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言葉より近く
20.戻らない山羊
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「今年の水の女神の節は、うっと雨が多くてよ」
「んだ。雷も多くて、一晩に何回もデカい雷が落ぢだ日があって、あの夜だば寝られねがった」
「誰かが女神様を怒らせたんでねーがって、弟と話たもんだ」
オルンとエダ兄弟の山小屋の中で、オレとガルドさんは話を聞いていた。
ここで何が起きているのか。先に現地を確認した銅級の話も聞いたが、山に住んで山羊の世話をしている二人からはしっかりと話を聞いておきたい。
「火の女神の節は?」
「いつもと変わらねぇ」
「山羊に草食わせて、乳絞ってチーズ作ってだのよ」
水の女神の節から風の女神の節まで、この二人は山羊を森の上の草地で飼い暮らしている。土の女神の節がくる前に山羊と犬と共に山を下り、また次の年に山に登る。狭い平地は畑になっていて、多くの山羊に食わせるだけの草がないからだ。
「最初は雄の子山羊だった」
「森に迷いこんで狼にやられたんじゃねーがって話したけど、ウチの犬は賢いからよ。そんな事はさせねぇはずなのさ」
「そっから一日二日したら、どんどん山羊が消えちまった。草食わせに放すと、なんぼ笛吹いて呼んでも帰ってこねくて数が合わねんだ」
草地に放っているヤギは、夕方笛を吹くと戻ってきて小屋で寝る。谷や狼のいる森が天然の柵になっていて、数匹の犬と兄弟で30匹ほどの山羊の面倒を見ているはずが、今小屋にいるのは雌が5匹と子が3匹。本当なら雄1匹と、雌20匹に子が10匹のはずが、ほとんどいない事になる。
「犬に変わったことはないか?」
「何にもねぇ」
「兄貴、あれは? ほら、ベルがよ。山さ上がるの嫌がるべ」
「ああ、んだな。そういえば、そうだ」
「ベルってあれか、さっきオルンのことを呼びに行った、賢そうな犬か」
「んだ。ウチの犬の纏め役で、頭良いんだ」
「散らばった山羊まとめるのが上手いんだけんど、山羊がいなくなるようになってから、あんまり上の方さ上がりたがらねえ」
椅子に座った兄弟は大きなため息をつき、くすんだ金茶の髪をがしがしと掻いた。
山羊や人を守るために狼にも向かっていく犬が避けるってことは、人間に感覚じゃ測れない何かが山にあるんだろう。
手元に残った山羊は落ち着かず、先に里に下ろすことも出来ないでいる。さっき見せてもらった時も、山羊達は小屋の中で地面をかき、ひっきりなしに鳴き声を上げていて、随分と苛立っているように見えた。
山羊を失えば暮らしはままならなくなるため、二人は山を登り山羊を探した。だが、見つけた山羊は二人の言うことを聞かず、帰るそぶりがないため、慌てて地元の斡旋所に請負人の派遣を依頼した。
「ユードと仲間が頂上近くまで登って、首に縄付けて連れてくる手筈になってたんだけんども」
「雄も雌も向かってきて、ちっとも言うごど聞がねがったって。妙な気配がして、ダメだったって言われでなぁ」
「ルーデンからヴァルノートの斡旋所にまで依頼が広まった」
「まさが銀級が来てくれるなんてよ」
「んだ。若ぇのに、銀なんて腕っこきが来てくれて、ありがでぇもんだ」
「オレも、この辺の出だから知らない場所じゃない。…少し、気になることもあったしな」
オレが渡した銀色のタグを「初めて見た」とありがたがる二人は、オレへの態度をすっかり改めていた。獣にしろ嵐にしろ、脅威には自分たちだけが頼りの二人が、外から来た見知らぬ人間を警戒するのは当たり前の反応だ。オレがルーデンで過ごしていた頃に良く行っていた店や場所を口にすると、知っている場所があったらしく仲間だと認めてくれてからは話が早かった。
