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可愛くて、気が利いて、優しくて、頭も良くて、みんなに愛されてるヒロイン()
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夕方の庭園は人影もなく、しっとりとした沈黙に包まれていた。わたくしは婚約者であるフェリクスと並んで歩き、ふと足を止める。
視線の先では、小さなスミレがかすかに風に揺れていた。わたくしは裾を持ち上げ、芝を汚さぬよう気をつけて膝を折る。
「最近、楽しそうだね、エレノア」
後ろからかけられたフェリクスの穏やかな声に、わたくしは頷いてみせる。
「ええ、最近ちょっと退屈が紛れているものですから」
「それは良かった。何か面白いことでもあったのかな?」
「まあ、そんなところかしら」
むしろ、わたくしの人生で、ここまで退屈しない日々があったかしらとすら思う。
「最近、表情がほんとうに変わったよ」
と、そんなことを言われたくない相手から、真っ直ぐな視線を向けられた。
婚約者とはいえ、時々この人は妙に勘が鋭いのだ。
「そうかしら?」
わたくしがスミレを指先で撫でながら返すと、フェリクスは小さく笑う。
「うん、いい変化だと思う」
その瞬間、わたくしたちの背後、垣根の向こうから妙に通る声が聞こえた。
「……本当に頭に来るわよね」
言葉の内容よりも、あまりにも悪意が露骨だったせいで、思わず手が止まる。
「公爵令嬢だからって、ぺこぺこしてやってるのに、何様のつもりかしら。エレノアって」
「そうそう、わたしたちに説教して悦に入ってるのよ。気持ち悪い」
「ほんと、あのぶりっ子リリアーナと同じお花畑同士って感じじゃない?おつむの出来も似たようなもんでしょ」
……まあ、言いたい放題である。文法も礼儀もどこへやら。
わたくしは黙っていた。こういうとき、直接言い返すと、「図星だから怒ったのよ」などと、陰で都合のよい解釈をされるのが目に見えていたからだ。
フェリクスが動いた。
彼が言葉をかけようとした、その時。
「ちょっと、あなたたち!」
割り込むように現れた、聞き慣れた高い声。
その愛らしい声は、いつも以上に大真面目で、まっすぐだった。
「なんてことを言うんですか!?」
垣根の向こうから姿を現したのは、もちろんリリアーナである。目を大きく見開き、眉をきゅっと寄せ、頬を膨らませている。
どうやら本気で怒っているらしい。
「可愛くて、気が利いて、優しくて、頭も良くて、みんなに愛されてるヒロインのわたしと!」
……どこからが修辞で、どこまでが本気なのか読み取るには、やや高度な読解力が要りますわね。
「それから、美人で聡明で立ち姿が最高に格好良いエレノア様に!」
……あら。そこは否定しないわ。
「嫉妬して悪口なんて最低です!あなたたちももっと努力すれば、わたしたちみたいになれますから!ほんとですよ!」
それはまるで、善意の押し売りのように、やたら明るく力強い。
取り巻き令嬢たちはぽかんと口を開けたまま固まっていた。まさかリリアーナに怒鳴られる日が来るとは、夢にも思っていなかったのだろう。
リリアーナは言いたいことをすべて言い終えると、くるりと踵を返して立ち去っていった。どうやらわたくしたちには気づいていなかったらしい。
「……ありがとう、リリアーナ」
本人不在だが、とりあえずお礼だけは言っておいた。まさかこの場で「もう少し褒め言葉のバリエーションが欲しいですわね」とは言えない。
その横で、フェリクスが口元を押さえながら肩を震わせているのを見て、わたくしは小さく睨んだ。
「笑っていらっしゃるの?」
「……いや、ごめん。でも……あれは……ちょっと……」
彼は明らかに笑いを噛み殺していた。
全くもう、この人は時々わたくしの婚約者とは思えないほど無防備だ。
でも、悪い気はしなかった。
