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第二話 鷹子の庭園
守るのはおれだ!
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その日、鷹子がダイダと共に探索者協会の会合から帰ってくると、家の前に道場の門下生のひとりがまっていた。その門下生は鷹子の姿を認めると、転がるようにして駆けてきた。
「大変です、師範代! 揚子虎がいなくなりました!」
「なんですって⁉」
「どうやら、修行のつもりで森に出て行ってしまったらしくて。いま、道場のもの全員で探しに行っていますが……」
「……あのバカ! なんてことを。あたしもすぐに行くわ。あいつの行きそうな場所ならあたしが一番、心当たりがあるから。ダイダ。あんたは念のために警護騎士団に連絡しておいて」
「了解しました、マスター」
鷹子は一目散に駆けだした。
揚子虎の行きそうな所ならたしかに心当たりがある。以前、何度かふたりで行ったことのある森のなかの小さな池だ。
そこは、この辺りでは数少ない水場であり、野性動物たちの貴重な水場となっている。それだけに、多くの動物たちが立ちより、その動物たちを目当てに肉食獣も多く集まる。そして、当然、そのなかには、バイオハックによって生み出された常軌を逸した怪物も……。
その分、武術の実戦経験を積むにはもってこいの場所なのだが、
――子どもがひとりで行っていい場所じゃないでしょうが!
なんで、そんな無茶をするのか。
鷹子は腹が立って仕方がない。
その怒りを力にかえて森のなかを突っ走り、目的の池に駆けつける。すると、たしかに揚子虎はそこにいた。ただし――。
その目の前には巨大なクマ。
――ヤクトベアー⁉ よりによって、なんてやつが……!
鷹子は走りながら舌打ちした。
ヤクトベアー。
それは、バイオハッキングによって作られたクマ型合成生物のなかでも最も強く、最も危険とされる種族。あの火炎熊ですら、一撃で打ち倒すという。その分厚い毛皮と強靱な筋肉に覆われた肉体は頑健そのもので、狩猟用のライフルでさえ一発や二発、当てたぐらいでは倒せない。
――ヤクトベアーに会ったら一撃で仕留めろ。その自信がないなら、ケツを巻くって逃げろ。
探索者の間でそう言われる魔獣である。
揚子虎は、そんな怪物を前にしても怯んではいなかった。いや、怖いことはこわいにちがいない。内心ではガタガタと震え、泣いて、逃げ帰りたいのにちがいない。
しかし、その恐怖を表に出してはいなかった。まっすぐに巨大熊を見据え、鬼式の構えをとっている。鬼式の使い手として、この怪物と戦う気なのだ。
――たとえ、虚勢だとしても……。
鷹子は駆けつけながら思った。
――そこまで意地を通せるのは立派なものだわ。
そう思い、揚子虎を見直す気になった鷹子だった。
――でも、そもそも、ひとりでこんなところに来るんじゃないわよ、子どものくせに!
そう怒ることも忘れなかったけれど。
揚子虎はたしかに素質はある。しかし、まだまだ磨きたりない。その上、攻撃ばかりを重視して、守りはつたない。ヤクトベアーの一撃を受けることができるとは思えない。その前足の一振りで殺されてしまうだろう。
――お願い、間にあって!
鷹子は心のなかに叫び、心臓も破裂せよとばかりに全速力で走りよる。
ヤクトベアーが動いた。三〇〇キロを超える巨体が、軽量級のボクサーの素早さで動いた。その素早い動きから、ヘビー級の世界チャンピオンでもとうてい打つことの出来ない威力の一撃が繰り出される。
想像をはるかに超える疾さに、揚子虎は反応できなかった。棒立ちのまま、ヤクトベアーの一撃を食らおうとしていた。間一髪――。
鷹子がタックルで揚子虎の体を吹き飛ばした。
「このバカ……!」
「鷹子……!」
目の前で獲物をさらわれたヤクトベアーが怒りの咆哮をあげた。突進した。さしもの鷹子も揚子虎を抱きかかえた状態ではまともに反応できない。そして、ヤクトベアーの動きは鷹子の想像すらも超えていた。
――こいつ……カタログテータ以上の強個体!
稀にいるのだ。
公開されている合成遺伝子からは考えられない運動能力をもった突然変異の魔獣が。このヤクトベアーこそはまぎれもなく、その魔獣だった。
――殺られる!
