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「禁呪指定第六天魔レメゲトン魔導書ブラッド・ヘイヴン」
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年末調整の書類探しは、少なくとも「人生で最もわくわくしない作業」ベストテンに入る。
年に一度の恒例行事なのに、毎年変わり映えのない退屈さを強制してくるのは、なんだか見えない敵からの嫌がらせにも感じられる。――それにしても、保険の書類があったはずのファイルは見当たらない。いや、そもそもどこに置いたのかも覚えていないけれど。あちこち開けては閉め、ため息とともにクローゼットの奥に手を突っ込むと、指先に段ボール箱の感触が返ってきた。
あぁ、これは――先月、実家から持ち帰った荷物。なんの気なしに持ってきたまま、放置されていた代物だ。中には古い漫画や雑貨が詰まっている。どれもあの頃は「自分の宝物」だったのに、今となっては埃を被った過去の断片でしかない。書類が見つかるわけもないのに、なぜか手が勝手に箱の蓋を開け始めていた。「ちょっと休憩」という言い訳を盾にして。
箱の中に目をやると、昔の漫画が次々と目に飛び込んでくる。「これもあったな」と、懐かしさよりもまず冷ややかな自己認識が先に立つ。夢中でページをめくっていたあの頃が、もう遠い過去の話だと思えるくらいには大人になった。夢中、ね。本当に夢中だったんだろうか?それとも、夢中になった「フリ」をしていただけだったのか。
そしてふと、箱の底に沈む黒いノートが目に留まる。妙に重々しいその存在感は、一目見た瞬間にそれが何かを思い出させてくれた。
あぁ、これは。
これは「ブラッド・ヘイヴン」。
正確には「禁呪指定第六レメゲトン魔導書ブラッド・ヘイヴン」
十代の頃、ただただ厨二心に任せて書き殴った、私だけの創作ノート。
ただ見た目だけを重視して描いた凝った枠、対称的に並んだルーン、意味不明なシンボル。表紙には、いかにも私らしい稚拙な装飾が施されている。「禁呪の魔導書」だの「封印指定の施された本の端末」だのと、本気で思い込んでいた節がある。今見ると、ただの黒歴史の遺物にしか見えないが。
ページを開いてみると、まるで昨日のことのように思い出される。
「堕天の殺戮者:キリアン・フランヴェルジュ・ブラッドレイ」
なんて名前だろう。
――片目はダーク・ブラック(黒)、もう片目はシャイニング・シルバー(銀)のオッドアイ。
――背中にある翼は、片翼が闇より深い堕天使の漆黒で、片翼は天使時代のままの純白。
――武器は死を司る大鎌「インフェルノ・シェオル」を具現化させて闘い、ロングコートの襟元に黒い羽根がふんだんにあしらわれた、やけにベルトの多い服を着ている。
ブラッド・ヘイヴン最強の領主であり、傲慢さ故に堕天した、プラチナブロンドの流れるような長髪の「イケメン魔公爵」。
今の自分からすれば、ため息が出るような設定ばかりだ。理想と欲望の詰め合わせ、幻想と現実逃避の寄せ集め。そのすべてが、冷たい現実から目を背けるためだけに生まれたものだった。
しかし、少しだけ羨ましい気もするのだ。あの頃の私には、たとえそれが痛々しい幻想であろうと「夢」があった。何の根拠もない自信で、何もない自分を埋めるために、私はひたすら「創造」していた。現実がどうしようもなく味気なく見えても、私は確かに自分を肯定していた。そして今、私はそれを笑うしかない。
年に一度の恒例行事なのに、毎年変わり映えのない退屈さを強制してくるのは、なんだか見えない敵からの嫌がらせにも感じられる。――それにしても、保険の書類があったはずのファイルは見当たらない。いや、そもそもどこに置いたのかも覚えていないけれど。あちこち開けては閉め、ため息とともにクローゼットの奥に手を突っ込むと、指先に段ボール箱の感触が返ってきた。
あぁ、これは――先月、実家から持ち帰った荷物。なんの気なしに持ってきたまま、放置されていた代物だ。中には古い漫画や雑貨が詰まっている。どれもあの頃は「自分の宝物」だったのに、今となっては埃を被った過去の断片でしかない。書類が見つかるわけもないのに、なぜか手が勝手に箱の蓋を開け始めていた。「ちょっと休憩」という言い訳を盾にして。
箱の中に目をやると、昔の漫画が次々と目に飛び込んでくる。「これもあったな」と、懐かしさよりもまず冷ややかな自己認識が先に立つ。夢中でページをめくっていたあの頃が、もう遠い過去の話だと思えるくらいには大人になった。夢中、ね。本当に夢中だったんだろうか?それとも、夢中になった「フリ」をしていただけだったのか。
そしてふと、箱の底に沈む黒いノートが目に留まる。妙に重々しいその存在感は、一目見た瞬間にそれが何かを思い出させてくれた。
あぁ、これは。
これは「ブラッド・ヘイヴン」。
正確には「禁呪指定第六レメゲトン魔導書ブラッド・ヘイヴン」
十代の頃、ただただ厨二心に任せて書き殴った、私だけの創作ノート。
ただ見た目だけを重視して描いた凝った枠、対称的に並んだルーン、意味不明なシンボル。表紙には、いかにも私らしい稚拙な装飾が施されている。「禁呪の魔導書」だの「封印指定の施された本の端末」だのと、本気で思い込んでいた節がある。今見ると、ただの黒歴史の遺物にしか見えないが。
ページを開いてみると、まるで昨日のことのように思い出される。
「堕天の殺戮者:キリアン・フランヴェルジュ・ブラッドレイ」
なんて名前だろう。
――片目はダーク・ブラック(黒)、もう片目はシャイニング・シルバー(銀)のオッドアイ。
――背中にある翼は、片翼が闇より深い堕天使の漆黒で、片翼は天使時代のままの純白。
――武器は死を司る大鎌「インフェルノ・シェオル」を具現化させて闘い、ロングコートの襟元に黒い羽根がふんだんにあしらわれた、やけにベルトの多い服を着ている。
ブラッド・ヘイヴン最強の領主であり、傲慢さ故に堕天した、プラチナブロンドの流れるような長髪の「イケメン魔公爵」。
今の自分からすれば、ため息が出るような設定ばかりだ。理想と欲望の詰め合わせ、幻想と現実逃避の寄せ集め。そのすべてが、冷たい現実から目を背けるためだけに生まれたものだった。
しかし、少しだけ羨ましい気もするのだ。あの頃の私には、たとえそれが痛々しい幻想であろうと「夢」があった。何の根拠もない自信で、何もない自分を埋めるために、私はひたすら「創造」していた。現実がどうしようもなく味気なく見えても、私は確かに自分を肯定していた。そして今、私はそれを笑うしかない。
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