悪役令嬢ですが、ピンク髪のヒロインに告白されました

松本雀

文字の大きさ
5 / 10

可愛くて、気が利いて、優しくて、頭も良くて、みんなに愛されてるヒロイン()

しおりを挟む
夕方の庭園は人影もなく、しっとりとした沈黙に包まれていた。わたくしは婚約者であるフェリクスと並んで歩き、ふと足を止める。

視線の先では、小さなスミレがかすかに風に揺れていた。わたくしは裾を持ち上げ、芝を汚さぬよう気をつけて膝を折る。

「最近、楽しそうだね、エレノア」

後ろからかけられたフェリクスの穏やかな声に、わたくしは頷いてみせる。

「ええ、最近ちょっと退屈が紛れているものですから」

「それは良かった。何か面白いことでもあったのかな?」

「まあ、そんなところかしら」

むしろ、わたくしの人生で、ここまで退屈しない日々があったかしらとすら思う。

「最近、表情がほんとうに変わったよ」

と、そんなことを言われたくない相手から、真っ直ぐな視線を向けられた。
婚約者とはいえ、時々この人は妙に勘が鋭いのだ。

「そうかしら?」

わたくしがスミレを指先で撫でながら返すと、フェリクスは小さく笑う。

「うん、いい変化だと思う」

その瞬間、わたくしたちの背後、垣根の向こうから妙に通る声が聞こえた。

「……本当に頭に来るわよね」

言葉の内容よりも、あまりにも悪意が露骨だったせいで、思わず手が止まる。

「公爵令嬢だからって、ぺこぺこしてやってるのに、何様のつもりかしら。エレノアって」

「そうそう、わたしたちに説教して悦に入ってるのよ。気持ち悪い」

「ほんと、あのぶりっ子リリアーナと同じお花畑同士って感じじゃない?おつむの出来も似たようなもんでしょ」

……まあ、言いたい放題である。文法も礼儀もどこへやら。

わたくしは黙っていた。こういうとき、直接言い返すと、「図星だから怒ったのよ」などと、陰で都合のよい解釈をされるのが目に見えていたからだ。

フェリクスが動いた。
彼が言葉をかけようとした、その時。

「ちょっと、あなたたち!」

割り込むように現れた、聞き慣れた高い声。

その愛らしい声は、いつも以上に大真面目で、まっすぐだった。

「なんてことを言うんですか!?」

垣根の向こうから姿を現したのは、もちろんリリアーナである。目を大きく見開き、眉をきゅっと寄せ、頬を膨らませている。

どうやら本気で怒っているらしい。

「可愛くて、気が利いて、優しくて、頭も良くて、みんなに愛されてるヒロインのわたしと!」

……どこからが修辞で、どこまでが本気なのか読み取るには、やや高度な読解力が要りますわね。

「それから、美人で聡明で立ち姿が最高に格好良いエレノア様に!」

……あら。そこは否定しないわ。

「嫉妬して悪口なんて最低です!あなたたちももっと努力すれば、わたしたちみたいになれますから!ほんとですよ!」

それはまるで、善意の押し売りのように、やたら明るく力強い。

取り巻き令嬢たちはぽかんと口を開けたまま固まっていた。まさかリリアーナに怒鳴られる日が来るとは、夢にも思っていなかったのだろう。

リリアーナは言いたいことをすべて言い終えると、くるりと踵を返して立ち去っていった。どうやらわたくしたちには気づいていなかったらしい。

「……ありがとう、リリアーナ」

本人不在だが、とりあえずお礼だけは言っておいた。まさかこの場で「もう少し褒め言葉のバリエーションが欲しいですわね」とは言えない。

その横で、フェリクスが口元を押さえながら肩を震わせているのを見て、わたくしは小さく睨んだ。

「笑っていらっしゃるの?」

「……いや、ごめん。でも……あれは……ちょっと……」

彼は明らかに笑いを噛み殺していた。
全くもう、この人は時々わたくしの婚約者とは思えないほど無防備だ。

でも、悪い気はしなかった。

そう、あの子があれほど真っ直ぐに怒ってくれたことも、フェリクスが心から楽しそうに笑ってくれることも、きっとわたくしにとってはとても貴重なこと。

それだけで、今日の庭園が少し特別な場所になったような気がした。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

記憶を無くした、悪役令嬢マリーの奇跡の愛

三色団子
恋愛
豪奢な天蓋付きベッドの中だった。薬品の匂いと、微かに薔薇の香りが混ざり合う、慣れない空間。 ​「……ここは?」 ​か細く漏れた声は、まるで他人のもののようだった。喉が渇いてたまらない。 ​顔を上げようとすると、ずきりとした痛みが後頭部を襲い、思わず呻く。その拍子に、自分の指先に視線が落ちた。驚くほどきめ細やかで、手入れの行き届いた指。まるで象牙細工のように完璧だが、酷く見覚えがない。 ​私は一体、誰なのだろう?

