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1巻
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ちなみに、魔力は大まかに火・水・風・地・光・闇の六属性に分かれており、特に光と闇の魔力は特別視されていた。それにはこの世界の歴史が深く関わっている。
――って、考えれば考えるほど、前世にはない知識が出てくるわ。面白いからこのまま湧き出てくる知識でおさらいすることにしましょう。
どこまでいったんだっけ……そうそう、歴史上、光の魔力を持つ者は巫女と呼ばれ、この世界に蔓延る魔獣を淘汰するため、浄化という力を使い人々を救ったとされている。
それに対し、闇の魔力は強力な破壊魔法が特徴で、通常は魔獣達の頂点に君臨する魔王が持っている力らしい。
稀に魔王じゃなくても闇の魔力を持つ人間がいるらしいけど、理由はよく分かっていないみたい。
魔法省のトップも闇の魔力を持っていて、魔王の動向を監視しているんだって。
ま、それだけ光と闇の魔力を持った人は貴重ってことね。
ちなみに、この国の住人は幼少期に魔法省の管轄機関で一斉検査を受けることになっており、魔力が強い者や光や闇の魔力を保有する者の選別が行われる。
そこで選ばれた者は国の貴重な外交力として、本人の意思に関係なく王宮や魔法省に管理されるそうだ。
私は一斉検査の時に火の魔力があり、魔力も平均的だと判断されたので、無縁の話だけども。
長い間考え込んでいたのか、ふと窓から外を見ると見慣れた景色からすっかり様変わりしていた。向こうの小高い丘の上に、古い大きな建物が立っているのが見える。
古いけど立派な建物ね。あ、もしかして、これがネスメ女子修道院かしら?
そんなことをぼんやり考えていると、馬車の外から御者が声を掛けてきた。
「お嬢様、間もなくネスメ女子修道院に到着しますので、お支度をお願いいたします」
想像より大きい施設だけど、きっと寄付金がっぽりもらっているんだろうなぁ……
って、いけない、いけない。前世の癖でついゲスいことを考えてしまったわ。
フルフルと頭を振り思考を切り替えているうちに、馬車は速度を落とし建物の前に停まる。
建物の入り口まで来た私は、立派な扉の前で深呼吸をした。
スーハー、スーハー。よしっ、気合は充分! いざ、突入!!
扉に手を掛けた途端、バンッ! と勢いよく扉が開いた。
うわわわっ! 後ろに倒れる!?
「きゃっ、あいたたた」
「まぁ、大丈夫ですか!?」
うう、地味におしりが痛い。
尻餅をついた私に手を差し伸べたのは、ゆったりした紺色の修道服に身を包んだ、おっとり顔の壮年の修道女だ。
差し出された修道女の手を掴むと、そのまま引っ張り上げてくれる。
やれやれ、初端からとんだ目に遭ったわ。
「ごめんなさい、怪我はしていないかしら」
「ええ、尻餅をついただけですから問題ありませんわ」
修道女は私に怪我がないことを知りほっとした様子だが、私の身なりを見るなり、おやと首を傾げる。
「あら、その装いにその荷物。もしかしてアルノー家のご令嬢でいらっしゃいますか?」
「は、はい。私はイザベル・フォン・アルノー。アルノー家の娘でございます」
「やはりそうでしたか。ああ、申し遅れました、私はここの修道院長のヴァレリーと申します。立ち話も何ですし、まずは中へどうぞ」
なんと、ただの修道女ではなくここの長だったのね!? 失礼のないように気を付けなきゃ!
アワアワする私を他所に、ヴァレリー院長は優雅に微笑みながら扉を開けて中に通してくれた。
わぁ、高い天井! 一歩中に入ると、そこは外観からは想像出来ない壮大な空間が広がっていた。
無数の天窓や正面のステンドグラスから差す光のせいか、神秘的な美しさが加わっている。
「ここは大聖堂。修道女達は、毎日朝と晩にここに来て女神に祈りを捧げます。それ以外にも、身分問わず様々な教徒達が祈りを捧げに来る神聖な場ですわ。と、堅苦しい説明は後にして、まずは応接室に行きましょう。どうぞ、こちらへ」
ヴァレリー院長に案内されるまま扉の奥へ進むと、そこは回廊になっており広い中庭が見える。更に先を進むと、こぢんまりした建物が見えてきた。
ヴァレリー院長が扉を開けると、中には修道院とは思えないほど豪華なソファと机の応接セットが置かれている。
「まずはこちらにお掛け下さい」
「はい、ありがとうございます」
「今お茶をご用意いたしますわ。ダージリン、アッサム……あっ、ハーブティーもあったわね。どんな味がお好みかしら」
ヴァレリー院長はどこか楽しそうにお茶を淹れる準備を始める。
「では、お言葉に甘えてダージリンをお願いいたします」
「まぁ、奇遇ですわね。私も紅茶はダージリンが一番好きなんです。……さぁ、出来ましたわ。熱いのでお気を付けて」
そっと優雅な手付きで出された紅茶と、彩り豊かな添え菓子。
そのお菓子達を見て、私のお腹はグゥゥゥゥ!! と大きく鳴った。
ぎゃあっ、恥ずかしい! ああ、そういえば断罪フラグから逃げることに必死で、昼食取るのを忘れていたんだっけ。
お腹の轟音が聞こえてしまったのか、ヴァレリー院長はふふっと笑うと奥から追加のお菓子を持って来てくれた。
