19 / 30
言葉より近く
19.山は冷える
しおりを挟む
森を抜けると視界が一気に開けた。
目の前には膝ほどの低木と、枯れつつある草が風に揺れている。視線の更に先には、緑の一つもない急な岩肌。
肌を撫で髪を揺らす風は、領都よりずっと強く冷たい。日は出ているのに、革手袋の中の指先が冷える。
「高い山。女神の力、強い」
「ああ。やっぱり平地より風が強いな」
そろそろ風の女神の節も終わりが近い今の時期、山の上は準備を怠れば一気に体力を持っていかれる場所だった。野営道具だけでなく、厚いマントや首巻きも必須装備になる。
里との間に横たわる森は鬱蒼としていて、本来なら野犬や狼がいるはずだが隣にいるガルドさんの圧に恐れをなしてか、ここに来るまで全く気配を感じなかった。警戒を怠ったつもりはないが、拍子抜けするほど楽な道行きに鼻歌が出そうだったが、それも終わりだろう。
今回の依頼の場所は、ここより更に上になるはずだ。
「懐かしい…」
「何だ?」
「いや、なんでもない」
ヴァルノートから西へ、二日以上かけて街道沿いに進んだ先。女神の背骨から続く山々があるルーデンは、以前オレが仕事をしていた土地だ。眼下に広がる林や点在する小さな集落は、何年もの間依頼を受けて走り回っていた馴染みの場所で、ヴァルノートに拠点を移してから久しぶりに見る景色が懐かしく思わず見入ってしまう。
あの一際高い木が目立つ林は、薬になるキノコが生えてて良い稼ぎになったな。なんて思い出していると、低い穏やかな声が頭上から降って来た。
「リオ、いる、人」
「本当だ。声かけてみるか」
風下に立つオレ達に気づいた犬が吠え、小屋から出てきた男が慌てているのが見える。
「おーい! あんたがオルンか? エダか? オレは請負人だ」
声を張りながら、マントの首元に手を入れ、服の下に下げたタグを取り出して高く掲げてみせる。オレの後ろに立ってるガルドさんに、腰を抜かしてるんだろうなあ。
オレが小屋に近づく間、ガルドさんは足を止めて動かないでいてくれた。
「あー、待てまて。斧持つなよ。オレは銀級のリオ。な? タグ、見えるか?」
「あっこにいる熊はなんだべよ!」
「獣人の相棒だよ。オレ達依頼を受けて来たんだって」
どこに行っても、まずはこのやり取りだなと内心笑いながら、オレは3ノルほどの距離を空けて立ち止まった。手元の銀タグが太陽の光を反射して光る。オレを遠巻きにする犬たちも、小さく唸ってはいるが威勢よく吠えていた姿とは程遠い。
「冬前に下山したいのに、山羊の様子がおかしくて困ってんだろ? 先に来た銅級のユードに、頼むって言われて来てんだよ、オレ」
「お前ぇ、ユードの知り合いか」
「何年か前までルーデンの斡旋所で仕事してたから、顔見知りだよ」
「そうか、ユード知ってんだか」
相手が斧を手放すのを見て、オレは足を進め相手の前に立った。
ひょろりと背が高い男は、眠れていないのか疲れた顔をしている。
「改めて言うぞ。オレは銀級のリオ。あっちは獣人のガルド。アンタ達を助けるために来たんだから、犬をけしかけるのは止めろよ。大事な犬を死なせたくない」
「あ、ああ。分がった。兄貴、兄貴―! ベル、兄貴さ呼ばれ」
男の言葉が分かるのか、一頭の茶色い大型犬が猛然と走っていく。水の女神の節から風の女神の節まで、山羊を連れて山の上で暮らす牧童兄弟の、兄がオルンで弟がエダだと聞いてきた。
少しすると尻尾を振る犬とともに、男が一人やってきた。弟より身長は低いが肩幅はがっしりとしていて、弟の隣に並び立つと年上らしく落ち着いた声を出した。
「誰だ、おめ」
「銀級のリオ。帰って来ない山羊を取り戻す依頼を受けて来た請負人だ」
「あっちのデカいのは何だ」
弟よりは胆力があるのか腕組みをして顎をしゃくる男に、オレはニヤリと笑ってやる。
「オレの相棒の獣人だよ。牙猪の首なら軽く落とす腕だ」
引きつり笑いを浮かべる相手に「間違っても喧嘩は売るなよ」、と伝えてから後ろを振り返り手招きする。ガルドさんは大剣と大盾を背負っているとは思えない速さで駆けてきて、見慣れたと思ってたオレでもその迫力に驚いてしまう。まったく、この巨体で何で音がしないんだよ。
「ガルド、だ。よろぃく、頼む」
「ヒト語はちょっと不自由だが、礼儀正しいんだぜ」
「お、俺はオルン。こっちが弟だ」
2ノルを越えるガルドさんに見下ろされて、急にかしこまった牧童二人の姿に、オレとガルドさんは肩をすくめるしかなかった。
目の前には膝ほどの低木と、枯れつつある草が風に揺れている。視線の更に先には、緑の一つもない急な岩肌。
