孤独な請負人は獣人と組むことにした~無口で不器用で、とても強い男と出会って~

福屋 蒼助

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言葉より近く

19.山は冷える

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 森を抜けると視界が一気に開けた。
 目の前には膝ほどの低木と、枯れつつある草が風に揺れている。視線の更に先には、緑の一つもない急な岩肌。
 肌を撫で髪を揺らす風は、領都よりずっと強く冷たい。日は出ているのに、革手袋の中の指先が冷える。

「高い山。女神の力、強い」
「ああ。やっぱり平地より風が強いな」

 そろそろ風の女神の節あきも終わりが近い今の時期、山の上は準備を怠れば一気に体力を持っていかれる場所だった。野営道具だけでなく、厚いマントや首巻きも必須装備になる。
 里との間に横たわる森は鬱蒼としていて、本来なら野犬や狼がいるはずだが隣にいるガルドさんの圧に恐れをなしてか、ここに来るまで全く気配を感じなかった。警戒を怠ったつもりはないが、拍子抜けするほど楽な道行きに鼻歌が出そうだったが、それも終わりだろう。
 今回の依頼の場所は、ここより更に上になるはずだ。

「懐かしい…」
「何だ?」
「いや、なんでもない」

 ヴァルノートから西へ、二日以上かけて街道沿いに進んだ先。女神の背骨から続く山々があるルーデンは、以前オレが仕事をしていた土地だ。眼下に広がる林や点在する小さな集落は、何年もの間依頼を受けて走り回っていた馴染みの場所で、ヴァルノートに拠点を移してから久しぶりに見る景色が懐かしく思わず見入ってしまう。
 あの一際高い木が目立つ林は、薬になるキノコが生えてて良い稼ぎになったな。なんて思い出していると、低い穏やかな声が頭上から降って来た。

「リオ、いる、人」
「本当だ。声かけてみるか」

 風下に立つオレ達に気づいた犬が吠え、小屋から出てきた男が慌てているのが見える。

「おーい! あんたがオルンか? エダか? オレは請負人だ」

 声を張りながら、マントの首元に手を入れ、服の下に下げたタグを取り出して高く掲げてみせる。オレの後ろに立ってるガルドさんに、腰を抜かしてるんだろうなあ。
 オレが小屋に近づく間、ガルドさんは足を止めて動かないでいてくれた。

「あー、待てまて。斧持つなよ。オレは銀級のリオ。な? タグ、見えるか?」
「あっこにいる熊はなんだべよ!」
「獣人の相棒だよ。オレ達依頼を受けて来たんだって」

 どこに行っても、まずはこのやり取りだなと内心笑いながら、オレは3ノルほどの距離を空けて立ち止まった。手元の銀タグが太陽の光を反射して光る。オレを遠巻きにする犬たちも、小さく唸ってはいるが威勢よく吠えていた姿とは程遠い。

「冬前に下山したいのに、山羊の様子がおかしくて困ってんだろ? 先に来た銅級のユードに、頼むって言われて来てんだよ、オレ」
「おぇ、ユードの知り合いか」
「何年か前までルーデンの斡旋所で仕事してたから、顔見知りだよ」
「そうか、ユード知ってんだか」

 相手が斧を手放すのを見て、オレは足を進め相手の前に立った。
 ひょろりと背が高い男は、眠れていないのか疲れた顔をしている。

「改めて言うぞ。オレは銀級のリオ。あっちは獣人のガルド。アンタ達を助けるために来たんだから、犬をけしかけるのは止めろよ。大事な犬を死なせたくない」
「あ、ああ。分がった。兄貴、兄貴―! ベル、兄貴さ呼ばれ」

 男の言葉が分かるのか、一頭の茶色い大型犬が猛然と走っていく。水の女神の節はるから風の女神の節まで、山羊を連れて山の上で暮らす牧童兄弟の、兄がオルンで弟がエダだと聞いてきた。
 少しすると尻尾を振る犬とともに、男が一人やってきた。弟より身長は低いが肩幅はがっしりとしていて、弟の隣に並び立つと年上らしく落ち着いた声を出した。

「誰だ、おめ」
「銀級のリオ。帰って来ない山羊を取り戻す依頼を受けて来た請負人だ」
「あっちのデカいのは何だ」

 弟よりは胆力があるのか腕組みをして顎をしゃくる男に、オレはニヤリと笑ってやる。

「オレの相棒の獣人だよ。牙猪の首なら軽く落とす腕だ」

 引きつり笑いを浮かべる相手に「間違っても喧嘩は売るなよ」、と伝えてから後ろを振り返り手招きする。ガルドさんは大剣と大盾を背負っているとは思えない速さで駆けてきて、見慣れたと思ってたオレでもその迫力に驚いてしまう。まったく、この巨体で何で音がしないんだよ。

「ガルド、だ。よろぃく、頼む」
「ヒト語はちょっと不自由だが、礼儀正しいんだぜ」
「お、俺はオルン。こっちが弟だ」

 2ノルを越えるガルドさんに見下ろされて、急にかしこまった牧童二人の姿に、オレとガルドさんは肩をすくめるしかなかった。
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