「教徒達からいただいた物ですが、食べきれずに余っているのです。よろしければこちらもいかが?」
「あ、ありがとうございます」
初対面でお腹の音を聞かれた挙句に空腹を気遣われるって、令嬢としてどうなのよ。
しかし、まだ十代で育ちざかりのイザベル。そして、目の前にはとっても美味しそうなお菓子達。
その誘惑になんて勝てない……じゅるり。
「では、お言葉に甘えていただきます」
羞恥心より食欲の方が勝った私は、ありがたく追加のお菓子も纏めて頂戴することにした。
和やかな空気の中、遠慮なくお菓子をもぐもぐ頬張っていると、コンコンッと小さいノック音が聞こえた。
「はいはい、どなたかしら」
ヴァレリー院長が立ち上がり扉を開けると、そこにはエプロン姿の三十代半ばと思われる修道女がシャンとした姿勢で立っていた。
「院長、失礼いたします。本日見習いの者が来るとのことで、こちらに伺ったのですが」
「ああ、ちょうど良いタイミングだったわね」
ヴァレリー院長はそのまま修道女を招き入れると、追加のお茶を淹れ始めた。
キビキビした様子のこの修道女、前世なら仕事の出来る先輩って感じ。
なんとなく前世の職場の上司に似ているわ。
「さぁさぁ、立ち話も何ですし、貴女もお座りなさい」
「院長、ありがたいのですが、今人手が足りないんです。ちょうど子供達がお昼寝から起きる時間なので、早く持ち場に戻らなければ」
「あら、もうそんな時間? ならイザベル様に、早く当修道院のことについて説明しなければいけないわね」
ヴァレリー院長はそう言うと、すっと目を細めて私を見つめる。
先程の穏やか顔とは打って変わって、どこか厳かなその表情にすっかりビビった私は、貪り食べていたお菓子を置いて背筋を伸ばした。
「イザベル様、この修道院の裏の顔をご存知?」
「は、はい」
ヴァレリー院長はニコリと笑うが、その目は鋭いままで、笑顔とはほど遠い威圧感を放っている。
す、すごい圧だわ。私、ここでやっていけるかしら。
「それなら話が早いですわね。この修道院は令嬢達の更生施設――要は問題児を教育し直す場です。イザベル様も身に覚えがあるのではなくて?」
「……はい、ございます」
「そうでしょうとも。イザベル様は『メイドイビリ好きな令嬢』だなんて、裏で囁かれているくらいですから。おほほほ」
な、なんて失礼な奴がいるのかしら! その者を不敬罪で訴えてやる!
……って、あれ? 事実を言われただけなのに、なんでこんなにイライラするんだろう。
「まぁ、ここで貴女の今までの行動についてとやかく言っても仕方ありませんので、これから己のしてきたことをその身をもって体験していただきますわ。まず最初に、令嬢の皆様の適性を見るために簡単な仕事をしていただきます。そして、適性に合った仕事を与えますので、ここを出るまでの間働いていただくことになります」
「はい」
素直に頷く私に、修道院長は驚いた様子を見せる。
「まぁ、随分素直に受け入れて下さるのね。事前の情報とは違うわね……。それなら早く話を進めましょう。ルーシー、彼女を連れて行って頂戴」
隣に座っていたルーシーと呼ばれた修道女は立ち上がり、ヴァレリー院長に一礼をする。
「畏まりました。イザベルさん、行きますよ。ついていらっしゃい」
「は、はい!」
私は慌てて立ち上がり、修道女の後に付いて行く。
「私の名前はルーシー。この修道院に併設されている孤児院の責任者です。ここでは身分に関係なく貴女に接しますから、そのつもりでいて下さい」
「分かりました」
「時間がないので詳しい説明は後にしますが、まずは子供達の相手をしてもらいます。この回廊を真っ直ぐ行った先に建物が見えると思いますが、そこが孤児院です。今日貴女が仕事をする場所になります」
ああ、なんだか早歩きなところも前世の上司に似ているな。
そういえば前世の職場、いきなり私がいなくなって大丈夫だったかしら。
「……イザベルさん? イザベルさん、聞いていますか」
「は、はい! 聞いています」
「それならしっかり返事をしなさい。全く、先が思いやられるわ」
ルーシーさんはブツブツ文句を言いながらも先を急ぐ。
って、返事しなかっただけでそんなに怒らなくてもいいじゃない! 平民のくせに不敬にも程があるわ!
……ん、あれ? まただ。私はなんでこんなにイライラしてしまうんだろう?
先程のヴァレリー院長の時もそうだったが、当たり前のことを指摘されただけなのに。
もしかして、イザベルが高慢に振る舞っていた態度が癖として残っているのだろうか?
仮にそうだとしたら、これから矯正していかないと。修道院を出たら以前のイザベルに逆戻りしてしまった、なんてことになったら大変だ。
そんなことを考えながらルーシーさんに付いて行くと、窓や扉に可愛らしい装飾の施された建物に到着した。
「さ、着きましたよ。ここでは新生児から六歳までの身寄りのない子供達が生活をしています。まずはこの建物にいる子供達の遊び相手をしてもらいますので、こちらへどうぞ」
ルーシーさんが扉を開けると、わっと賑やかな声が聞こえてきた。
「ルーシー、おかえり!」
「うわーん! 僕のオモチャ!!」
「キャハハハッ! こっちこっち!」
ルーシーさんに駆け寄る子、ドタバタと走り回る子、ギャン泣きする子、様々だ。
こ、この光景はまるで保育園だわ!