さしもの鷹子がその恐怖に襲われた。揚子虎を抱きしめ、目を閉ざした。そして――。
ヤクトベアーの牙が首筋に突き立てられた。高い音がして、生首が吹き飛んだ。
ダイダの生首が。
警護騎士団への連絡を終えて後を追ってきたサポートロボットが、ヤクトベアーと主人の間に割って入り、その攻撃をかわりに受けたのだ。
鷹子は忠実なサポートロボットが作ってくれた隙を見逃すような真似はしなかった。立ちあがった。叫んだ。
「揚子虎!」
「ああっ!」
揚子虎も叫んだ。
揚子虎もまた鬼式の使い手。鷹子の言いたいことはわかっていた。
ふたりは同時に足を踏み出し、渾身の突きをヤクトベアーの頭に叩き込んだ。
右足で踏み込むと同時に右拳を突き出し、左腕を逆方向に振るって勢いをつける。爪先を軸に足を回転させ、踵で地面を叩いて反動を得る。
回転運動によるエネルギーと踵で地面を叩いた反動。そのふたつの力が足を登り、腰に伝わり、背中を通って腕に至り、右拳に集約される。さらに、インパクトの瞬間、右拳を下に降ろす。それによって、突きに最後の加速を加える。
――鬼式拳技・しのや。
その名で呼ばれる技である。
さしもの魔獣も戦国時代からの伝統を受け継ぐ突きを二発、まともに食らい、痛手を受けた。痛む頭を振りまわし、咆哮をあげた。
「シャアアアッ!」
鷹子と揚子虎の裂帛の気合いが完璧に共鳴する。
右足を引き、左足を踏みだし、体勢を入れ替える。その勢いで左拳を突き出す。
爪先が回転し、踵が地面を打ち、突き出された拳が振りおろされる。
ふたつの拳は狙いを誤ることなく、ヤクトベアーの心臓の位置に叩き込まれた。二重の衝撃波が毛皮を貫き、筋肉を越え、心臓を直撃する。その威力に――。
さしもの魔獣の心臓も耐えられずに、破裂する。
――鬼式拳技・しのや二重咲き。
ヤクトベアーは口から大量の血を噴きだし、その場に倒れ伏した。
鷹子は地に転がったダイダの頭に駆けよった。
「だいじょうぶ、ダイダ⁉」
「問題ありません。重要なパーツに損傷はありません。すぐに修理できます」
ダイダはいかにもロボットらしい、感情を感じさせない冷静な声でそう答えた。その素っ気なさがこのときばかりはありがたかった。
ふう、と、鷹子は息をついた。額の汗をぬぐい、胸をなでおろした。
「よかった。ありがとう、ダイダ。でも、なんで、あんな無茶をしたの?」
「これはおかしなことをおっしゃる。自分のかわりに痛手を受けるのが私の役目。マスターが日頃からそうおっしゃっていたではありませんか」
「あ、あれは……」
はああ、と、鷹子は溜め息をついた。
「……それを本気にするあたり、やっぱり、あんたってロボットなのね」
「理解不能。論理的な説明を求めます」
「あんたは良い相棒だってことよ。とにかく、帰りましょう。このまま、ここにいたらまたどんな相手に襲われるかわからないし……」
そう言ってから鷹子は揚子虎を睨みつけた。
容赦のない、本物の怒りがこもった視線だった。
「……早く帰って、お説教してやらなきゃならないやつがいるしね」
そう言われた、揚子虎の額に一筋の汗が流れた。
そして――。
庭園に帰った揚子虎をまっていたのは、道場主である祖母からのすさまじい雷だった。その搾られ方たるや、叱る気満々だった鷹子でさえ震えあがり、その気をなくしてしまうほどのものだった。
――おとなになってから搾られることもなくなってたから忘れてたけど……本気で怒ったおばあちゃんって、どんな合成生物よりも怖かったのよね。
子どもの頃、ヤンチャをしては祖母に怒られたことを思い出し、思わず揚子虎に同情してしまう鷹子だった。
――やっぱり、あたしたち、いとこ同士なのね。
と、妙なところで納得もしたけれど。
それでも、とにかく、ようやく、なんとかかんとか解放されて、揚子虎は鷹子の前にやって来た。さすがにうなだれた様子である。鷹子の前ではメンテナンスマシーンにかけられたダイダが修理を受けている最中だった。
「……怒らないのか?」
揚子虎が言った。
鷹子は肩をすくめた。
「もういいわ。あたしの言いたかったことはおばあちゃんが全部、言ってくれたしね」
――さすがに、あの雷を見たあとではなにも言えない。
そう思う鷹子だった。だが――。
「ごめんなさい!」
