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第三章 魔王編
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* * *
「……マ……マー……マーマー!!」
この声は……。
ママではなくマーマーと語尾を伸ばす特徴的な呼び方をするのは息子の口癖だ。
「ふがっ!?」
ペチペチと顔を叩かれ、ハッと目を開けると息子の顔がドアップで飛び込んできた。
「マーマー、ご飯は!? お腹空いたー!!」
「ん……? ああ、ごめんね! すぐ用意する!」
慌ててソファから立ち上がると、ガササッ足元にあった買い物袋が倒れ、買った食材が床にこぼれ落ちた。
家事、仕事、通勤、買い物、子供の送迎で体力の限界を迎えた私はソファに座った途端に眠ってしまったようだ。
短いうたた寝のはずなのに、何だか随分と長い夢を見ていた気分だ。
それにしても、なんだか変な夢だったなぁ。
寝ぼけ眼のまま散らばった食材を拾い集めて夕飯の準備を始めた。
しかし、私は痛恨のミスを犯したらしい。
何気なく炊飯器を見ると、スイッチが光っていない。
うげっ、朝に炊飯器の予約ボタン押すの忘れていた!?
炊飯器の蓋を開けてみると、水に浸かったままの生米が入っている。
「あちゃ~……ひーくん、ごめん! ご飯が炊けてないからパンでもいい!?」
「えー、パン?」
「ごめんね、明日は忘れない様にするから! とりあえずこれ渡すからあっちゃんと先に食べてて!」
「はーい」
何作ろうかな……って、ああ! 大変、もうこんな時間!? すぐに出来る物にしよう!
慌てて作った今日の夕飯は、冷蔵庫に保管していた昨日の味噌汁、パン、炒め物、茹で野菜とすごい組み合わだ。
うーむ、味噌汁が勿体ないから温め直して出したけど、パンと味噌汁は流石に合わないよね……やっぱり作り直そうかな。
味噌汁の入ったお椀を下げようとすると、子供達が騒ぎ出した。
「お味噌汁、飲む!」
「みそ! みそ!」
息子は私からお椀を掴み取ると、ごくりと味噌汁を一口のみ、にっこりと笑った。
「おいしい!」
娘も真似をして味噌汁を飲むと、ぷはぁと息を吐きながら私に笑顔を向けた。
「ふふっ、分かったわ。二人ともしっかり噛んで食べてね」
「「はーい!!」」
二人はお腹が空いていたようで、あっという間に夕食を平げた。
そして食器を片付けている間に沸かしたお風呂に仲良く三人で入った。
疲れていたのかお風呂でうとうとし始める娘を慌てて洗い、ゆっくりする間もなく寝る準備をして寝室に向かった。
歯磨きの最中にそのまま寝てしまった娘をそっと布団に置くと、まだ起きている息子が私に話しかけて来た。
「マーマー、お話聞きたい!」
息子は寝る前に決まって絵本の読み聞かせを強請るため、布団の近くには複数の絵本を置いてある。
私は無造作に一冊の絵本を手に取ると、息子に向かって話しかけた。
「じゃあ今日はこの絵本にしようか。むかーし、むかし、あるところに……」
しばらくすると、息子はあくびを連発し、ゴシゴシと目を擦り出した。そろそろ眠りそうね。
「今日のお話はおしまいにしましょ。続きはまた明日」
私は絵本を枕元に置くと息子に布団を被せ、トントンと優しく身体を叩いた。
息子の目は段々と閉じていき、そのままスヤスヤと寝息を立てて眠りについた。
ふふっ、起きている時は大変だけど、寝顔はまるで天使のようね。
しばらく子供達の寝顔を眺めていると、ふと先程の夢が頭を過った。
あの夢やけにリアルだったな。
……いや、あれは、本当に夢……?
その時、頭の中に響く様な不思議な声が聞こえた。
(其方はいつまでその世界に浸っているつもりだ)
「!?」
え、誰!?