「はいはい、みんな! まずは散らかったおもちゃを片付けないとおやつを出せないわよ。修道女達と一緒にお片付けをしましょう」
「はーい!!」
「イザベルさん、子供達のおやつを用意するので私は一旦この場を離れます。子供達に危険がないように見守りをお願います」
そう言ってルーシーさんは慌ただしくその場を離れる。
んー、見守りって言われてもどうしたらいいのかよく分からないわね。まずは皆と一緒に片付けようかしら。
散乱したおもちゃを黙々と拾っていると、一人の幼児がトコトコやって来てドレスの裾を引っ張った。
「ん? どうしたの?」
「うんち、でた」
「え!?」
その子の着ていたズボンを軽く引っ張り、上からおしりを覗き込む。
あ、これ前世でよくやっていた育児中の癖なのよね。おしり付近をクンクンして、匂いで判断することも出来る。
「あらあら、本当だ。おしり綺麗にしないと。洗い場と着替えはどこかな」
なにぶん初めての場所なので、どこに何があるのかが分からない。
キョロキョロと辺りを見ていると、その子が指を差して私に教えてくれた。
「お水でるところ、あっち」
「教えてくれてありがとう! 着替えを探してくるから待っていて!」
ちょうどおやつの準備をしていたルーシーさんの姿が見えたので、呼び止める。
「ルーシーさん、お忙しいところにすみません。子供達の着替えはどこにありますか?」
「着替え? すぐそこの棚にありますが」
「ありがとうございます! ちなみに汚物ってどう処理していますか?」
「え? 洗い場の隣に子供用の厠がありますので、そこに流していますが」
「そうですか、ありがとうございます! では洗い場まで行って来ます!」
「あっ、ちょっと」
あっ、大変。さっきの子がウロウロし始めているわ!
急いで先程の場所に向かい、子供と目線が合うよう中腰になる。
うぐぐ。身体が重いし、腹肉が食い込んで邪魔だわ。早く痩せたい。
「こーら、勝手に動いちゃダメよ。おやつの前に、まずはおしりを綺麗にしましょうね」
その子が移動しないように片手を繋ぎ、念のためその場で着替えを確認する。
よし、前世にもあった、前合わせのシャツとズボンのようなタイプの服みたい。これなら私一人でも着せられそうだ。
「さ、洗い場に行こう!」
その子に手を引かれて場所を案内してもらう。
洗い場に着くと、ささっと下の服を脱がせておしりを洗い、厠で汚物を処理する。
あ、汚れた服はどうしたらいいのか聞くのを忘れた! 仕方ない、一旦服を持ち帰ってルーシーさんに聞きに行こう。
「貴女、確か公爵令嬢よね? 幼児のお世話が出来るなんて……」
うわ、びっくりした!
急に声を掛けられて背後を振り返ると、ルーシーさんが唖然とした様子で私を見ていた。
マズイ、前世の子育て経験から勝手に身体が動いちゃったけど、そんなこと言えないし。
言い訳を必死に考えていると、ルーシーさんはガシッと私の肩を掴んだ。
「よし、貴女にはここで働いてもらいましょう! ちょうど人手も足りなかったし、即戦力になりそうで良かったわ!!」
きっと猫の手も借りたいほど忙しいのだろう。余計な詮索されなくて良かった。
「あとは私が処理しますので、イザベルさんは子供達と一緒におやつを食べて下さい」
「はい! 分かりました」
元気良く返事をした私は、幼児と手を繋いで一緒に歩く。
ふとルーシーさんの姿を見ると、手早く汚れた服を予洗いし隅にある籠に入れているようだ。後で他の洗濯物と纏めて洗っているのかもしれない。
よし、汚れた服の処理方法は覚えたぞ。
広場まで戻ると、すでに子供達はおやつを食べ始めている。端の空いた席に座ると、近くにいた修道女がおやつを持って来てくれた。
おお、今日のおやつはふかし芋かしら。いい匂いで美味しそう。
「いただきます」と小声で言い、芋を一口かじる。んー、優しいお味!
モリモリ食べてあっという間に完食した私に、ルーシーさんが声を掛けた。
「まだイザベルさんの部屋を教えていなかったので、これからご案内します」
そっか、これから住み込みで仕事をするから部屋が与えられるのね。一体どんなお部屋なのかしら。
返事をしてルーシーさんに付いて行くと、奥まった場所にずらっと扉が並んでいるのが見えた。ルーシーさんは一番端の部屋を開ける。
おお、ここが私の部屋か。こぢんまりしているけど清掃はされているみたいだし、居心地も悪くなさそう。
「ここがイザベルさんの部屋で、荷物はあちらに置いてあります。修道服はここに掛けてあるものを着ていただきます。今日は私が着方を教えますから、明日からは一人で身支度をお願いしますね」
ああ、そっか。ここに連れて来られるのは基本的に令嬢ばかりだから、最初は細かく教えてくれるのね。
でも、掛かっている服は普通サイズっぽいし、イザベルはぽっちゃり体型だからなぁ。万が一、服が入らなかったりしたらちょっと気まずいから、一人で試着したいかも。
「ありがとうございます。でも、この服なら一人でも着替えが出来そうなので大丈夫ですわ」
私の言葉に、ルーシーさんは聞いていた性格と随分違うわね、というように首を傾げる。
「そうですか。では外で控えていますので、何かあれば声を掛けて下さい」
ルーシーさんが出て行くと、さっそくロッカーの修道服を身体に当てて鏡を見る。
うーん、まぁ、ギリギリ着られるかしら。
試しに着てみるけど……う、やっぱりお腹回りがキツいかもしれない。
鏡で確認すると、お腹の辺りがパツパツになっている。
「イザベルさん、大丈夫ですか」
「は、はい!」
やば、ゆっくり試着し過ぎたかしら。慌てて扉を開けると、ルーシーさんは気まずそうな顔で私のお腹回りを見つめた。
うん、言いたいことはよく分かる。私も思ったもん、パツパツだって。
「服の着脱は大丈夫そうですけど、その……他のサイズがないか後で確認してきますね」
ううう、仮にも公爵令嬢なのに、贅肉で服がピチピチとか恥ずかし過ぎる! 絶対痩せてやるぅ!