一夜限りの関係だったはずなのに、責任を取れと迫られてます。

甘寧
恋愛
魔女であるシャルロッテは、偉才と呼ばれる魔導師ルイースとひょんなことから身体の関係を持ってしまう。 だがそれはお互いに同意の上で一夜限りという約束だった。 それなのに、ルイースはシャルロッテの元を訪れ「責任を取ってもらう」と言い出した。 後腐れのない関係を好むシャルロッテは、何とかして逃げようと考える。しかし、逃げれば逃げるだけ愛が重くなっていくルイース… 身体から始まる恋愛模様◎ ※タイトル一部変更しました。

断罪された挙句に執着系騎士様と支配系教皇様に目をつけられて人生諸々詰んでる悪役令嬢とは私の事です。

甘寧
恋愛
断罪の最中に前世の記憶が蘇ったベルベット。 ここは乙女ゲームの世界で自分がまさに悪役令嬢の立場で、ヒロインは王子ルートを攻略し、無事に断罪まで来た所だと分かった。ベルベットは大人しく断罪を受け入れ国外追放に。 ──……だが、追放先で攻略対象者である教皇のロジェを拾い、更にはもう一人の対象者である騎士団長のジェフリーまでがことある事にベルベットの元を訪れてくるようになる。 ゲームからは完全に外れたはずなのに、悪役令嬢と言うフラグが今だに存在している気がして仕方がないベルベットは、平穏な第二の人生の為に何とかロジェとジェフリーと関わりを持たないように逃げまくるベルベット。 しかし、その行動が裏目に出てロジェとジェフリーの執着が増していく。 そんな折、何者かがヒロインである聖女を使いベルベットの命を狙っていることが分かる。そして、このゲームには隠された裏設定がある事も分かり…… 独占欲の強い二人に振り回されるベルベットの結末はいかに? ※完全に作者の趣味です。

魔力ゼロと捨てられた私を、王子がなぜか離してくれません ――無自覚聖女の王宮生活――

ムラサメ
恋愛
伯爵家で使用人同然に扱われてきた少女、エリナ。 魔力も才能もないとされ、義妹アリシアの影で静かに生きていた。 ある日、王国第一王子カイルの視察で運命が動き出す。 誰も気づかなかった“違和感”に、彼だけが目を留めて――。

ワンチャンあるかな、って転生先で推しにアタックしてるのがこちらの令嬢です

山口三
恋愛
恋愛ゲームの世界に転生した主人公。中世異世界のアカデミーを中心に繰り広げられるゲームだが、大好きな推しを目の前にして、ついつい欲が出てしまう。「私が転生したキャラは主人公じゃなくて、たたのモブ悪役。どうせ攻略対象の相手にはフラれて婚約破棄されるんだから・・・」 ひょんな事からクラスメイトのアロイスと協力して、主人公は推し様と、アロイスはゲームの主人公である聖女様との相思相愛を目指すが・・・。

【完結】番としか子供が産まれない世界で

さくらもち
恋愛
番との間にしか子供が産まれない世界に産まれたニーナ。 何故か親から要らない子扱いされる不遇な子供時代に番と言う概念すら知らないまま育った。 そんなニーナが番に出会うまで 4話完結 出会えたところで話は終わってます。

モブが乙女ゲームの世界に生まれてどうするの?【完結】

いつき
恋愛
リアラは貧しい男爵家に生まれた容姿も普通の女の子だった。 陰険な意地悪をする義母と義妹が来てから家族仲も悪くなり実の父にも煙たがられる日々 だが、彼女は気にも止めず使用人扱いされても挫ける事は無い 何故なら彼女は前世の記憶が有るからだ

悪役令嬢に相応しいエンディング

無色
恋愛
 月の光のように美しく気高い、公爵令嬢ルナティア=ミューラー。  ある日彼女は卒業パーティーで、王子アイベックに国外追放を告げられる。  さらには平民上がりの令嬢ナージャと婚約を宣言した。  ナージャはルナティアの悪い評判をアイベックに吹聴し、彼女を貶めたのだ。  だが彼らは愚かにも知らなかった。  ルナティアには、ミューラー家には、貴族の令嬢たちしか知らない裏の顔があるということを。  そして、待ち受けるエンディングを。

処理中です...