揚子虎がいきなり、叫んだ。体ごと頭をさげた。
その勢いに、鷹子の方が驚いた。
「な、なに、いきなり……」
「おれのせいで危険な目に遭わせて。ダイダまでこんな目に……」
「気になさる必要はありません。マスターをお守りするのはサポートロボットとして当然の務めです」
ダイダのその言葉に――。
揚子虎はうつむき、唇を噛みしめた。両拳はギュッと握りしめられている。
「ど、どうしたの、いったい? ずいぶんと素直じゃない。あんたらしくもない」と、鷹子
「お、おれだって謝ることぐらいはある……」
揚子虎はそっぽを向いて怒ったように言った。その頬が真っ赤になっている。
「でも! 忘れるなよ。おれだっていつまでも子どもじゃない。すぐに大きくなるし、強くなる。絶対、ぜったい、お前より大きくなって、お前より強くなる!」
お前を守るのは、このおれなんだからな!
その一言を叫びだして、揚子虎は身をひるがえした。
「いいな、忘れるなよ! お前みたいなゴリラ女、嫁にするのはおれしかいないんだからなっ!」
そう叫んで――。
揚子虎は顔を真っ赤にしたまま駆けていった。
あとには残された鷹子は――。
ポカンとした表情でその後ろ姿を見送っていた。
「嫁にするって……なに、あれ?」
「あれは『プロポース』という行為です、マスター」
「い、いや、それはわかってるんだけどね……」
「では、なにをいぶかしんでいるのです?」
クスッ、と、鷹子は苦笑した。
「まだまだ、ほんの子どもだと思っていたけど……いつの間にか、男の子になってたのね。それにしても『嫁にする』かあ」
鷹子はクスクス笑う。
「まっ、あの年頃にはありがちよね。でもまあ、せっかくそう言ってもらったことだし、期待せずにまってみますか」
完
「大変です、師範代! 揚子虎がいなくなりました!」
「なんですって⁉」
「どうやら、修行のつもりで森に出て行ってしまったらしくて。いま、道場のもの全員で探しに行っていますが……」
「……あのバカ! なんてことを。あたしもすぐに行くわ。あいつの行きそうな場所ならあたしが一番、心当たりがあるから。ダイダ。あんたは念のために警護騎士団に連絡しておいて」
「了解しました、マスター」
鷹子は一目散に駆けだした。
揚子虎の行きそうな所ならたしかに心当たりがある。以前、何度かふたりで行ったことのある森のなかの小さな池だ。
そこは、この辺りでは数少ない水場であり、野性動物たちの貴重な水場となっている。それだけに、多くの動物たちが立ちより、その動物たちを目当てに肉食獣も多く集まる。そして、当然、そのなかには、バイオハックによって生み出された常軌を逸した怪物も……。
その分、武術の実戦経験を積むにはもってこいの場所なのだが、
――子どもがひとりで行っていい場所じゃないでしょうが!
なんで、そんな無茶をするのか。
鷹子は腹が立って仕方がない。
その怒りを力にかえて森のなかを突っ走り、目的の池に駆けつける。すると、たしかに揚子虎はそこにいた。ただし――。
その目の前には巨大なクマ。
――ヤクトベアー⁉ よりによって、なんてやつが……!
鷹子は走りながら舌打ちした。
ヤクトベアー。
それは、バイオハッキングによって作られたクマ型合成生物のなかでも最も強く、最も危険とされる種族。あの火炎熊ですら、一撃で打ち倒すという。その分厚い毛皮と強靱な筋肉に覆われた肉体は頑健そのもので、狩猟用のライフルでさえ一発や二発、当てたぐらいでは倒せない。
――ヤクトベアーに会ったら一撃で仕留めろ。その自信がないなら、ケツを巻くって逃げろ。
探索者の間でそう言われる魔獣である。
揚子虎は、そんな怪物を前にしても怯んではいなかった。いや、怖いことはこわいにちがいない。内心ではガタガタと震え、泣いて、逃げ帰りたいのにちがいない。
しかし、その恐怖を表に出してはいなかった。まっすぐに巨大熊を見据え、鬼式の構えをとっている。鬼式の使い手として、この怪物と戦う気なのだ。
――たとえ、虚勢だとしても……。
鷹子は駆けつけながら思った。
――そこまで意地を通せるのは立派なものだわ。
そう思い、揚子虎を見直す気になった鷹子だった。
――でも、そもそも、ひとりでこんなところに来るんじゃないわよ、子どものくせに!