「荷物の整理も必要でしょうし、三十分ほどお部屋で待機して下さい。その後は外に出て子供達の相手をしてもらいます。ここの窓から見て右側一帯の原っぱが子供達の遊び場になっているので、あちらの角で待ち合わせしましょう」
「分かりました」
荷物と言ってもそんなにたくさんの物はないのよね。
ササッと片付けて建物の外に出ると、子供達の元気な声が聞こえてきた。
「ワルモノが来るぞーー!!」
「きゃーー!!」
みんなで追いかけっこをしているのかしら、元気が良くていいわね。
あれ? あんなところに一人で遊んでいる子がいる。それに、あの子も。
普通なら子供達同士で遊んだりするのに、何となく他人に興味がないようなその子達の様子に違和感を覚える。様子を窺っていると、ドンッと背中に衝撃が走った。
「どうわっ!?」
何事かと思って振り向くと、四、五歳くらいの女の子が背中にがっしりとしがみ付いていた。肩までのオレンジ色の髪と、くりくりおめめが愛らしい。
「あーびっくりした。急にどうしたの? あ、私は新入りのイザベルっていうの。よろしくね!」
女の子はベッタリ張り付いて離れようとしない。あらあら、困ったわね。これじゃ歩けないわ。
「ねぇ、おねえちゃんはすぐいなくなったりしない?」
「え? う、うーん」
いつまでいるかは決まっていないが、数年はここにいないとアルフ義兄様と同じ家で生活しなくてはならなくなってしまう。
そうなると必然的に断罪フラグが立つ可能性が高くなるわけで、私としては非常に困るのだ。
「そうね、すぐにいなくなったりはしないよ」
希望も込めてそう言うと、女の子はにっこりと笑う。ああ、子供の笑顔って本当に可愛いなぁ。
「じゃあ、おねえちゃんはリリアのお世話をして? リリア、ママもパパもいないの。だからママの代わりになって」
ここは孤児院だから身寄りのない子が集まるのは当然なのだけど、まだこんなに小さい子が親からの愛情を受けられずにいるなんて……
私もこの世界ではまだ十三歳だし、ママ代わりになれるかは分からない。でも、少しでもこの子――リリアちゃんの成長の手助けをしたい。
「いいよ、私がリリアちゃんのお世話をして色々教えてあげるね」
私の言葉を聞くと、リリアちゃんはしがみ付いたままぴょんぴょん跳ねた。
「やった! リリアにママが出来た!」
うおっ!? か、身体が揺すられる!
「リ、リリアちゃん!? ちょ、か、身体が揺れて、あぶなっ」
私とリリアちゃんの様子に気付いたのか、慌てた様子で修道女が駆け寄ってくる。
「こら、リリア! す、すみません、この子、初めての方が来るといつもこうで。リリア、離れなさい!」
「イヤッ!! ママといっしょにいるの!」
女の子は修道女に無理矢理引き剥がされると、ジタバタ暴れながら耳を劈くような激しい泣き声を上げる。
「ギャーー!!」
「こ、こら、リリア落ち着いて」
あちゃー、こうなると子供は落ち着くのに時間が掛かるのよね。
紫色の長髪を後ろで一括りにした、そばかすが少し目立つ修道女をちらりと見る。この女性は私と同じ令嬢なのだろうか。修道服を着ているし、子守りで髪が乱れてしまっているけど、なんとなく放つオーラが平民のそれとは違う。
もし令嬢だとしたら、子供の扱いなんて当然分からないだろうし、ちょっと手助けしてあげようかな。
「あの、私に少し任せてもらってもいいですか?」
「で、でも、こんな状態で」
「大丈夫、大丈夫」
そう言いながらリリアちゃんに手を伸ばすと、彼女は泣きながらもしっかり手を掴んでくる。
「よしよし、そんなに泣かないで。リリアちゃんと約束したんだよね? ママ代わりになってお世話するって」
そのまま両手を握り、リリアちゃんとその場でクルクルと回る。
「そーれ、クルクルだ!」
泣いていたリリアちゃんは突然のことにきょとんとした顔をしていたが、次第に笑顔を取り戻す。
「きゃははっ! ママ、もっと!」
良かった、機嫌が直ったみたい。
「ねぇ、リリアちゃん。みんながあっちで遊んでいるみたいだから、一緒に行ってみない?」
「うん!」
私はリリアちゃんと手を繋いだまま、他の子供達が追いかけっこをしていると思われる場所に行ってみる。
「みんな! リリアちゃんも、仲間にいーれーてっ!」
「うん、いいよ!」
「リリアちゃん、こっち」
「リリアも早く逃げろ! 捕まるぞ!」
私の声に反応した子供達は一斉に返事をしてくれる。
リリアちゃんは私の手を離し、一目散に駆け出し、子供達の輪の中に入っていった。
やれやれ、これでしばらくは大丈夫かしら。
「あのぅ」
後ろから声を掛けられて振り返ると、先程の修道女がぺこりと頭を下げた。
「お手伝いいただきありがとうございます。助かりました」
「お礼なんてそんな。私は出来ることをやっただけなので、お気になさらないで」
修道女が顔を上げる。さっきは気付かなかったけど、この人、髪だけじゃなくて目も紫色なのね。
前世ではまず見ることのない色合いなだけに、つい見入ってしまう。
「えっと、あの。そ、そんなに見つめられると」
あ! しまった、物珍しくて見つめ過ぎてしまったみたい。
「あ、ごめんなさい! 瞳がとても綺麗な色でしたので、つい」
「私の、この色が?」
「ええ」
修道女は急に俯く。あれ、なんかまずいことを言ってしまったかしら。
「そんなことを言ってくれるのは貴女様だけです。義母は、私のこの色がお母様と同じで汚い色だってよく言っていました」
「まぁ」
この人、何か事情があるみたい。
「あ、ごめんなさい。ここに来て初めて言われたから、つい」