そう、あの子があれほど真っ直ぐに怒ってくれたことも、フェリクスが心から楽しそうに笑ってくれることも、きっとわたくしにとってはとても貴重なこと。
それだけで、今日の庭園が少し特別な場所になったような気がした。
視線の先では、小さなスミレがかすかに風に揺れていた。わたくしは裾を持ち上げ、芝を汚さぬよう気をつけて膝を折る。
「最近、楽しそうだね、エレノア」
後ろからかけられたフェリクスの穏やかな声に、わたくしは頷いてみせる。
「ええ、最近ちょっと退屈が紛れているものですから」
「それは良かった。何か面白いことでもあったのかな?」
「まあ、そんなところかしら」
むしろ、わたくしの人生で、ここまで退屈しない日々があったかしらとすら思う。
「最近、表情がほんとうに変わったよ」
と、そんなことを言われたくない相手から、真っ直ぐな視線を向けられた。
婚約者とはいえ、時々この人は妙に勘が鋭いのだ。
「そうかしら?」
わたくしがスミレを指先で撫でながら返すと、フェリクスは小さく笑う。
「うん、いい変化だと思う」
その瞬間、わたくしたちの背後、垣根の向こうから妙に通る声が聞こえた。
「……本当に頭に来るわよね」
言葉の内容よりも、あまりにも悪意が露骨だったせいで、思わず手が止まる。
「公爵令嬢だからって、ぺこぺこしてやってるのに、何様のつもりかしら。エレノアって」
「そうそう、わたしたちに説教して悦に入ってるのよ。気持ち悪い」
「ほんと、あのぶりっ子リリアーナと同じお花畑同士って感じじゃない?おつむの出来も似たようなもんでしょ」
……まあ、言いたい放題である。文法も礼儀もどこへやら。
わたくしは黙っていた。こういうとき、直接言い返すと、「図星だから怒ったのよ」などと、陰で都合のよい解釈をされるのが目に見えていたからだ。
フェリクスが動いた。
彼が言葉をかけようとした、その時。
「ちょっと、あなたたち!」
割り込むように現れた、聞き慣れた高い声。
その愛らしい声は、いつも以上に大真面目で、まっすぐだった。
「なんてことを言うんですか!?」
垣根の向こうから姿を現したのは、もちろんリリアーナである。目を大きく見開き、眉をきゅっと寄せ、頬を膨らませている。
どうやら本気で怒っているらしい。
「可愛くて、気が利いて、優しくて、頭も良くて、みんなに愛されてるヒロインのわたしと!」
……どこからが修辞で、どこまでが本気なのか読み取るには、やや高度な読解力が要りますわね。
「それから、美人で聡明で立ち姿が最高に格好良いエレノア様に!」
……あら。そこは否定しないわ。
「嫉妬して悪口なんて最低です!あなたたちももっと努力すれば、わたしたちみたいになれますから!ほんとですよ!」
それはまるで、善意の押し売りのように、やたら明るく力強い。
取り巻き令嬢たちはぽかんと口を開けたまま固まっていた。まさかリリアーナに怒鳴られる日が来るとは、夢にも思っていなかったのだろう。
リリアーナは言いたいことをすべて言い終えると、くるりと踵を返して立ち去っていった。どうやらわたくしたちには気づいていなかったらしい。
「……ありがとう、リリアーナ」
本人不在だが、とりあえずお礼だけは言っておいた。まさかこの場で「もう少し褒め言葉のバリエーションが欲しいですわね」とは言えない。
その横で、フェリクスが口元を押さえながら肩を震わせているのを見て、わたくしは小さく睨んだ。
「笑っていらっしゃるの?」
「……いや、ごめん。でも……あれは……ちょっと……」
彼は明らかに笑いを噛み殺していた。
全くもう、この人は時々わたくしの婚約者とは思えないほど無防備だ。
でも、悪い気はしなかった。
そう、あの子があれほど真っ直ぐに怒ってくれたことも、フェリクスが心から楽しそうに笑ってくれることも、きっとわたくしにとってはとても貴重なこと。
それだけで、今日の庭園が少し特別な場所になったような気がした。
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