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二章

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 家の表玄関から入る。見知った玄関だが、入る客側の光景は初めて見る。門番が知らせに走る間、静まり返った玄関を見渡した。何かの圧に屈した静けさのようだと感じて。
 先ほど船を降りた時も、同じ居心地の悪さが身に染みた。帰りを待っていた馬車。振り返って仰ぎ見る船の中には、二人の逢瀬の残骸が散らかっている。馬車を操る使用人だけでなく、船員も知ることになる。情事を。
「ラトヤ、部屋に戻っていろ」
 上の階から降りてきたサンドスが横柄に言い渡す。も、ダンテオーリオがさせじとラトヤを引き留めた。
「刻限を守らなかったのは、私の咎だ」
「咎が何か決めずにいたのは失敗だったな。次は無いと署名でもしてもらおうか」
「それはそちらにお願いしたい」ダンテオーリオが同意を確信する頷きを寄越した。「ラトヤは答えを出した。私に嫁ぐ」
 ふてぶてしさが険しさに様変わりし、怒りを伴う瞳で、ラトヤを探るサンドス。一刻も視線を外さず、ラトヤも受け止めて頷いた。
 沈黙がやけに長い。脂汗が鼻に浮き出て、そして、汗が引く。サンドスの冷え切った問いに。
「何時だ?」訊いて落ち着きを取り戻したか、次にはサンドスが柔和に微笑んだ。「一八になってからなのだな?」
 訊かれて、ハタと固まった。時期の話は出ていない。一先ず、ダンテオーリオの気持ちを受け入れただけだ。妻となる自覚が微かに芽生えただけで、実際に肝が定まるまでは猶予があるのだと胸を撫で下ろそうとした、その時。
「可能な限り、急いで欲しい」
 頭を振って、ラトヤも発言した男を眺めた。サンドスは猶更呆けて見つめている。
「馬鹿な!」と、ラトヤに懇願する目を見開いた。「ラトヤ、本意なのか? それが、道か?」
 ダンテオーリオが逢引に向け、服を送って来た時だ。サンドスはラトヤを諭した。何れは自分の力で手にできる、その器量があるのだから、施しを受ける真似などするな、それはラトヤが切り開いた道ではないはずだと。
 一度は聞き流し、一度はそうだと頷いた。今も認めそうだ、転ぶように結婚へ同意したが、筋は通したいと。ここで務めをを終え、それから先にある道を選んだのだと。
 が、思い当たる節に度肝を抜かれ、ダンテオーリオを見つめ寄った。
 まさか、これも見込んで?
 彼にも同じ節に思い馳せているようで、瞳が艶っぽい。だが、微かに悪びれた光も宿している。『これが、私だ』と。
 愕然とした。彼に纏わりつく自信ぶりからすれば、返事は選びようがない。瞠目した。確信犯だ。
「ラトヤは違う考えらしいな。出直して貰おうか」
「いいえ、受けます」
「は? ラトヤ、ダンテオーリオ殿が言っているのは、身請けの話だぞ? お前、買われるのだぞ?」
「これは、失敬な。私の妻となるラトヤに、これより失礼な口は慎んでもらいたいな」
 反論する男に一瞥を送るも、関与汚らわしいと睨み置いて、尚もラトヤへ詰め寄ってくる。
「自分を売るのか?」
 ダンテオーリオの魂胆を知らなかっただけに、状況が見て取れない。どの様な結婚となるのか、目を夫となる身へ泳がせた。
「だから、失敬だと言っている。ラトヤは戸籍を買う。その支度金を、私が払うだけだ。サンドス殿への違約金もラトヤ自身で支払うのだ」
「ラトヤが? それもそちらが出すなら、買うのも一緒だ。手持ちのないラトヤにしたら、身売りも同然だ!」
「違う。彼女は支払う財を持っている」
 憤慨するサンドスに目力で詰め寄られれば、ラトヤも首を振るしかできない。そんな財、持ち合わせてない。  が、ダンテオーリオは飄々と事実を示した。
「金銭はないが、売ればその程度になるだろう。足りないなら今直ぐ買い足して贈るさ」
 宝飾品だ。ラトヤはサンドスと共に、視線の中に同調を嗅ぎ取った。
「同じことだ、ダンテオーリオ!」
「違うな。贈り物は、奴隷も抱えていい財産のはずだ!」
 二人の睨み合いが続く。が、時を置いて、サンドスが力を緩めた。
「ラトヤが了承するなら、のもう」
「良かった。ああ、見送りはご遠慮願おう。愛おしいラトヤに一時の別れを言いたいのでね」
 主張を通すことなく、思惑で押し切ったダンテオーリオの勝ち誇った笑みに屈し、サンドスが使用人に指示を出して、階上へと消えていく。その後ろ姿を眺める隙もなかった。
 ダンテオーリオが唇を仕掛けた。性急な、執拗な抱擁も、見せつけたいのか、若干気も漫ろな運びだ。も、徐々に甘さが戻ってくる。
「手荒に進めたのは悪かったね。だが、これでサンドスが君を惑わすことはないよ。こうでも行使しないと、君の彼への忠義心はもぎ取れないから」
 返答に困る。許すとも言えないから。
「兆しが、思わしくなくとも、知らせて欲しい」
 頷けば、強気のダンテオーリオの声も、掠れて届いた。
「これからは、私だけを愛して欲しい。後悔は、しない。君にもさせないよ」

 寝屋に入れば、ウェチェレが興味津々で付きまとうも耳を欹てているも構わず、泣きたいだけ泣いた。何故苦しいのだろう。愛されて、嫁ぐというのに。
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