子持ち主婦がメイドイビリ好きの悪役令嬢に転生して育児スキルをフル活用したら、乙女ゲームの世界が変わりました

あさひな

文字の大きさ
20 / 55
第三章 魔王編

34

しおりを挟む
 ラウル様が出て行ったことを確認した魔獣、いや、侍女は私に体を向ける。

「イザベル様、お召替えの服はこちらにございます」

 おお、言葉が話せる!?
 魔獣は話せないものだと思っていたけど、そうじゃない子達もいるのね。
 侍女は私をベッド脇の扉まで誘導すると、中はクローゼットになっており無数のドレスが掛けられていた。
 わぁ、たくさんの服。
 でも、なぜドレスがあるのだろうか? 
 ここには魔王と魔獣しかいないのだから、ドレスなんて必要ないはずだけど?
 思考が表情に出ていたのか、侍女はふっと笑った。

「こちらの服はラウル陛下がイザベル様をお迎えするにあたり用意されたものでございます。それと、私は侍女としての教育を受けております故、御用の際はお呼びいただければ何なりと承ります」
「そ、そうでしたか」
「服はそうですね……イザベル様の髪色に合わせたこちらなど如何でしょうか」
「あ、はい。では、そちらでお願いします」
「畏まりました。では、奥に鏡台がございますので、そちらまで移動をお願いたします」

 魔獣とは思えない話し方に身のこなし。
 ずいぶんしっかり教育されているのね。
 そのまま侍女に身支度を手伝って貰うと、侍女はふと思い出したように小物入れを開ける。

「イザベル様、こちらにいらした時に付けていらっしゃった髪留めを保管してありますが、そちらはどういたしますか」

 あっ! ヘンリー殿下からいただいた髪留め!
 侍女から渡されたそれを宝物を扱うようにそっと両手で包み込む。
 絶対に、みんなの元へ帰るんだ。私は最後まで諦めない!
 だから、待っていて……ヘンリー殿下。

「宝飾品でしたら、いくつかご用意がございますのでお持ちいたしましょうか?」
「いいえ、これ以外の宝飾品はいらないわ。これを付けて下さい」
「畏まりました」

 侍女はテキパキと私の身支度をととのえ、私を扉まで促す。

「イザベル様、お支度が終わりました。ラウル陛下は別室にて待機していますので一緒にご移動をお願いいたします」

 言われた通りに侍女の後に続いて歩き出す。
 それにしても立派な城内。
 年季は感じさせるもののしっかり手入れの行き届いた城内は、その古さもアクセントになり独特の雰囲気を醸し出している。
 侍女は重厚な造りの扉前まで行くと、コンコンと叩いて主人の返事を確認してから私を中へと促した。

「ほう。公爵令嬢なだけあってそちらの姿の方が様になっているな」
「ありがとうございます、ラウルさ、ラウル」

 私が呼び方を改めると、ラウルは満足そうな笑みを浮かべた。

「まあ、そんなところに突っ立っていないでそこに座れ。茶の用意もあるぞ」
「は、はぁ」

 ラウルの側で控えていた侍女は、手際良く紅茶と添え菓子を用意すると、スッと扉から出て行った。

 ……紅茶に毒とか入っていないよね?

「お前は疑り深い女だな。我がわざわざ毒など入れたりするものか」

 ま、また思考を読まれた!

「勝手に流れてくるんだから仕方がないだろう。お前なら思考遮断の魔術くらいすぐ使えるはずだ。我が後で教えてやる」
「はぁ」

 ラウルは優雅な手付きで一口紅茶を飲むと、無駄に長い足を組み、ゆったりとソファにもたれ掛かる。

「さて。少しは落ち着いたか?」

 魔王を前にして落ち着ける訳が無いけど、余計な事を考えているとラウルに伝わってしまうから極力無駄なことは考えないように気を付けなければ。

「え、ええ。先程よりは」
「そうか。では、話の続きをしよう」

 聞きたいことは沢山あるけど、まずはラウルの話を聞こう。

「そうだな、まずはこの世界の成り立ちから話すか。お前は、神の存在を知っているか?」
「はい」
「では、世界を造った神はその神は女神だと教えられてこなかったか?」

 「女神」とはこの国の宗教である「テレス教」において、世界を創った神とされている。
 この世界では広く知られた宗教で、女神の話は世界共通の知識だ。
 でも、ラウルはなぜそんな当たり前の話を聞いてくるのだろう?