慌てて辺りを見渡しても、当然誰もいない。
なんだ、空耳か? あー、びっくりした。
ほっと胸を撫で下ろし、再び子供達に視線を戻すと、また声が聞こえた。
(其方は気付いているはずだ。ここは其方の願望から創り出された、まやかしの世界だと)
「!! だ、誰!?」
(我の存在も思い出せぬか? 我は創造神だ。ここは其方の精神世界から派生した模像空間で、現在其方の身体は魔王の攻撃を受け、生死を彷徨っている状態だ)
「あれは……夢じゃなかったの……?」
(ほほ、夢……か。では今聞こえているこの声も夢なのか)
「……ル……イザベル!! 頼む、目を開けてくれ……!」
「ベル! ベル!!」
「くっ、イザベル嬢……!」
「お姉様……っ、ぐすっ」
「イザベル様、目を開けて!」
こ、この声は!?
ヘンリー殿下、アルフ義兄様、アーサー様、クロエ様、マリア様……。
「イザベル、貴様は何てことを……」
「イザベル君! 目を覚ますんだ!」
それに、ラウル、リュカ先生……。
(皆、其方の帰りを待っておるぞ。早く元の世界に戻るといい)
ピシッ
目の前の空間に大きなヒビが入る。
「ま、待って! では、この子達はどうなるの!?」
ピシッ
また空間にヒビが入っていく。
(そう案ずるな。この子等の魂も其方と同時にこの世界に来ている。そして……そう遠くないうちに其方の元へやって来るだろう)
ピシッ、ピシッ
ヒビの入る速度が速くなっていく。
そう、私はずっと心残りだった。
この子達を置いたまま、この世を去ってしまった事を。
前世で生きるこの子達を、側で守れなかった事を。
でも、それは杞憂だったようだ。
恐らく、私と同じくこの子達もあの時に──。
「本当に……?」
(我は嘘など吐かん。分かったら前世の憂いと決別し、今の世界と向き合うのだ)
この子達に再び会えるなら、私はこのまま死ぬわけにはいかない。
この子達や、待っている皆が幸せに暮らすために、私は与えられた使命を全うしなければ。
(現世に戻れ、イザベルよ)
空間は、パリンッ! と音を立て、崩れ去った。
ようやく、自分の気持ちにケジメが付いたわ。
そう、私は『イザベル・フォン・アルノー』
「……マ……マー……マーマー!!」
この声は……。
ママではなくマーマーと語尾を伸ばす特徴的な呼び方をするのは息子の口癖だ。
「ふがっ!?」
ペチペチと顔を叩かれ、ハッと目を開けると息子の顔がドアップで飛び込んできた。
「マーマー、ご飯は!? お腹空いたー!!」
「ん……? ああ、ごめんね! すぐ用意する!」
慌ててソファから立ち上がると、ガササッ足元にあった買い物袋が倒れ、買った食材が床にこぼれ落ちた。
家事、仕事、通勤、買い物、子供の送迎で体力の限界を迎えた私はソファに座った途端に眠ってしまったようだ。
短いうたた寝のはずなのに、何だか随分と長い夢を見ていた気分だ。
それにしても、なんだか変な夢だったなぁ。
寝ぼけ眼のまま散らばった食材を拾い集めて夕飯の準備を始めた。
しかし、私は痛恨のミスを犯したらしい。
何気なく炊飯器を見ると、スイッチが光っていない。
うげっ、朝に炊飯器の予約ボタン押すの忘れていた!?
炊飯器の蓋を開けてみると、水に浸かったままの生米が入っている。
「あちゃ~……ひーくん、ごめん! ご飯が炊けてないからパンでもいい!?」
「えー、パン?」
「ごめんね、明日は忘れない様にするから! とりあえずこれ渡すからあっちゃんと先に食べてて!」
「はーい」
何作ろうかな……って、ああ! 大変、もうこんな時間!? すぐに出来る物にしよう!