「大丈夫です。私で良ければお話を聞きますよ」
私の言葉を聞いた修道女はありがとうと小さい声でお礼を言い、話を続ける。
「私は、お母様からもらったこの色を貶されることが悲しかった。でも、今日こうやって褒めていただき、自分を認めてもらえたような気がして嬉しかったんです」
「そうだったのですね……」
修道女は顔を上げて私を見つめる。瞳は薄らと潤み、これまで苦労していた様子が窺える。
「義母は、私が顔色を窺っておどおどする様子が気持ち悪いんですって。いつまで経っても懐かないし、お母様と似た顔を見るのも嫌だと言ったんです。でも……仕方がないじゃないですか。義母は少しでも気に入らないことがあると、すぐ怒鳴ったり叩いたりするんですもの。あんな女、好きになれって言われても無理よ! 早く私を追い出したかったから、きっとお父様に色々吹き込んで私を修道院に入れたんだと思います」
――って、考えれば考えるほど、前世にはない知識が出てくるわ。面白いからこのまま湧き出てくる知識でおさらいすることにしましょう。
どこまでいったんだっけ……そうそう、歴史上、光の魔力を持つ者は巫女と呼ばれ、この世界に蔓延る魔獣を淘汰するため、浄化という力を使い人々を救ったとされている。
それに対し、闇の魔力は強力な破壊魔法が特徴で、通常は魔獣達の頂点に君臨する魔王が持っている力らしい。
稀に魔王じゃなくても闇の魔力を持つ人間がいるらしいけど、理由はよく分かっていないみたい。
魔法省のトップも闇の魔力を持っていて、魔王の動向を監視しているんだって。
ま、それだけ光と闇の魔力を持った人は貴重ってことね。
ちなみに、この国の住人は幼少期に魔法省の管轄機関で一斉検査を受けることになっており、魔力が強い者や光や闇の魔力を保有する者の選別が行われる。
そこで選ばれた者は国の貴重な外交力として、本人の意思に関係なく王宮や魔法省に管理されるそうだ。
私は一斉検査の時に火の魔力があり、魔力も平均的だと判断されたので、無縁の話だけども。
長い間考え込んでいたのか、ふと窓から外を見ると見慣れた景色からすっかり様変わりしていた。向こうの小高い丘の上に、古い大きな建物が立っているのが見える。
古いけど立派な建物ね。あ、もしかして、これがネスメ女子修道院かしら?
そんなことをぼんやり考えていると、馬車の外から御者が声を掛けてきた。
「お嬢様、間もなくネスメ女子修道院に到着しますので、お支度をお願いいたします」
想像より大きい施設だけど、きっと寄付金がっぽりもらっているんだろうなぁ……
って、いけない、いけない。前世の癖でついゲスいことを考えてしまったわ。
フルフルと頭を振り思考を切り替えているうちに、馬車は速度を落とし建物の前に停まる。
建物の入り口まで来た私は、立派な扉の前で深呼吸をした。
スーハー、スーハー。よしっ、気合は充分! いざ、突入!!
扉に手を掛けた途端、バンッ! と勢いよく扉が開いた。
うわわわっ! 後ろに倒れる!?
「きゃっ、あいたたた」
「まぁ、大丈夫ですか!?」
うう、地味におしりが痛い。
尻餅をついた私に手を差し伸べたのは、ゆったりした紺色の修道服に身を包んだ、おっとり顔の壮年の修道女だ。
差し出された修道女の手を掴むと、そのまま引っ張り上げてくれる。
やれやれ、初端からとんだ目に遭ったわ。
「ごめんなさい、怪我はしていないかしら」
「ええ、尻餅をついただけですから問題ありませんわ」
修道女は私に怪我がないことを知りほっとした様子だが、私の身なりを見るなり、おやと首を傾げる。
「あら、その装いにその荷物。もしかしてアルノー家のご令嬢でいらっしゃいますか?」
「は、はい。私はイザベル・フォン・アルノー。アルノー家の娘でございます」
「やはりそうでしたか。ああ、申し遅れました、私はここの修道院長のヴァレリーと申します。立ち話も何ですし、まずは中へどうぞ」
なんと、ただの修道女ではなくここの長だったのね!? 失礼のないように気を付けなきゃ!
アワアワする私を他所に、ヴァレリー院長は優雅に微笑みながら扉を開けて中に通してくれた。
わぁ、高い天井! 一歩中に入ると、そこは外観からは想像出来ない壮大な空間が広がっていた。
無数の天窓や正面のステンドグラスから差す光のせいか、神秘的な美しさが加わっている。
「ここは大聖堂。修道女達は、毎日朝と晩にここに来て女神に祈りを捧げます。それ以外にも、身分問わず様々な教徒達が祈りを捧げに来る神聖な場ですわ。と、堅苦しい説明は後にして、まずは応接室に行きましょう。どうぞ、こちらへ」
ヴァレリー院長に案内されるまま扉の奥へ進むと、そこは回廊になっており広い中庭が見える。更に先を進むと、こぢんまりした建物が見えてきた。
ヴァレリー院長が扉を開けると、中には修道院とは思えないほど豪華なソファと机の応接セットが置かれている。
「まずはこちらにお掛け下さい」
「はい、ありがとうございます」
「今お茶をご用意いたしますわ。ダージリン、アッサム……あっ、ハーブティーもあったわね。どんな味がお好みかしら」
ヴァレリー院長はどこか楽しそうにお茶を淹れる準備を始める。
「では、お言葉に甘えてダージリンをお願いいたします」
「まぁ、奇遇ですわね。私も紅茶はダージリンが一番好きなんです。……さぁ、出来ましたわ。熱いのでお気を付けて」
そっと優雅な手付きで出された紅茶と、彩り豊かな添え菓子。
そのお菓子達を見て、私のお腹はグゥゥゥゥ!! と大きく鳴った。