そう怒ることも忘れなかったけれど。
揚子虎はたしかに素質はある。しかし、まだまだ磨きたりない。その上、攻撃ばかりを重視して、守りはつたない。ヤクトベアーの一撃を受けることができるとは思えない。その前足の一振りで殺されてしまうだろう。
――お願い、間にあって!
鷹子は心のなかに叫び、心臓も破裂せよとばかりに全速力で走りよる。
ヤクトベアーが動いた。三〇〇キロを超える巨体が、軽量級のボクサーの素早さで動いた。その素早い動きから、ヘビー級の世界チャンピオンでもとうてい打つことの出来ない威力の一撃が繰り出される。
想像をはるかに超える疾さに、揚子虎は反応できなかった。棒立ちのまま、ヤクトベアーの一撃を食らおうとしていた。間一髪――。
鷹子がタックルで揚子虎の体を吹き飛ばした。
「このバカ……!」
「鷹子……!」
目の前で獲物をさらわれたヤクトベアーが怒りの咆哮をあげた。突進した。さしもの鷹子も揚子虎を抱きかかえた状態ではまともに反応できない。そして、ヤクトベアーの動きは鷹子の想像すらも超えていた。
――こいつ……カタログテータ以上の強個体!
稀にいるのだ。
公開されている合成遺伝子からは考えられない運動能力をもった突然変異の魔獣が。このヤクトベアーこそはまぎれもなく、その魔獣だった。
――殺られる!
さしもの鷹子がその恐怖に襲われた。揚子虎を抱きしめ、目を閉ざした。そして――。
ヤクトベアーの牙が首筋に突き立てられた。高い音がして、生首が吹き飛んだ。
ダイダの生首が。
警護騎士団への連絡を終えて後を追ってきたサポートロボットが、ヤクトベアーと主人の間に割って入り、その攻撃をかわりに受けたのだ。
鷹子は忠実なサポートロボットが作ってくれた隙を見逃すような真似はしなかった。立ちあがった。叫んだ。
「揚子虎!」
「ああっ!」
揚子虎も叫んだ。
揚子虎もまた鬼式の使い手。鷹子の言いたいことはわかっていた。
ふたりは同時に足を踏み出し、渾身の突きをヤクトベアーの頭に叩き込んだ。
右足で踏み込むと同時に右拳を突き出し、左腕を逆方向に振るって勢いをつける。爪先を軸に足を回転させ、踵で地面を叩いて反動を得る。
回転運動によるエネルギーと踵で地面を叩いた反動。そのふたつの力が足を登り、腰に伝わり、背中を通って腕に至り、右拳に集約される。さらに、インパクトの瞬間、右拳を下に降ろす。それによって、突きに最後の加速を加える。
――鬼式拳技・しのや。
その名で呼ばれる技である。
さしもの魔獣も戦国時代からの伝統を受け継ぐ突きを二発、まともに食らい、痛手を受けた。痛む頭を振りまわし、咆哮をあげた。
「シャアアアッ!」
鷹子と揚子虎の裂帛の気合いが完璧に共鳴する。
右足を引き、左足を踏みだし、体勢を入れ替える。その勢いで左拳を突き出す。
爪先が回転し、踵が地面を打ち、突き出された拳が振りおろされる。
ふたつの拳は狙いを誤ることなく、ヤクトベアーの心臓の位置に叩き込まれた。二重の衝撃波が毛皮を貫き、筋肉を越え、心臓を直撃する。その威力に――。
さしもの魔獣の心臓も耐えられずに、破裂する。
――鬼式拳技・しのや二重咲き。
ヤクトベアーは口から大量の血を噴きだし、その場に倒れ伏した。
鷹子は地に転がったダイダの頭に駆けよった。
「だいじょうぶ、ダイダ⁉」
「問題ありません。重要なパーツに損傷はありません。すぐに修理できます」
ダイダはいかにもロボットらしい、感情を感じさせない冷静な声でそう答えた。その素っ気なさがこのときばかりはありがたかった。
ふう、と、鷹子は息をついた。額の汗をぬぐい、胸をなでおろした。
「よかった。ありがとう、ダイダ。でも、なんで、あんな無茶をしたの?」
