転生先が婚約破棄された伯爵令嬢でしたが、私の自走式ゴミ箱が最強すぎて負ける気がしません

松本雀

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さよならだけが人生だ

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木々の隙間から、柔らかな光が差し込んでいる。迷いの森は静かで、ここだけ時間が止まってしまったかのようだった。

「これ、持っていってくれる?」

ミレイアは私の手から渡されたゴミ箱を、まじまじと見つめた。

「えっ!……こんな大事なものを……良いのですか?」

銀色のボディには、無数の小さな傷が刻まれている。細かい擦り傷、ところどころ凹んだ箇所、角にはうっすらと泥がこびりついていた。新商品(仮)だったはずなのに、どこか悲哀の漂うこのゴミ箱を、私はミレイアに渡す決心をした。

「何かあったときのために持っておいて。きっと、役に立つと思う。」

できるだけ自然に言ったが、この後の展開は大体予想がついていた。

――こんな状態のゴミ箱、持ち帰ったら確実に怒られる……!

会議室か商品開発部に戻った瞬間、上司にこう言われる未来が見えるのだ。

『は?……新商品の試作品を異世界に持ち込んで、挙句の果てにボコボコにして帰ってきた???よーし!始末書と報告書と減給処分な!!!』

言い訳は出来る。出来るけど……無理!

――なら、証拠隠滅するしかないね。(確信犯)

そう、これは 証拠隠滅………いや、正しく言えば適切な譲渡である。
未来ある若者に、最先端技術のゴミ箱を託す。
何の問題もない。ノープロブレム。完璧な引き継ぎ。

「このゴミ箱ね、すごいんだよ!充電が切れちゃったけど、普通のゴミ箱として使えるから。困ったときにはきっと役に立つと思う。」

言葉に嘘はない。
実際、すごいゴミ箱だった。ただし新品の試作品だったはずなのに、異世界で無茶苦茶に使った結果、すごい“使用済み感” も出てしまったという点を除けば。

ミレイアはそっとゴミ箱に触れた。

「……本当に、いいんですか?」

「うん。もう私はいなくなるし、ミレイアが持ってたほうがいい…と思う!」

本当にいいのか、と聞かれたらよくない。
だってこれ普通に発売前の試作機だし。

でも、持って帰ったらもっとよくない…!
社外秘の商品が、社外で使用された形跡がバレたら死ぬ。私の給与とボーナス査定が死んでしまう。

——だから、大丈夫。私は大丈夫!!!

「……大事にします。」

ミレイアは静かにゴミ箱を抱えた。
うんうん、それでいい。

こうして、ゴミ箱は無事に新たな持ち主のもとへ。私はこれで安心して帰れるのだ。

ゆっくりと光が差し込んできた。

いや、差し込むというより、むしろ湧き上がるといったほうが正しいだろうか。
私の足元から、まるで見えない噴水のように、静かに、けれど確実に光が溢れ出し、私を包み込んでいく。

――ああ、そろそろお別れの時間か。

そう思ったとき、不意に――いや、ようやく、私は思い出した。

「エリオット。」

「……何でしょう?」

静かに見守っていた彼が顔を上げる。

私は少し気まずくなりながら、それでも言わなければと思った。

「そういえば……私、世界を救う旅に戻るとか、嘘を言ってごめんね。」

「?」

エリオットの眉がわずかに動く。

「本当は、私ってそんな大層な人間じゃないんだ。ただの……普通の一般人でさ。何の使命も、何の特別な力もない。ただの、どこにでもいる一般人なの。」

そう、私は世界を救う勇者でも、選ばれし救世主でもなかった。普通の、ただの一般人。偶然異世界に迷い込んで、ゴミ箱と一緒に駆け回り、何やかんやあって、今ここにいる。それだけの話だったのだ。

けれど。

「……なんて謙虚なんだ……!」

「は?」

エリオットが、深く感動した顔をしている。いや、私は今「嘘をついてごめん」と言ったんだけど。

「勇者なのに、自分は普通の一般人だと言うなんて……そんなことができるのは、真の勇者だけではないでしょうか!!!」

「いやいやいや、違う違う違う!!!!」

ちょっと待て、エリオットお前……話聞いてた?

「そもそも私は勇者じゃないよ!だって、異世界の人間だし、魔王とか倒したことないし――」

「やはり……!」

エリオットは拳を握りしめ、目を輝かせた。

「強き者こそ、自らを凡庸と称するものです……! !」

「いや、だから、本当に違うんだってば!!!」

どうしてそうなる!?

「私は普通の一般人! ただの一般人! 何の力も使命もない、本当に普通の人間!」

「……!」

エリオットの目が潤んだ。

「そんな……本物の勇者は、ここまで謙虚なのですか……!あなた様の生き様、しかとこの胸に刻みます!!!!!」

「違うってばーーーーーーーーー!!!」

言い争っている間にも、光はじわじわと強くなっていく。まるで、「もうこの話は終わりでいいよね?」と言わんばかりに、私を転送しようとしている。

――くっ、しまった!!

私は、嘘を訂正しようとしただけなのに、エリオットの中で妙な尊敬を勝ち取ってしまった。むしろ悪化したのでは???

「せめて、最後にお名前を!」

エリオットが叫ぶ。
私が消えてしまう、その前に――何か確かなものを、ひとつでも残したいとでもいうように。

思わず、私は固まる。

――あれ? 私、自己紹介……したっけ?

頭の中を巡らせるが、していない。完全にしていない。
名前どころか、出身すらまともに話していない。この世界に来てから、散々あちこちで余計なことばかり喋ったのに、自己紹介だけはすっぽり抜け落ちていた。

……そりゃあ、聞かれるわけだ。

「ええと……」

何を答えよう?
自分の名前を言う?
それとも、肩書きから言えばいい?

「私は……ええと、家電メーカーの、商品開発部に勤めていて――」

――いや、この情報いる???

エリオットはまだ真剣な顔をしている。
ミレイアも、黙って私の言葉を待っている。

ヤバい、もっとマシなことを言え、私!

「……まあ、名乗るほどの者ではないが――」

その瞬間。

光が弾けた。

空間が裂けたわけでもなく、雷が落ちたわけでもない。ただ静かに、しかし容赦なく、光が私の輪郭を飲み込んでいく。

音が消えた。

匂いも消えた。

身体の感覚さえ、消えていく。

最後に見えたのは、私を深く尊敬する目で見つめるエリオットと、静かに微笑むミレイアの姿だった。

――ああ、結局、ちゃんと名乗れなかったな…。

そんなことをぼんやりと思いながら、私は光の中に溶けていった。
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