「実は神と呼ばれる存在は女神だけではなく、もうニ名存在する。しかし、ソイツらは碌でも無い神でな。女神を取り合って争いを起こした。女神は自分が原因で争う二人に心を痛め、二人を鎮めるために己の命を絶とうと毒を飲んだ。二人の神は争いを止め、協力して女神を助け、女神は一命を取り留めることとなった。……だが、女神の体内にある毒は完全に取り切る事が出来ず、毒を宿したままの女神はこの世界を創造した。その時に毒がこの世界に生み出されたとされている」

 神様が他にも存在し、さらには女神様がこの世界に読者を持ち込んだ張本人ですって!? 
 テレス教の教えと全然違うじゃない!

「毒は神々の力を持ってしても消し去ることが出来ず増殖を繰り返した。そこで、苦肉の策として神々は毒吸収する存在を生み出し、それをコントロールするための存在を創造したのだ」
「そんな話聞いた事がないわ。テレス教にはそんな教えはないもの」
「人間界での教えというものは一部の人間にとって都合の良い物に歪められている。事実を話すよりも現在の教えの内容の方が宗教として広めやすかったのだろうな」

確かに、言い伝えや歴史というものは、時に権力者の都合のいいものに歪められることはままある話だ。
とはいえ、この話だけでは本当のことは分からない。

「さて、この毒という存在は魔素というものだ。お前はこの世界に魔素という物質があることは理解しているか?」
「はい」

 魔素とは、魔の森と呼ばれる広大な土地から自然発生しているものであり、魔獣を生み出す元となる存在である。
 魔素は渾々と湧き出る泉のように発生することから、魔素の影響を受ける魔獣も放っておけば増殖する。
 魔獣と人が共存できればそれでも問題ないのだが、魔獣は人や動物を襲う。
 魔獣が増えすぎた土地は人が住めない場所へと変わってしまうため、魔の森に隣接する国は魔獣の侵略を防ぐ為に、強力な結界を張ったり定期的に魔物を討伐したり、各々のやり方で国を守っている。

「魔素とはこの世界の生き物に影響を与える物質だ。人に魔力あるのも、魔獣が生まれるのも、全ては魔素の影響を受けるためだ。しかし、増えすぎた魔素は毒になり、生き物が住めない環境へと変化する。魔獣とは、増え続ける魔素を吸収してくれる存在だ。魔獣が生まれなければ、生物はあっという間に魔素の中毒で全滅することだろう。魔獣は言わば必要悪な存在なのだ」

 な、何ですって!? 
 そんな話、聞いたことも無ければ、どの文献にも記載されていなかったわ!
 想像を超える発言をするラウルに、私はごくりと生唾を飲む。

「濃すぎる魔素を体内に宿す魔獣は、その中毒症状に喘ぎ苦しむ存在だ。その苦しみは飢えや渇きに似た状態と揶揄される。中毒症状を軽減すべく、魔素の薄い生き物……まぁ、主に人や他の動物の事だな。それらを喰らうことで体内の魔素を中和させることが出来る。だから魔獣は人を襲うのだ」

 ただ闇雲に人や動物を襲うだけの存在だと思っていたのに。
 知らなかった魔獣の実態を聞き、思わず言葉を失う。

「さて、魔素を吸収する存在が魔獣だと伝えたが、光と闇の魔力の基本的な力は魔獣に作用するものだ。光の魔力は増え過ぎた魔獣を減らす為に、闇の魔力は魔獣を従え秩序を与える為に。それはつまり、増え過ぎた魔素を減らしたり、魔素が暴走しないように歯止めをかけるということだ」

 確かにラウルやマリア様の力は魔獣に作用するものだ。
 でも、リュカ先生や私の力はそうではないわ。

「えっと……でも、リュカ先生や私が闇の魔力を保持しているのは何故でしょうか」
「それは魔獣の統率者を監視したり、時に力を補完するためだ。統率者は時代毎に変わる故、たまに私利私欲の強い者が混じることがある。そいつらを相互監視をする目的で闇の魔力に限っては時代毎に数名の保有者が現れるとされている」

なるほど。リュカ先生の存在はラウルを監視するためなのか。
じゃあ私の存在は何のため?

