群青の空

ゴリラ・ゴリラ・ゴリラ

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第1章  空と海

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 春の少し冷たい風が、肌に当たり、それでも太陽に当たっているせいか、すぐに暖かくなる。

 車のドアをスライドし、一番端で眠っている夏織を叩き起こす。

「おーい、起きろ。もう、着いてるぞ」

「ん、んーん……」

 夏織の体を揺らすが、一向に起きようとせず、体を左に反転させ、俺の方に背中を見せる。

 起きろよ……。

 俺は溜息を漏らし、仕方なくその隣で寝ている奏の体を揺らす。

「奏、起きてくれ。お兄ちゃんのお願い。頼むから起きてくれ……」

 と、体を揺らして十数秒後。

「ん? なーに?」

 と、その重たい目蓋をゆっくりと開け、目を擦りながら右手を俺の方に伸ばしてくる。

「どうした?」

「抱っこ……」

「はぁ……。アホ……」

 何? この可愛い生き物。夏織と違って天使だ。天使が舞い降りた。いや、そんな事をしている場合じゃない!

 正気に戻れ、俺!

「だーめーだ。ほら、さっさと起きる。それと夏織を起こしてくれ。さっき起こしても起きなかった」

「いや‼」

 奏は、寝起きが悪いのか、駄々をこねる。

 いやね、俺としても抱っこしてあげたいよ。じゅーぶんに甘やかしてあげたいわけよ。

 この年頃の妹が五年後、隣で寝ている妹になったらどうよ。お兄ちゃん、泣いちゃうよ。シスコンとまでとはいかないけど、あなたはいつまでもあなたのままでいてください。

「駄々こねると、顔、抓るぞ」

「んー、い~や~だ~‼」

「はぁ……」

 だが、それ以上に嫌がる奏に負けた俺は、溜息を再びし、我がままな、お姫様を抱っこする。

 そして、お姫様を抱っこしたまま、もう一人の機嫌の悪くして寝ている妹に目をやる。

 イヤホンに繋がれた外にむき出し状態になっているスマホを手に取り、+ボタンを長押しし、音量を最大にする。

 シャン、シャン、ジャン‼

 と、音漏れが不通に聴こえてくる。

「うわぁああああああああ!」

 夏織はびっくりして、急に飛び起きる。

 イヤホンを素早く外し、荒くなった呼吸を時間かけて戻し、音楽の音量を下げる。そのまま、自分の眠りを邪魔した俺の方を睨みつけた。

「シスコン……」

 奏を抱っこしている姿を見て、夏織はそう言った。

「うるせっ……」

 何年か前までは、お前も奏みたい奴だっただろうが、お兄ちゃん離れできない可愛い妹だったじゃないか。いやー、まー、今でも可愛いんだよ。でも、もうちょっとだけ、俺に優しくしてくれてもいいんじゃない?

「で、何?」

 機嫌の悪い夏織は、欠伸をしながら座席を元の高さに戻す。

「何じゃねぇ……。もう、着いたんだよ。奏は、起きているのに夏織が起きなくてどうするんだ。早く、車から降りよ。すぐに降りろ」

「…………」

「どうした?」

「お兄ちゃん……」

「ん?」

「ん……」

 夏織はゆっくりと俺の方を指差す。

「俺の顔に何かついているのか?」

「違う、違う。その下」

「はぁああ?」

 言われるままに目線を下の方に向ける。

 すると、俺の腕の中で必死にしがみついていた小さな手の握力は、いつの間にか、低下しており、その目は閉じたまま————

「すー、すー、すー」

 と、ものの数分で奏は、再び眠りについていた。

「おい、おい……」

 ねぇ、なんでまた眠っちゃうの? もう、やめてくんない?

 そう思いながら、俺は奏を抱きかかえたまま、車の外で夏織が出てくるのを待つ。

 長旅だったとは言え、起きたと思いきや、すぐに二度寝が出来てしまうこの年頃が羨ましいと思ってしまうのは
俺だけだろうか。いや、それは絶対にないと思う。歳を取るごとに、二度寝がどれだけ面倒な事に繋がるのか、後々分かってしまっているから今が楽でいいと思ってしまうのだろう。

「ねぇ、お兄ちゃん。せめて、起こすなら、他の起こし方にしてくれない? まだ、耳に響くんだけど……」

 このアマ……。

 耳をトントンと、軽く叩きながら俺に八つ当たりしてくる。

「そんな起こされ方をされたくなかったら、今度から早く起きることだな。こっちはこっちで大変なんだよ。何も家に届いていないんだからな」

「え、まさか、車の中に入れてある服と毛布くらいしかないの?」

「ま、そういうこった……」

「嘘、最悪……。お父さんは何て?」

「さーな、恐らく今日は、この家で寝て、食事は外じゃねぇ―の?」

「何それ……。ホテルとか取ってないの?」

「取っているわけねーだろ? 父さんの性格からして、まともな事が一度でもあったか? 無かっただろ? だから、母さんがいつも頭を悩ましていただろ?」

「確かに……」

 夏織は、俺の話に納得する。

 車の鍵をして、夏織と共に奏を抱えたまま、家の中に入る。

「ふーん、案外広いんだね。まぁ、夏織的には住むところが住みやすければどこでもいいけど」

 嘘つけ!

 数日前までは嫌な顔をしていたじゃないか。何がどこでもいいだ。本当は東京の方にいたかったんだろ。

 そして、俺達は家の中は探索した後、近くの銭湯に行き、風呂に入った後、その銭湯内の食堂で夕食を食べ、家
路につく。

 東京に住んでいた頃は、周りが住宅街ばかりで、コンビニ行くまでには、歩いて十分から二十分くらい掛かっていたが、今の家は、たった五分で二つのコンビニ、スーパー、薬局、病院などが揃っており、静かで住みやすいといったら、まあまあである。

 再び、家に戻り、車から降ろしておいた布団をそれぞれの部屋に敷き、眠りにつく。

 自分の部屋となった俺の部屋には、敷かれた布団とスマホ、充電器しかない。よくもまあ、これだけで暇を持て
余せたのは自分からしてみれば凄い事である。

 妹達は、隣の部屋で寝て、父さんは一階で一人寂しく寝ている頃だろう。

 月の光に当てられて、部屋に射し込む光が眩しく、空を見ると、東京では見られない星空が広がっていた。

 こんな夜を見ると、昔のことを思い出す。

 幼い頃、とある山奥で天体観測をした時だ。あの夜も星空が広がっていて、自分を包んでいたの、優しい笑みを
浮かべた母親。

 だが、目から涙を流していた。それは今になっても意味が分かっていない。
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