オレとガルドさんが牙猪の駆除をしてから数日。あまり良い依頼がなく、オレはガルドさんにヴァルノートの武器屋や道具屋、市場や露店を紹介して回っていた。これまでの稼ぎで、ある程度依頼を選べる余裕があるってのはありがたい。
毎朝夕と斡旋所に顔を出し、依頼掲示板を確認していたオレ達にエンベルさんが声をかけてきたのは3日前の夕方。
ルーデンから回ってきた依頼を受けてみないか、という半ば指名の仕事紹介だった。
聞いてみれば訳もない。依頼の場所は女神の背骨に連なる山の山頂付近。ヴァルノートからはオレとガルドさんの脚でも麓まで2日かかる。仕事の中身は牧童の元から逃げた山羊の回収で、たいして依頼料は高くない。
「ルーデンの銅級が一度依頼を受けていますが、山羊の様子がおかしかったとのことです。家畜と野生の山羊が混ざった群れになっていて、雄だけでなく、雌や子山羊まで請負人に攻撃してきたために依頼を断念したと」
「確かに。おかしな話だ」
「それに、山の空気が妙だったとの報告もあります」
オレとガルドさんはカウンターを挟んでエンベルさんの顔を見た。掲示板に貼る前の依頼書を示しながら、エンベルさんは共通語で話してくれるからガルドさんの理解も早い。
「不可思議? 何故だ?」
「詳しいことは何も。万が一、ということもありますので、私としてはお二人に行って頂きたいと考えているのですが」
エンベルさんはオレの出身も知っていて、依頼元に土地勘があることも分かっている。依頼料だけ見れば銀級のオレが受けるには物足りないが、エンベルさんが万が一って言うのも引っかかる。
「ギルド貢献度、つけてくれたら考える」
「出身地からの依頼に銀級が応えた、となれば一般の方の受けも良いですね」
「オレよりはガルドさんの貢献度上げてほしい。ヴァルノートの斡旋所には、実力もあって優しい獣人の請負人がいるって評判は、ギルドにとっても悪い話じゃないだろ?」
「考えておきましょう」
翌朝になってからオレとガルドさんは、夜営の資材を買い足し装備を整えてヴァルノートを出た。
「んだ。雷も多くて、一晩に何回もデカい雷が落ぢだ日があって、あの夜だば寝られねがった」
「誰かが女神様を怒らせたんでねーがって、弟と話たもんだ」
オルンとエダ兄弟の山小屋の中で、オレとガルドさんは話を聞いていた。
ここで何が起きているのか。先に現地を確認した銅級の話も聞いたが、山に住んで山羊の世話をしている二人からはしっかりと話を聞いておきたい。
「火の女神の節は?」
「いつもと変わらねぇ」
「山羊に草食わせて、乳絞ってチーズ作ってだのよ」
水の女神の節から風の女神の節まで、この二人は山羊を森の上の草地で飼い暮らしている。土の女神の節がくる前に山羊と犬と共に山を下り、また次の年に山に登る。狭い平地は畑になっていて、多くの山羊に食わせるだけの草がないからだ。
「最初は雄の子山羊だった」
「森に迷いこんで狼にやられたんじゃねーがって話したけど、ウチの犬は賢いからよ。そんな事はさせねぇはずなのさ」
「そっから一日二日したら、どんどん山羊が消えちまった。草食わせに放すと、なんぼ笛吹いて呼んでも帰ってこねくて数が合わねんだ」
草地に放っているヤギは、夕方笛を吹くと戻ってきて小屋で寝る。谷や狼のいる森が天然の柵になっていて、数匹の犬と兄弟で30匹ほどの山羊の面倒を見ているはずが、今小屋にいるのは雌が5匹と子が3匹。本当なら雄1匹と、雌20匹に子が10匹のはずが、ほとんどいない事になる。
「犬に変わったことはないか?」
「何にもねぇ」
「兄貴、あれは? ほら、ベルがよ。山さ上がるの嫌がるべ」
「ああ、んだな。そういえば、そうだ」
「ベルってあれか、さっきオルンのことを呼びに行った、賢そうな犬か」
「んだ。ウチの犬の纏め役で、頭良いんだ」