「通常、闇の魔力は保有者同士が結託して魔獣を操作しないよう力が反発するように出来ている。そのため、リュカ・エスタは我に対抗する力はあっても、我のように魔獣を操作することは出来ない。対してお前の魔力は我の力を増幅させるもの。その理由は、近年魔獣達の増殖が加速しており、我の力だけでは制御し切れなくなってきているためだと考えられる」

 私の力は魔獣には直接作用しないけど、魔獣の統率者の補佐という点で間接的に魔獣のコントロールに関与するということなの?
 でも、そんな事を言われても信憑性がないわ。

「信憑性か。力の増幅について実践で見せるのが早いだろうが、力の同調はお前も感覚で分かっているだろう? その証拠にお前と我は意図せずとも意思疎通が可能ではないか。ま、我は勝手に心の内を読まれたくないから思考遮断をしているがな」

確かに、魔力の相性は感覚で分かるものだし、私もラウルとの相性の良さには気付いていた。
でも、この話が本当なら……。

「で、では、ラウルがコントロール出来る程度まで魔獣が減らないと、私は帰れないということですか?」
「まぁ、そういうことだな」

 やっぱり、そうゆうこと!?
 じゃあ、マリア様が『浄化』の魔法を発動させるか、何らかの方法で魔獣を大量に退治しない限り帰れないってことじゃない!
 そんなの困るわ、今すぐ帰してよ!!

「帰せ、帰せと煩い女だな。光の魔力が発動されるか、なんらかの方法で劇的に魔獣が減るか、もしくはこの世界の秩序が覆りでもしない限りお前はここから出られないのだ。帰る事は一旦諦めるんだな」

 帰る事を諦めろ、だと……?
 私の都合などお構いなしに結論付けるラウルに、プツンと何かが切れる音がする。
 怒りを抑え切れずにツカツカとラウルの前まで歩み寄るとグイッと胸倉を掴んだ。

「ちょっと貴方! 勝手にこんな場所に連れて来られて、訳のわからない話を聞かされた挙句に帰れないなんて、ふざけるのも大概にしなさいよ!? いいからさっさと元居た場所に帰しなさいっ!!」
「ほう。お前、我に向かって随分な態度だな」
「お前じゃないわ! 私の名前はイザベル・フォン・アルノーよっ!!」

 ……はっ! し、しまった! 
 ついカッとなって色々と口走ってしまった!
 怒りに任せてイザベルの性格が強く出てしまった私は、はっと口を塞ぐも、時既に遅し。
 ラウルはニヤリと意地の悪い笑みを浮かべると大きな手でグイッと私の両頬を掴んだ。
しおりを挟む
感想 69

あなたにおすすめの小説

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

「お幸せに」と微笑んだ悪役令嬢は、二度と戻らなかった。

パリパリかぷちーの
恋愛
王太子から婚約破棄を告げられたその日、 クラリーチェ=ヴァレンティナは微笑んでこう言った。 「どうか、お幸せに」──そして姿を消した。 完璧すぎる令嬢。誰にも本心を明かさなかった彼女が、 “何も持たずに”去ったその先にあったものとは。 これは誰かのために生きることをやめ、 「私自身の幸せ」を選びなおした、 ひとりの元・悪役令嬢の再生と静かな愛の物語。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

【完結】悪役令嬢は3歳?〜断罪されていたのは、幼女でした〜

白崎りか
恋愛
魔法学園の卒業式に招かれた保護者達は、突然、王太子の始めた蛮行に驚愕した。 舞台上で、大柄な男子生徒が幼い子供を押さえつけているのだ。 王太子は、それを見下ろし、子供に向って婚約破棄を告げた。 「ヒナコのノートを汚したな!」 「ちがうもん。ミア、お絵かきしてただけだもん!」 小説家になろう様でも投稿しています。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

側妃は捨てられましたので

なか
恋愛
「この国に側妃など要らないのではないか?」 現王、ランドルフが呟いた言葉。 周囲の人間は内心に怒りを抱きつつ、聞き耳を立てる。 ランドルフは、彼のために人生を捧げて王妃となったクリスティーナ妃を側妃に変え。 別の女性を正妃として迎え入れた。 裏切りに近い行為は彼女の心を確かに傷付け、癒えてもいない内に廃妃にすると宣言したのだ。 あまりの横暴、人道を無視した非道な行い。 だが、彼を止める事は誰にも出来ず。 廃妃となった事実を知らされたクリスティーナは、涙で瞳を潤ませながら「分かりました」とだけ答えた。 王妃として教育を受けて、側妃にされ 廃妃となった彼女。 その半生をランドルフのために捧げ、彼のために献身した事実さえも軽んじられる。 実の両親さえ……彼女を慰めてくれずに『捨てられた女性に価値はない』と非難した。 それらの行為に……彼女の心が吹っ切れた。 屋敷を飛び出し、一人で生きていく事を選択した。 ただコソコソと身を隠すつもりはない。 私を軽んじて。 捨てた彼らに自身の価値を示すため。 捨てられたのは、どちらか……。 後悔するのはどちらかを示すために。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。