ぎゃあっ、恥ずかしい! ああ、そういえば断罪フラグから逃げることに必死で、昼食取るのを忘れていたんだっけ。
お腹の轟音が聞こえてしまったのか、ヴァレリー院長はふふっと笑うと奥から追加のお菓子を持って来てくれた。
「教徒達からいただいた物ですが、食べきれずに余っているのです。よろしければこちらもいかが?」
「あ、ありがとうございます」
初対面でお腹の音を聞かれた挙句に空腹を気遣われるって、令嬢としてどうなのよ。
しかし、まだ十代で育ちざかりのイザベル。そして、目の前にはとっても美味しそうなお菓子達。
その誘惑になんて勝てない……じゅるり。
「では、お言葉に甘えていただきます」
羞恥心より食欲の方が勝った私は、ありがたく追加のお菓子も纏めて頂戴することにした。
和やかな空気の中、遠慮なくお菓子をもぐもぐ頬張っていると、コンコンッと小さいノック音が聞こえた。
「はいはい、どなたかしら」
ヴァレリー院長が立ち上がり扉を開けると、そこにはエプロン姿の三十代半ばと思われる修道女がシャンとした姿勢で立っていた。
「院長、失礼いたします。本日見習いの者が来るとのことで、こちらに伺ったのですが」
「ああ、ちょうど良いタイミングだったわね」
ヴァレリー院長はそのまま修道女を招き入れると、追加のお茶を淹れ始めた。
キビキビした様子のこの修道女、前世なら仕事の出来る先輩って感じ。
なんとなく前世の職場の上司に似ているわ。
「さぁさぁ、立ち話も何ですし、貴女もお座りなさい」
「院長、ありがたいのですが、今人手が足りないんです。ちょうど子供達がお昼寝から起きる時間なので、早く持ち場に戻らなければ」
「あら、もうそんな時間? ならイザベル様に、早く当修道院のことについて説明しなければいけないわね」
ヴァレリー院長はそう言うと、すっと目を細めて私を見つめる。
先程の穏やか顔とは打って変わって、どこか厳かなその表情にすっかりビビった私は、貪り食べていたお菓子を置いて背筋を伸ばした。
「イザベル様、この修道院の裏の顔をご存知?」
「は、はい」
ヴァレリー院長はニコリと笑うが、その目は鋭いままで、笑顔とはほど遠い威圧感を放っている。
す、すごい圧だわ。私、ここでやっていけるかしら。
「それなら話が早いですわね。この修道院は令嬢達の更生施設――要は問題児を教育し直す場です。イザベル様も身に覚えがあるのではなくて?」
「……はい、ございます」
「そうでしょうとも。イザベル様は『メイドイビリ好きな令嬢』だなんて、裏で囁かれているくらいですから。おほほほ」
な、なんて失礼な奴がいるのかしら! その者を不敬罪で訴えてやる!
……って、あれ? 事実を言われただけなのに、なんでこんなにイライラするんだろう。
「まぁ、ここで貴女の今までの行動についてとやかく言っても仕方ありませんので、これから己のしてきたことをその身をもって体験していただきますわ。まず最初に、令嬢の皆様の適性を見るために簡単な仕事をしていただきます。そして、適性に合った仕事を与えますので、ここを出るまでの間働いていただくことになります」
「はい」
素直に頷く私に、修道院長は驚いた様子を見せる。
「まぁ、随分素直に受け入れて下さるのね。事前の情報とは違うわね……。それなら早く話を進めましょう。ルーシー、彼女を連れて行って頂戴」
隣に座っていたルーシーと呼ばれた修道女は立ち上がり、ヴァレリー院長に一礼をする。
「畏まりました。イザベルさん、行きますよ。ついていらっしゃい」
「は、はい!」
私は慌てて立ち上がり、修道女の後に付いて行く。
「私の名前はルーシー。この修道院に併設されている孤児院の責任者です。ここでは身分に関係なく貴女に接しますから、そのつもりでいて下さい」
「分かりました」
「時間がないので詳しい説明は後にしますが、まずは子供達の相手をしてもらいます。この回廊を真っ直ぐ行った先に建物が見えると思いますが、そこが孤児院です。今日貴女が仕事をする場所になります」
ああ、なんだか早歩きなところも前世の上司に似ているな。
そういえば前世の職場、いきなり私がいなくなって大丈夫だったかしら。
「……イザベルさん? イザベルさん、聞いていますか」
「は、はい! 聞いています」
「それならしっかり返事をしなさい。全く、先が思いやられるわ」
ルーシーさんはブツブツ文句を言いながらも先を急ぐ。
って、返事しなかっただけでそんなに怒らなくてもいいじゃない! 平民のくせに不敬にも程があるわ!
……ん、あれ? まただ。私はなんでこんなにイライラしてしまうんだろう?
先程のヴァレリー院長の時もそうだったが、当たり前のことを指摘されただけなのに。
もしかして、イザベルが高慢に振る舞っていた態度が癖として残っているのだろうか?
仮にそうだとしたら、これから矯正していかないと。修道院を出たら以前のイザベルに逆戻りしてしまった、なんてことになったら大変だ。
そんなことを考えながらルーシーさんに付いて行くと、窓や扉に可愛らしい装飾の施された建物に到着した。
「さ、着きましたよ。ここでは新生児から六歳までの身寄りのない子供達が生活をしています。まずはこの建物にいる子供達の遊び相手をしてもらいますので、こちらへどうぞ」
ルーシーさんが扉を開けると、わっと賑やかな声が聞こえてきた。
「ルーシー、おかえり!」
「うわーん! 僕のオモチャ!!」
「キャハハハッ! こっちこっち!」
ルーシーさんに駆け寄る子、ドタバタと走り回る子、ギャン泣きする子、様々だ。
こ、この光景はまるで保育園だわ!
