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希望
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王都での長い宴が終わったあと、私は静かに両親のもとを訪ねた。
煌びやかな宴も、きらめく祝福の声も、ただ通り過ぎた光景に思える。けれど、どうしても、この人たちには言葉を伝えなければならなかった。
「……今まで、ご心配ばかりおかけして、すみませんでした」
そう言ったとき、母は小さく目を潤ませ、父は珍しく目を伏せた。
きっと、あの頃の私を救えなかったことを、誰より悔やんでいたのは両親だったのだろう。
「アリシア、あなたには辛い思いをさせてしまいました……」
母の声は震えていた。
私は首を振る。そんなふうに思ってほしくなかった。ただ、今、こうして、心から感謝を伝えたかった。
「ありがとうございます。これまでずっと、支えてくださって」
父は私の肩にそっと手を置き、静かに言った。
「気にするな。これからは、二人で幸せになりなさい」
涙が出そうだった。けれど私は微笑んだ。今度こそ、心から。
◆◆◆
そして私たちは、再び辺境の地へと帰った。
王都の誰もが敬遠するこの土地を、私は少しも寂しいとは思わなかった。
だって、ここにはエーヴェルトがいる。
ここには、私たちだけの空が広がっている。
この場所には、無理に飾られた言葉も、取り繕った笑顔もない。
あるのはただ、静かに息づく命と、私たちの鼓動だけ。
一年後。
春の日差しの柔らかい午後、私たちは庭を歩いていた。冬を越えたばかりの庭には、まだ彩りは少ない。けれど、その静けさが心地よかった。
ふいに、草むらの向こうで小さな動きがあった。
「……うさぎだ」
エーヴェルトが呟く。
その声に導かれるように目を向けると、そこには二匹の親うさぎと一匹の仔うさぎがいた。仔うさぎはぴょんぴょんと跳ね、親うさぎたちは静かにそれを見守っている。
私は思わず笑った。
ああ、あのとき、草原で見たあの親子だ。きっと、あの命が今もこうして続いているのだ。
隣を見ると、エーヴェルトも微かに笑っていた。氷の伯爵と呼ばれる彼が、今、春の日差しの下で、こんなにも優しい顔をしている。
そのことが、ただ、嬉しかった。
私は、ぽつりと問いかけた。
「……私たちも、あの親うさぎのようになれるでしょうか」
エーヴェルトは一瞬、私を見た。
そして、ふと――彼の目が見開かれる。驚きに満ちた青い瞳が、私をじっと見つめる。
何気ないつもりだった。
けれど、自分でも驚くほど、胸の奥が震えた。この問いかけに、私はどれほどの祈りを込めていたのだろう。
私は自分の手を見下ろす。
無意識のうちに、お腹に手を添えていた。
彼は何も言わず、ただ数歩、私に近づく。
そして、低く、静かに、けれど震えるような声で囁いた。
「当然だとも……!」
その声は、かすれていた。
普段、どんな冷静なときも動じない彼が、今、確かに震えている。
「お前も……お腹の子も……私の宝物だ……!」
私はもう堪えきれなかった。
涙がにじみ、視界が滲む。
次の瞬間、彼は私を強く抱き寄せた。
何も言わず、ただ、震えるほどに強く。
そして、静かに、けれど熱く、私の唇に口づけた。
世界が、春に包まれる。
冷たかった氷も、過去の痛みも、すべてが溶けていく。
ふと足元を見ると、小さな白い花が咲いていた。
――スノードロップ。
あの日、彼が贈ってくれた、希望の花。冬の終わりに、最初に咲く花。
私はそっと微笑む。
これから先、どんなに長い時を生きても、今日のこの瞬間をきっと忘れない。
冬の痛みも、春の光も、全部抱きしめて。
私たちの新しい季節は、ここから始まるのだから。
煌びやかな宴も、きらめく祝福の声も、ただ通り過ぎた光景に思える。けれど、どうしても、この人たちには言葉を伝えなければならなかった。
「……今まで、ご心配ばかりおかけして、すみませんでした」
そう言ったとき、母は小さく目を潤ませ、父は珍しく目を伏せた。
きっと、あの頃の私を救えなかったことを、誰より悔やんでいたのは両親だったのだろう。
「アリシア、あなたには辛い思いをさせてしまいました……」