慌てて作った今日の夕飯は、冷蔵庫に保管していた昨日の味噌汁、パン、炒め物、茹で野菜とすごい組み合わだ。
うーむ、味噌汁が勿体ないから温め直して出したけど、パンと味噌汁は流石に合わないよね……やっぱり作り直そうかな。
味噌汁の入ったお椀を下げようとすると、子供達が騒ぎ出した。
「お味噌汁、飲む!」
「みそ! みそ!」
息子は私からお椀を掴み取ると、ごくりと味噌汁を一口のみ、にっこりと笑った。
「おいしい!」
娘も真似をして味噌汁を飲むと、ぷはぁと息を吐きながら私に笑顔を向けた。
「ふふっ、分かったわ。二人ともしっかり噛んで食べてね」
「「はーい!!」」
二人はお腹が空いていたようで、あっという間に夕食を平げた。
そして食器を片付けている間に沸かしたお風呂に仲良く三人で入った。
疲れていたのかお風呂でうとうとし始める娘を慌てて洗い、ゆっくりする間もなく寝る準備をして寝室に向かった。
歯磨きの最中にそのまま寝てしまった娘をそっと布団に置くと、まだ起きている息子が私に話しかけて来た。
「マーマー、お話聞きたい!」
息子は寝る前に決まって絵本の読み聞かせを強請るため、布団の近くには複数の絵本を置いてある。
私は無造作に一冊の絵本を手に取ると、息子に向かって話しかけた。
「じゃあ今日はこの絵本にしようか。むかーし、むかし、あるところに……」
しばらくすると、息子はあくびを連発し、ゴシゴシと目を擦り出した。そろそろ眠りそうね。
「今日のお話はおしまいにしましょ。続きはまた明日」
私は絵本を枕元に置くと息子に布団を被せ、トントンと優しく身体を叩いた。
息子の目は段々と閉じていき、そのままスヤスヤと寝息を立てて眠りについた。
ふふっ、起きている時は大変だけど、寝顔はまるで天使のようね。
しばらく子供達の寝顔を眺めていると、ふと先程の夢が頭を過った。
あの夢やけにリアルだったな。
……いや、あれは、本当に夢……?
その時、頭の中に響く様な不思議な声が聞こえた。
(其方はいつまでその世界に浸っているつもりだ)
「!?」
え、誰!?
慌てて辺りを見渡しても、当然誰もいない。
なんだ、空耳か? あー、びっくりした。
ほっと胸を撫で下ろし、再び子供達に視線を戻すと、また声が聞こえた。
(其方は気付いているはずだ。ここは其方の願望から創り出された、まやかしの世界だと)
「!! だ、誰!?」
(我の存在も思い出せぬか? 我は創造神だ。ここは其方の精神世界から派生した模像空間で、現在其方の身体は魔王の攻撃を受け、生死を彷徨っている状態だ)
「あれは……夢じゃなかったの……?」
(ほほ、夢……か。では今聞こえているこの声も夢なのか)
「……ル……イザベル!! 頼む、目を開けてくれ……!」
「ベル! ベル!!」
「くっ、イザベル嬢……!」
「お姉様……っ、ぐすっ」
「イザベル様、目を開けて!」
こ、この声は!?
ヘンリー殿下、アルフ義兄様、アーサー様、クロエ様、マリア様……。
「イザベル、貴様は何てことを……」
「イザベル君! 目を覚ますんだ!」
それに、ラウル、リュカ先生……。
(皆、其方の帰りを待っておるぞ。早く元の世界に戻るといい)
ピシッ
目の前の空間に大きなヒビが入る。
「ま、待って! では、この子達はどうなるの!?」
ピシッ
また空間にヒビが入っていく。
(そう案ずるな。この子等の魂も其方と同時にこの世界に来ている。そして……そう遠くないうちに其方の元へやって来るだろう)
ピシッ、ピシッ
ヒビの入る速度が速くなっていく。
そう、私はずっと心残りだった。
この子達を置いたまま、この世を去ってしまった事を。
前世で生きるこの子達を、側で守れなかった事を。
でも、それは杞憂だったようだ。
恐らく、私と同じくこの子達もあの時に──。
「本当に……?」
(我は嘘など吐かん。分かったら前世の憂いと決別し、今の世界と向き合うのだ)
この子達に再び会えるなら、私はこのまま死ぬわけにはいかない。
この子達や、待っている皆が幸せに暮らすために、私は与えられた使命を全うしなければ。
(現世に戻れ、イザベルよ)
空間は、パリンッ! と音を立て、崩れ去った。
ようやく、自分の気持ちにケジメが付いたわ。
そう、私は『イザベル・フォン・アルノー』
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