「はいはい、みんな! まずは散らかったおもちゃを片付けないとおやつを出せないわよ。修道女達と一緒にお片付けをしましょう」
「はーい!!」
「イザベルさん、子供達のおやつを用意するので私は一旦この場を離れます。子供達に危険がないように見守りをお願います」
そう言ってルーシーさんは慌ただしくその場を離れる。
んー、見守りって言われてもどうしたらいいのかよく分からないわね。まずは皆と一緒に片付けようかしら。
散乱したおもちゃを黙々と拾っていると、一人の幼児がトコトコやって来てドレスの裾を引っ張った。
「ん? どうしたの?」
「うんち、でた」
「え!?」
その子の着ていたズボンを軽く引っ張り、上からおしりを覗き込む。
あ、これ前世でよくやっていた育児中の癖なのよね。おしり付近をクンクンして、匂いで判断することも出来る。
「あらあら、本当だ。おしり綺麗にしないと。洗い場と着替えはどこかな」
なにぶん初めての場所なので、どこに何があるのかが分からない。
キョロキョロと辺りを見ていると、その子が指を差して私に教えてくれた。
「お水でるところ、あっち」
「教えてくれてありがとう! 着替えを探してくるから待っていて!」
ちょうどおやつの準備をしていたルーシーさんの姿が見えたので、呼び止める。
「ルーシーさん、お忙しいところにすみません。子供達の着替えはどこにありますか?」
「着替え? すぐそこの棚にありますが」
「ありがとうございます! ちなみに汚物ってどう処理していますか?」
「え? 洗い場の隣に子供用の厠がありますので、そこに流していますが」
「そうですか、ありがとうございます! では洗い場まで行って来ます!」
「あっ、ちょっと」
あっ、大変。さっきの子がウロウロし始めているわ!
急いで先程の場所に向かい、子供と目線が合うよう中腰になる。
うぐぐ。身体が重いし、腹肉が食い込んで邪魔だわ。早く痩せたい。
「こーら、勝手に動いちゃダメよ。おやつの前に、まずはおしりを綺麗にしましょうね」
その子が移動しないように片手を繋ぎ、念のためその場で着替えを確認する。
よし、前世にもあった、前合わせのシャツとズボンのようなタイプの服みたい。これなら私一人でも着せられそうだ。
「さ、洗い場に行こう!」
その子に手を引かれて場所を案内してもらう。
洗い場に着くと、ささっと下の服を脱がせておしりを洗い、厠で汚物を処理する。
あ、汚れた服はどうしたらいいのか聞くのを忘れた! 仕方ない、一旦服を持ち帰ってルーシーさんに聞きに行こう。
「貴女、確か公爵令嬢よね? 幼児のお世話が出来るなんて……」
うわ、びっくりした!
急に声を掛けられて背後を振り返ると、ルーシーさんが唖然とした様子で私を見ていた。
マズイ、前世の子育て経験から勝手に身体が動いちゃったけど、そんなこと言えないし。
言い訳を必死に考えていると、ルーシーさんはガシッと私の肩を掴んだ。
「よし、貴女にはここで働いてもらいましょう! ちょうど人手も足りなかったし、即戦力になりそうで良かったわ!!」
きっと猫の手も借りたいほど忙しいのだろう。余計な詮索されなくて良かった。
「あとは私が処理しますので、イザベルさんは子供達と一緒におやつを食べて下さい」
「はい! 分かりました」
元気良く返事をした私は、幼児と手を繋いで一緒に歩く。
ふとルーシーさんの姿を見ると、手早く汚れた服を予洗いし隅にある籠に入れているようだ。後で他の洗濯物と纏めて洗っているのかもしれない。
よし、汚れた服の処理方法は覚えたぞ。
広場まで戻ると、すでに子供達はおやつを食べ始めている。端の空いた席に座ると、近くにいた修道女がおやつを持って来てくれた。
おお、今日のおやつはふかし芋かしら。いい匂いで美味しそう。
「いただきます」と小声で言い、芋を一口かじる。んー、優しいお味!
モリモリ食べてあっという間に完食した私に、ルーシーさんが声を掛けた。
「まだイザベルさんの部屋を教えていなかったので、これからご案内します」
そっか、これから住み込みで仕事をするから部屋が与えられるのね。一体どんなお部屋なのかしら。
返事をしてルーシーさんに付いて行くと、奥まった場所にずらっと扉が並んでいるのが見えた。ルーシーさんは一番端の部屋を開ける。
おお、ここが私の部屋か。こぢんまりしているけど清掃はされているみたいだし、居心地も悪くなさそう。
「ここがイザベルさんの部屋で、荷物はあちらに置いてあります。修道服はここに掛けてあるものを着ていただきます。今日は私が着方を教えますから、明日からは一人で身支度をお願いしますね」
ああ、そっか。ここに連れて来られるのは基本的に令嬢ばかりだから、最初は細かく教えてくれるのね。
でも、掛かっている服は普通サイズっぽいし、イザベルはぽっちゃり体型だからなぁ。万が一、服が入らなかったりしたらちょっと気まずいから、一人で試着したいかも。
「ありがとうございます。でも、この服なら一人でも着替えが出来そうなので大丈夫ですわ」
私の言葉に、ルーシーさんは聞いていた性格と随分違うわね、というように首を傾げる。
「そうですか。では外で控えていますので、何かあれば声を掛けて下さい」
ルーシーさんが出て行くと、さっそくロッカーの修道服を身体に当てて鏡を見る。
うーん、まぁ、ギリギリ着られるかしら。
試しに着てみるけど……う、やっぱりお腹回りがキツいかもしれない。
鏡で確認すると、お腹の辺りがパツパツになっている。
「イザベルさん、大丈夫ですか」
「は、はい!」
やば、ゆっくり試着し過ぎたかしら。慌てて扉を開けると、ルーシーさんは気まずそうな顔で私のお腹回りを見つめた。
うん、言いたいことはよく分かる。私も思ったもん、パツパツだって。
「服の着脱は大丈夫そうですけど、その……他のサイズがないか後で確認してきますね」
ううう、仮にも公爵令嬢なのに、贅肉で服がピチピチとか恥ずかし過ぎる! 絶対痩せてやるぅ!