母の声は震えていた。
私は首を振る。そんなふうに思ってほしくなかった。ただ、今、こうして、心から感謝を伝えたかった。
「ありがとうございます。これまでずっと、支えてくださって」
父は私の肩にそっと手を置き、静かに言った。
「気にするな。これからは、二人で幸せになりなさい」
涙が出そうだった。けれど私は微笑んだ。今度こそ、心から。
◆◆◆
そして私たちは、再び辺境の地へと帰った。
王都の誰もが敬遠するこの土地を、私は少しも寂しいとは思わなかった。
だって、ここにはエーヴェルトがいる。
ここには、私たちだけの空が広がっている。
この場所には、無理に飾られた言葉も、取り繕った笑顔もない。
あるのはただ、静かに息づく命と、私たちの鼓動だけ。
一年後。
春の日差しの柔らかい午後、私たちは庭を歩いていた。冬を越えたばかりの庭には、まだ彩りは少ない。けれど、その静けさが心地よかった。
ふいに、草むらの向こうで小さな動きがあった。
「……うさぎだ」
エーヴェルトが呟く。
その声に導かれるように目を向けると、そこには二匹の親うさぎと一匹の仔うさぎがいた。仔うさぎはぴょんぴょんと跳ね、親うさぎたちは静かにそれを見守っている。
私は思わず笑った。
ああ、あのとき、草原で見たあの親子だ。きっと、あの命が今もこうして続いているのだ。
隣を見ると、エーヴェルトも微かに笑っていた。氷の伯爵と呼ばれる彼が、今、春の日差しの下で、こんなにも優しい顔をしている。
そのことが、ただ、嬉しかった。
私は、ぽつりと問いかけた。
「……私たちも、あの親うさぎのようになれるでしょうか」
エーヴェルトは一瞬、私を見た。
そして、ふと――彼の目が見開かれる。驚きに満ちた青い瞳が、私をじっと見つめる。
何気ないつもりだった。
けれど、自分でも驚くほど、胸の奥が震えた。この問いかけに、私はどれほどの祈りを込めていたのだろう。
私は自分の手を見下ろす。
無意識のうちに、お腹に手を添えていた。
彼は何も言わず、ただ数歩、私に近づく。
そして、低く、静かに、けれど震えるような声で囁いた。
「当然だとも……!」
その声は、かすれていた。
普段、どんな冷静なときも動じない彼が、今、確かに震えている。
「お前も……お腹の子も……私の宝物だ……!」
私はもう堪えきれなかった。
涙がにじみ、視界が滲む。
次の瞬間、彼は私を強く抱き寄せた。
何も言わず、ただ、震えるほどに強く。
そして、静かに、けれど熱く、私の唇に口づけた。
世界が、春に包まれる。
冷たかった氷も、過去の痛みも、すべてが溶けていく。
ふと足元を見ると、小さな白い花が咲いていた。
――スノードロップ。
あの日、彼が贈ってくれた、希望の花。冬の終わりに、最初に咲く花。
私はそっと微笑む。
これから先、どんなに長い時を生きても、今日のこの瞬間をきっと忘れない。
冬の痛みも、春の光も、全部抱きしめて。
私たちの新しい季節は、ここから始まるのだから。
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それにしても、療養先が独身の男性(高位貴族)の独り暮らしとは…。
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それに、エーヴェルトが前触れも無く急接近してきてビックリしました。
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ありがとうございました!
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てっきりエリザベートの密偵とかかと思ったのですが、そこまでする程の気持ちがエリザベートには無さそうですもんね。
自分の読み取り力の無さが悔しいです!
ぽぐみ様、感想ありがとうございます!アルノーですが、社交界の華的なエリザベートと友達以上恋人未満な関係が楽しくて、婚約者のアリシアを鬱陶しく思い粗末にしていました。侍女は思ったことをすぐ口にする無神経な性格で、貴族令嬢なのに婚約者に粗末にされているアリシアを何処か見下して、あんな暴言を吐いてしまいました。分かりにくい描写で申し訳ありません💦