肌を撫で髪を揺らす風は、領都よりずっと強く冷たい。日は出ているのに、革手袋の中の指先が冷える。
「高い山。女神の力、強い」
「ああ。やっぱり平地より風が強いな」
そろそろ風の女神の節も終わりが近い今の時期、山の上は準備を怠れば一気に体力を持っていかれる場所だった。野営道具だけでなく、厚いマントや首巻きも必須装備になる。
里との間に横たわる森は鬱蒼としていて、本来なら野犬や狼がいるはずだが隣にいるガルドさんの圧に恐れをなしてか、ここに来るまで全く気配を感じなかった。警戒を怠ったつもりはないが、拍子抜けするほど楽な道行きに鼻歌が出そうだったが、それも終わりだろう。
今回の依頼の場所は、ここより更に上になるはずだ。
「懐かしい…」
「何だ?」
「いや、なんでもない」
ヴァルノートから西へ、二日以上かけて街道沿いに進んだ先。女神の背骨から続く山々があるルーデンは、以前オレが仕事をしていた土地だ。眼下に広がる林や点在する小さな集落は、何年もの間依頼を受けて走り回っていた馴染みの場所で、ヴァルノートに拠点を移してから久しぶりに見る景色が懐かしく思わず見入ってしまう。
あの一際高い木が目立つ林は、薬になるキノコが生えてて良い稼ぎになったな。なんて思い出していると、低い穏やかな声が頭上から降って来た。
「リオ、いる、人」
「本当だ。声かけてみるか」
風下に立つオレ達に気づいた犬が吠え、小屋から出てきた男が慌てているのが見える。
「おーい! あんたがオルンか? エダか? オレは請負人だ」
声を張りながら、マントの首元に手を入れ、服の下に下げたタグを取り出して高く掲げてみせる。オレの後ろに立ってるガルドさんに、腰を抜かしてるんだろうなあ。
オレが小屋に近づく間、ガルドさんは足を止めて動かないでいてくれた。
「あー、待てまて。斧持つなよ。オレは銀級のリオ。な? タグ、見えるか?」
「あっこにいる熊はなんだべよ!」
「獣人の相棒だよ。オレ達依頼を受けて来たんだって」
どこに行っても、まずはこのやり取りだなと内心笑いながら、オレは3ノルほどの距離を空けて立ち止まった。手元の銀タグが太陽の光を反射して光る。オレを遠巻きにする犬たちも、小さく唸ってはいるが威勢よく吠えていた姿とは程遠い。
「冬前に下山したいのに、山羊の様子がおかしくて困ってんだろ? 先に来た銅級のユードに、頼むって言われて来てんだよ、オレ」
「お前ぇ、ユードの知り合いか」
「何年か前までルーデンの斡旋所で仕事してたから、顔見知りだよ」
「そうか、ユード知ってんだか」
相手が斧を手放すのを見て、オレは足を進め相手の前に立った。
ひょろりと背が高い男は、眠れていないのか疲れた顔をしている。
「改めて言うぞ。オレは銀級のリオ。あっちは獣人のガルド。アンタ達を助けるために来たんだから、犬をけしかけるのは止めろよ。大事な犬を死なせたくない」
「あ、ああ。分がった。兄貴、兄貴―! ベル、兄貴さ呼ばれ」
男の言葉が分かるのか、一頭の茶色い大型犬が猛然と走っていく。水の女神の節から風の女神の節まで、山羊を連れて山の上で暮らす牧童兄弟の、兄がオルンで弟がエダだと聞いてきた。
少しすると尻尾を振る犬とともに、男が一人やってきた。弟より身長は低いが肩幅はがっしりとしていて、弟の隣に並び立つと年上らしく落ち着いた声を出した。
「誰だ、おめ」
「銀級のリオ。帰って来ない山羊を取り戻す依頼を受けて来た請負人だ」
「あっちのデカいのは何だ」
弟よりは胆力があるのか腕組みをして顎をしゃくる男に、オレはニヤリと笑ってやる。
「オレの相棒の獣人だよ。牙猪の首なら軽く落とす腕だ」
引きつり笑いを浮かべる相手に「間違っても喧嘩は売るなよ」、と伝えてから後ろを振り返り手招きする。ガルドさんは大剣と大盾を背負っているとは思えない速さで駆けてきて、見慣れたと思ってたオレでもその迫力に驚いてしまう。まったく、この巨体で何で音がしないんだよ。
「ガルド、だ。よろぃく、頼む」
「ヒト語はちょっと不自由だが、礼儀正しいんだぜ」
「お、俺はオルン。こっちが弟だ」
2ノルを越えるガルドさんに見下ろされて、急にかしこまった牧童二人の姿に、オレとガルドさんは肩をすくめるしかなかった。
21
あなたにおすすめの小説
貴方に復讐しようと、思っていたのに。
黒狐
BL
前世、馬車の事故で亡くなった令嬢(今世は男)の『私』は、幽霊のような存在になってこの世に残っていた。
婚約者である『彼』が私と婚約破棄をする為に細工をしたのだと考え、彼が無惨な末路を迎える様を見てやろうと考えていた。
しかし、真実はほんの少し違っていて…?