「荷物の整理も必要でしょうし、三十分ほどお部屋で待機して下さい。その後は外に出て子供達の相手をしてもらいます。ここの窓から見て右側一帯の原っぱが子供達の遊び場になっているので、あちらの角で待ち合わせしましょう」
「分かりました」
荷物と言ってもそんなにたくさんの物はないのよね。
ササッと片付けて建物の外に出ると、子供達の元気な声が聞こえてきた。
「ワルモノが来るぞーー!!」
「きゃーー!!」
みんなで追いかけっこをしているのかしら、元気が良くていいわね。
あれ? あんなところに一人で遊んでいる子がいる。それに、あの子も。
普通なら子供達同士で遊んだりするのに、何となく他人に興味がないようなその子達の様子に違和感を覚える。様子を窺っていると、ドンッと背中に衝撃が走った。
「どうわっ!?」
何事かと思って振り向くと、四、五歳くらいの女の子が背中にがっしりとしがみ付いていた。肩までのオレンジ色の髪と、くりくりおめめが愛らしい。
「あーびっくりした。急にどうしたの? あ、私は新入りのイザベルっていうの。よろしくね!」
女の子はベッタリ張り付いて離れようとしない。あらあら、困ったわね。これじゃ歩けないわ。
「ねぇ、おねえちゃんはすぐいなくなったりしない?」
「え? う、うーん」
いつまでいるかは決まっていないが、数年はここにいないとアルフ義兄様と同じ家で生活しなくてはならなくなってしまう。
そうなると必然的に断罪フラグが立つ可能性が高くなるわけで、私としては非常に困るのだ。
「そうね、すぐにいなくなったりはしないよ」
希望も込めてそう言うと、女の子はにっこりと笑う。ああ、子供の笑顔って本当に可愛いなぁ。
「じゃあ、おねえちゃんはリリアのお世話をして? リリア、ママもパパもいないの。だからママの代わりになって」
ここは孤児院だから身寄りのない子が集まるのは当然なのだけど、まだこんなに小さい子が親からの愛情を受けられずにいるなんて……
私もこの世界ではまだ十三歳だし、ママ代わりになれるかは分からない。でも、少しでもこの子――リリアちゃんの成長の手助けをしたい。
「いいよ、私がリリアちゃんのお世話をして色々教えてあげるね」
私の言葉を聞くと、リリアちゃんはしがみ付いたままぴょんぴょん跳ねた。
「やった! リリアにママが出来た!」
うおっ!? か、身体が揺すられる!
「リ、リリアちゃん!? ちょ、か、身体が揺れて、あぶなっ」
私とリリアちゃんの様子に気付いたのか、慌てた様子で修道女が駆け寄ってくる。
「こら、リリア! す、すみません、この子、初めての方が来るといつもこうで。リリア、離れなさい!」
「イヤッ!! ママといっしょにいるの!」
女の子は修道女に無理矢理引き剥がされると、ジタバタ暴れながら耳を劈くような激しい泣き声を上げる。
「ギャーー!!」
「こ、こら、リリア落ち着いて」
あちゃー、こうなると子供は落ち着くのに時間が掛かるのよね。
紫色の長髪を後ろで一括りにした、そばかすが少し目立つ修道女をちらりと見る。この女性は私と同じ令嬢なのだろうか。修道服を着ているし、子守りで髪が乱れてしまっているけど、なんとなく放つオーラが平民のそれとは違う。
もし令嬢だとしたら、子供の扱いなんて当然分からないだろうし、ちょっと手助けしてあげようかな。
「あの、私に少し任せてもらってもいいですか?」
「で、でも、こんな状態で」
「大丈夫、大丈夫」
そう言いながらリリアちゃんに手を伸ばすと、彼女は泣きながらもしっかり手を掴んでくる。
「よしよし、そんなに泣かないで。リリアちゃんと約束したんだよね? ママ代わりになってお世話するって」
そのまま両手を握り、リリアちゃんとその場でクルクルと回る。
「そーれ、クルクルだ!」
泣いていたリリアちゃんは突然のことにきょとんとした顔をしていたが、次第に笑顔を取り戻す。
「きゃははっ! ママ、もっと!」
良かった、機嫌が直ったみたい。
「ねぇ、リリアちゃん。みんながあっちで遊んでいるみたいだから、一緒に行ってみない?」
「うん!」
私はリリアちゃんと手を繋いだまま、他の子供達が追いかけっこをしていると思われる場所に行ってみる。
「みんな! リリアちゃんも、仲間にいーれーてっ!」
「うん、いいよ!」
「リリアちゃん、こっち」
「リリアも早く逃げろ! 捕まるぞ!」
私の声に反応した子供達は一斉に返事をしてくれる。
リリアちゃんは私の手を離し、一目散に駆け出し、子供達の輪の中に入っていった。
やれやれ、これでしばらくは大丈夫かしら。
「あのぅ」
後ろから声を掛けられて振り返ると、先程の修道女がぺこりと頭を下げた。
「お手伝いいただきありがとうございます。助かりました」
「お礼なんてそんな。私は出来ることをやっただけなので、お気になさらないで」
修道女が顔を上げる。さっきは気付かなかったけど、この人、髪だけじゃなくて目も紫色なのね。
前世ではまず見ることのない色合いなだけに、つい見入ってしまう。
「えっと、あの。そ、そんなに見つめられると」
あ! しまった、物珍しくて見つめ過ぎてしまったみたい。
「あ、ごめんなさい! 瞳がとても綺麗な色でしたので、つい」
「私の、この色が?」
「ええ」
修道女は急に俯く。あれ、なんかまずいことを言ってしまったかしら。
「そんなことを言ってくれるのは貴女様だけです。義母は、私のこの色がお母様と同じで汚い色だってよく言っていました」
「まぁ」
この人、何か事情があるみたい。
「あ、ごめんなさい。ここに来て初めて言われたから、つい」
「大丈夫です。私で良ければお話を聞きますよ」
私の言葉を聞いた修道女はありがとうと小さい声でお礼を言い、話を続ける。
「私は、お母様からもらったこの色を貶されることが悲しかった。でも、今日こうやって褒めていただき、自分を認めてもらえたような気がして嬉しかったんです」
「そうだったのですね……」
修道女は顔を上げて私を見つめる。瞳は薄らと潤み、これまで苦労していた様子が窺える。
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