「散らばった山羊まとめるのが上手いんだけんど、山羊がいなくなるようになってから、あんまり上の方さ上がりたがらねえ」
椅子に座った兄弟は大きなため息をつき、くすんだ金茶の髪をがしがしと掻いた。
山羊や人を守るために狼にも向かっていく犬が避けるってことは、人間に感覚じゃ測れない何かが山にあるんだろう。
手元に残った山羊は落ち着かず、先に里に下ろすことも出来ないでいる。さっき見せてもらった時も、山羊達は小屋の中で地面をかき、ひっきりなしに鳴き声を上げていて、随分と苛立っているように見えた。
山羊を失えば暮らしはままならなくなるため、二人は山を登り山羊を探した。だが、見つけた山羊は二人の言うことを聞かず、帰るそぶりがないため、慌てて地元の斡旋所に請負人の派遣を依頼した。
「ユードと仲間が頂上近くまで登って、首に縄付けて連れてくる手筈になってたんだけんども」
「雄も雌も向かってきて、ちっとも言うごど聞がねがったって。妙な気配がして、ダメだったって言われでなぁ」
「ルーデンからヴァルノートの斡旋所にまで依頼が広まった」
「まさが銀級が来てくれるなんてよ」
「んだ。若ぇのに、銀なんて腕っこきが来てくれて、ありがでぇもんだ」
「オレも、この辺の出だから知らない場所じゃない。…少し、気になることもあったしな」
オレが渡した銀色のタグを「初めて見た」とありがたがる二人は、オレへの態度をすっかり改めていた。獣にしろ嵐にしろ、脅威には自分たちだけが頼りの二人が、外から来た見知らぬ人間を警戒するのは当たり前の反応だ。オレがルーデンで過ごしていた頃に良く行っていた店や場所を口にすると、知っている場所があったらしく仲間だと認めてくれてからは話が早かった。
オレとガルドさんが牙猪の駆除をしてから数日。あまり良い依頼がなく、オレはガルドさんにヴァルノートの武器屋や道具屋、市場や露店を紹介して回っていた。これまでの稼ぎで、ある程度依頼を選べる余裕があるってのはありがたい。
毎朝夕と斡旋所に顔を出し、依頼掲示板を確認していたオレ達にエンベルさんが声をかけてきたのは3日前の夕方。
ルーデンから回ってきた依頼を受けてみないか、という半ば指名の仕事紹介だった。
聞いてみれば訳もない。依頼の場所は女神の背骨に連なる山の山頂付近。ヴァルノートからはオレとガルドさんの脚でも麓まで2日かかる。仕事の中身は牧童の元から逃げた山羊の回収で、たいして依頼料は高くない。
「ルーデンの銅級が一度依頼を受けていますが、山羊の様子がおかしかったとのことです。家畜と野生の山羊が混ざった群れになっていて、雄だけでなく、雌や子山羊まで請負人に攻撃してきたために依頼を断念したと」
「確かに。おかしな話だ」
「それに、山の空気が妙だったとの報告もあります」
オレとガルドさんはカウンターを挟んでエンベルさんの顔を見た。掲示板に貼る前の依頼書を示しながら、エンベルさんは共通語で話してくれるからガルドさんの理解も早い。
「不可思議? 何故だ?」
「詳しいことは何も。万が一、ということもありますので、私としてはお二人に行って頂きたいと考えているのですが」
エンベルさんはオレの出身も知っていて、依頼元に土地勘があることも分かっている。依頼料だけ見れば銀級のオレが受けるには物足りないが、エンベルさんが万が一って言うのも引っかかる。
「ギルド貢献度、つけてくれたら考える」
「出身地からの依頼に銀級が応えた、となれば一般の方の受けも良いですね」
「オレよりはガルドさんの貢献度上げてほしい。ヴァルノートの斡旋所には、実力もあって優しい獣人の請負人がいるって評判は、ギルドにとっても悪い話じゃないだろ?」
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