前世の罪や罰に翻弄される、私と彼のやり直しの物語。
⭐︎一部残酷な描写があります、ご注意下さい。
君と秘密の部屋
325号室の住人
BL
☆全3話 完結致しました。
「いつから知っていたの?」
今、廊下の突き当りにある第3書庫準備室で僕を壁ドンしてる1歳年上の先輩は、乙女ゲームの攻略対象者の1人だ。
対して僕はただのモブ。
この世界があのゲームの舞台であると知ってしまった僕は、この第3書庫準備室の片隅でこっそりと2次創作のBLを書いていた。
それが、この目の前の人に、主人公のモデルが彼であるとバレてしまったのだ。
筆頭攻略対象者第2王子✕モブヲタ腐男子
七日後に神罰が落ちる。上層部は「下を切り捨てろ」と言った——私は全員を逃がす
蒼月よる
ファンタジー
七日後、この港に神罰が落ちる。
追放された元観測士イオナだけが、その事実を知っていた。
しかも災害は自然現象ではない——誰かが、意図的に引き起こそうとしている。
港の上層部はすでに手を打っていた。「下層区画を緩衝被害区として切り捨てる」秘密契約。被害を最小限に見せかけ、体制を守る冷徹な計画だ。
イオナは元護送隊長ガルム、荷運び組合長メラとともに動き出す。
犯人を暴き、証拠を公開し、住民を逃がし、工廠を止める——すべてを七日で。
被害を「選ぶ」管理か、全員を「残す」運用か。
追放観測士の、七日間の港湾カウントダウン・サスペンス。
この作品は以下の箇所にAI(Claude Code)を利用しています。
・世界観・設定の管理補助
・プロット段階の壁打ち
・作者による執筆後の校正
【完結】ここで会ったが、十年目。
N2O
BL
帝国の第二皇子×不思議な力を持つ一族の長の息子(治癒術特化)
我が道を突き進む攻めに、ぶん回される受けのはなし。
(追記5/14 : お互いぶん回してますね。)
Special thanks
illustration by おのつく 様
X(旧Twitter) @__oc_t
※ご都合主義です。あしからず。
※素人作品です。ゆっくりと、温かな目でご覧ください。
※◎は視点が変わります。
美澄の顔には抗えない。
米奏よぞら
BL
スパダリ美形攻め×流され面食い受け
高校時代に一目惚れした相手と勢いで付き合ったはいいものの、徐々に相手の熱が冷めていっていることに限界を感じた主人公のお話です。
※なろう、カクヨムでも掲載中です。
来世はこの人と関りたくないと思ったのに。
ありま氷炎
BL
前世の記憶を持つ、いずる。
彼は前世で主人だった三日月と、来世で関わらない事を願った。
しかし願いは叶わず、幼馴染として生まれ変わってしまった。
寂しいを分け与えた
こじらせた処女
BL
いつものように家に帰ったら、母さんが居なかった。最初は何か厄介ごとに巻き込まれたのかと思ったが、部屋が荒れた形跡もないからそうではないらしい。米も、味噌も、指輪も着物も全部が綺麗になくなっていて、代わりに手紙が置いてあった。
昔の恋人が帰ってきた、だからその人の故郷に行く、と。いくらガキの俺でも分かる。俺は捨てられたってことだ。
[BL]愛を乞うなら君でなければ。
わをん
BL
離婚歴のある子持ち主人公。人生に何の希望もなく日々を消化するかのごとく過ごしていた時に出会ったハウスキーパーの『吉野』。たとえ同性であっても、裏表のない真っ直ぐな言葉を紡ぐ彼に惹かれる気持ちは抑えられない。彼に教わる愛の作法ーー。[子持ちリーマン×新米ハウスキーパー]
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる