライドが高いのもわかるし、その見た目だもの。いままでさぞかしチヤホヤされてきたんでしょうね。でも、はっきり言って、あなたの態度は感じ悪いの。不快なの。わたしは金のためにいやなやつに頭をさげる気なんてない。これからもこここで暮らしていくなら、その態度を改めて。それがいやなら、いますぐ出て行って」
 きっぱりと――。
 真朝まあさはそう言いきった。
 その言葉に対し、リキは、
 「……わかった」
 顔をそらしたままそう答えた。
 リキが立ちあがった。女の子のような顔に似合わない、探索者らしい引きしまった肉体があらわになった。今度は真朝まあさがあわてて顔をそらす番だった。
 「……以外に、チヤホヤされたって意味はない」
 その一言を残し――。
 立花たちばなリキは立ち去った。

そして、その夜以来。
 立花たちばなリキの姿は消えた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

幼馴染

ざっく
恋愛
私にはすごくよくできた幼馴染がいる。格好良くて優しくて。だけど、彼らはもう一人の幼馴染の女の子に夢中なのだ。私だって、もう彼らの世話をさせられるのはうんざりした。

うっかり結婚を承諾したら……。

翠月るるな
恋愛
「結婚しようよ」 なんて軽い言葉で誘われて、承諾することに。 相手は女避けにちょうどいいみたいだし、私は煩わしいことからの解放される。 白い結婚になるなら、思う存分魔導の勉強ができると喜んだものの……。 実際は思った感じではなくて──?

10年前に戻れたら…

かのん
恋愛
10年前にあなたから大切な人を奪った

隣人の幼馴染にご飯を作るのは今日で終わり

鳥花風星
恋愛
高校二年生のひよりは、隣の家に住む幼馴染の高校三年生の蒼に片思いをしていた。蒼の両親が海外出張でいないため、ひよりは蒼のために毎日ご飯を作りに来ている。 でも、蒼とひよりにはもう一人、みさ姉という大学生の幼馴染がいた。蒼が好きなのはみさ姉だと思い、身を引くためにひよりはもうご飯を作りにこないと伝えるが……。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

完結 愚王の側妃として嫁ぐはずの姉が逃げました

らむ
恋愛
とある国に食欲に色欲に娯楽に遊び呆け果てには金にもがめついと噂の、見た目も醜い王がいる。 そんな愚王の側妃として嫁ぐのは姉のはずだったのに、失踪したために代わりに嫁ぐことになった妹の私。 しかしいざ対面してみると、なんだか噂とは違うような… 完結決定済み

幼馴染の許嫁

山見月 あいまゆ
恋愛
私にとって世界一かっこいい男の子は、同い年で幼馴染の高校1年、朝霧 連(あさぎり れん)だ。 彼は、私の許嫁だ。 ___あの日までは その日、私は連に私の手作りのお弁当を届けに行く時だった 連を見つけたとき、連は私が知らない女の子と一緒だった 連はモテるからいつも、周りに女の子がいるのは慣れいてたがもやもやした気持ちになった 女の子は、薄い緑色の髪、ピンク色の瞳、ピンクのフリルのついたワンピース 誰が見ても、愛らしいと思う子だった。 それに比べて、自分は濃い藍色の髪に、水色の瞳、目には大きな黒色の眼鏡 どうみても、女の子よりも女子力が低そうな黄土色の入ったお洋服 どちらが可愛いかなんて100人中100人が女の子のほうが、かわいいというだろう 「こっちを見ている人がいるよ、知り合い?」 可愛い声で連に私のことを聞いているのが聞こえる 「ああ、あれが例の許嫁、氷瀬 美鈴(こおりせ みすず)だ。」 例のってことは、前から私のことを話していたのか。 それだけでも、ショックだった。 その時、連はよしっと覚悟を決めた顔をした 「美鈴、許嫁をやめてくれないか。」 頭を殴られた感覚だった。 いや、それ以上だったかもしれない。 「結婚や恋愛は、好きな子としたいんだ。」 受け入れたくない。 けど、これが連の本心なんだ。 受け入れるしかない 一つだけ、わかったことがある 私は、連に 「許嫁、やめますっ」 選ばれなかったんだ… 八つ当たりの感覚で連に向かって、そして女の子に向かって言った。

処理中です...