「これはおかしなことをおっしゃる。自分のかわりに痛手を受けるのが私の役目。マスターが日頃からそうおっしゃっていたではありませんか」
「あ、あれは……」
はああ、と、鷹子は溜め息をついた。
「……それを本気にするあたり、やっぱり、あんたってロボットなのね」
「理解不能。論理的な説明を求めます」
「あんたは良い相棒だってことよ。とにかく、帰りましょう。このまま、ここにいたらまたどんな相手に襲われるかわからないし……」
そう言ってから鷹子は揚子虎を睨みつけた。
容赦のない、本物の怒りがこもった視線だった。
「……早く帰って、お説教してやらなきゃならないやつがいるしね」
そう言われた、揚子虎の額に一筋の汗が流れた。
そして――。
庭園に帰った揚子虎をまっていたのは、道場主である祖母からのすさまじい雷だった。その搾られ方たるや、叱る気満々だった鷹子でさえ震えあがり、その気をなくしてしまうほどのものだった。
――おとなになってから搾られることもなくなってたから忘れてたけど……本気で怒ったおばあちゃんって、どんな合成生物よりも怖かったのよね。
子どもの頃、ヤンチャをしては祖母に怒られたことを思い出し、思わず揚子虎に同情してしまう鷹子だった。
――やっぱり、あたしたち、いとこ同士なのね。
と、妙なところで納得もしたけれど。
それでも、とにかく、ようやく、なんとかかんとか解放されて、揚子虎は鷹子の前にやって来た。さすがにうなだれた様子である。鷹子の前ではメンテナンスマシーンにかけられたダイダが修理を受けている最中だった。
「……怒らないのか?」
揚子虎が言った。
鷹子は肩をすくめた。
「もういいわ。あたしの言いたかったことはおばあちゃんが全部、言ってくれたしね」
――さすがに、あの雷を見たあとではなにも言えない。
そう思う鷹子だった。だが――。
「ごめんなさい!」
揚子虎がいきなり、叫んだ。体ごと頭をさげた。
その勢いに、鷹子の方が驚いた。
「な、なに、いきなり……」
「おれのせいで危険な目に遭わせて。ダイダまでこんな目に……」
「気になさる必要はありません。マスターをお守りするのはサポートロボットとして当然の務めです」
ダイダのその言葉に――。
揚子虎はうつむき、唇を噛みしめた。両拳はギュッと握りしめられている。
「ど、どうしたの、いったい? ずいぶんと素直じゃない。あんたらしくもない」と、鷹子
「お、おれだって謝ることぐらいはある……」
揚子虎はそっぽを向いて怒ったように言った。その頬が真っ赤になっている。
「でも! 忘れるなよ。おれだっていつまでも子どもじゃない。すぐに大きくなるし、強くなる。絶対、ぜったい、お前より大きくなって、お前より強くなる!」
お前を守るのは、このおれなんだからな!
その一言を叫びだして、揚子虎は身をひるがえした。
「いいな、忘れるなよ! お前みたいなゴリラ女、嫁にするのはおれしかいないんだからなっ!」
そう叫んで――。
揚子虎は顔を真っ赤にしたまま駆けていった。
あとには残された鷹子は――。
ポカンとした表情でその後ろ姿を見送っていた。
「嫁にするって……なに、あれ?」
「あれは『プロポース』という行為です、マスター」
「い、いや、それはわかってるんだけどね……」
「では、なにをいぶかしんでいるのです?」
クスッ、と、鷹子は苦笑した。
「まだまだ、ほんの子どもだと思っていたけど……いつの間にか、男の子になってたのね。それにしても『嫁にする』かあ」
鷹子はクスクス笑う。
「まっ、あの年頃にはありがちよね。でもまあ、せっかくそう言ってもらったことだし、期待せずにまってみますか」
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